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 バーチャルライバーという言葉はVtunerから派生し、ほぼ同時期に生まれたと言われている。

 バーチャルライバーは生配信を専門としていて、YouTune以外でも活動するアバターの総称だ。

 Vtunerが一般化した今では殆ど使われる事がなくなり、事実上Vtunerに収納される形になっている。


 恐らくこの鍵宮クレイユというキャラが生み出された当時は、まだVtunerが今ほど市民権を得ていなかった事もあって、区別を付けていた時期。

 この時点でも、事実上Vtunerと同じような存在だったんだろうけど、バーチャルライバーという肩書きが伝わり難くなった事もあって、改めてVtunerとして再デビューする事になったらしい。


 まるで改名して再デビューする人間のアイドルみたいだ。

 でも人間とは違って、Vtunerが再デビューするメリットなんて殆どない。

 それをするくらいなら、新しいアバターを生み出した方が新鮮味もあって話題性にも困らないだろうし。


 つまり、鍵宮クレイユの再デビューはこのキャラクターそのものや中の人が主因じゃない。

 彼女の姿を生み出した親、すなわちrain君の注目度が増した事で、かつてあの人が手掛けたキャラに光を当てるだけの価値があると判断されたんだろう。

 多分、漫画デビューで注目を集めている事も無関係じゃないと思う。


「Vtunerの再デビューって『転生』とほぼ同じ意味で使われる事が殆どだから、こういう形は珍しいんだって。それで、界隈が結構騒いでるみたい」


「界隈言うな」


 俺達に直接関係のある話じゃない……けど、これを聞くと何かの形で結びつけられないかなって思ってしまう。

 今は運良く『Virtual[P]Raise』に関わってる訳だし、そこに鍵宮クレイユを加えて貰って……いやそれだとカフェの宣伝を絡めるのは無理か。


 強引でも良い。

 何かこのカフェを絡めて、宣伝効果を得られるような流れを作れないだろうか。


「来未、鍵宮クレイユってどういうキャラなんだ? 設定あるんだろ?」


「そりゃあるよ。Vtunerだもん。えっとねー……公式やwikiもあるけどpictiv百科の方が見やすい」


 スマホをスイスイスワイプしていく来未が妙に頼もしい。

 どっちかって言うと俺の方が今はVtunerに明るくないといけないんだけど、やっぱりちょっと異文化って感じが否めないんだよな……


「所属は元々ごじだつじって事務所だったけど、再デビューでファンミーズ所属になるみたい」


 どっちも名前は聞いた事がある。

 きっと最大手なんだろう。


「特技とか趣味にゲームって書いてない?」


「書いてる」


「マジ!?」


「うん。趣味に『古いゲーム』って書いてる」


 勿論、偶然な訳がない。

 完全にrain君の趣味が反映されている。

 ……中身もrain君だった訳じゃないよな?


「他の趣味とか好きな物って何?」


「えっとね、ぬいぐるみ、日常アニメ、雪、カラス、甘い物、筋肉だって」


 甘い物……ウチのカフェのスイーツと絡められるな。


「星野尾さんってウチのカフェで結構食べて行ってるよな。スイーツは食ってる?」


「普通に食べてるし、普通に好きだと思うけど。特にパフェ」


 ……よし。共通点は確実にある。


『Virtual[P]Raise』の咲良ひなげしは星野尾さんの人格がベースになる。

 って事は、鍵宮クレイユと咲良ひなげしをウチのカフェと結びつける事は不可能じゃない。

 例えば……二人がこのカフェの客としてやってくる漫画をrain君に書いて貰う、とか。


 勿論、その為には双方の権利を持っている会社と協議して、許可を得なくちゃならない。

 俺やウチのカフェ如きが企画したところで、本来そんな話に耳を傾けて貰える訳ないけど……少なくとも咲良ひなげしの権利者であるクリティックルとはパイプもあるし、コラボの打診をお願いする事は出来なくはない。

 そして鍵宮クレイユ側はrain君に話を通す事は出来る。


 勿論、話を通せるからといって許可が下りるとは限らない。

 この両者をコラボする上で、双方にどれだけのメリットがあるかをしっかりプレゼン出来ないと話にならないだろう。

 クリティックルは終夜父が変な書き込みでやらかしてる事もあって、一部ではヤバい会社って思われてるみたいだし……実際、Vtunerファンからは『どうせロクなゲームじゃない』と散々ディスられている。


 でもVtunerを題材にしているゲームを1作目で発表する気概は買われているようで、一応注目はされているように見える。

 なんだかんだ、自分達の好きな分野に光を当てようしているメーカーには仲間意識……とは違うけど、それに近いものを持っているのかも。

 まあ、これは推測ってより願望だな。


 俺自身、家庭用ゲームをやり込んでいる芸能人がいたら、無条件で好感を持っちゃうもんな。

 趣味人は基本、チョロいんだ。


「兄ーに、まさか……」


 来未が真剣な顔で俺を見つめている。

 妹だけあって、言わずとも俺の考えがわかる――――


「rain先生に頼んで鍵宮クレイユのサイン入りイラスト描いて貰おうとしてる? ちょっ、やめてよー、そんな恥ずかしい真似」


 ……訳ないか。

 そんな察しの良い奴じゃない。


「でもまあ、遠くないっちゃ遠くないんだよな」


「え……マジで?」


 何言ってんだコイツ、みたいな顔で見られても、今更怖じ気づく訳にはいかない。

 ダメで元々、頼むだけならタダだ。

 先方の迷惑にならないよう、事前に企画書を作っておいて、極力説明に時間が掛からないようにしないと。


 大丈夫、時間はある。

 今は夏休みだ。

 ミュージアムに人が来ない時間帯なら、そこそこ自由に動ける。


 ただ、俺一人で全部やるのは無謀だ。

 俺だけの視点、感性、知識じゃ心許ない。

  

「来未、お前にも協力して貰うからな」


「……私がrain先生にお願いしろ、とか言い出す気じゃないよね? ンな事言ったら割と本気でぶん殴るけど」


「冗談言ってる場合じゃないんだよ。ウチのカフェを全国に宣伝できるチャンスかもしれない」


「?」


 取り敢えず、来未には全部話しておこう。

 星野尾さんには来未から伝えて貰った方が多分反応は良い。


 後は……そうだな。





『それでわざわざ僕に連絡をくれたんだ』


 ウチのカフェの宣伝に関して、ずっと相談に乗って貰っていた朱宮さん。

 彼を通さずに話を進める訳にはいかない。

 今日はスマホゲーのアフレコが予定に入ってるものの、今は空き時間らしい。


『アイディア自体は面白いし良いと思う』『クリティックルは絶対Vtunerの大手と接点欲しいだろうし』『ファンミーズ側も再デビューは華々しく飾りたいだろうからコラボ企画は沢山打ちたい筈』『多少のデメリットはメリットが打ち消してくれるよ』


 そう言って貰えると心強い。 


『今の話を実現させる事を前提に一つ提案があるんだけど』


『なんでしょうか』


『rain先生に描いて貰うっていうその漫画、君が原案を考えてみたらどう?』


 ……は?


『勿論あくまでも原案。原作じゃない』『こういう話にして欲しいって具体的なあらすじを考えるんだ』『レトロゲームとカフェを絡めて二人のVtunerを出会わせる漫画にするんなら君が適任だ』


『いやいやいや』『売れっ子のプロ相手にそんな大それた提案できません』


『漫画に関しては最近デビューしたばかりのヒヨッコじゃないか』『それに彼女だって多忙なんだから』『叩き台になるストーリーラインがある方がやりやすいかもよ』


 そんな簡単に言って……いや絶対無理だって!


『僕はずっと君のプレノートを宣伝に活かしたいって思ってた』


 それは、ずっと朱宮さんが主張してくれていた事だ。


『でも今の話を聞いて考えを改めたよ』『プレノートじゃなくプレノートを書き続けてきた君の今の能力を活かすのが一番だ』『君にはストーリーを作る才能があるかもしれない』


 才……能……?

 俺に?

 嘘だろ……?


『高校生でそれだけの企画を考えついた背景には今まで出会って来たゲームをプレノートに纏める事で身に付いた構成力があると思うんだ』『君の構成力はきっと本物だと思う』『ぜひやってみて欲しい』


『なんでそこまで推してくれるんですか』


 思わずそんな事を聞いてしまう。

 だって相手は売れっ子声優。

 俺にとっては、遥か高い雲の上にいるような人だ。


『愚問だね』『君のプレノートに惹かれたからだよ』


 ……。


 ヤバい。泣きそうだ。


 今までも評価を口にして貰っていた。

 でも何処か、他人事みたいな感覚で聞いていた。

 ゲームが凄いから、そのゲームについて書いたノートだから、感激して貰えているって。


 でも、それだけじゃなかったんだ。

 朱宮さんは俺自身を評価してくれていた。

 だから、こんな提案をしてくれたんだ。


『わかりました。挑戦してみます』『その代わり一つお願いがあります』


『何?』


『もし漫画を描いて貰えたら朱宮さんに朗読して貰いたいんです』『オーディオブックみたいな感じで』


 オーディオCDの件も流れて、朱宮さんと一緒に仕事する機会は完全になくなったと思っていた。

 それでも、ゲーム仲間としての付き合いでも全然良かった。


 けど、今は違う。

 この人の声優としての力を実感したい。

 そして、その力を貸して欲しい。


『さすがにVtunerを演じるのは色々反感を買いそうだな』


『ナレーションを入れます。その部分を朗読して下さい』


『成程。レトロゲーの解説とか?』


『そうです』


『了解』『面白そうだ』


 ……これはSIGNでのやり取りだから、もちろん声なんて聞こえない。

 でも朱宮さんの最後の言葉が、含みのあるイケメンキャラを演じているように感じた。

 これもきっと、プロならではの凄味だ。


『双方の会社とrain先生への連絡は君がするんだよね?』


『はい勿論』


『やってること殆どプロデューサーだな』


 最後に思いっきりからかわれて、SIGNを切る。

 なんだろう。

 今の朱宮さんとのやり取りで、今までやって来た全ての事が一本の線で繋がった気がした。


 勿論、まだ何も始まってすらいない。

 それでも俺は、期待に打ち震えていた。

 

 自分に出来る事が、こんなにもあるって事に。


「兄ーに、ちょっと良い? 星野尾ちゃんが聞きたい事あるって……」


「ん? ああ。良いけど」


「……」


 部屋に入ってきた来未が、惚けた顔でフリーズした。

 え、俺の部屋そんなに汚いか?

 そんな事はないと思うし、変な物を出してる訳でもないんだけど……


「兄ーに、今……笑ってたよ」


「へ?」


「お父さん! お母さん! 深海が笑った! 今! 笑ってたーーーーっ!」





 ――――きっと、何かが動き出している。


 俺はとっくの昔に感じていたその予兆に、ようやく気付く事が出来た。








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