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 クリティックルはまだ設立されたばかりの会社とあって、巨大な建物やオフィスビルを構えた大企業とは程遠く、レンガ造りの小規模な賃貸事務所の一室を借りているコンパクトな区画だ。

 勿論、アパートの一室って訳じゃないし、ウチのカフェよりは遥かに広くはあるけど……結構年期が入っている建物に見える。

 

 ミーティングルームも当然一室のみ。

 普段会社になんか縁がないから、一般的に広いのか狭いのかはわからないけど……椅子は六つしかないし、少なくとも広いとは言えない。

 学校の生徒指導室よりは広いけど、美術室やパソコン室よりは明らかに狭い。


 とはいえ、やっぱり学校とは全然違っていて、一面真っ白で『仕事します!』って感じの部屋ではある。

 その所為か、通された直後は正直ちょっと緊張した。


 ただ――――


「……」


「いや、なんで俺より星野尾さんが緊張してるの」


「学生さんにはわからないでしょうけどね。こういう仕事の現場って第一印象でその後の対応が完璧に決まるのよ。最初に失敗したら取り返しが付かないの。星野尾みたいに事務所の名前がない弱小タレントは特にね」


 な、なるほど……現場を知ってるからこその緊張か。

 とはいえ、こっちはゲーム好きなだけの圧倒的素人。

 社会人ですらないんだから、緊張を伝染させないで欲しい。


 ゲーム制作に関わると言っても、俺達はスタッフの一員として常駐する訳じゃない。

 星野尾さんは声優に近い位置付けなんだけど、実際には少し違う。


 星野尾さんが担当するのは、『Virtual[P]Raise』に登場するVtunerの一人、咲良ひなげし。

 ただし、声だけを担当する訳じゃなく、星野尾さんの性格を反映させるらしい。

 つまり、キャラ人格の形成を請け負うという事だ。


 普通のゲームだったら、主要キャラはコンセプトの段階である程度の骨組みが作られて、そこから会議で『こういうキャラにしよう』という方向性が決まり、設定が固まる前後でデザイナーが外見を描き、シナリオを練る仮定で完成していく。

 制作の都合上、ある程度は並行して進めないと時間が幾らあっても足りないから、きっちりとセクションを区切るような事はしない。


 だから、グラフィックチームとシナリオチームの意思の疎通はとても重要になる。

 それが出来ていないと、ストーリーで説明される外見と表示されているグラフィックの外見が一致しなかったり、装備品がチグハグだったり……といった齟齬が生じる。

 そして腹立たしい事に、そういうミスは余り重要視されず、軽く流される事が多い。


 個人的には、そんなゲームを作るメーカーの評価は低い。

 ゲームは世界観とキャラにどれだけ没頭できるかが重要なのに、そんないい加減な作りじゃ空想も捗らない。

 キャラ描写を大事にしていないゲームは、他の部分の評価が高くても興醒めだ。


 ……俺の評価基準はともかく、そういう普通のゲームとは違って、『Virtual[P]Raise』のキャラ作りは外見が先。

 デザイナー(イラストレーター)が自由にキャラクターをデザインして、外見に合わせて『中の人』が選出され、その中の人がキャラに命を吹き込む。

 単に声を担当するだけじゃなく、自分の感性、感じたままの事をセリフとして言う事で、キャラが固まっていく。


 例えば『Virtual[P]Raise』のVtuner育成要素となるモードの一つ『レトロゲーム実況』を収録する時には、まずモデルとなる実在するゲーム(ロードロードなど)を実況プレイし、撮影する。

 そして、その実況動画をもとにシナリオチームが架空のゲーム(ロードロードをモデルにした似て非なるゲーム)を設定し、その架空のゲームをプレイしている体でロードロードをプレイして、後で整合性を取りセリフを作る。

 その後、出来上がった脚本をもとにアフレコ収録が行われる。


 つまり、星野尾さんが収録する実況プレイを参考に、咲良ひなげしのセリフが決まっていく訳だ。 


 それを繰り返して行く事で、キャラの性格も固まっていく。

 口調や仕草も反映されるとの事なので、素の星野尾さんが少なからず咲良ひなげしの人格形成に影響する事になる。

 このキャラが愛されるか嫌われるかは、星野尾さんの実況プレイ次第……は言い過ぎにしても、かなり重大な役割を担う事になる。


「やあ、待たせたね」


 そんな事を考えている間に、ミーティングルームにクリティックルのスタッフが何人か入って来た。

 年齢はバラバラで、大学生にしか見えないような人もいれば、親父と同年代くらいの人もいる。

 まあ、普通に偉い人の方が年配者だろう。


 その中に混じって、会沢社長もいた。

 今回のゲーム企画に全面協力するのは決まってるから、いても不思議じゃない。


「んっ……久し振り」


「お久し振りです」


 相変わらずでちょっと安心した。

 やっぱり、知っている人が一人いるかいないかは大きな違いだ。


 その会沢社長の隣に腰掛けた男性が、穏やかに微笑む。


「一応、僕が『Virtual[P]Raise』のプロデューサーの種市と言います。こっちから順にディレクターの三上、チームマネージャーの八代、メインライターの佐久間、オーディオの徳重。こちらは……顔見知りのようだけど一応、会沢さん。宜しくお願いします」


「こっ、こちらこそお願いします宜しくお願いします!」


「……宜しくお願い致します」


 星野尾さん、テンパリ過ぎ……その所為でこっちはちょっと冷静になってしまった。

 なんならもう少し舞い上がりたいくらいなのに。


 何しろ、憧れのゲーム制作の現場。

 実際に作っている所も見られるかもしれないし、緊張もしてるけどワクワクの方が強い。


「今回、星野尾さんには咲良ひなげしを担当して頂く事になり、誠にありがとうございます。星野尾さんの力で是非、彼女を立派なVtunerにしてあげて下さい」


「は、はい! 精進します!」


 俺への偉そうな物言いとは対照的に、星野尾さんは何処までも腰が低い。

 でもそれは決して媚びている訳じゃなく、彼女の立場からしたら当然なんだろう。

 俺も社会に出たら、誰かに対して同じように振舞う必要があるし、人生が懸かっているとなればガチガチにもなるんだろうな。


「具体的な話をすると、星野尾さんにはこれから、沢山の歌を歌って貰って、ダンスやトークなど様々な事を行って貰います。その映像データを元に、AIに学習させて咲良ひなげしにフィードバックする形になります。大変かと思いますが、尽力して頂けると助かります」


「わかりました。がんばります」


「ありがとうございます。それじゃ、詳しい事はこっちの三人に聞いておいて下さい」


 来て早々、プロデューサーとディレクターは退室して行った。

 わざわざ声掛けの為だけに来てくれたんだな。


「マネージャーの八代です。今後のスケジュールやお仕事の詳細について、説明させて頂きます」


「はい!」


 取り敢えず、順調にディスカッションは始まった。

 どうやら終夜父は来ないみたいだな……社内にいるかどうかも微妙だ。

 聞いた話だけど、ゲーム会社の社長ってあんまり会社にはいないみたいだし。


 出来れば、この機会に話をしたかったところだけど、まずは目の前のお仕事に集中しよう。

 といっても、俺はマネージャーだけど……





「――――そうそう! これこれ! 学生時代マジやり込んだんだよ! 懐かしいなぁー……」


「佐久間さん、食いつき過ぎ! 昔のゲームの話だけで終わっちゃうって!」


「ははは! マジそうなりそう! つーか春秋君だっけ、高校生なのにレトロゲー詳し過ぎだろ!」


 なんかいつの間にか、俺が話題の中心になってしまった。

 正直、居心地は良くない。


「……」


 主に隣の星野尾さんのジト目の所為で。

 いやでも、こうなるのを見越して俺に白羽の矢を立てたんじゃないの?


 でも、やっぱりゲーム会社に就職する人達はゲームが好きなんだな。

 年代はバラバラなのに、レロトゲーの話でみんな盛り上がる盛り上がる。

 大学生っぽい人……音楽担当の徳重さんも、楽しそうに昔のゲームの事を話しているし、リアルタイム世代じゃなくても知識は豊富だ。


「すみませーん。八代さーん」


「あ……もうこんな時間か。えっと星野尾さん、仕事の内容は大体さっき話した通りなんで。スケジュールはレジュメにも書いてあるけど、タスク管理ツールでチェックして貰えると助かります。それじゃ諸々お願いします!」


 ……なんか最後、メチャクチャ適当だったな。

 でも一応、一通り説明は終わっているから問題はない。

 基本的には事前に確認していた通りの内容だったし。


「んっ、中々斬新な内容だよね。キャストをキャラ化するような感じだから、ウチの得意分野と結構似てる所はあるけど」


「PBWと似てますよね。ある意味フォロワーなのか……時代を先取りし過ぎてたのか」


「んっ。嬉しい事を言ってくれるじゃないか」


 会沢社長は俺がヨイショしてると思ってるみたいだけど、実際に感じていた事だ。

 テーブルトークRPGから派生したPBWは、冒険者などのRPGのキャラになりきってゲームを進める。

 Vtunerをゲーム化している『Virtual[P]Raise』は、その印象とかなり近い。


 PBWのノウハウをゲームに活かせそうな手応えがあるんだろう。

 会沢社長の表情も明るい。


「……」


 逆に、星野尾さんは意気消沈気味だ。

 会議中は終始マジメに話を聞いていたし、悪い印象は持たれていないと思うけど……


「正直、ちょっと疎外感があった」


 ……レトロゲーの話に入れなかったから拗ねてたのか。


「ま、いーか。レトロ兄さん、スケジュール管理はお願いね。マネージャーなんだから」


「代理ですけどね。っていうか、管理自体は家でも出来るんだから本職の方にお願いした方が良いでしょ」


「骨折してる子に仕事させるなんて、何処のブラック企業よ。そういうのはやらないの星野尾は」


 ……まあ、正しい姿勢だとは思うけど。


「それじゃ、春秋君。ここからは僕とディスカッションだ。『Virtual[P]Raise』内で扱うゲームについて、もう少し煮詰めさせてくれ」


「わかりました」


 結局、この日は昼食をとる時間もないまま忙殺されていった。





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