10-12
ヒストピアにおける二強とも言われるヘリオニキスとラピスピネル。
この二人がどういう関係なのかは知らないし、踏み込めるような関係性も築いてはいない。
だからヘリオニキスがシロというだけでラピスピネルも同じという訳にはいかない。
彼女についてわかっているのは、国王の命令で様々な調査を行っていた事。
そして、特別実験室にいた俺達を訪ね――――イーター討伐隊がエルオーレット王子とグレストロイに支配され、国王も放置していると告発して来た事だ。
前者に関しては騎士の立場上当然だ。
でも後者に関しては、正直未だに意図が掴めないでいる。
俺達を頼る必要があったのか?
同じ騎士や周囲の仲間達に頼る選択肢はなかったのか?
そんな疑問がない訳じゃない。
「私は」
そのラピスピネルが王家に、或いはヒストピアの中核を担う立場にいる連中に、何を思うのか。
「……ある者に頼まれて、貴方がたに情報を流しました」
「!」
それは……どういう事だ?
一瞬ラピスピネルがスパイだと白状したのかと思ったけど、違う……そうじゃない。
スパイだったら王族の傍若無人な振る舞いを俺達に教えたりはしない。
そんな事をしても、国王には何のメリットもないからな。
「ラピス! 君は一体……」
「ごめんなさいヘリオニキス。貴方にはこの件に関わって欲しくなかった。だから一切言わない事にしたの」
「この件って……貴女、何を隠しているの? 教えて貰えるかしら?」
リッピィア王女の落ち着いた口調での請いに、ラピスピネルは無言で頷いた。
どうやら彼女は、騎士としての立場以外にも別の顔を持っているらしい。
でも、悪魔に魂を売ったような顔つきじゃない。
寧ろ疲れ切った……かなり苦労を強いられてきたような、そんな表情に見える。
「皆さん御存知かと思いますが、この世界には世界樹の研究を行っている『オルトロス』という組織があります。彼等は……オルトロスは世界樹の『使い道』を探っているのです」
世界樹の保護や、世界樹に悪さをしようとしている人間の調査じゃなくて、世界樹の使い道……?
どういう事だ?
「オルトロスは世界樹を守る為の組織ではありません。世界樹を有効活用する事を念頭に置いた上で研究・開発を行っている機関なんです」
「そうなんですか……? 今までのイメージとは全然違います」
リズも、エルテとブロウも困惑気味だ。
でも俺は、そこまで驚いてはいない。
ラピスピネルの言う事を今まで予測していたとか、予感していた訳じゃないけど……オルトロスが単純に世界樹の為だけに活動しているようには思えなかった。
そもそも、この組織は謎が多い。
過去の世界には存在していなかった組織だし、国王がヒラの立場で加入している点も不可解だ。
俺達が加入したのも、その国王から入るように言われたからだ。
その時、俺達は職能適性テストを受けさせられた。
今にして思えば……あのテストは妙だった。
音楽とか描画とか、およそ世界樹をイーターの脅威から守る為の技能とは関係なさそうなジャンルばかりを扱っていた。
説明してくれたのは、確か……フィーナだったか。
『別の職業への適性を見る為のテストでもある』って話だったよな。
実証実験士以外の、イーターと戦う以外の職業で生計を立てられるようにっていう国王の配慮だと、確かそう言っていた。
言っている事自体はわからなくもない。
でも国王が黒幕の傀儡だと判明した今、それは単なる国民の為の配慮とは到底思えない。
そう言えば……ルルドの聖水を大量生産するってオーダーを受けた時、妙な訓示を受けたな。
オルトロスは決して一枚岩ではない、だったか……
その時は『そりゃ巨大組織ともなれば人によって多少の思想のズレが生まれたりもするだろう』とタカを括って、特に重要視はしていなかった。
けれども、今のラピスピネルの述懐が事実なら、俺達は……体よく利用されていただけなんじゃないか?
音楽などの芸術分野を含め、様々な方向性の才能に長けた人間を集め、世界樹を喰らうイーターを壊滅させる為の研究・開発を行っている集団。
それは表向きの顔で、実際には――――世界樹を材料にして、様々なアイテムや武具や魔法を作っている組織……なのか?
実際、俺達は樹脂〈レジン〉と呼ばれる世界樹由来の材料を使っている。
これはもう涸渇してしまっていて、殆ど入手が出来ない。
残り僅かなレジンをどう使うかは、今後の対イーターの戦闘における大きな課題だった。
……世界樹の使い道、か。
それって、例えば『代用品の研究』も含まれるんだろうか?
殆どをイーターに喰われてしまった世界樹に代わる、性質の近い材料を見つける。
それが出来れば、人間はイーターに対抗できる力を持続できる事になる。
もしかして、ルルドの聖水はレジンの代用品候補だったのか……?
「最初にその話を聞いた時は、全く相手にしませんでした。でもその視点で……世界樹を利用する為の研究という視点でオルトロスの活動を見ていると、そう思えてしまう事も何度かありました。涸渇したレジンを今後、どう使っていくのか。世界樹を保護して少ないレジンを確保する事は大事ですが、それを独占する事が目的だとしたら……」
そうだ。
レジンを独占し、更にそのレジンを有効に使って代用品を開発する事に成功すれば、間違いなく……オルトロスが全世界の中心になる。
中心になってイーター討伐に当たるのなら、それは正しい道だ。
けど、スライムバハムート戦において奴等が取った行動は、討伐隊の足を引っ張る事ばかり。
討伐して貰っては困る、と言わんばかりにだ。
「皆さんと一緒に戦ったスライムバハムート討伐で確信しました。オルトロスは……イーターと共存して、世界を支配する為の組織です」
イーターと……共存だと?
「どういう事ですか!? 僕達はそんな組織に協力させられていたって事に……!」
「……否定は出来ません」
「なんて事だ……信じられない」
『エルテは何も言えないと諦観の念を記すわ』
ブロウもエルテも、そして黙ったまま魂が何処かへ抜けてそうな顔のリズも、俺と同じように困惑を隠せない。
俺達モラトリアムだけじゃない。
ステラもリッピィア王女も、ヘリオニキスも、そしてオルトロスとは無関係なメリクも、度合いこそ違えど驚いた顔でラピスピネルの話を聞いていた。
そんな中――――
「シャリオは……知っていたのか?」
アイリスが、隣で自然体を貫くシャリオにそう問う。
確かにそんな雰囲気がある。
だとしたら、彼女は……
「知っていた」
バカな!
まさかシャリオがスパイ――――
「エイル様から事情は聞いていたし、協力するかどうかは私が決めて良いってエイル様には言われてた。だからあの戦いでは手を貸したんだよ」
「あの戦い……スライムバハムート戦か」
「そう」
確かに、シャリオがいなかったら俺達は全滅していた。
これは間違いない。
シャリオが言う『協力』は、人間に対してだ。
つまり、シャリオはスパイじゃない。
間接的とはいえ、エイル様も俺達に力添えしてくれている。
「私が貴方達に情報を流したのは、貴方達の中にオルトロスの真の目的を……イーターとの共存を目論む勢力の人間がいると思ったからです。その人物を特定できれば、組織の全容を掴む手掛かりが得られるからと。これは私のアイディアではありませんが」
「誰の?」
「アンフェアリです」
「な……!」
ここであの組織が繋がるのか……!
キリウスがリーダーを務めて、フィーナとアポロンが所属している組織。
そして多分、オルトロスと敵対している連中。
奴等が……俺達に情報を流すようラピスピネルに指示したって言うのか?
「彼等はオルトロスから派生した組織です。オルトロスが人間を……人類を裏切って自分たちだけで甘い汁を吸おうとしていると気付き、いち早く独立して対抗勢力となる為の力を蓄えていました。私も検討を重ねた末、彼等に協力する事にしたんです」
「ラピス……貴女、そんな事を一人で背負い込んでいたの?」
「オルトロスの腐敗に気付けず、取り返しの付かないところまで来させてしまったのは、騎士として陛下や殿下と接して来た私にも責任があります。私がそれを背負うのは当然です」
そう強がってるけど、大変な思いをしてきたのは表情に現れている。
常に仲間を疑いながら過ごす日々は……地獄だっただろうな。
「もし、私の述懐が間違っていたら訂正してくれて構いませんよ」
ラピスピネルがオルトロスの中心メンバーを睨み、啖呵を切る。
もう既に答えは出ていた。
オルトロスが壊れてしまっているとわかった以上、そこに根を張っている人間こそが――――スパイだ。
国王と共謀しているのか、国王は傀儡でしかないと歯牙にも掛けないのか、それはわからない。
ただ一つ、彼が俺達の情報を国王達に流していたのは間違いないだろう。
とはいえ、解せない事もある。
彼は間違いなく、スライムバハムート戦の功労者の一人だ、
一体どういう事なんだ……?
「何か言ったらどうなんだ? エメラルビィ」
その名を呼ぶと、今までずっと沈黙を保っていたエメラルビィは――――不気味なくらいに口の両端を吊り上げ、恍惚の表情を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます