9-47
7月22日(月) 21:16
「ふぅ……」
部屋に入ると、思わず溜息が漏れる。
日帰りの東京は面白い事なんて特になく、ただ疲れただけの一日になった。
勿論、バイトだからそれに見合った給料は貰えるし、不満はないけど……期待していた事は殆ど叶わなかった。
終夜父は結局会社に来る事はなく、最後まで会えず終い。
ゲーム作りの現場に立ち合う事も出来ず、会沢社長と話をした後は会社を出て、お土産を買ったらそのまま山梨行きの電車に直行。
正直、拍子抜け……と言いたくなるくらいに中身がなかった感は否めない。
唯一の収穫は、クリティックルがどういう会社なのかを直に確認できた事くらいか。
雰囲気は悪くなかったけど、キャライズカフェのオープン日のような、ちょっとピリッとして浮ついた感じの雰囲気は一切なかった。
前に終夜父がネット上で変な事を呟いた時は、クリティックルってブランドにもそれなりに注目が集まっていた。
でもあれから一ヶ月近くが経って、ネット上でその名前を見かける事はなくなった。
公式ホームページをオープンして、処女作の全容を明らかにしたと言うのに、ゲーム好きからは殆どスルーされているのが現状だ。
仕掛けとしては、失敗だったように思えてならない。
あれじゃ、ワルキューレに不満を持った社長が会社を捨てて、新しいブランドを立ち上げただけにしか映らないだろう。
裏アカデミの存在も、実質βテストの現段階じゃ表に出る筈もなく、現状じゃ『流行のVtunerに飛びついただけ』って印象しか残らない。
その処女作となる『Virtual[P]Raise』も、今のところはそんなに魅力的には感じない。
確かに今、Vtunerの人気は凄いし、既に開発が進んでいるって事は結構前から企画が出されていた訳で、先見の明はあったのかもしれないけど……人気の他ジャンルをゲームに落とし込むって手法は、それこそ30年以上前から行われている定番の一手。
それ自体は決して、先進性のあるやり方じゃない。
ただ……裏アカデミと『Virtual[P]Raise』には大きな共通点がある。
ゲームのキャラクターを、現実の人間が演じているところだ。
星野尾さんは裏アカデミでテイルを演じていると明言した。
つまり、テイルに限らず裏アカデミの主要NPCはプログラムされたキャラ人格が動かしている訳じゃなく、人が操作している。
現実的にリアルタイムで24時間ずっと操作するのは不可能だから、てっきり交代制でやっていると思ったけど……
それ以外の可能性もありそうだ。
『AI Vtunerの開発進む。新たな時代のトレンドになるか』
Vtunerに関するニュースを調べてたら、こんなトピックを発見した。
AI Vtuner……そんなのがもう実用化されそうになっているのか。
でも、この組み合わせは余りにも必然的だ。
そもそもゲームとAIの関わりはかなり古く、それこそアーケードゲームが普及する遥か昔から研究が進められていて、人間同士じゃなく人間とコンピューターが競い合うというゲームの柱の一つとなる構図を作り上げる礎となった。
AIがなければゲームはここまで一般的に普及しなかっただろうし、ゲームの普及でAIの研究もかなり捗ったと言われている。
NPCの制御だけじゃなく、マップの自動生成やオートバトルなど、RPGの発展については特にAIの存在抜きには語れない。
当然、RPGを愛してきた俺にとっても馴染み深い技術だ。
だから、Vtunerをゲームキャラとして扱う『Virtual[P]Raise』は、既にAI Vtunerに近い試みを行っている筈。
実際、スタッフの人が『AIに学習させる』って言ってたもんな。
星野尾さんの言動のパターンやモーションなどを自動的に繰り返してAIに学習させ、咲良ひなげしを星野尾さんの性格や動きが反映したキャラに仕上げる訳だ。
って事は、裏アカデミでも同じ技術を用いていると考えるのが自然だよな。
つまり、テイルは星野尾さんの思考パターンや行動パターンを学習させたAIによって制御を行っているキャラ、と考えられる。
ようやくNPCの謎が解けた。
実在する人間をモチーフにキャラ造形を行う事で、ゲーム内のキャラに『実際に人間が動かしているような質感』を付与する。
プレイヤーは、人間を相手にしているような感覚でプレイする事になる。
結果、MMORPGと同じような『人と一緒に冒険する楽しさ』を抱きつつ、でも人間関係に悩まず煽りや暴言もない『優しい世界』を謳歌できる。
なんとなく、終夜父が目指しているビジョンが見えて来た気がする。
勿論、AIの活用なんて昔から行われている訳で、それを殊更目玉として掲げるつもりはないだろう。
AIはあくまで手段であり、目的は別にある。
終夜父の目的は――――ゲームを娯楽以外の分野、特に精神医療の分野に昇華させる事だ。
俺はそれを昇華とは思わないけど、少なくとも終夜父はそう考えている。
AIが制御するキャラクターを使って、彼は一体何をしようとしているのか……
『電話です。電話です』
っと!
そう言えば、東京に行く時に通話の着信音を音声に変えたんだった。
何かあった時に、定番の着信音だと雑踏にまぎれて聞こえなくなるかもって思って。
発信者は……噂をすれば、か。
噂した訳じゃないけど。
「もしもし」
『今日は済まなかったね。どうしても外せない用事があって、一日中会社から離れていたんだ』
終夜父からの電話は、これで何度目だろう。
今回が一番、彼の声を冷静に聞けている気がする。
「いえ。お忙しい中、気にかけて頂き光栄です。是非直接お会いしたかったので、そこは残念でしたが」
『私も直接礼を言いたかったんだがね。クリティックルへの協力と、娘について』
「……娘?」
『これから可能な限り学校に行くと、娘の方から連絡をくれてね。君のおかげで吹っ切れたと言っていた。ありがとう』
終夜、父親に自分からコンタクトを取ったのか。
それは多分、大きな前進だよな。
良かった。
「お礼は良いですよ。こっちで勝手にやった事ですし。それより……余所の家庭に口出しする無礼を承知で言います。もう少し父親として接してあげて貰えませんか」
『面目ない。仕事を言い訳にして、随分距離を取ってしまったからね。もう私では、あの子の心に届く言葉が何も思い付かないのだよ』
「届かなくても、言葉をかけ続ければ良いじゃないですか。終夜は、貴方に…………諦められたって思ってますよ」
言うか言うまいか、迷った挙げ句に出て来た言葉は、自分でも驚くほど直接的だった。
礼儀知らずの子供なのは、この際取り繕う必要もないか。
大きなお世話だろうとお節介だろうと、俺がこの人に苛立っているのは事実なんだ
『私は、諦めてはいないよ』
「本当ですか?」
『ああ。本当だ。決して諦めてなどいない。それだけは信じてくれ』
どうして終夜父が、俺に対して『信じてくれ』なんて言ったのかは、全くわからない。
俺の言葉なら終夜に届く、と思ってるんだろうか。
それは買い被りだ。
『話は変わるが、Virtual[P]Raiseの詳細は聞いたかね?』
「……はい。キャスト担当者の思考パターンをAIに学習させるそうですね」
『そうだ。ゲームに深い造詣を持つ君なら、そこから何か導き出したんじゃないか?』
長年ゲーム製作に携わっている専門家からそう言われても、皮肉としか受け取れないけど……
「同じ事を、アカデミック・ファンタジアでもやってるとは思いました」
『御名答。元々、ワルキューレでやりかった事なんだがね。開発費がペイ出来ない、そもそも完成させる事が難しいなど色々な事情で反対されたんだ』
「だから、会社を出て別分野からも支援者を募って、より広大な夢として実現に向けて動き出したんですね」
『……ふむ。そういう見方も出来るか』
当たらずとも遠からず、って感じか。
でも大きくは間違えてない筈。
『君には既に伝えているように、私の試みは精神医療など別分野に応用する事が目的だ。ゲームを超えたゲームを作りたくてね』
「それはもう、ゲームじゃないように思えますけど」
『同じような事を何度も言われたよ。だが、私の考えは変わらない』
そりゃそうだ。
自分が社長を務めている会社から飛び出して、一から作り直そうとするくらいだ。
他人から言われて心変わりするほど、並の情熱じゃないんだろう。
それでも、俺には正しい道とは思えないけど。
「以前から聞きたかったんですけど、どうしてそんなにアカデミック・ファンタジアに拘るんですか?」
『拘る、とは?』
「幾ら貴方が発案者でも、既にワルキューレのIPであるアカデミック・ファンタジアを勝手にクリティックルへ移管する事は出来ませんよね。なのに、どうしてアカデミック・ファンタジアをグレードアップさせようとしているんですか?」
両者の合意があれば移管は可能だろう。
でもワルキューレ側が折れるとは思えない。
だったら、仮に裏アカデミが完成しても、ワルキューレで運営するしかなく、終夜父とクリティックルは開発担当という立場でしかない。
無断で開発しているんだから、開発費も出ないだろう。
当然、利益なんて出ない筈だ。
『尤もな質問だ。ただこれは、個人的な拘りが強くてね。人に聞かせるような話ではない』
「……そうですか」
『話せないお詫びに、一つ重要な情報を提供しよう。キリウスという名前に心当たりはあるね?』
「!」
キリウス――――ずっと追ってきた名前だ、心当たりどころじゃない。
まさか終夜父の方からその名前を出してくるなんて。
『このキリウスもAIだ。ただし、アカデミック・ファンタジアのAIではない』
「どういう……意味ですか?」
『ここから先は、君の力で考えてみてくれたまえ。君には是非、彼の正体に辿り着いて欲しい』
正体……?
AIが正体なんじゃないのか?
『本当にありがとう。君には引き続き、我々を助けて欲しい。時が来たらまた話をしよう』
「ちょっ……!」
まだ話は終わっていない――――
そう叫ぼうとした時には、もう通話は切れていた。
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