9-45
7月22日(月) 09:28
山梨を7時に出て、電車に揺られること約2時間。
快速の快適な旅を終えて東京駅に着くと、相変わらずの異世界がそこには広がっていた。
……なんて感慨に耽ってる場合じゃない。
本当は新宿駅の方が目的地に近いのに、一度来た事がある場所の方が落ち着いて行動できるってだけの理由で落ち合う場所を東京駅にして貰ったんだ。
これで遅れたら何言われるか。
待ち合わせ地点は、確か……地下にあるんだっけ。
銀の鈴。
おお、これが噂の。
思ってたよりも遥かにデカくてちょっとビックリ。
当たり前っちゃ当たり前だけど、ショーケースに入ってるから触れる事は出来ない。
一応、写真に収めておくか。
これも良い思い出だ。
「あ、いたいた」
先にこっちが着いたらしく、星野尾さんの方がこっちを見つけて駆け寄ってきた。
芸能人だけど、ローカルタレントだから特に変装の必要はないって本人言ってたけど、まさにその通りでいつもの星野尾さんだ。
「え……何その髪」
「そっちが整えろって言ったんでしょうが」
「言ったけど……それショートレイヤー?」
「確かそんな名前だったような」
流行じゃなくて定番を、ってオーダーしたんだけど、マッシュかこれかの二択を迫られてこっちを選んだ。
つーかマッシュって流行じゃないの?
髪型マジでよくわかんない……
「なんか中途半端にハネさせてるのがビミョーにムカつく。いっそ刈り上げにしてツイストっぽくすれば良かったのに」
「ウチの学校、サイドの刈り上げ禁止なんです」
ツーブロックは全面禁止。
勿論パーマも禁止。
でも微妙に曖昧で、パッと見ではクセッ毛に見えるくらいのパーマだと黙認されているのが実状だ。
まあ、俺はあのヘニョヘニョな感じが嫌だから、そもそも選択肢になかったけど。
「でもまあ、注文通り清潔感はアップしてるから良しとしましょうか。服はまあまあね。高校生が背伸びしてみました感出てて良い感じよ」
「星野尾ファッションチェックうざいなあ」
「……」
「あ。すみません。思った事まんま言っちゃいました」
「は? 全然気にしてないし。まあ、そういう思い付いた事そのまま言っちゃう所は来未のお兄ちゃんって感じよ。大人はね、そんな子供のおいたをいちいち気にしてなんていられないんだから」
目を合わせてくれない……多分傷付けてしまった。
でもまあ、幾ら目上の人でもあんまり格好についにグダグダ言われるのは嫌だし、最初に釘刺せて良かったかもしれない。
「じゃ、行きましょうか。クリティックルは東池袋駅が一番近いんだって。東京メトロで池袋駅まで行ってから乗り換えね」
「了解です。荷物持ちます」
「お、マネージャーらしい事してくれるじゃーん。はい」
やや小さめのキャリーバッグを受け取り、ゴロゴロ転がして丸ノ内線へと移動。
正直、今何処にいるのかすらわからない。
旅慣れしている星野尾さんに全部お任せだ。
「……おお」
幸い、特に迷う事なく地下鉄に乗る事が出来た。
ちょっと感動。
「星野尾さんが輝いて見えます」
「そうでしょう、そうでしょう。こういうナビ役をなんなくこなせるのが売れないタレントの良いところよ」
「売れたら無敵じゃないですか」
「良いフォローね! さすが来未より年上!」
更に年上なんだから、露骨にフォローを誘うような自虐は控えて欲しい。
言わないけど。
幸い、通勤ラッシュのピークは過ぎているからか、座れはしないまでも人口密度はそれほどでもなく、吊革には余裕で掴まれるくらいだった。
まあ、山梨だったら座れない方が珍しいくらいだけど……
「25分くらいで池袋に着くから。そこから東池袋までは1~2分よ」
「駅からクリティックルまではどれくらい掛かります?」
「徒歩で10分くらいじゃなかったっけ。すぐ近くよ」
それなら余計な出費は必要ないな。
……なんて心配は不要か。
交通費は全部出して貰えるんだし。
余計な心配をした所為で、終夜の家に行った時の事を思い出してしまった。
俺にしてみれば神奈川も大都会って感じなんだけど、流石に東京はまたワンランク違う。
同じ喧噪でも、こっちの方が微妙に無機質というか……より一層違う世界って感じだ。
この東京に、水流がいる。
そう考えると、なんか存在を遠くに感じちゃうな。
良いんだろうか、田舎者の俺があんなに馴れ馴れしくしてて。
「はぁ……」
「何。これ見よがしに溜息なんかついて。来未のお土産を何買って良いか迷ってるの?」
「無理やりシスコンにしなくて良いですよ。あいつのお土産はリクエストがあるから簡単なんです」
「普通にシスコンじゃない……」
そんな事はない。
県を跨いで遠出したら家族に土産買うなんて普通だろう?
違うの?
「どうせなら来未も一緒に来れば良かったのに。東京」
「来未はフロア担当ですから、一週間前には申告しておかないと中々休めないですね。俺は大して戦力にもなってないから、まだ休みは取りやすいんですけど」
来未は主戦力。
あいつがいないと店の集客力はガタ落ちだから、本人も出来るだけ穴を開けないようにしている。
『中学生にばっかり頼ってそれで良いのか』とか『カフェがコスプレ頼りで良いのか』って正論は勿論随時受付中だけども、これが現実だから仕方がない。
「やめてよ。必要とされない悲哀が滲み出てて、親近感を覚えちゃうから」
「どうぞ覚えて下さい。幾らでも」
などと言いつつも、学生の俺と社会人の星野尾さんとでは悲哀の重みが違う。
それでも、星野尾さんはめげずに夢を追い続けている。
本当に、そこは尊敬してる。
ま、必要とされない悲しみは、俺よりも終夜の方がずっと味わっているだろうけど……
「星野尾さんって、誰かに憧れてたりします? お手本にしてる人とか」
「んー、いると言えばいるけど、口に出したりはしないかな。烏滸がましいし。星野尾が目指してる高みまで昇りつめた時、初めてその名前を公表しようと思ってるの」
意外と意識が高い!
でも、それくらい憧れが強いんだろうな。
終夜は……どういう気持ちでrain君と接していたんだろう。
SIGNで水流や俺と一緒にrain君と会話していた時は、とても妬んでいるようには思えなかった。
でも、心の中はグチャグチャだったに違いないよな……
「どしたの?」
「えっと……rain君を目標にしてたイラストレーターの卵の話なんですけど」
終夜の名前は出さず、星野尾さんに話を聞いて貰う事にした。
移動時間の話題にしては少し重い気もするけど、こんな事を話せる相手は他にいない。
「rain君みたいになりたくて、子供の頃から頑張って絵を描いてきたけど、どうしても及ばずに挫折したって子がいて。どうすれば立ち直れるんでしょうね」
「立ち直れる訳ないじゃない」
――――即答だった。
「才能がないって事実を突きつけられた経験はね、きっと一生引きずっていくのよ。でもそれは普通の事。みんなが通る道よ。自分はこれだけの事をしたいって思いが強ければ強いほど、それが叶わないってわかった時の落差は大きいし、やりたい事が多いほど挫折する機会も多くなる。でも、だから何? 殺された訳じゃないんだし、別に良いじゃない。やりたい事にチャレンジして、負けたんだから。良い勝負が出来たって思わなきゃ」
その星野尾さんの言葉が決して軽くない事は、彼女の経歴が物語っている。あれだけ多くの仕事に挑んで、その度に挫折感を味わって来た人だ。感覚が麻痺しているのかもしれないけど、そうでもないと次へ向かう気力なんて湧かないだろう。いや……次に向かうから気力が湧くのか? けどそんな簡単に割り切れはしないだろう。クリア出来なかったからって違うゲームに切り替えるのとは訳が違う。
「もし星野尾さんが、やりたい事が一つしかなかったら、同じように出来る自信はあります?」
「勿論。その一つを細分化していくだけよ。アイドルがダメならアイドル崩れのタレント、それも難しいならローカルタレント、みたいに。グレードダウンはしても、現場単位でやる事はそんなに違いはないし、やり切れば充実感はあるもの。人生なんて半分以上は自己満足の世界でしょ?」
……確かに。
誰かに認められたいって気持ちは誰にでもあって、終夜も当然そうだろうけど、それだけじゃない。
自分で自分を認めたいと思うのなら、絵描きとしてのレベルがどうとか、誰々と比較してどうとか、そういう事は大して意味がない。
自分が満足する水準なんて、自分の匙加減で幾らでも変えられるんだから。
終夜は多分、親に失望された事が大きなショックになっている。
家庭がバラバラになったのは、自分が期待に応えられなかったからって思ってる。
もしかしたら、その傷がずっと癒えていないんじゃなくて……癒えないように自分を追い込んでいる?
自分が傷付いている事、悲しんでいる事を、親に気付いて欲しいんじゃないか?
終夜は『家庭用ゲームは終わった』と言った。
間違いなく、家庭用ゲームを手掛けてきた父親を否定する言葉だ。
でもそれは本心じゃなくて、『終わっている』と思われた自分がどれだけ苦しんだかを知って欲しいって心の表れ……?
もしそうなら、終夜は常に自分自身を傷付いたままの状態にして、それを保とうとしている。
心の中はいつだって限界寸前。
あのフリーズは、元々いっぱいいっぱいの終夜の心に更なる強い負荷が掛かった事で、心を防衛しようとしているのかもしれない。
電気を使い過ぎると、安全のために一旦ヒューズが飛んで、電源を落とす。
それと同じ事が、終夜の中で起こっているのか。
「ま、自己満足がどうしても出来ないんだったら、誰かに必要とされるのが一番よね。星野尾の場合はそっちが全然だけど……」
あ。自爆した。
油断するとすぐ自爆するよな、この人も……明るいのか暗いのかたまにわからなくなる。
「星野尾さんが良い仕事に出会えて頑張っていたら、来未も元気が出ますよ。来未に必要とされてるって事で、一先ず良いじゃないですか」
「……」
あんまり上手いフォローじゃなかったか……?
「やっぱりガチめのシスコンじゃないの」
「だから違いますって!」
不本意ながら綺麗に落とされてしまったその直後、池袋駅に到着。
その後も問題はなく、無事クリティックルへと着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます