10-7

 ――――そろそろ、という予感はあった。

 

 問題はいつ、どんなタイミングかだけだった。

 でも、それがまさか……


「よりにもよってミーティングの真っ最中とはなあ……」


 ついさっきまでリズ、エルテ、ブロウと一緒にいた筈の場所が、今は例の白い空間に様変わりしていた。

 この世界の――――世界樹の創造主様の呼び出しらしい。


 にしても、決起の直後にパッといなくなるのって、絵面想像すると間抜けだよな。


「なんでこのタイミングで呼び出すかね……」


『貴様、聞こえているとわかっていて悪態ついているな? 我を何だと心得る。【九幹】が一人、アスガルドだぞ?』


「はいはい。今から伺いますんでお茶用意しておいて下さい」


 流石に三度目ともなると若干ダレるな。

 しかも同じ九幹のエイル様がやけにフレンドリーだった事もあって、最早神様みたいな存在を相手にしている気がしなくなってきた。


『生憎、ここにそのような物はない。我の笑顔で迎えてやろう』


「要りません」


 取り敢えず、とっとと向かうか……





「ふむ、御苦労。大きな収穫を得たとの予感がしたのでな」


「予感……? 九幹ともあろう御方がこっちの動向を追えてなかったんですか?」


 てっきり、千里眼的な何かで俺の行動を常に見てると思ってたのに。


「他人のプライバシーを侵害するつもりはないのでな」


「創造主とは思えない発言ですね」


「直接貴様を生み出した訳でもないし協力して貰っている者を下に見るつもりもない。こう見えて我は謙虚なのでな。他の九幹とは器の大きさが違う」


 ……どっちかっていうと、エイル様の方が器デカそうだったけどな。

 ま、余計な事は言わないでおこう。


「取り敢えず、その予感は大当たりです。《リューゲ》に反応がありました」


「そうだろうそうだろう。我はこの手の予感については絶対の自信を持っているからな。悪い方のはサッパリ当たらぬが」


 そりゃそうだろう。

 悪い方まで予知できるのなら、そもそも今みたいな事態にはなってない訳で。


「それで、支配者の証の所有者は誰だった?」


「ビルドレット国王でした」


「……」


 あ、固まった。

 そんなに意外だったのか?


「あり得ん。奴は人類の英雄だぞ」


「……そうなんですか?」


「他の国の王は親から王の座を受け継いだだけに過ぎん。だが現存する国王の中でビルドレットだけは、並み居るイーターをなぎ倒しヒストピアを独立国家とした男。奴が……犯人だと?」


 その辺の事情は、俺には良くわからない。

 わからないけど……何かが頭の中にチラ付いている気がする。



 ――――英雄の裏切り



 俺は一体、何を思い出したんだ?


「だが、リューゲが反応したとなれば支配者の証を所有している事に間違いはない。一体何故……」


 ……いや、今はその事は良い。

 それよりも、そろそろ明かさなきゃいけない事がある。


「一つ聞きたいんですけど」


「ん? 何だ?」


「支配者の証って、一つしか存在しない訳じゃないですよね?」


 敢えてずっと黙って来た事を。

 それは……


「無論、一つではない。我をはじめ、九幹全員が所有している筈だ。それがどうした?」


「俺の仲間に、持っている子がいるんですよ。支配者の証」


 エルテがそれを持っているという事実。

 もし話せば、真っ先にエルテが疑われるからだ。

 少なくとも、俺とこのアスガルドとの間に信頼関係が構築されていなかったら、確実にそうなっていただろう。

 

 勿論、例え今ここで打ち明けたからといって、信用して貰えるとは限らないけど――――


「……どういう事だ?」


「貴方に初めて呼び出される前から、知ってたんですよ。その仲間が支配者の証を持っているのを」


「知りながら黙っていた、という訳か?」


「はい。貴方が俺の記憶なり行動なりを監視していないか、チェックする為に」


 だから、リューゲの事を聞いた時も出来るだけ思い浮かべないようにしていた。



 ――――支配者の証の所有を明らかにする為の世界樹魔法。



 最初にそれを聞いた時、まるでエルテを炙り出す為の魔法のように聞こえた。

 そこでもし俺がエルテの名前を出したら、世界を混沌に陥れた犯人と断定されていたに違いない。

 そこには……陰謀の臭いがする。


「……成程。最初から貴様の仲間に目星を付けていて、敢えて貴様に探らせようとした……そんな人物像を我に描いていたか」


「はい。見るからに怪しかったですから。こっちに何の説明もなしに自分のテリトリーに引き込むあたり」


 幾ら相手が創造主だろうと、これは明らかに越権行為って奴だ。

 とはいえ、このアスガルドが人間をゴミのように扱っている奴だったら、そうする事の方が当然だろう。


 でも違った。

 彼は最初から今に至るまで、俺を自分と同次元の存在として扱っていた。

 そして、俺の記憶や思考を盗み見ている訳でもなかった。

 

 今が頃合いだった。


「でも、どうやら貴方は敵じゃないみたいですから。それがわかったんで明かした訳です」


「こちらとしては、隠蔽に濡れ衣にと腹立たしい事ばかりだが……確かに貴様の立場を考えれば、我を即座に信頼せよと言うのが無理があるか」


「はい。無理でした」


 でも今は違う。

 俺が他の九幹――――エイル様と遭遇した事も知らない様子。

 本当に、純粋に俺を使って世界を混乱させた犯人を見つけ出そうとしているらしい。


「……面白くはない。まさかこの我が人間に試されるとはな。面白くはないが……受け入れねばなるまい。納得してしまった以上はな」


「こっちだってタダで働いてるんだから、これくらいの無礼は許して欲しいですよ」


「生意気を。だがそこが良い」


 幸い、怒ってはいないらしい。

 怒られる筋合いもないけど。

 御本人も納得してるように、俺も保身――――仲間の安全の為にやった事だ。


「貴様の仲間が支配者の証を持っている。この認識に誤りはないな?」


「はい。その上で聞きますけど……これってどういう事なんですかね」


 エルテの他にも支配者の証を所有している奴がいた。

 これでようやく、エルテだけに疑惑の目を持たれずに済む。

 ここを出発点にした議論がようやく出来る訳だ。


「犯人候補が二人、或いはそれ以上いる訳だが……それはさておき、考えられるのは二つ。一つは我以外の九幹がその者に証を与えた。若しくは奪った」


「証が複製される可能性は?」


「ない。どのような魔法や技術を用いようと複製できないプロテクトが掛かっている。でなければ、我の証が盗まれた時点で複製を疑わない訳がないだろう」


 確かに。

 もしそうなったら犯人捜しどころじゃない。


「仲間……エルテって言うんですけど、エルテが言うにはこの世界樹世界に来た時、知らない間に荷物入れに入っていたそうです」


「それを無条件で信じろというのはな」


「信じて下さい。じゃないと、前提条件が成立しません」


 アスガルドの目を凝視しながら、そう訴える。

 実際、そうして貰わないと今まで黙っていた意味も、今打ち明けた意味もなくなってしまう。 


「……そもそも、貴様が嘘をついている可能性もある。だがそれを疑っていたらこうして話をする事自体が茶番、か……」


「はい、その通りです。俺を信じて貰う事が前提条件。なら、俺の仲間も信じて貰わない事には」


 この理屈に間違いはない。

 後は、向こうの判断だ。


「わかった。信じよう」


 ……いやに判断が早いな。

 でも、信じろと訴えた手前、こっちが信じない訳にはいかない。

 俺だって、彼が信頼できると判断したからこそ、この話を持ち出した訳だし。


「ならばエルテが犯人という可能性はない。恐らく、攪乱目的で"黒幕"が渡したのだろう」


「……黒幕?」


 ビルドレット国王が、って事か?

 でも国王と接触したなんて、エルテは一言も言ってない……


「そんな気はしていたが、どうやら黒幕は九幹の中の誰か、と見るべきだろうな」


「え……?」


「我の支配者の証を奪い、また他の九幹の証も奪い、それらを人間に持たせる事で犯人を特定させず混乱を助長した。そんなところか」


 な、なんだってそんな真似を……?


「成程。そうか。合点がいった。どうやら我の世界を乗っ取りたいと考える不届き者の仕業らしい」


 こっちが混乱している最中、アスガルドは何かを確信した様子。

 不敵な笑みを浮かべて肩を揺らしている。

 面白い、とか愉快、ってニュアンスじゃない。


「くっくっくっ……随分と嘗めた真似をしてくれる」


「凄むのは結構ですけど、こっちにもわかるように説明して貰わないと」


「九幹の中の誰かが、我を妬みこの世界を混沌に陥れ、その隙を突いて自分の所有世界にしようとしている。そんな所だ」


 アスガルドの声は、明らかに先程までとは違っていて、何処か――――楽しそうですらあった。





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