10-5

 8月4日(日) 21:27



 ……なんか凄い一日だな。

 これからアカデミ再開って時間なのに、ワクワクよりドキドキが凄くて全然集中できてない。

 こりゃ没入するのは無理だな。


 まさか俺の人生の中で、あんなやり取りする瞬間が来るなんて思いもしなかった。

 あの瞬間だけ違う自分になったような感覚だったな。

 ゲームをプレイしてる時の感覚とも違う、何とも言えない非現実感というか……夢みたいだった。


 どうしよう。

 ぶっちゃけ、ゲームどころじゃない。

 いやゲームは人生で一番大切な存在なんだけど、その柱がグラグラ揺らいでる感じだ。


 良くないなー、良くない。

 人間、こういう精神状態の時に痛い目に遭うんだ。

 交通事故とか失言とか炎上とか。


 取り敢えず……鏡で今の顔を見てみよう。


 お、ニヤけてる。

 早速リハビリも順調みたいだ。

 水流のおかげだな。


 そう言えば、自分の事を報告する暇もなかったな。

 つっても、まだ安定して表情が作れる訳でもないし、話せる段階でもないか。


 ……30分になった。

 約束の時間だ。

 今日はもう、このままログインしよう。


 随分長いとこメインストーリーから遠ざかってたけど、前回が衝撃的な所で終わってたからハッキリ覚えてる。

 黒幕の正体が国王かも、って判明したんだった。


 よく考えたら、絶望的な状況なんだよな……防衛力も権力も最強の相手だし。

『国王はイーター側だ』なんて言おうものなら、一瞬で不敬罪確定だ。

 それに、カラッとした性格だからあんまり敵って感じもしないし……


 ま、一人で考えても仕方ない。

 他のみんなの意見も聞きたいし、さっさとログインしよう。


 なんかゲーミフィアの起動音自体が久々って感じするな。

 小学生の頃は、当時の主要ハードの起動音を聞くだけでワクワクした。

 何時からだろうな、その感覚が消えたのは。


 でも今は、少しだけその頃の感覚が戻ったような気がする。

 プレイの間隔を空けるのも、時には必要かもしれない。


 ……さて、久々のシーラ。

 スライムドラゴンとの死闘を経て、少しだけ強くなったんだよな。

 まあ、レベル150でも単騎でイーター討伐が出来ない世界観だから、焼け石に水なんだけど。


 まずは水流……じゃなかった、エルテ達と合流しないと。

 お、もう俺以外みんなラボルームに集まってるな。


「遅いですよ、シーラ」


 終夜……リズのビジュアルも久々だ。

 相変わらず血走った目玉をモチーフにした髪留めが酷い。

 

「まさかロリババアと道端でぶつかって遅れたのかい? そうなら是非紹介して欲しいね」


 ブロウがロリババアに言及したの久々に見た。

 期間が少し空いた所為か、各人が原点回帰してる気がする。


『ひさしぶり。げんきだった?』



 ……。



 水流がエルテになりきれてない!


 うわー、俺もだけど水流もかなり舞い上がってるな!

 なんか嬉しいけどダメだこれは! 

 ゲームに支障を来たすようじゃシャレにならない!


『なんて言うと思った? とエルテはからかい半分でここに記すわ』

 

 お。なんとか持ち直した。

 でも『からかい半分』って時点で半分はダメじゃん。

 こりゃリハビリが必要だな……


「遅れてゴメン。寝付きが悪くてさ。状況が状況だけに」


 取り敢えずこれでよし。

 話の流れをメインストーリーに持っていく為のさりげない誘導だ。


『大丈夫? 具合とか悪くない?』


 水流ーーーーっ!

 リズもブロウも明らかに戸惑って会話に入ってこれないじゃん!

 どうしよう、水流がポンコツになっちゃった……


『とエルテは慈悲深き眼でここに記すわ』

 

 何気に喋れない設定が生きてるな。

 文字での会話は修正がしやすい。

 SIGNが普及したのも、そういう所が理由かもしれない。


「心配は要らない。今は俺の事よりも気に掛けなきゃいけない事があるだろ?」


 ……自分で書いておいてなんだけど、この発言もどうなんだろうな。

 必要以上にエルテに対してカッコ付けてるような……


 マズい。

 なんかもう自分と水流の発言に関しては全部変なフィルターが掛かってるように見えて仕方ない。

 なんとか軌道修正しないと。


「そうだな。一気に出世したのは喜ばしい事だけど、国王陛下の信頼を得られるよう精進しないと」


 ん? ブロウは一体何を言って……


 ……あ、そっか。

 ビルドレット国王陛下が悪かもしれないって情報をまだ共有してないんだ。

 ってかそれ以前に、俺が世界樹を狂わせた犯人捜しをしてる事すら仲間には話してなかったんだっけ……そもそも極秘任務だから当然だけど。


 今更だけど、みんな俺みたいに何か他人には明かせない使命を課せられてるんだろな。

 そこがこの裏アカデミの普通じゃない所。

 プレイヤー一人一人に対して、全く違う人生が与えられている。


 だから、自分のやっている事をいつ、どのタイミングで仲間に伝えるのかは任意。

 それに対して、運営側も何らかのリアクションをしてくるんだろう。

 ゲームをプレイしているって言うより、ゲームの中に入ってそのキャラの人生を実際に歩むような感覚になる。


 ここでアスガルドの名前を出して、世界樹世界がバグってるって事を話しても、流れ的には問題ない。

 寧ろ、黒幕らしき存在が判明した訳だから、最高のタイミングだ。

 アスガルドからは『仲間が犯人じゃないと確信したら打ち明けて良い』ってお墨付きを貰ってるからな。


「このまま出世街道を直走ったら、わたしは本当の女神になりますね」


『今は本物の女神じゃないのとエルテは冷酷に記すわ』


「あっ違います違います! 今のはナシで。わたしは生まれながらに女神ですから」


 水流はようやくエルテらしさを取り戻しつつある。

 リズは……まあ、最初から終夜そのものって感じだからな。

 終夜も演じてる感覚は薄いんだろう。


 頃合いだ。


「水を差すようで申し訳ないけど、俺は出世するつもりはないんだ」


 一瞬の間。

 みんなが俺の発言の意図を測りかねているのがわかる。


「どういう事だ?」


 最初にそう聞いて来たのは……ブロウか。

 もしかしたら、なんとなく察したのかもしれない。


「実は、今までずっと黙ってきた事があるんだ。ようやくそれを話せる時がきた。聞いて欲しい」


 勿体振る訳じゃない。

 いきなり『神様みたいな存在から頼まれ事をしてた』なんて言っても、ポカーンってなるだけだ。


 それだけならまだしも、『俺達を欺いてたのか!』みたいな裏切り者扱いされるのが一番怖い。

 そうならないような努力はしないと。


『大事なことだと察し、聞く準備を早々に整えたとエルテはここに記すわ』


「わたしもです。どうぞ」


 取り敢えずこれで、今から衝撃の事実を語るって空気は作れた。

 後はもう、本当の事を話すだけだ。


「少し前の話なんだけど、俺は偶然、この世界を作ったって言う存在と出会った」


 さあ、どんな反応を――――


「君もか。僕も出会ったよ」


「わたしも出会いました」


『エルテはかなり最初の方で遭遇したとここに記すわ』


 ……え。


 いや、驚く事じゃない。

 そりゃ、MMORPGなんだからプレイヤー全員が主役な訳で、キーキャラがその全員と出会うのは普通の事だ。

 でも、その事を誰も話さなかったって事は……全員俺と同じように口止めされてたって事か?


 だったら、全員が犯人捜しを行ってたって事になるけど……


「それじゃ、みんなアスガルドと面識あるのか」


「アスガルド? いや違う。僕が出会ったのは『ヴァナ』と名乗る人物だった」


「わたしはアルフって方です」


『エルテはミズガルと知り合いになったと記すわ』


 あれ?

 全員違うのかよ。


 って事は、今挙がった名前は多分――――


「みんな九幹の一人か?」


「ああ」


「それです」


『世界樹を預かりし【九幹】たる盟主、と紹介されたとエルテはここに記すわ』


 そういう事か。

 このゲームのプレイヤーは、何処かの段階で九幹の誰かと遭遇してるんだな。

 そこで、各々の役割を担う訳か。


「これは思いの他、盛大な暴露大会になりそうだね」


 ブロウの言う通り、俺以外の三人も黙っていた事がありそうだ。

 特にエルテはラスボス候補の一人で、『支配者の証』ってアイテムを持ってた訳だしな。


 支配者の証は、そのまま世界樹の支配者である証を意味する。

 世界樹を作った九幹そのもの、若しくはそれに近い存在の筈だ。


「変な感じになったけど、言い出しっぺだし俺が最初に言うよ。俺はさっき言ったアスガルドって奴に頼まれて、この世界を豹変させた犯人を捜してたんだ」


「豹変って、イーターが強力になった事ですか?」


「ああ。でもそれだけじゃない。この世界は意図的に変質させられた可能性が高いらしい。それを行った奴が、この世界の何処かにいる」


「で、それを突き止めたから真相を話す事が出来た訳か」


 流石ブロウ、話が早い。


「ああ。その犯人は、まだ断定は出来てないけど……国王の可能性が高い」


 そう告げた刹那――――リズが勢いよく立ち上がった。


「リズ?」


「やっぱり……」


 何か思うところがあったのか、リズは歯痒さを噛みしめるような顔を暫く浮かべていた。


「次はわたしが話します。わたしもシーラと同じように、アルフから依頼された事があるんです」


 まさか他人の秘密を明かされるとは思ってなかったから、少し緊張する。

 世界をおかしくした犯人を捜すよりも、重大な問題を抱えているんだろうか。

 リズの役割とは一体……


「わたしが任せられたのは、キリウスという人物を探る事です」



 ……え?



「キリウスって、王城で僕達の前に現れたあの盗賊まがいの男かい?」


「そうですね。でも、正しくは『その男でもある』です」


 どういう事だ……?

 

「この世界に、キリウスを名乗る人物は複数います。人の名前ですから、被る事は当然あります。でも、わたしが探すよう言われていたのは、『キリウスという偽名を用いている人物』でした」


 そのリズの述懐は、俺の中のキリウス像を大きく揺さぶるものだった。





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