9-40

「……そう。だから終夜の家に泊まる事になったから。うん、本人の厚意で……それは大丈夫。心配ないって」


 同世代の女性の部屋に泊まる、なんてとんでもない状況になってしまった事で大分気が動転していたけど、一応は親に連絡を入れておかないと。

 母さんは驚いた様子だったけど、『相手の親御さんに必ず連絡を入れなさい。許可が下りたらこっちは何も言わない』という条件付きで許可をくれた。


 さて……問題は終夜父の方だ。

 このマンションは終夜父のお金で借りているらしいから、当然連絡は彼に入れなくちゃいけない。

 


「私がかけますけど、お話は春秋君にお願いしても良いですか?」


「わかった」


 奇妙な緊張感が漂う中、終夜がスマホを操作する。

 SIGNで済ませられたら一番楽だったけど、終夜は着信履歴から検索しているみたいだ。

 まあ、この親子がSIGNで会話する所は想像も出来ないしな。


「はい」


 終夜からスマホを受け取る。

 その直後、終夜父が電話に出た。


「夜分恐れ入ります。春秋です」


『……どういう事かな? それは娘のスマホの筈だが』


 以前、俺のスマホにあの人がかけてきた時と全く逆の構図。

 その時のやり取りを覚えていたらしい。

 こういう所からも、頭の良さが窺える。


「おかしいですか? 友人のスマホを使うのは」


『いや、大歓迎だよ。娘がスマホを預けられるような友達を持てた事はね』


 ……額面通り受け取る訳にはいかないな。


「申し訳ありません。娘さんの部屋に遊びに来てまして、話し込んでいたらこんな時間になってしまって。花火大会があるらしくて、近くの宿が全部予約で埋まってまして……」


『娘の部屋に泊まるつもりかね?』


 う……なんか圧が凄い。

 でも、そりゃそうだよな。

 ここで何の感情も出して来なかったら、それこそ親子である意味がない。


『娘に替わってくれるかね』


「はい」


 終夜にスマホを差し出すと、露骨に嫌な顔で首を横に振っていた。

 でも、こればっかりは仕方ない。

 半ば強引にスマホを持たせ、会話を促す。


「……」


 終夜は恨めしそうな目でこっちを見ながらも、観念したようにスマホを耳元に当てた。

 会話の声は当然、終夜側しか聞こえないけど、何を話しているのかは想像に難くない。

 さっき俺が話した内容の確認だ。


「うん……わかった。春秋君に替わる」


 終始無機質な声で話していた終夜が、今度は俺にスマホを突き返してくる。

 非難めいた顔で。


 この親子の会話が、何かを変えるかどうかはわからない。

 でも、悪い方にはいかないだろう。

 無理して仲良くなる必要はないけど、会話が一切できないような状態は双方何の得にもならない。


「お電話替わりました」


『確認は取れたよ。娘の方から言い出したそうだね。それなら娘の意思を尊重しよう』


「出来れば、父親らしく断固認めない方向でお願いしたかったんですけどね」


『そういう父親像は、私にはないな。父親を語る資格もないが』


「だったら、せめて資格を得ようとする意思くらいは見せて欲しいですけど」


『一応、先程それは試みたつもりだが』


 ……まあ、確かにそう言えるのかもしれない。

 一般的な父親なら、そもそも娘の一人暮らしを容認しないと思うから、前提を考えてたらキリないし。


『月並みで恐縮だが、くれぐれも間違いのないようにお願いするよ。君について「信頼している」と言えるほど知らないのでね』


「了解しました。では失礼します」


『待ちたまえ。アカデミック・ファンタジアは進めているかね?』


 ……こんな質問をしてくるって事は、こっちのプレイ状況を把握してるんだろうな。


「停滞中です。仲間のコンディションが良くないので」


『成程。原因はゲーム内での出来事なのか、それ以外なのかはわかるかね?』


「ゲーム外です」


『ありがとう。ならばこちらから干渉する事はない。自由に、好きなように楽しんで貰いたい』


「……あのゲームをアカデミック・ファンタジアって呼ぶのに抵抗はないんですか?」


 一プレイヤーとしては、表のアカデミより裏アカデミのプレイ時間の方がずっと長くなっている。

 俺にとっても、今やアカデミック・ファンタジアと言えば裏の方だ。


 でも、終夜父がそう呼ぶのはどうしても納得できない。

 別に終夜以外のワルキューレのスタッフに知り合いがいる訳でもないけど……部下を裏切り、既存のゲームの世界観を踏襲したものを勝手に作る事に何も思わないんだろうか。


『ないよ』


 それは、ある意味では想像通りの回答だった。


『ここだけの話だがね。私はワルキューレが展開しているアカデミック・ファンタジアには不満しかなくてね。この御時世、あんな時代後れのゲームを提供し続けるのは、ゲーム業界にとって害悪でしかない』


「辛辣ですね。でも貴方が代表を務めていた時期に始めたゲームなんでしょう?」


『企画の初期段階ではね。私なりに、当時のゲーム市場の限界を越える為に色々アイディアは出してみたが、実現できるものはほぼなかった。それでもゲームをリリースしなくてはならない。一度動き出した企画は止められない。開発中期には既に私のイメージからはかけ離れたものになっていたよ』


「そのイメージを、裏アカデミの方で活かしたって訳ですか」


『そういう事になる。どちらが正しかったのか、決着を付ける……なんて事は考えていないがね』


 まだβテストの段階で、商品化されるかどうかは今後検討されていく事になる。

 もしリリースされたら、少なからずゲーム業界に革命が起きるだろうと思う。

 仮想空間としてのクオリティの高さに加えて、NPCがそれぞれ個別に人格を持っている……まさに次世代のRPGだからな。


『では、そろそろ失礼させて貰うよ。繰り返しになるが、過ちを起こさないように』


「わかっています。それじゃ」


 ふぅ……


 娘を前にしてこんな事を思うのもなんだけど――――終夜父との会話は疲れる。

 でも今日は、今までで一番彼の人間性が見えた気がする。

 

「良いってさ」


「勿論そうでしょう。あの人が、わたしを気にかける筈ないですから」


「くれぐれも間違いがないように、って念を押されたけど?」


「そう言っているだけす。心配して言っている訳じゃないと思います」


 ……うーん。

 なんだろう、この噛み合ってない感じ。

 ケンカにもならない、いがみ合うほどの強い感情もない。


「それより春秋君。せっかく時間がたっぷり出来ましたし、ゲームの話しませんか? 裏アカデミのこれまでの歩みを振り返る特別番組をこれから二人で立ち上げましょう」


「……テンションが良くわかんないんだけど」


「割とアゲアゲです」


 とてもそうは見えない……もしかして、緊張してるのか。

 いや、俺だってしてるよ?

 女子の家に泊まるのが確定したんだから、緊張しない筈ないもの。


 でもこの状況で終夜に何かしたら、俺の人生は間違いなく終わる。

 何より、俺自身が自分に絶望する。

 幾らなんでも、そんないい加減な生き方をする訳にはいかない。


 っていうかこの状況、もし水流が知ったらどう思うかな。

 やっぱり、嫌われるかな。

 恋人って訳じゃないけど、俺の中ではこの状況になって真っ先に水流の顔が浮かぶくらいにはなってる。


 水流は、どう思ってるのかな。

 そう考えると、凄く不道徳な事をしている気になってくる。


 ……でも、後悔はしてない。


 今日、終夜の家に俺が来た事は、終夜にとって救いになったかどうかはわからない。

 でも俺は、そうなりたいと思ったし、そうなるべきだとも思った。

 ゲーム仲間が苦しんでいて、それがわかっているのに個人的理由で距離を置くのは、人として間違ってる。


 ただ……ツメは甘かったよね。

 この事は水流には話せないよな……


「どうしました?」


 終夜のあどけない顔が、俺をのぞき込んでくる。

 良くないな。

 身内以外の女子との交流なんて、それこそこいつと水流くらいしかないから、どうしたって不慣れな訳で、緊張の度合いが半端ない。


「なんでも。で、振り返るってどうやるんだ?」


「一日目から、どういう感じでプレイしてたかをおさらいしていきます。オーディオコメンタリーみたいな感じで」


「それはちょっとキツくない……?」


「別に動画にアップして不特定多数の人達に見て貰う訳じゃないですし、キツいくらい良いじゃないですか」


 終夜は笑う。

 目を擦りたくなるほど自然に。

 その顔が見られただけで、ここへ来た甲斐があったと思える。


「一日目からか……覚えてない所が多々あると思うんだけど」


「大丈夫です。わたしが覚えてますから。合流後は任せて下さい」


 妙に心強いというか、そのリーダーシップを何故ゲーム内で発揮できない。

 そうか、ここ自分の家だから内弁慶のこいつには最高のバフがかかってる訳だ。

 ま……楽しそうだから良いけどさ。


「……エルテ抜きで先に進めたいってわたしが言った事、軽蔑してますか?」


「いや、してないって。気持ちはわかるし」


「わたしは……結局、このゲームの開発には自分が関わってるって思ってるんですよね」


 明るい顔のまま、終夜は少し寂しそうな目をした。

 自虐……いや、それだけじゃない。

 きっと、誇らしさもある。


「コンセプトアートだっけ。実際、世界観を踏襲してるんだから表も裏も終夜が関わってるのは間違いないよ」


「そう言って貰えると嬉しいです。二つのゲームは全然印象が違いますけど、わたしにとっては地続きで……愛着はやっぱり湧きます」


 だから、立ち止まるのが怖かった。

 立ち止まる人達を見るのが嫌だった。

 終夜の目は、そう語っていた。


「だから、続きを始める前に、思い出しておきたいって思ったんです」


「それで振り返りか。わかった。付き合うよ」


 どうせ今日はロクに寝られそうもない。

 終夜と語り合おう。


「嬉しいです」


 俺にとって、終夜は――――かけがえのないゲーム仲間パートナーだから。



 


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