9-48

 クリティックルへの来訪、そして終夜父からの一方的な連絡があってから――――高校生になって初めての夏休みは緩やかに動き始めた。


 自由研究なんてものがない高校生の夏休みの課題は精神的にかなり楽で、最初の一週間はこれを片付ける事に集中。

 店の手伝いと星野尾さんのマネージャー業をこなしつつという事もあって、遊べる時間は夜くらいしかなかったけど、一日の中で色んな事を目まぐるしくこなしていく時間は割と充実感があった。


 その間、カフェの客数に大きな変化はなく、緩やかな下降線を辿ってはいたものの、これは時期的・季節的なものであって、例年に比べて減った訳でもない。

 キャライズカフェは相変わらず『秋葉原オービーオージー』を推しているけど、この作品の知名度が上昇している気配はなく、来未曰く『フォロワーも全然増えてないし、プロジェクト自体が多分失敗』との事。

 あくまで来未の自論だけど、この手の何か良くわからないウチにヌルッと立ち上げて特に何の進展もないまま忘れ去れていくキャラクタープロジェクトは幾らでもあるという。


 最近知った話だけど、『秋葉原オービーオージー』はメインキャラクターの多くが地方出身で、それぞれの出身地からも盛り上げていこうという、地方創生プロジェクトでもあったそうだ。

 恐らく、何らかの補助を貰って運営しているとの事。

 で、そのメインキャラの一人が山梨出身だから、キャライズカフェの山梨進出に協力する代わりに推して貰う……といった交渉があったのでは、との噂が流れているらしい。


 勿論、それが事実かどうかなんて確認しようがない。

 ハッキリしているのは、プロジェクト自体が暗雲立ちこめた状態のまま打開策を見出せずにいるって事。

 仮にその話が本当なら、今後もキャライズカフェは山梨だけでなく各地方で苦戦を強いられそうだ。


 一方で、ウチのカフェへの注目度も依然として上昇はしていない。

 漫画がバズったとはいえ、カフェにまで関心を持つ人はやっぱり少ないみたいで、アカウントのフォロワーも早々に頭打ち。

 次の一手を考えなきゃいけないのに、停滞したままだ。


 キャライズカフェに客を奪われるっていう当初の不安は、今のところ懸念に終わっている。

 とはいえ、ここから彼らが巻き返す事もない訳じゃないし、決して安心は出来ない。

 そもそも余所がどうこうって以前に、見通し自体が決して明るい訳じゃないんだ。


 家庭用ゲーム市場も相変わらず新作は少なく、シリーズものばかりが目立っている。

 親父も母さんも、人気のスマホゲームを題材にしたメニュー作りやSNSでの宣伝など、やれる事はやっているけど、それが実を結ぶのは難しいだろう。


 それでも今日までなんとかやって来られている背景には、地方ならではの横の繋がりが大きい。

 同じく個人経営の店、地方独自の小規模なフランチャイズ店、社会的地位の高い高齢のゲームマニア……など、それなりに人脈を活用して最低限の売上は確保している――――と思う。

 この辺、親から直接話を聞いている訳じゃないけど、偶に町内会の催しに参加したり手描きの封筒が送られてきたりしてるから、多分間違いない。


 でもそれは、確固たる基盤とは言えない。

 人間、誰しも自分や身内のプライオリティが高い訳で、自分達が苦しくなれば、より苦しんでいる他人がいても助ける事は出来ない。

 何かのきっかけで、疎遠になったり関係が希薄になったりするなんて、いつだって起こり得る。


 それは当然、常連客にも言える事。

 少しだけ給料が下がって、生活水準をちょっと落とさないといけなくなった時、取捨選択の結果ウチでの食事が削られてしまう……なんて普通にあり得る。


 結局のところ、幾ら宣伝を頑張っても店自体に魅力がなければ、いつかは力尽きる。

 実際、そうやって粘ってきたけど耐えきれず潰れていった店は、近所に山ほどあった。

 ウチが生き残れたのは、相当運が良かったんだろう。


 でも、その運はいつまでもは続かない。

 地力を付けなくてはいけない。

 親父と母さんは毎日の店の切り盛りで、そこに着手するのは簡単じゃない。



「夏休みが終わる前に、俺達でもう一つくらい何か仕掛けられないかなって思うんだよ」


 

 気付けば、7月のカレンダーは破られ、8月に突入。

 キャライズカフェの不調で緊急性はなくなったけど、まだ他に何か出来る事がないか、来未と二人で話してみる事にした。


「珍しいよね、兄ーにが来未の部屋に来るの」


「どっちかって言うと、兄を簡単に部屋に入れる妹の方が珍しくないか?」


「別にー。他の家の事とか知らないし、見られて困る物も置いてないもん」


 まあ……それはそうだろうな。

 相変わらず壁のポスターは重ねて貼られているし、フィギュアは全部後ろを向いている。

 見ているこっちが困惑する。


 ただ、前に見た時にあったゲーミフィアはなくなっていた。

 取り敢えずやってみたけど合わなかったのか、ただ仕舞っているだけなのか……ま、どっちでも良いか。


「で、カフェ強化月間の話だっけ?」


「そんなプロジェクトがいつ立ち上がったんだよ……大きく逸れちゃいないけどさ」


 リラックス状態の来未が力なく笑う。

 夜だから眠いって訳でもないだろう。

 アニメオタにとっちゃ、寧ろこれからが一日の本番だからな。

 

「でも、すぐに成果が出せる訳じゃないし、難しいよねー。目に見えて良くなってるのがわかればさ、今までやって来た事が正しかったって喜べるけど、そうじゃないもんね」


「確かに」


 俺達がこれまでやって来た事は全部、まだ成果として表れていない。

 だから、正解だったか間違いだったかを判定する事が出来ない。


 思えば、色々あった。


 最初に言い出したのは星野尾さんなんだよな。

 俺と朱宮さん、来未と星野尾さんのタッグで、それぞれカフェを繁盛させる方法を考え、より結果を出した方が勝ち――――って勝負だった。

 

 俺と朱宮さんは当初、PBW(プレイバイウェブ)とのコラボを試みた。

 当時は(申し訳ないけど)前時代のゲーム媒体だと思ってたし、宣伝効果はほぼ期待できないと思っていたけど、そこで会沢社長との繋がりが出来て、コラボについて真剣に模索して貰った。


 その後、rain君も一枚噛んでオーディオドラマを作ろうって話になって、真剣に検討していたんだけど、会沢社長がレトロゲーを題材にしたコミュニケーション型の新作RPGを作るって話が浮上して、この企画の無料記念品(ボイスドラマ)をウチで配布するって形に変わっていった。

 更にそれから会沢社長がクリティックルと組む事になり、彼が企画した新作RPGの要素を含んだVtuner題材のゲーム『Virtual[P]Raise』が企画され、そこで扱うレトロゲームの監修を俺が行い、カフェの名前をゲーム内に出して貰う事で宣伝効果を得ようとしている。


 でも、その効果がどれくらいかはゲームの売上や話題性によるし、仮に好調だったとしても、ウチのカフェにどれだけ注目が集まるかは未知数。

 漫画が成功してもカフェまでは注目されていない現状を考えると、多くを期待するのは難しいんじゃないかと思う。


「一応、色々上手くは行ってるんだよな。星野尾さんも新しい仕事にありつけたし、rain君も上々の漫画家デビューを果たした訳だし。ゲームにウチのカフェの名前が出るなんて、結構な快挙だよ。だけど……」


「単発だと効果は薄いよね。アニメだって一回だけ神回があってもいきなりドカンってはならないもん。ちょこちょこ話題になってSNSで盛り上がった所で神回でドーン、みたいになれば大ヒットするんだけど」


 そうだよな。

 積み重ね……も大事だけど、大事なのは畳みかけと繋がり。

 花火だって一発だけだと何にも記憶に残らないけど、何発も連続で上がる事でスゲーってなって記憶にも残るもんな。


 畳みかけ……繋がり……積み重ね……


 多分それは、親父と母さんがずっとやって来た事なんだろうな。

 俺達の見えない所で、この店を守って俺達の生活を安定させる為に。


「俺達も、繋がりを重視しないといけないのかもな」


「繋がり? コネって事?」


「まあ、そういう意味もない訳じゃないけど……どっちかって言うと、成功した幾つかの事を上手くつなげられないかなって」


『Virtual[P]Raise』は既に開発中の告知を出しているから、ウチが監修している事を宣伝するのは、許可さえ下りれば問題ない筈。

 勿論、向こうにも情報解禁のタイミングってのはあるから、いつその許可が下りるかはわからないけど、早めに申請しておいた方が良さそうだ。


 その宣伝が出来れば、Vtunerのファンに対する最低限の動線は出来る。

 後は、そこにどうやって流れを作るか。


 以前、rain君に協力して貰ってカフェのマスコットキャラをVtunerに出来ないかって考えた事があった。

 その時はクラスの女子グループに絡まれた所為で中途半端なアイディア出しで終わったけど……これをもうちょっと煮詰められないかな。


「来未、Vtunerやる気ある?」


「ない」


 だよな……興味持ってる素振りないし。

 前にVtunerのアニメやってたけど、『メチャクチャ酷かった! アニメへの冒涜だ!』って荒れてたもんな。

 この方向は難しいか。


 rain君を頼り過ぎるのは問題だけど、現状ウチが使えるカードで最も強力なのは、rain君と朱宮さんだ。

 本業に支障のない範囲で、この二人に助けて貰えるような方法を――――


 ……いや、違う。

 この二人が『やってみたい』と思ってくれて、かつ実現可能、出来れば漫画を描いて貰った時のように御本人のメリットもあるような企画を、考える。

 それが俺に出来る事だ。


「Vtunerって今スゴいよねー。rain先生がデザインしたキャラもVtunerになってたもん」


「……え?」


「あれ、兄ーに知らなかった?」


「初耳。どのキャラ?」


「えっとね……ちょっと待って」


 来未のスマホが、前に一度見たrain君のwikiのページを映し出す。

 相変わらず『主な作品』の欄に凄まじい数の実績が載っている。


「あ。あったあった。これこれ」





 バーチャルライバー『鍵宮クレイユ』キャラクターデザイン





 それは――――確かにあの時目にしたキャラ名だった。





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