10-4

『娘は、元気だよ』


 そう伝えてくる水流父の声は、やっぱり覇気がないように聞こえる。

 これは……言葉通りに捉えられない。 

 やっぱりゲームが出来るような体調じゃないんだろうか……


『今までにないくらい、元気にしているよ。今までにないくらい……』


 ……あれ?

 さっきは気の所為だと思った殺気がやっぱり滲んでるような……


『元気過ぎてね……反抗期が来てしまったようだ……誰の所為とは言わんがね……』


 えっ……?


『仕方ないだろう……? ゲームで知り合った年上の男の話を聞かされて……「そうか。良かったな」なんて言える父親がいるかい……? 君は父親になった経験はないだろうが、それでも想像くらいは出来るだろう……? ちょっと声を荒げるくらいは普通の反応だと思わないか……?』


「あっ、はい。そうですね」


『だろう……? しかも実際に会ったとか言われた日には……もう会うなと反射的に言ってしまうのが父親ってものだろう……? なのに私はそれ以来、娘に嫌われてしまってね……誰の所為とは言わないが……地獄なんだよ……』


 ……言ってます。メッセージ性強すぎてしんどいっす。


『まあ……話す限り君は普通の子みたいだし……娘の体調を第一に考えてくれているようだし……無理にゲームに誘わずにいる配慮にも感心したし……悪い人間じゃないと思うよ……でもね……――――』


 あれ、声が遠ざかっていった。なんか叫んでるような……

 

『もしもし。申し訳ありません。夫が失礼な発言を……』


 声が変わった。ってか性別が変わった。


 夫って事は、この方は――――


『お電話替わりました。瑪瑙の母です』


 ですよね。

 今度は水流母か。

 父親とは違うプレッシャーが……


「は、初めまして。春秋です。瑪瑙さんと親しくさせて頂いて……」


『はい、娘から窺ってます。いつも娘に良くして下さっているみたいで。ありがとうね』

 

 物腰柔らかで、声も穏やかだ。

 でも、やっぱりある種の警戒心は感じる。

 なんというか、声に壁があるっていうか……そんな感じだ。


『なんか大袈裟にしちゃってごめんなさいね。今まで娘が都外のお友達を作った事は一度もなかったから、ちょっと戸惑っちゃって。貴方の事を何も知らないのに、こっちで勝手に悪い人に騙されてないか心配しちゃってね……』


 ……まあ、そりゃそうだよな。

 もし来未が他県のアニメ好きの男と頻繁に連絡取ってるって事実が判明したら、俺だって同じように『趣味に託けて騙されてないか?』って心配する。

 例えそれが不要なお節介だとしてもだ。


『だから一度、貴方とお話してみたかったの。でも瑪瑙が渋ってたから、中々機会がなくて。今日やっとOKが出たの』


「そ、そうだったんですか」


『春秋君、高校一年生よね。お住まいは山梨県だっけ?』


「はい」


『お勉強はどう? 中学の時と比べて、やっぱり難しい?』


 これは……雑談に見せかけた素行調査だな。

 勉強に対する意識で、俺がどんな生徒なのか、あとゲームのやり過ぎで勉強を疎かにするタイプかを見極めようとしているんだろう。

 流石にそれくらいはわかる。


「そうですね……今のところはそうでもないです。難しくなるのはこれからだと思います」


『夏休みの宿題はいっぱい出た?』


「結構出ましたね。でも、ほぼ片付きました」


『あらご立派。偉い! ちゃんとしてるのね』


 ……一応、プラス査定だったみたいだ。

 つ、疲れる……試されてるの丸わかりでの会話はキツいって……クリティックルでスタッフ達と顔会わせた時より遥かに精神の消耗が激しい。

 なんか終夜の気持ちがわかっちゃったな……ゲーム好きってだけで、大人でも親しみやすくなるの良くわかった……


『ただ、ちょっとだけ気に掛けて欲しい事があってね』


 う、この流れだと……注意喚起の上、最後は『娘とはもう会わないで』みたいな事言われちゃうのかな。

 でもそれは理不尽過ぎる。

 とはいえ水流が体調を崩したのは事実で、その原因の一端は俺にあるし……でも――――


『娘……瑪瑙ね、自分の心が弱い事を気にして、引っ込み思案なところがあって……あんまり積極的に友達と遊んだり出来ない子で。だから、ちょっと心配でね……こういうのを老婆心って言うのよね。やーね、もうそんな年になっちゃったか』


「は、はぁ」

  

『フフ。やっぱり話し難い?』


「い、いえ! そんな事はありません……けど、ちょっと緊張して……」


 緊張は本当だけど、もう半分は嘘だ。正直話し難いです。事前に告知でもしてくれてればシミュレーションくらいは出来たんだけど、不意打ちだったから言葉が出てこない。いきなり御両親と会話はハードル高いって。


『ごめんねー。過保護でしょ? 貴方は何も悪い事してないのに突然ねー……本当ごめんなさい』


 多分、この謝意も半分は本当で半分は嘘だろうな。

 突然だからこそ素が見える、って思惑が絶対あった筈。

 誤用の方の確信犯ってやつだ。


 ……なんかそう考えると、緊張してるのがバカバカしくなって来た。

 俺は別に悪い事は何もしてないんだ。

 なんでこんな緊張を強いられなくちゃならないんだ?


『都外の年上』だから信頼できないのか?

 それとも『ゲームに誘ってくる男』だからか?

『得体の知れない相手』だからか?


 ……まあ、冷静に考えたらこれ全部当てはまってる時点で警戒はするよな。

 不意打ちとは言っても家に押しかけてきたとかじゃなく電話なんだし、非常識な対応でも何でもない。

 危ねー……一瞬怒りで暴言吐きそうになった。


「水流さんの事情は聞いています。過保護じゃなくて、当然の事だと思います」


『そう? 良かったー。そう言ってくれて』


 言葉とは裏腹に、声は少し冷たかった。

 白々しい綺麗事を言ってきた、みたいに捉えられたのかもしれない。


 実際、水流を来未に置き換えて考えれば、向こうにとって俺の存在が不気味なのはわかる。

 わかるけど、それを全面的に受け入れられるほど俺は人間できてない。

 水流の両親のこのやり方と話してくる内容に、少しイラっとしてるのは隠しきれない。


 でも我慢だ。

 ここで俺が不満を言ったり声を荒げたりしようものなら、水流に害を与える男だっつって遮断されるかもしれない。

 それこそフザけんなって話だ。


 どうすれば信用される?

 信用されそうな事を言っても、向こうの反応は芳しくない。

 最初からそういう気は一切なくて、水流を納得させる為に俺とコミュニケーションを取っただけかもしれない。


 なら、我慢しても仕方ない。

 言いたい事を言おう。

 勿論、諸々弁えた上で。



 俺が一番言いたい事は――――これなんだ。



「先日は水流さんと遊ぶのが楽しくて、無理をさせてしまって申し訳ありません。今後はこんな事がないようにします」


 水流を消耗させてしまった事、それで御両親に心配をかけてしまった事は、何度でも謝る。

 でも、それで終わりじゃない。 


『今後』


「はい」


 案の定、そこに食いついてきた。

 仮に何を言われても、引くつもりはない。


 だって、俺は――――



『よかった~。これからも瑪瑙と仲良くしてくれるんだって!』



 ……あれ?


 予想と全く違う返答。

 いや返答ですらない。

 今のは俺にじゃなくて、スマホの向こうにいる家族に対しての発言だったような……


『長々と喋ってごめんなさい。私達がしゃしゃり出た所為で春秋君の印象悪くして、もうこんな一家とは関わりたくないって思われるんじゃないかって心配で……そう思ったら余計喋っちゃって。要領得なくてイライラしたでしょう?』


「い、いえ。そんな事は……」


『貴方が瑪瑙と仲良くしてくれたお陰で、あの子最近元気になっててね。だから、お礼を言いたかったの。それが、一番言いたかった事』


 ――――どうやら俺は、勝手に言葉の裏を読んで、勝手に御両親を敵認定して、勝手に苛立っていたらしい。


 参ったな……これじゃただのバカじゃん。


『ありがとう。これからも宜しくね』


「は、はい!」


『それじゃ瑪瑙と……あ、続きはSIGNでだって』


 うん、そっちの方が断然良い。

 御両親が見ている前で通話するなんて、どんな羞恥プレイよりキツい……


『東京と山梨、結構離れてるけど、一度家に遊びにいらっしゃい。それじゃ、またねー』


 まるで友達に話しかけるみたいにそう告げ、水流母は通話を切った。


 これって……もしかして親公認の仲、ってやつになったんだろうか?

 いやでも水流父は認めてくれてないか。

 半公認、って感じかな。


 兎に角。


 ……死ぬほど疲れた。


 なんだ今の時間。

 自分の部屋でこんなにプレッシャー感じたの生まれて初めてだ。

 ホーム中のホームなのに、アウェイ感半端なかったな……


 ん、SIGNの着信だ。

 水流からだろう。



『ごめん』『ほんとごめん』



 ……本当それな。

 でもカッコつけよう。


『全然大丈夫』『気さくな御両親で話しやすかった』


『絶対嘘』『めっちゃはずい』


『水流がこっち来た時の俺の気持ちわかった?』


『わかった』


 わかれば良し。


『あのね』『私アカデミ復帰できるみたい』『医者の先生から大丈夫って言われた』


 おっマジか!

 それが一番の朗報だ。

 そうか、だからこのタイミングで御両親が俺にコンタクト取ってきたのか。


『でもね』『しばらく遠出はダメだって』


『それは仕方ない』『当分はゲームとSIGNで我慢しよっか』


『うん』


 ……あれ。

 なんか自然に『我慢しよっか』とか書いて送っちゃったけど、これって……


『せんぱいに会いたいな』


 これって、もう……


『俺も』


『ほんと?』


『ほんと』


 文字を打ちながら心臓バクバクだ。


 これもう……



 完全に付き合ってるカップルの会話だろ!?



『でも我慢しないとね』『その前アカデミに復帰しにいと』『二人に連絡してもらっいい?』


 ……向こうも絶対そう思ったなこれ。

 テンパった時の終夜並に誤字脱字が酷い。

 でも、それを見ても全然冷静になれない!


『わかった』『じゃあ9時半に集まろうか』


『おっけー』


『じゃ、アカデミで』


『うん。アカデミで』


 ……会話が終わった。



 ……。



 …………。



 うわーーーーーーーーっ!!

 うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!


 ヤバい……もうダメだ自分を誤魔化しきれない。

 これもう俺、絶対好きだろ水流の事!

 で水流も絶対俺の事好きだろ!!


 だったらもう今すぐ告白……いやそれは節操なさ過ぎか。


 いつだ?

 いつが良い?

 記念日とかそんな感じ?


 落ち着け。

 いくらなんでも、これで告白失敗とかはないだろ。

 いつでも大丈夫の筈。


 でもそんな余裕ぶっこいて向こうが冷めたら……いやでも……

 

 だから落ち着け、俺。


 今日は水流のアカデミ復帰日。

 この日に告白はちょっとな……それに『好きです。付き合ってください』ってSIGNで言うのも……やっぱり直接が良いよな。

 暫く遠出は出来ないっつってたけど、俺の方から行けば問題ないし、お母さんも家に来てって言ってたし。


 決めた。

 今度は俺が水流の住む街へ行って、告白する!



 ……俺にそんなこと出来るのか?

 




 

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