10-9

 これまで俺が積み上げて来た実績なんて、殆どないに等しい。

 唯一とも言えるスライムドラゴンの討伐にしたって、俺が特別何かをした訳じゃない。

 一応、纏め役という大役を果たした事にはそれなりの自負があるけど、かといって自分の手柄だとも思っていない。


 それでも、今まで少しずつ交流を持ってきた人達と育んできた信頼関係は、俺の言葉に耳を傾けるだけの価値があると――――


「……今日はお集まり頂きありがとうございます。明日の理将就任の式典に際し、どうしても言っておかなければならない事がありまして、こうしてお声がけした次第です」


 そう信じたい。


 ――――本日、どうしても時間を作って欲しい。


 睡眠時間を二時間削って、シーラという実証実験士の為に集まって欲しい。


 メリクやモラトリアムの面々に頼んで、方々にそう声掛けした結果、この夜遅くに宿へ来てくれたのは……


「そう畏まらなくても良い。君はスライムドラゴン……いやスライムバハムート討伐に多大な貢献をした英雄の一人だ。呼ばれれば飛んで来るさ」


 ヘリオニキス。


「ええ。急を要するとの事でしたので、尚更です」


 ラピスピネル。


「真夜中の青天だな。星々に導かれ一歩踏み出す、という意味だが」


 アイリス。


「暇だから来た」


 シャリオ。


「……私は正直、眠かったから少し嫌だった」


 ステラ。


「アタシもよォ。夜更かしは美容の大敵なんだからァ」


 エメラルビィ。


「気にしなくても良いのよ! 夜にこうしてみんなで集まるの、ちょっとワクワクするじゃない!」


 リッピィア王女。


 そしてメリク、ブロウ、リズ、エルテ。


 俺も含めて総勢12名。

 声掛けした全員が来てくれた。

 ……刹那移動がなかったら、こんな時間に王族とコンタクトを取るのは不可能だっただろうから、ある意味では俺にしか出来ない事かもしれない。


 でも、重要なのは集まって貰う事じゃない。

 これから話す事だ。


「……話をする前に一言言わせて下さい。ここに集まって貰ったのは、スライムバハムート戦で共に命を賭けた人達だけです。あの死線を一緒にくぐり抜けた皆さんは……仲間、だと思っています。その信頼を、これから俺は裏切るかも知れません」


「何?」


 当然、ヘリオニキスやラピスピネルは不穏な顔になる。

 アイリスだって困惑してるっぽい。

 他は……まあ、マイペース軍団だからそうでもなさそうだ。


「これから話す事は、このヒストピア……いやサ・ベルの未来に大きく関わる事です。同時に、この場にいる全員の運命も。ですから、今の生活……周囲の人々との関係、御自身の人生。そういった事に何かしら影響が出るのは間違いありません。少しでも、ほんの少しでもそこが気になる方は、せっかく御足労頂きましたが、ここで宿から出て御自身の生活に戻り、今日のこの事は忘れて下さい」


 ……当然だけど、事情を知らない面々は怪訝そうな顔だ。

 そりゃそうだ。

 突然の呼び出しに加え、こんな要領を得ない上に不躾な物言いをされたんじゃすぐに『はいそうですか』とはならないだろう。


 でも時間がない。

 明日までに、俺の計画を彼等に伝えなきゃならない。

 仮に伝えられなくても、俺が明日何かをするという事を事前に把握して貰いたい。


『信頼』って言葉に嘘はない。

 この場に集まって貰った俺以外の11名は、俺が今無条件で信頼している面々だ。

 あの戦いを勝ち抜いた仲間だ。


 だからこそ、何も言わない、何も伝えないって訳にはいかない。

 仮にここで『そういう面倒事に関わりたくない』と言われようと、俺の彼等への信頼は揺るがない。


「……よくわからないけど、ここまで来て話も聞かずに帰るのは癪だから、聞くまでは残る」


 口火を切ったのはシャリオだ。

 まあ、シャリオならそう言うとは思ってたけど。


「同感よ! なんか随分と勿体振ってるけど、どうせ明日の式典で何かしたいとか、そんな話なんでしょ?」


 リッピィア王女はあんまり深刻に捉えていない――――かというと、決してそうじゃない。

 彼女は間違いなく、俺の表情や物言いから重大な話をすると理解している。

 今の言葉は、少しでも他の面々が俺の話を聞いてくれそうな雰囲気になるようにっていう心遣いだ。


「今一つ状況が呑み込めないが、シャリオが残るというのなら私も残ろう」


 アイリスも、微妙に納得してなさそうだけど腰を下ろしてくれた。


「どうやら、我々も残った方が良さそうだな」


「そのようです」


 勘の良いヘリオニキスとラピスピネルも、大体の事は察してくれたみたいだ。

 

 ステラは……


「……」


 あ、寝てる。


「ステラ、ダメよ起きてなきゃ」


「……眠い」


 リッピィア王女にツンツンされても、まだ目が開かない……なんか悪い事した気になってくるな。

 まあ、ステラは今聞いてなくても後でリッピィア王女から話して貰えば良いか。


「はァ……この空気でアタシだけ帰るのは野暮よねェ」


 エメラルビィも残ると言っている。

 これで、事情を知らない面々は全員この場に留まる事を宣言した訳だ。


 ……良かった。

 ここまでは、予定通りだ。


「ありがとうございます。それじゃ、あらためて話をさせて頂きます」


 ようやくスタートラインに立てた。

 後は、なるようになれだ。



「明日、式典の席で国王陛下に狼藉を働きます」



 ――――そう宣言すると、場の空気は当然のように凍り付いた。


「どういう……つもりだ?」


 ヘリオニキスの立場では勿論、聞き捨てならない発言だろう。

 彼とラピスピネルはヒストピアを代表する騎士だからな。

 騎士は王国、そして王を守るのが役目だ。


「国王陛下に牙を剥きます」


「バカな! 何故君がそんな真似をするんだ!」


「……」


 騎士として当然の激昂を見せるヘリオニキスとは対照的に、ラピスピネルは真剣な眼差しのまま沈黙を守っている。

 この反応は……もしかして、気が付いていたんだろうか。

 国王に何かがあるって事に。


「国王陛下は、何者かに操られている可能性があります。ただしそれは、確実とは言えませんし確率が高いとも言えません。これから、俺が今やっている事についてお話します」


 反論される前に、矢継ぎ早に説明を始めた。

 本来なら『そんな話聞くまでもない』と詰め寄られ、下手したら逆賊として捉えられても不思議じゃない。


 でも――――彼等も俺の事を信じてくれていたんだろう。

 自分の感情をグッと抑えて、俺の話に耳を傾けてくれた。



「……以上の事情から、国王陛下の背後で何者かが糸を引いているという疑いがあります」



 説明を終えると、ヘリオニキスは露骨に落胆を見せ、顔を手で覆っていた。

 同じくラピスピネルも瞑目し、深く俯く。

 実際、騎士達にとっては寝耳に水だっただろう。


「事情は……理解した。だが、それを無条件で信じろと言われても、簡単にはいかないぞ」


「わかっています。それでも、貴方とラピスピネルさんには話しておきたかった」


「……」


 俺の見せられる誠意は、こんな事くらい。

 反逆罪に問われる覚悟で、事前に彼等に話を通しておく事くらいだ。


 もし本当に捕らえられたら、世界がどうなるかは想像に難くない。

 俺達は今、捕まる訳にはいかない。

 だから敢えて、二人をこの場に招いた。


 この状況なら、例えこの二人が俺達に鉄槌を下そうとしても対抗できる。

 そういう打算はあった。

 でも決して、彼等と敵対したい訳じゃない。

 

「貴方達に協力して貰いたい。最悪……黙認して欲しい。そうお願いする為に、ここへお呼び立てしました」


「我々に陛下を疑えと言うのか? 陛下を尋問する手助けをしろと……?」


「無理を承知でお願いします」


 深々と頭を下げる。

 正直、彼等の協力なしで明日を迎えるのは心許ない。

 これから俺達がしようとしているのは――――紛れもなくこの国への反逆だからな。


「……一つ、聞かせてください」


 ずっと沈黙を守っていたラピスピネルが、その重い口を開いた。

 恐らく彼女は……


「ウォーランドサンチュリア人との決裂、グレストロイの暴走、エルオーレット王子殿下の……問題行動。これらの事と関連があると考えて宜しいのですか?」


 やっぱり、最初から想定していたのか。


「はい。俺達のスライムバハムート討伐を妨害していた王子殿下の行動を、国王陛下が気付かずにいたとは考えられません。無礼を承知で言えば、健全な状況下にないと判断するには十分な材料です」


 元々、ラピスピネルは俺達にグレストロイとエルオーレット王子の関係をリークしてくれた人。

 彼女なら、必ずそこを関連付けるだろうと思っていた。

 

 実際、関連している可能性は高い。

『息子の暴走を敢えてスルーしている』と捉える事も出来るけど、それだと余りにも凡王……いや愚王だ。

 それよりも、何者かの干渉で口出し出来ない状況だという方が、ラピスピネル達にとってはまだ救われる筈。


「ヘリオ……彼等の言う事は一理あります」


「ラピス! なんて事を!」


「ですが……」


 二人の意見は割れている。

 いや……多分、ヘリオニキスも薄々異変には気付いていたっぽい。

 じゃなきゃ、もっと激昂していただろう。


 後は、彼を説得できる一押しが必要だ。

 その為には――――


「……」


 リッピィア王女の方に目を向ける。

 彼等を説得できる立場にあるのは、彼女かステラくらい。

 ステラが寝ぼけている以上、リッピィアに託すしかない。


「……」


 俺の視線に気付いたリッピィアは、小さく頷いた。

 彼女とは事前に打ち合わせしていた訳じゃない。

 俺の話を聞いて、寧ろ困惑している側だろう。


 それでも、常に大局を見据えてきた彼女なら……俺の言っている事を受け止めてくれた筈。

 そう信じるしかない。



「二人とも、聞いて」



 そのリッピィア王女が、決して広くはない宿の一室でおもむろに立ち上がった。





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