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 8月4日(日) 20:47



 アヤメ姉さんは『あくまで可能性の話であって確定じゃない』と念を押していたけど……やっぱり『ソーシャル・ユーフォリア』が原因の一端だったような気がしてならない。

 根拠は、俺の中で燻っているこのゲームへの奇妙な印象深さだ。


 当時まだ小学生にもなっていなかった俺が、このソフトを正しく評価できる訳がない。

 なのに成長してプレノートを作れるようになった時、やたらこのゲームの事が心に残っていたし、それは今も同じ。

 俺の記憶にはないけど、きっと『思い出のゲーム』なんだと思う。


 でも、このゲームをもう一度プレイしたからといって、当時の事を思い出すかというと、それは多分ない。

 既にキリウス関連で一度振り返っているし、攻略本まで読み漁っている訳だから、記憶はかなり刺激を受けている筈。

 なのに何も起こっていないんだから、これ以上の進展は望み薄だろう。


 アヤメ姉さんも言っていたけど、焦るのは良くない。

 今の俺はリハビリモードで、これから少しずつ表情を取り戻していくべき段階。

 鏡を見ながら意図的に喜怒哀楽を作り、感情と表情を徐々に一致させていく……というのを日課にしてみると良い――――そうアヤメ姉さんは助言をくれた。


 でもこれが意外と難しい。

 楽しい事がないのに笑顔なんて作れないし、悲しい気持ちじゃないのに哀しむのも無理。

 過去の出来事を思い出して……ってのも、正直ピンと来ない。


 だったら、感情が揺り動かされるような事を沢山する方が良い。

 つまりゲーム!

 当然、俺が一番したいと思っているのはアカデミだ。


 水流が復帰するまではストーリーを進めないって事で話は纏まっている。

 ログインすれば、多分終夜や朱宮さんもいる筈――――



 ……ん、SIGNの通知音?

 あ、水流だ!


 久し振りだとちょっと身構えるな。

 まさか『もうゲームはやめる事にしました』って宣言とか……じゃないよな?


 取り敢えず深呼吸。

 鼻でゆっくり吸って口で静かに吐く。

 これだけでも少し気持ちが落ち着く――――


 いや落ち着かないって!

 逆に脈拍が上昇しまくってる気しかしない。

 見たくないような……今すぐ見なきゃいけないような……心がザワザワして仕方ない。


 でも、ま、見なきゃ始まらない。

 覚悟を決めよう。

 

 ……それ!



『今大丈夫?』



 あー……ですよね。

 水流、こういうトコは本当ちゃんとしてるからな。


『全然大丈夫』『なになに?』


 出来るだけ平常心を装って送ったけど、鼓動は依然としてバクバク状態。

 多分、いや間違いなく、水流のゲームライフに対する家族の方針が決定した報告だよな。


 例えアカデミを一緒にプレイ出来なくても、これから仲良くしていこうな――――なんて言えたら、どうって事ないんだろうけど、それは事実上の告白だ。

 そんな大事なことをSIGNで送っていいのかって葛藤もあるけど、何よりそこまでの勇気が……デートしたの一回だし、それで告白して『何勘違いしてるんですか?』とか言われたら死ぬぞ俺。


 もし水流が同級生なら、ここまで色々考えなかったかもしれない。

 下級生でも学年が違うだけなら、こんな深刻になる必要もなかっただろう。

 やっぱり中学生が相手だと、ちょっと違うよな……


 あ、返信きた。

 ええい、もうグダグダ考えてても仕方ない。

 自分に正直に、素直にやり取りするしかないだろ!



『お父さんが、先輩と話がしたいって言ってる』





 ……ん゛?



 

 

『どういう事?』


『そのまま』


 あっ、そのままかー。


 じゃねーよ!

 水流父と会話!?

 こんなの1mmだって想定しちゃいねーよ!!


 えっ何?

 これ完全に娘を誑かしたクソ野郎に引導を渡す流れだよな?

 俺これから説教されるの?


 いや説教だけなら良い。

 実際、水流を他県に呼び寄せて体調を悪くさせた遠因を作った訳だから、寧ろ今までお咎めナシだったのが不思議なくらいだ。

 叱られるのは嫌だけど、それくらいは仕方ない。


 通話なら殴られる心配もないし……


『やっぱり嫌?』『だったら私から断っておくけど』


『いや大丈夫話せる』


『本当?』

 

 ……もう後には引けない。

 正直、ここで断るのはカッコ悪過ぎるってのが一番かもしれない。

 にしたって、何言われるかわからないし、どんな受け答えすりゃいいのか全くわからないけど……


『通話でって言ってるけど』


『勿論』


 幾らなんでも初対面ですらない段階でSIGNなんてあり得ない。

 こっちとしても通話の方が助かる。


 落ち着け……終夜父とも何度となくやり取りしてるし、大人との会話はそれなりに経験してるから、緊張する必要なんかないんだ。

 別に彼女のパパと話す訳じゃないんだし。

 あ、でも『娘さんと仲良くさせて頂いてます』は言わない方がいいよな……ああなんか考えれば考えるほどNGワードがどんどん出て来て頭がゴチャゴチャになる!


『それじゃ一旦切るね』


 一旦切られた!

 あーもうウダウダ考える時間もない。

 兎に角、最低限の事だけは外さないようにしないと。


 下手にこっちからは謝らない。

 向こうの言葉に対して、実直に答える。

 失礼のないような発言を心掛ける。 


 後は……ああっ、もう掛かってきた!

 じゃあこの三点セットでやるしかない。

 

 ふーっ……


「はい、もしもし」


『初めまして。水流の父です。娘が大変お世話になっています』 


 お、おお……物腰が柔らかい。

 あと堅い。

 でもなんとなく想像してたのと近いかもしれない。


「いえ、とんでもありません。こちらこそ……」


『で、娘とはどういう関係なのかな』


 ……。


 こ……怖ぇぇぇぇ……!


 何この電話越しから漂う殺気。

 俺、殺気なんて初めて感じ取っちゃったよ!

 ゲームの中じゃ散々感じた事あるし可視化もされてるけど、現実の殺気怖いって!


『いや、どういう関係かはこの際どうでも良い。君にどうしても言っておかなければならない事がある』


「は、はい」


 一体、どんな罵詈雑言を浴びせられるのか……


『水流と丁重に接してくれてありがとう』


 ……え?


『突然震え出すのを見ただろう? あれは持病のようなもので、心に余裕がなくなると起こるんだ。ビックリしなかったかい?』


「あ、いえ。僕もその、似たような……似てる訳じゃないですけど、持病みたいなものを抱えていますんで」


『話は聞いているよ。娘も理解者を得てとても喜んでいた』


 遠くから水流の『もう余計な事言わないで』って叫び声が聞こえる。

 ちょっと予想外。

 おじいちゃん子って言ってたから、あんまり親と上手くいってないって勝手に想像してたけど……水流家は俺の予想よりも仲が良いのかもしれない。


『君の存在が、娘にとっては心の拠り所になっているようでね……私は詳しくないが、何か一緒のゲームで遊んでいるんだろう?』


「あ、はい。オンラインゲームって言って、ネットを繋いで遊ぶゲームです」


『そうそう。私の父がゲーム好きでね。私はそれがどうも苦手で距離を置いていたんだが……その所為で娘を父に取られてしまった』


「そ、そうなんですか」


 なんとなく、真面目な人間性が透けて見える。

 さっき俺が感じた殺気は幻想だったのかも――――


『それが……許せなくてね……』


 あっ違う、やっぱ殺気だ。

 どうしよう、想像とは違う方向でヤバそうな人だ。


『とはいえ、自分の考えを娘に押しつける気はない。娘がゲームをする事自体は、節度さえ守れれば構わないと思っているんだ』


 でも常識人でもある。

 何よりゲームそのものには偏見なさそうだし、悪い人でもなさそう。


 正直、水流のあの震えは親御さんが原因じゃないかって邪推した事もあったけど、この感じだと違うっぽいな。

 それとも、母親の方が怖い人なんだろうか?


『そこで君に聞きたい。これを聞きたくて話をさせて貰おうと思ったんだ』


「伺います」


『今、娘と君がやっているゲームは……大丈夫なのか? 君はゲームにかなり詳しいそうじゃないか』


 これはまた、ザックリとした質問だ。

 でもゲームに全然触れてきていない人達にとって、オンラインゲームって未だに『引きこもりの原因になるもの』って偏見があるからなあ……

 水流父が聞きたいのは多分そういう事なんだろう。


「……そうですね。物凄く簡単に言いますと、僕達が今やっているゲームは『みんなで協力して目的を達成する』っていう内容です」


 これは何も間違っていない。

 まあソロプレイ以外のあらゆるゲームが該当するとも言えるけど。


「だから、ゲームの内容よりも『誰と遊ぶか』の方が大事かもしれません。会話しながら計画を練ったり、役割を決めたりしますから」


『それは、君と娘の二人だけじゃないんだね?』


「はい。一応四人で一つのチームを作ってます。僕は他の二人とも面識がありますけど、二人とも信頼できる人間です」


『……成程。ありがとう、参考になったよ』


 俺に言えるのはここまでだ。

 あとは親御さんがどう判断するか。


 ……いや、あと一つだけ。


「あの」


『ん?』


「先程は『丁重に接して』って言葉を頂きましたけど、えっと……一度水流さんとこっちで遊ぶ約束をした時に、少し無理をさせてしまったみたいで……申し訳ありません」


 自ら墓穴を掘るような事は言わない方が良いかもしれない。

 でも、自分から言い出さないと信頼は得られない。


 ……俺は水流の親から信頼を得たい。

 その気持ちは、間違いなく持ってる。

 でも、それより――――


「水流さんの体調は大丈夫でしょうか」


 正直、ここが一番気になってる所でもある。

 本人は強がるかもしれないから、ここで父親に聞くのが一番正しい今の状態を知るチャンスだ。 

 


『瑪瑙……娘は――――』



 水流父の声は、少し沈んでいるように聞こえた。





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