10-8
世界樹世界を混沌に陥れた犯人の正体は――――九幹の誰か。
つまり、アスガルドと同じく創造主……
「なんかつまらない黒幕ですね」
「なんという言い草だ……しかし敢えて同意しよう。ある意味では妥当過ぎてつまらぬ」
そう、妥当だ。
神に等しい創造主にケンカを売ったのは、別の世界の神。
そう考えると、余りにも普通過ぎる結論だ。
「九幹同士って仲悪いんですか?」
「良いも悪いもない。貴様ら人類の言葉を用いるならば『隣人』という表現が最も相応しい」
隣人……そこから感じるのは、限りなく他人に近い距離感だ。
って事は、普段は殆ど干渉しないんだろう。
「貴様ら人類もそうであるように、時代が変われば隣人の定義も変わる。大昔であれば、それなりに付き合いもあった。だが今は殆ど接触すらしない」
「確かに……俺達よりずっと前の世代の人達は、同じ地域に住む人々の繋がりが今よりも濃かったそうですし」
「それを良き時代と言う事も出来る。だが、それは昔の悪しき標榜から目を逸らし、良い所だけを強調しているに過ぎぬ。特に我等のような世界そのものを創造する立場であれば尚更、距離を置いた方が良いのだ」
……その辺の理屈や事情は、俺には全くわからない。
お互いに干渉し過ぎると影響も受け合って、それぞれの世界から個性が消えるとかそういう話なんだろうか?
「しかし……虚しいものだな。決して尊敬などしてはいなかったが、それぞれに積み立ててきた誇りというものは全員が持ち合わせていると思っていたのだが」
「単純に貴方が嫌われていたから嫌がらせされた、って話じゃないんですね」
「……言うな。その可能性に目を向けたら我は己を疑わねばならなくなる。それは誇りを傷付ける行為だ」
要するに『俺は悪くない』って言いたいのか。まあでも、今回の件は純粋に被害者みたいだから、そこにまで余計な口出しはしないでおこう。
「とは言え、結果的に貴様ら人間には我らが九幹のいざこざに巻き込んでしまった事になるな。世界樹の支配者として嘆かわしく思う」
「謝罪は言葉よりも恩恵で」
「……ふむ。貴様、中々我の立場を理解しておるな。その通り。我は創造主なのだから貴様らに謝罪する言葉など持たぬ。だが恩恵であれば喜んで授けよう。我が子等よ」
当たり前だけど、この目の前の男……と言って良いのかもわからない存在に、自分達が創って貰ったなんて実感はない。
でも、今のところ彼を責める理由もない。
悪いのは、どんな理由であれ俺達の世界をムチャクチャにした、イーター増悪化を招いた奴なんだから。
「九幹の誰かがビルドレットの背後にいるのなら、そ奴は確実に城の何処かにいる筈だ。我はこの世界の創造主故に、何処にいようと情勢の感知は可能。だが別世界の創造主はそのような真似は出来ぬ。人間に化けて、ビルドレットを意のままに操っているのかもしれぬな」
「国王を操る……」
普通に考えたら、そんな事が出来る立場にいるのは国王の右腕か大臣。
若しくは……関係者。
それも近しい人物じゃなければ、話を聞こうともしないだろう。
「その犯人は、国王に正体を明かしてますかね?」
「恐らく明かしてはおるまい。別の九幹が創造した世界樹内では、本来の力など決して出せないものだ。万が一正体とその事が人間にバレれば、始末されかねぬ」
そういうものなのか。
確かに創造主としての力を発揮できないのなら、正体を明かすのはリスクしかない。
国王に受け入れて貰えなかったら、その時点で詰むからな。
「暫定ではあるが、我の推論を述べよう。特定は出来ないが、九幹の誰かが我の世界樹を混沌に陥れ、この世界をイーターの蔓延る死の大地へと変えた。目的は恐らく我への悪感情。我はそれを妬みと予想するが」
「妬まれるほどの存在なんですか?」
「余計な質問は受け付けぬぞ。とにかく、犯人は我の世界を内側から支配するつもりだ。内側とはつまり人間の側。他の九幹から盗んだ支配者の証を数名の人間にバラまき、そ奴らを隠れ蓑として自身の正体を隠し人間の中へ紛れ込んだ。フン、考えおったものよ。世界樹の証が複数ある以上、リューゲだけでの特定は心許ない」
……そうか。真犯人が九幹なら、そいつも支配者の証を所持してるんだ。だからそんな回りくどい真似が必要だったのか。
そして、そのバラ撒いた世界樹の証の一つを、エルテが手にしてしまった。
正直ラッキーだ。もしエルテがそれを持っていると知らないまま、リューゲでエルテの持つ証を感知してたら……俺は多分、エルテが黒幕だと思っただろう。そう誘導するのが真犯人の目的だとも気付かずに。
順番が前後してたらマズかった。本当に運が良い。
「国王を意のままに操り、人類がどうあがいてもイーターに対抗できぬようになるまで弱体化させる。その上でビルドレットを幽閉するなり始末するなりして、人間としてこの世界を支配する。それが……我に対する最大の侮辱となる」
「侮辱、ですか?」
「我はこの世界の人間を誇りに思っているからな。貴様らは我の最高傑作だ。それを自分が対等の立場で滅ぼしたとなれば、自ずとそうなろう?」
……それは最大の褒め言葉なんだろうけど、やっぱりピンとは来ない。
でも、やるべき事は明確に見えて来た。
「あの、ビルドレット国王が真犯人じゃないって決め付けて大丈夫ですか? それこそ、犯人が国王に化けている事も……」
「ならば早々に貴様らの世界を支配しておろう。既に他の国は滅び、ヒストピアが人類最後の希望なのだぞ?」
そう言われてみれば、確かにそうだ。
国王の立場なら幾らでも征服は出来る。
でも現実にはそうはなっていない。
「真犯人を見つけ出せ。国王に近しい者の中に、支配者の証を持つ者が必ずいる。そ奴をリューゲで特定すれば、貴様の役目は完了。人類の危機を救える」
「……わかりました。やってみます。あの、もし犯人を見つけたら、世界中のイーターを壊滅させて欲しい……って恩恵はダメですかね」
創造主なら、それくらいの事は出来るじゃないかと期待してしまう。
でも、どうやらそうは甘くないらしい。
アスガルドの表情がそう物語ってる。
「生憎、一度生み出した世界には原則として干渉しないのが我の美徳であり信念。今回はその信念を一旦破棄してでも、見つけ出さねばならぬ異分子がいる故の事よ」
「やっぱり無理ですか」
「だが、貴様等に大いなる力を授けよう」
そう口にした刹那、アスガルドは立ち上がって光のようなものを両手にこねるように包み――――天井へと放った。
光は天井をすり抜けて、何処かへと消えていく。
「貴様等が開発した『世界樹の旗』を強化した。あの旗を中心とした有効範囲内でいれば、人間はレベル1500まで鍛える事が出来よう」
なっ……
「1500!? 上限が今の十倍になるって事ですか!?」
「そうだ。レベル1000を超えれば、如何に増悪化した巨大イーターと言えど狩りの対象と出来る。人類がイーターに勝利する可能性が生まれよう」
凄い! そこまでレベルアップするのには途方もない時間がかかるだろうけど……実現すれば、人類にとっては大きな希望になる。
「……でもそれなら、旗の傍にいるだけで十倍強くなる、或いはイーターの戦力が十分の一に低下するとかの方がありがたかったんですけど」
「贅沢を言うでない。それは明らかに過干渉というもの。言っておくが、世界樹世界は貴様が思っているより遥かに繊細なのだ。我が介入し過ぎれば、その歪みでどうなるかわからぬ。ここらが落とし所だ」
成程、制約とは別にそんな問題があるのか。だったら仕方ないな。
「成功報酬はこんな所で良いだろう?」
「はい、十分です。ありがとうございます」
ようやく……
ようやく終わりが見えて来た。
余りにも果てしなくて、何処にも見当たらないと思っていたゴールがついに。
人類にはもう絶望的な未来しかないと思っていたけど……俺が頑張って真犯人を見つけ出せば、この世界を取り戻せる。
イーターに支配されたこの世界を取り戻せるんだ。
時間を超えてここまで来た意味が、これでようやく生まれる。
念願を果たせる。
気持ちが盛り上がらない訳がない。
「だが、くれぐれも細心の注意を払って調査するんだな。リューゲを乱用すれば犯人に気付かれる。確信を得てから使用するように」
「わかりました」
「では、宜しく頼むぞ――――」
……っと。
「大丈夫…………?」
あれ?
ここはアスガルドに呼ばれる前にいたミーティングルームじゃない。
宿か……?
「随分……うなされていたけど……」
「メリク……か。いや、大丈夫。もう起きられる」
どうやら、気絶して宿に運ばれたらしい。
幸い意識はハッキリしてる。
すぐにでも行動に移せそうだ。
「君の理将就任の式典……もう明日だね……それまでに……荷造りを終えておかないと」
理将……そう言えば、そんなポストを得たんだったな。
今となっては、それを与えてきたのは黒幕の仕業だろうから喜べもしない。
何にしても、まずは王城の味方に付けるべき人物がシロなのをハッキリさせよう。
そうすれば、王城内で動きやすくなる。
「メリク。一つ頼みがある」
「……何? あらたまって」
この国の人間じゃないメリクは、確実に犯人じゃない。
彼になら打ち明けられる。
それに、モラトリアムのメンバーにも。
「俺がこれからする事に協力して欲しいんだ」
まずは、仲間を決める。
絶対的な信頼を置ける仲間だけを。
人類の、平和な未来を勝ち取る為に。
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