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 これは何処にでもある、ありふれた話。


 日本のゲームの黎明期が過ぎ、ゲーム市場があらたな局面を迎えていた2000年代。

 業界が求めていたのは、天才の出現だった。


 既存の人気シリーズは、ハードが変わっても依然としてヒットしている。

 新たなハードが発売されれば、それなりに話題にはなる。


 でも、ゲーム好きじゃなくても知っているような、国民的ヒット作というのは、全くと言って良いほど出なくなっていた。


 1980年代~90年代にかけ、ゲームが市民権を得た事で、ゲームは日本の娯楽の中心となった。

 当時の子供はみんな、家庭用ゲームやアーケートゲームに夢中になっていた。

 一大市場となったゲーム業界には他分野からの『誘いの声』が多数寄せられるようになり、大手メーカーは膨大な予算を確保する事がそれほど難しくなくなっていた。


 市場規模は膨れ上がる。

 でも有名なゲームは生まれなくなっていく。

 このままでは衰退は免れず、やがてゲームそのものが生活から失われていく。


 メディアや広告代理店に持ち上げられ、市場拡大に浮かれるゲームクリエイターもいた。

 でもそれ以上に、『このままだとマズい』と考えるクリエイターの方が多かった。

 市場が膨らめば膨らむほど、その懸念もまた大きくなるという、一種異様な歪さを孕んだ時期だったという。


 ワルキューレ――――当時はオーディンという名前だったが、そのオーディンを率いていた終夜京四郎は、業界全体が危機感を抱くずっと前から、ゲームの未来を案じていた。

 オーディンは決して最大手ではなく、ゲーム業界を左右するような作品を生み出した実績もなかったが、いち早くMMORPGの雛形とも言える〈ソーシャル・ユーフォリア〉を作った事で業界注目度は高く、中には新時代を築くメーカーになり得ると評価する人もいたそうだ。


 ヒット作の続編を作れば会社は安泰、という立場にないからこそ、見えるものがある。

 常に今以上、今はないものを作りあげていかなければならない中小規模のメーカーだからこそ、最先端のその先が見える事もある。


 終夜京四郎は、常に未来へ目を向けていた。

 その彼だからこそ、人材の発掘――――才能豊かな子供を見つける事に情熱を注ぐのは、必然だったのかもしれない。


 ゲームの開発には、沢山の人と時間と金が必要だ。

 そして、作りたいものを作れる訳でもなければ、望まれているものを作れる訳でもない。


 最初に行われるのはマーケティング。

 どんなゲームなら売れるか、注目されるか、どの世代にどんなタイプのゲームが受けるか、需要やニーズの調査を細かく行う。

 2000年代当時は、まだ世界に向けて発信するゲームは少なかったから、大手や海外向けの作品を手掛けるメーカー以外は主に国内のマーケティングを重視していた。


 勿論、各メーカーが掲げている方針は経営状況によって異なる。

 といっても、一発派手に当てたいというメーカーはこの頃になるとかなり少なく、中小規模のメーカーの多くは『マニアに刺さるゲームを』という意識を強く持っていた。

 オーディンもそういう戦略からソーシャル・ユーフォリアを企画したそうだ。


 利益を出せる見通しが立ち、企画書を作って社内や出資者の承認を得たら、次は仕様書の作成。

 企画書は『こういうゲームを作りたい、これならこんな理由でゲームファンに受け入れられる、持続性、採算性はこれくらい』といった概要なのに対し、仕様書は事細かに各項目を説明しなければならない。

 タイトル一つとっても、何故そのタイトルなのか、このタイトルが興味を持って貰える理由は何か、どの世代に刺さるのか、関心を持つと予想される男女比はどれくらいか、シリーズ化した時にサブタイトルとの相性はどうか……など、かなり多くの補足をしなければならない。


 その一冊があれば、このゲームに関する全てがわかる。

 仕様書はそれくらいの意気込みで作られる。


 当然、開発に関わる全ての試算も仕様書内にて行われている。

 シナリオやプログラミングなど、各工程にどれだけの人材が必要か、開発のミドルウェアは何を用いるか……など。

 自分達の会社に所属している人員だけで開発可能か、無理ならどうやって募集するか、或いは他の会社とタッグを組むか、組むなら何処が良いか――――とにかく開発に関する全てが詰め込まれている。


 それでも仕様書通りに進まないのが、ゲーム開発だ。

『時代が変わったから』の一言で、根本的な部分から作り直す事も珍しくない。

 仕様変更など日常的に行われ、場合によっては開発中止にもなる。


 そんな紆余曲折があって、一先ず商品化の見通しが立った段階で、プロトタイプ版と呼ばれるものを作りあげていく。

 いわゆる試作プログラムで、主要な部分を一通り作って繋ぎ合わせる事で、一応プレイできる段階だ。

 これでゲーム全体の雰囲気を確認し、面白いと判断されれば、次の段階――――α版の開発となる。


 α版はゲームのメインストーリー、或いはメインコンテンツを遊べる状態。

 本筋を最後まで通してプレイ出来る為、ここまで来れば完成の見通しも立つ。


 ただしこの段階では、まだ完成品には程遠く、多数のバグが残っている。

 それを開発陣とデバッガーが見つけ出し、潰していく事で完成度が増し、製品として成立する一歩手前の段階でβ版という事になる。

 β版をユーザーにテストプレイして貰い、要望を最大限考慮した上で完成度を上げ、製品のクオリティに達したらマスターアップ。


 ようやくユーザーの元に届けられる。


 そこに至るまでに関わる人間の数は、最低でも十数人。

 黎明期のゲームやインディーゲームなら数人でも作れるけど、一定の規模を誇るコンシューマなら数十人、或いは数百人が関わってくる。



 ――――その中に、天才と呼ばれる人間は何人必要なのか?



 終夜京四郎は、その答えをずっと求めていた。


 たった一人の天才が、歴史に残るゲームを生み出す事はある。

 けれど数奇な事に、天才のもとには天才が集うもので、企画、ビジュアル、サウンド、シナリオ プログラム――――全ての部門に天才が関わった作品も少なくない。

 そういうタイトルは当然のようにシリーズ化され、何十年も愛されていく。


 逆に言えば、天才がいない現場に天才は現れない。

 ならば、まず一人。

 最初の『揺るぎない天才』を据えれば、そこから天才同士引かれ合っていく。


 それなら、最初の一人をどの部門から見つけ出すか。

 終夜京四郎は、企画――――つまり天才的な発想力を持つ人間を探した。

 そして、彼が見初めた人材はソーシャル・ユーフォリアという大胆不敵な企画を出し、見事期待に応えてくれた。


 が、続かなかった。

 続編も高評価を得たものの、結局このソーシャル・ユーフォリアは新たな時代を生み出すタイトルにはならなかった。

 時代が進み、MMORPGが爆発的に流行った事で『早過ぎた意欲作』などと再評価されはしたが、それだけだった。


 終夜京四郎が出した結論は『自分が間違えていた』というもの。

 ただしそれは、天才必要論を覆すものではない。

 ソーシャル・ユーフォリアの考案者が天才ではなかった、という結論だ。


 では、天才とは何か?

 彼はすぐに、かつて見たあの絵を思い出した。

 仕事仲間の娘が描いた、これから才能が開花していくであろう、天才の萌芽とも言うべき絵を。


 それから20年近い歳月が流れ――――


 終夜京四郎は、その娘を自身が手掛けるゲームのメインデザイナーに抜擢した。

 

 天才とは何か?


 その答えを、リリース当時のインタビューでこう答えている。





『才能を視覚化させられる者。それが私の思う天才であり、今のゲーム業界に必要な人材です』





「簡単に言えば、誰が見ても天才だってわかる技術。専門的な知識とか見る目とかがなくても、感覚的に凄いってわかる人。ゲーム業界に必要な天才は、そういう人なんだって。だから私は、そんな人になりたかった。あの人みたいになりたったんです」


 ――――ずっと避けていた思いの吐露。


 終夜はそれを切々と語った。


「だから絵を描くようになったのか」


「はい。でも、わたしは天才じゃありませんでした。目指した段階でわかってた事なんですけどね」


 俺は絵描きを目指した事がないから、わからない。

 自分に才能があるのかないのか、そのジャッジをどんな基準でするのかなんて。

 でも、もしかしたらそれは酷く単純で、例えばワルキューレのスタッフの反応とか、whisperにアップした絵に付けられたいいねの数とか、そのくらいのものかもしれない。


「わたしは多分、父に必要とされたかったんだと思います。でも、それが無理だってわかって……わたしに興味がない父を否定する事で、自分の無能さから目を背けていたんだと思います」


「そんな事はないと思うけど。絵を描くのを止めた訳じゃないんだろ?」


「だって、それを手放したら、本当に何も残らないじゃないですか」


 恐ろしいほど淡々と、終夜はそう吐露した。


 もしかしたら、終夜がゲーム好き以外と話が出来ないのも……同じ理由なのかもしれない。

 自分と趣味が合わない人間と話す事への恐怖じゃなく――――自分の周りからゲームが、父の匂いが消えてなくなるのが怖いのかもしれない。


「でも、そんな事情があった割に、rain君とは普通に話してたよな。SIGNだけど」


「はい。普通でしたね」


 ……その終夜の返答に、思わず寒気がした。

 自分の事を言っている感じが一切ない。


「わたしも、もっと葛藤があるって思ってました。もっと妬ましくて、悔しくて、耐えられないって思ってました。だけど……初めて顔合わせした時も、そういう感情は湧いてきませんでした」


 rain君はアカデミック・ファンタジアのメインデザイナー。

 当然、その開発スタッフに名を連ねていた終夜とは開発の前後に顔を合わせているだろう。


「わたしも一応、こっそりアカデミのビジュアルを描いてみたりしたんですよ? 採用されるなんて思ってはいなかったですけど、『これも良いね』くらいは言って貰えるって期待して。でも、あの人が一日で描いて来たメインビジュアルのA案を見て、その日の内にデータは全部消しました」


「……」


「そのビジュアル、すごくシンプルで……登場人物はたった一人。しかも顔も描いてない。髪の毛をくしゃって手で掴んでいる、それだけの絵でした」


 ……俺が知っている限り、アカデミのメインビジュアルはそれじゃない。

 A案って事は、最初の案だったんだろう。


「描いたのは二時間、思い付くまでに二十日。でも絵によってはそれが逆になる、って澄ました顔で言ってました。実際、B案としてあの人が用意したのは、信じられないくらい描き込んだ絵で……会議で承認されたんですけど、結局その三日後に全然違うC案とD案を描いてきて、C案が採用されました」


「やっぱりrain君って本当の天才だよね」


「その天才が関わっても、アカデミは普通のゲームって評価でした」


 ……そうだ。

 アカデミック・ファンタジアは今も続いてはいるけど、特別大きな実績を残したゲームじゃない。

 つまり、終夜京四郎の思惑は再び外れた事になる。


 彼が今のゲーム業界を見切ったのは、その為なんだろうか。


「わたしは諦めたんです。張り合う事も、父の為に頑張る事も。春秋君に『家庭用ゲームは死んだ』なんて言ってましたけど……本当に死んだのはゲームなんかじゃなくて、わたしの向上心。わたしが目指していたわたし、なんです」


 終夜は、そう言って笑った。

 悲しいほど、爽やかに。




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