10-13

 俺達がエメラルヴィと初めて会ったのは、王都エンペルドへ向かう道中だった。

 ゴルネア山砦に差し掛かった所で、フィーナと一緒に現れたんだよな。


 当時は別に怪しい素振りはなかった。

 あの場所で遭遇したのも偶然としか思えなかったし、その後エンペルドまで案内して貰ったのも自然な流れだった。


 ただ一つ。



『嫌いな物は悪意ある嘘と白い花と肌を焼くのが好きな女』



 ……悪意ある嘘。

 つまり、悪意のない嘘であれば嫌いじゃない。

 そこを明確に分ける人間は大抵、嘘つきだ。


 勿論、こんな事をいちいち気に掛けていたら頭が変になる。

 当時は何も思わなかったし、それが普通だ。

 でも、今となっては意味深な自己紹介に思えて仕方ない。


 次に会ったのは王城だ。

 国王に謁見して、オルトロスに加入するように言われて……その加入条件として受けた職能適性テストの声技テストの担当者として顔を合わせたんだった。


 その時も、特におかしな点はなかった。

 仕事だからって理由で普段とは口調を変えていたのも、特に不可解とは感じなかった。

 敢えて言えば、どうして彼が声技の専門家なんだろうとは思ったけど、声の特殊技能を持っている事が変というのも妙な話だし、特に問題視する必要性は感じなかった。


 その次は確か……そうだ。

 修羅場に遭遇したんだった

 王城の研究エリアで恋人にフラれてたんだよな。


 確かあの時は、クソ重い世界樹の旗を持っていけるようになる為の方法を模索していたんだっけ。

 それで、『物質の重さを入れ替える魔法』があるって噂を聞いて、彼に問い合わせたんだ。


 エメラルヴィはその魔法を知らなかった。

 でも、代わりに『重い物を持てるようになる』アイテムとしてパワードバズーカを紹介してくれた。


 ……あの時は、特に問題ないような流れに思えた。

 でも、今にして思えば妙だ。


『物質の重さを入れ替える魔法』を望んでいた俺の目的を、どうして『重い物を持てるようになりたい』と看過できたんだ?


 重さを入れ換えるって事は、要するに軽い物を重く、重い物を軽くするって事だ。

 だから重い物を軽くしたい、つまり重い物を持てるようになりたい……という推察は成り立たない事もない。


 でも、それが第一選択肢になるかというと、そうは思えない。

 だったら最初から『重い物を軽くする道具や魔法はないか?』と聞くし、若しくはもっと具体的に『重い物を持てるようになるドーピングアイテムはないか?』と尋ねる。


『物質の重さを入れ替える』っていうのは、もっと特殊な事情……例えば『重装備で敵と戦っている最中に重さを入れ換えて身軽になり、分厚い防御+軽量という状態を作る(相手を手薄な防御+鈍重という状態にする)』って戦略に用いる為、と考えるのが普通だ。


 なのにエメラルヴィは第一選択肢としてパワードバズーカを俺に紹介した。

 まるで――――こっちの事情を全て知っているかのように、的確に。


 ウォーランドサンチュリア人との話し合いの時にも彼はいた。

 でも殆ど……いや全くと言っていいほど発言していなかった。

 決して無口な性格でもないのに。


 そして、イーター討伐の会議の時……



『シーラちゃんがフィーナの正体を暴いたんですってね』



 確かに俺は、その前にフィーナの正体を知った。

 フィーナとアポロンが結託していて、実はオルトロスと敵対している事が判明した。

 それ自体は上に報告していたから、そこから得た情報なんだろう。


 ……どうしてエメラルヴィはお咎めなしだったんだ?


 彼はフィーナと行動を共にしていた。

 だったら、フィーナが裏切り者だと判明した時点で、彼も怪しまれなければおかしい。

 

 なのに彼は討伐隊に参加し、共にスライムバハムートと戦った。

 裏切り者の可能性がかなりあるのに、そんな人物を敢えて重要な戦いに加えたままにしていた。


 これが何を意味するのか。



「……わからないほどバカな人間は、ここにはいないだろ」



 一通り、エメラルヴィを疑った……というよりスパイだと確定した理由を説明し終える頃には、エメラルヴィはさっきの笑みを消していた。


「だからヤだって言ったのよねェ。こんな役回り、得意じゃないのよアタシ」 


「認めるのか? 状況証拠ばかりで物的証拠は何もないんだぞ?」


「アナタの話を聞いたここにいる全員を、今から納得させるだけの材料も手元にないのよねェ。疑わしきは……って空気になるように仕向けてたんでしョ? こんなに大層なメンバーを揃えちャッても~」


 おどけているけど、それは口調だけだ。

 エメラルヴィは観念した……というより、ようやく解放されたと言わんばかりに大きく息を吐いた。


 知らない、自分は違うと誤魔化す事は幾らでも出来ただろう。

 でもあの死に物狂いの戦いを経て、彼の中で俺達への仲間意識が……どうだろうな、少しくらいは芽生えていたんじゃないだろうか。

 だからこそ、その面々に囲まれている今、嘘を貫き通す事は出来なかったんだろう。


「ラピスちゃんが言ッてた通りよ。オルトロスは残り少ない世界樹の恩恵を最大限にコントロールして、イーターとの共存を目指す。そういう組織なの」


 ……出来れば間違いであって欲しかった。

 イーターと共存するなんて、一体どういう理屈でそんな事が可能なんだ?

 意思の疎通なんて取れる相手じゃないだろうに……


「アンタ達も使ってた世界樹の旗、アレもその一環なの。レジンの代用にはならないけど、イーターをある程度は制御できるでしョ?」


「世界樹やレジンを偽装する発明品で、イーターを支配しようとしてるの……?」


 リッピィア王女の問いに、エメラルヴィは神妙な面持ちで頷く。


「ええ。その為にはイーターの習性を隅々まで調べる必要があるの。あのスライムドラゴンとの戦いでも、彼等は勝つ気なんてなかったのよ。グレストロイ達を捨て駒にしてギリギリまで情報収集。城周辺のイーターと違ッてデータが殆どない上に、スライムの習性とドラゴンの習性を併せ持ッていたから有意義な情報が得られるッてね」


 そうか……だからあんなに主導権を握ろうとしてたのか。

 ウォーランドサンチュリア人を侮辱して遠ざけたのも、その収集したデータを独占する為。

 ようやく、一連の不可解な行動の真相が明らかになった。


「そんな……それじゃ私達が今までやって来た事って……」


「敵に迎合する為の下準備を延々とやらされていた訳か。嫌な気分だね」


 リズとブロウの行き場のない感情がこっちにも伝わってくる。 

 オルトロスに加入しろと言われた時、俺達は何の疑問も抱かなかった。

 人類にとって最後の砦とばかり思っていた。


「イーターを駆逐するのは現実的じゃない。だから共存の道を選ぶ。それ自体は、人間の未来を考えるなら一つの選択肢」


 失望する俺達とは対照的に、ステラは冷静だ。

 冷静に――――怒っている。


「でも、それを国民に一切知らせずに騙して利用しているのは許せない。私も気付けず欺かれていた責任は重い」


「……」


 ステラに責任がない事は皆わかってる。

 でもここで安易に『ステラは悪くない』なんて言えるほど簡単な問題じゃないし、ステラだってそんな慰めが欲しい訳じゃないだろう。


「その責任を果たさなきゃね」


 そうだ。

 過去に囚われるんじゃなく、過去を活かして未来に繋がないと。

 胸糞悪い事をされてムカつきました、だけで終わってたら何も変わらない。


「エメラルヴィ。貴方がイーターとの共存に賛成している立場なのかを教えて欲しい。一応付け加えておくと、私は反対だ」


 アイリスの問いに一瞬天を仰ぎ、エメラルヴィは首を――――横へ振った。


「あの化物どもを手懐けるなんて……幻想よ。一時的に成功してもすぐ進化して対応されるとアタシは思ッてるわ。何より……散々人間を痛い目に遭わせてきたイーターと今更共存なんて、理屈で納得できても心は納得できない」


 それでも、彼は国王達に協力せざるを得なかった。

 王族に逆らえる一般人はいないから。


「だから……罪滅ぼしという訳じゃないけど、アンタ達が陛下の暴走を止めるというのなら、協力させて貰うわ。シーラの話を聞く限り、黒幕は陛下ではなかったようだけど」


「ああ。黒幕は他にいる」


 問題はそこだ。

 黒幕の目的はアスガルドに屈辱を与える事なのは、ほぼ間違いない。

 その目的と、人類とイーターの共存を促す事がどう繋がってくる?


 アスガルドは俺達人間を『誇り』だと言った。

 だとしたら、その尊厳を傷付ける事が目的……?


「……そうか」


『シーラ、何?』


 俺の様子にいち早く気付いたエルテが簡易な文章で問いかけてくる。

 まだ確証はない。

 けど、この段階で共有すべきだろう。


「もしかしたら黒幕は、『人類がイーターに滅ぼされる』よりも『人類がイーターに屈服する』方が、より目的に近付けるのかもしれない」


「……どういう事……でしょうか……?」


「黒幕は、人間を無様な存在にしたがっているんだ。イーター以下の存在だと……この世界の創造主にそう思わせる為に」


 不安そうな顔で問うメリクに、俺もまた不安を払拭できない声で――――それでも、断言した。


「……」


 全員が押し黙る。

 俺の言っている事を一から十まで信じるのは無理だろう。

 スケールが大きいのか小さいのか、それすらもわからない話だ。


 それでも……


「シーラに賛成」


 口火を切ったのはシャリオだった。


「エイル様もそんな感じの事言ってた。彼は立場や力の割に器が小さいって」


「……え?」


 それってつまり……


「黒幕の正体を知ってるのか!?」


「知ってるけど教えられない。天使がそこまで人間に干渉するのは、エイル様も認めていないから」


 なんて厄介な……でも天使にとっての創造主である以上、あの方の言葉は天使にとっては絶対なんだろう。


「でも、ヒントくらいなら良いって言われてたから、教えてあげる」


 ……割とガバガバだな。

 だけどありがたい。


 明日、俺は陛下に楯突く。

 その時に黒幕の名前を知っているか否かは大きな違いだ。

 その名前を出すだけで対応も変わってくるだろう。


「シーラ。それにリズ。ブロウ。エルテ」


 シャリオはモラトリアムのメンバー全員に呼びかけ、それぞれの顔をじっと眺め――――



「この世界を弄んでいるのは、君達四人とも会った事がある奴」



 いつもの口調でそう告げた。





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