10-6

 キリウスを名乗る人物は複数いる――――


 それ自体はわからなくもない。

 オンラインゲーム界隈では有名人らしいし、そういう奴の名前を騙るケースは珍しくもない。

 まして不正ログインっていう悪質な行為に手を染めている以上、面白半分で偽名として使う連中にとっては格好のターゲットだ。


 でも、アカデミック・ファンタジアに関わっているキリウスが複数いるのなら、それは予想外の事。

 少なくとも、俺が遭遇したキリウスは全て同じ外見だった。

 そりゃ、ゲームだから外見を揃える事は難しくもないだろうけど……


 裏アカデミはβテストの段階だろ?


 そんなテストに『キリウス』を名乗るプレイヤーが複数名参加しているなんてあり得るか?

 少なくとも、何かしらの示し合わせがなきゃ考えられない事態だ。


「キリウスと名乗る人達が何者なのか、その人達を見つけたらどうなるのかは……聞かされていないのでわかりません。ただ、キリウスの一人が簡単にお城に侵入していたから、もしかしたら王国から黙認された存在かも……と思っていました」


「確かに。アルフはその事について何か言ってたか?」


「いえ。もう少し進展したら見解を話すと。ただ……キリウスの存在は、この世界にとって重要とは言っていました」


 アルフってのは、アスガルドと同じ九幹……世界の創造主に近い存在。

 そいつがそこまで言っているって事は、キリウスの存在はサ・ベルにとって相当大きな影響を与える訳か。


 ……の割には、俺を助けたような行動を取っていたのは気になるな。


 何にしても、テストプレイ中のゲームに不正ログインする事はまずない。

 つまり、この世界のキリウスは終夜父公認の存在って訳だ。

 っていうより、制作側が意図的に使った名前って考えた方が自然……だよな、どう考えても。


 元々キリウスは、ソーシャル・ユーフォリアの登場人物だった。

 メインじゃなく端役ではあったけど、固有名詞としては他にあまり見ない。

 不正ログインで有名な『キリウス』を名乗る人物が、このソーシャル・ユーフォリアのキリウスを模した……若しくは名前を使った可能性はある。


 そして、ソーシャル・ユーフォリアは終夜父がプロデューサーを務めたゲーム……


 何かそこに関連があるのかもしれない。


「キリウスだったら、俺は何度か遭遇してる。でも出没する法則みたいなのはわからない」


「みたいですね。次に見かけた時は、わたしに報せて頂けると助かります」


「わかった」


 ……他の二人は個別では見かけてないみたいだな。

 俺の前にだけ現れたのか。

 ますます訳がわからない存在だな……


「次は僕の番だね。僕は君達と出会う前からヴァナと遭遇して、頼まれ事を抱えていたんだ」


 俺達と出会う前?

 それって、表のアカデミック・ファンタジアでの事じゃないのか?


「それで、頼まれ事って言うのは?」


「……君達三人を、同じラボに入れる事」


「!」


「ヴァナは未来を見通す目を持っているみたいでね。君達が他の九幹と接触する事がわかっていたんだ。だから、一箇所に纏めておきたかったそうだよ」


 ……っていうのは、裏アカデミ上の設定。

 でも実際には俺と終夜と水流を一つのパーティ内に収めておきたいって制作サイドの狙いがあった事になる。


 そう言えば、水流はソウザ――――つまりブロウと同じく朱宮さんが操作しているキャラから裏アカデミに案内されていた。

 朱宮さんは制作サイドの指示に従って、俺達を出会わせたって訳か。


 理由は……多分、精神的な問題を抱えている者同士を協力させる為だろう。

 俺達の共通点は、精神の問題が身体にも影響を与えていて、しかも難治って点だ。

 裏アカデミが医療と結びついているのなら、『ゲームで協力プレイをすれば症状に変化が現れる』って仮説で実験が行われているかもしれない。


 何しろ、俺達は実証実験士。

 解明されていない謎を実証していく職業だ。


「申し訳ない。騙すような真似をしてしまって……」


「気にする事ないよ。そのお陰でこのメンバーを出会えたんだから」


 カッコ付けてる訳でも、気を遣ってる訳でもない。

 心からそう思える、だから言っただけだ。


 当時は正体こそ知らなかったけど、朱宮さんとは表のアカデミの頃からの付き合い。

 ソウザもブロウも、俺にとっては心地良い仲間だった。

 不快な思いなんて一切して来なかったのに、怒る道理なんてないよな。


 ただ一点――――


「その事は別に良いですけど、ロリババア好きな理由がこの件に全く関係ないのは闇を感じます。結局、素だったんですね」


『それについては同意せざるを得ないと、エルテはゲンナリ記すわ』


 ……俺も同意見だけど言い方酷いな。

 ロリババアについてブロウが語る時のあの気持ち悪さだけは、俺以上に女性陣が辟易してたんだな。


「申し訳ないが、僕もこの趣味については誇りを持っている。変更するつもりはない」


 さっきと同じ『申し訳ない』って言葉が、今回はえらく軽く感じるな……


「では、最後はエルテですね」


 リズに促され、エルテが暴露大会のトリを飾る。

 俺は心当たりがあるから、なんとなく想像つくけど……


『ミズガルと出会ったのは、この世界に来て間もなくの頃だとエルテは記すわ』


 って事は、ソウザに招かれてブロウと合流する直前くらいか。

 この時に『支配者の証』を貰ったのか、それとも既に手に入れていたのか――――


『私が彼に課せられたのは、フィーナと呼ばれる人物と定期的に会う事』


 ……え?


 フィーナって……俺をこの裏アカデミに導いた、アヤメ姉さんが操作してるあのフィーナか?


『そして、その事を決して他言しない、という制約を設けられたとエルテは記すわ』


 ……そうか。

 多分、アヤメ姉さんがフィーナってキャラを介して、精神科医の観点から水流の様子を窺ってたんだな。

 勿論、その事が外部にバレちゃいけないから、箝口令を敷いてた訳か。


 最初に水流と会った時、確かフィーナの名前を出したよな、俺。

 あの時、水流は辛かったかもしれないな……


『黙っていてごめんなさい』


 ……ん?


『と、エルテは本気で記すわ』


 今のは俺だけに対するメッセージっぽいな。

 だったら……


「全然気にしてない。今まで制約を守り抜いたのは立派だ」


 別に水流だから甘い返事をした訳じゃない……と思う。

 ちょっと自信ないけど。


「……これで、それぞれの事情を打ち明けた訳だけど、中身には結構大きな違いがあったね」


 ブロウの言うように、俺と他の面々とでは結構な差がある。

 一見すると俺だけやたら役割が重い。

 逆にエルテはかなり個人的な課題だった。


 これにも何か意味があるんだろう。

 もしかしたら、俺達の治療に何かしら影響しているのかもしれない。


「シーラ、君は出世する気がないと言っていたけど、これからどうするつもりだい?」


「それは……」


 ……あれ?

 なんか……意識が……消え……


 いや違う。

 これは……没入時間の感覚だ。

 まさか、自分で意識しないまま――――





 ――――――――――――――――――――――――


 ――――――――――――――――


 ――――――――


 ――――


 ……





「俺はこれから、ビルドレット国王陛下に真相を問おうと思う」


 ここにいる三人は、俺が最も信頼する面々。

 だから、話すのに躊躇はない。


「無茶だ! 不敬罪……いや反逆罪で捕まるぞ! 最悪、極刑も……」


「そんなヘマはしないさ。当然、段階を踏む」


『段階とはどういう事だと、エルテは深刻に記すわ』


 ブロウもエルテも、俺の事を心配してくれているのが伝わってくる。

 でも、ここで日和る気はない。


「まずはエルオーレット王子と接触する。彼には先の戦いで邪魔をした疑惑があるからな。そこで彼と司法取引が出来れば、それがベストだ」


「司法……取引?」


 首を傾げるリズに、一つ頷いてみせる。


「もし王子が本当にイーター討伐を妨害していたんだったら、それは人類への裏切りだ。発覚すれば、彼の立場は危ういものになる」


「王子を脅して、国王と話し合いの場を設ける気かい?」


「そこまでいければ最高。国王に何か変化の兆候がなかったか、怪しいヤツらと接触してなかったか、それが聞ければまずまずって感じだな」


 実の息子から何らかの有力な目撃情報が得られれば、そう無碍には出来ないだろう。

 可能なら、話し合いの場に王子も出席させたい。


 ただ、王子と王が結託している可能性もある。

 そこは見極めが必要だ。


「幸い、この国の実力者達とは今回のイーター討伐で絆が出来た。彼等の協力も得られれば、必ず道は拓ける」


「……そんな上手くいきますかね」


 リズらしいネガティブな発言。

 でも、今回は同調する訳にはいかない。


「なんとか上手くやるさ。この世界を守る為にも」


 敢えて大きく出たのは、自分自身に喝を入れる為。

 これからは、一つのミスが致命的になりかねない。

 集中しないとな……


「取り敢えず、信頼できる面々だけで話し合いの場を設けたい。みんな、協力してくれるか?」


 そう問いかけると、全員が同時に力強く頷いてくれた。



 もしかしたら、あのスライムドラゴン討伐よりも厳しい戦いが待っているかもしれない。


 でも――――もう、後には引けない。


 国家反逆罪に問われる覚悟で、俺は自分の使命を果たす道を選んだ。





 

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