9-35
『エルテがいなくても、アカデミを進める事は可能でしょうか』
この問い掛けを見て最初に浮かんだのは、『水流が終夜にそう訴えたのか』という推察だった。
実際、俺にはそうしろって言ってきたからな。
同じ事を終夜に言っていたとしても不思議じゃない。
でもその場合、俺より先に終夜へSIGNを送っていた事になる。
というのも、俺が先で終夜が後だったら、俺とのやり取りで思い留まった筈なのに、その後また終夜に『私の事は気にしないで裏アカデミを進めて』と訴えた……という矛盾が生じるからだ。
流石にそれはちょっとあり得ない。
そりゃ同性同士だし、終夜に真っ先に相談していたとしても別におかしくはない。
おかしくはないけど……微妙にモヤモヤする。
まさか俺より前に朱宮さんにも相談してたりしないよな……?
っと、終夜をほったらかしにしちゃダメだ。
既読無視は友情破壊の第一歩って言うしな。
『それ、水流からそう言われたの?』
兎にも角にも、これを聞かなきゃ始まらない。
終夜はなんて答えるのか……なんか凄くドキドキするな。
お、返事来た。
『いえ』『私自身の判断です』
……そっちか。
だったら、水流があの訴えを送ったのは俺だけか。
妙に安堵したけど、今度は別の問題が浮上してきた。
なんで終夜がこんな事を言い出したか、だ。
『だったら理由による』『ただ先に進めたいから、ってだけなら賛成できない』『何か他にあるんだろ?』
終夜だって一度は水流を待つ事に了承しているし、今日までそれをしっかり守ってきた。
夏休み前だからって理由だけで、その前言を撤回するとは思えない。
終夜との付き合いは長くはないけど、お互いに弱い部分を見せ合ってきた仲だ。
ある程度までなら、あいつの事は理解しているつもりでいる。
終夜が自分の欲だけで、水流を置いてきぼりにしようとするとは思えない。
『すみません』『やっぱりいいです』
……なんだ?
言えない理由があるのか?
でも、俺が理由を聞く事くらい想定していた筈だ。
その程度の事で取り下げるのなら、最初から提案してこないだろう、終夜の性格上。
これは――――
『プライベートで何かあったのか?』
本当は、心の脆い終夜相手にこんな詮索をするのは良くない。
でもこのタイミングを逃せば、終夜は二度と俺に弱い部分を見せてこない気がする。
このやり取りを間違えたら……終夜はもう、一緒にゲームをしようと思わなくなるかもしれない。
それくらい、切羽詰まったものを終夜のSIGNから感じ取った。
『話したくないなら話さなくても構わない』『でも何か苦しいなら俺に言ってくれ』『俺にも言えないなら、信頼できる身内に相談してみないか?』
カウンセラーまがいな言葉の羅列に、我ながら気持ち悪いと思ってしまう。
こういう時、アヤメ姉さんならどう言うだろう――――そんな心情で考えた借り物の言葉だから、偽善っぽくなってしまった。
これじゃダメだ。
俺の言葉で話さないと。
『確か俺とお前は友達以上の関係だったよな?』『なのに何も話せないってのはナシだぞ』『お前が俺を指名したんだからな』
……本当にこれで良かったのはわからない。
でも、終夜に届けるべき言葉はこれだと思う。
後は、返事を待つだけだ。
……来ない。
既読はすぐ付いたから、返答に迷ってるんだろう。
その間に何かしよう、って気にはなれない。
ただひたすら待つだけだ。
来た。
『信頼できる身内なんていません』『わたしが頼れるのは春秋君だけです』
……取り敢えずホッとした。
最悪の状況は免れた、って気持ちになる。
別にそんな大層な問題じゃないかもしれないのに。
『でも無理です』『これ以上自分の事を話すと、春秋君にまで迷惑がかかります』『だから話せません』
『話したいんだな』
『バレちゃいましたか』
……良かった、合ってた。
この感じだと、そこまで深刻な話じゃなさそうかな?
『わたし、学校に行かなくちゃいけないみたいです』
……深刻だった。
終夜が実は不登校っていうのは前に本人から聞いて知ってる。
イジメに遭っている訳じゃなく、単純に学校に行く意味を見失ってしまったから、だったか。
俺は別に、最終学歴が高校中退でも構わないと思う。
自分が進みたい道に高校卒業が絶対条件として掲げられていない限りは、無理して卒業しなくても良いだろう。
将来の為に今の自分を壊したら何の意味もない。
でも、そんなのは人生を嘗めくさったガキの戯言だ、と言われたら反論できない。
俺は高校中退で幸せに生きている人の話を聞いた事ないし、身内にもいないから。
学歴が良いに越した事はない、その方が選択肢が広がる、ってのは当たり前の意見で、その為に何処まで無理をするのが好ましいかなんて人それぞれだし、決まった正解なんてない。
だから、終夜の置かれている状況に対して無責任な事は言えない。
だったら……責任を負うしかない。
ここで『責任を負えないからバイバイ』なんて訳にいくかよ。
『なんでまた』『出席日数の問題?』
『ですね』『本当の事を言うと、一学期は一日も登校してません』
……マジか。
いや、正直そうじゃないかとは思ってた。
終夜から学校に通ってる雰囲気、一度も感じた事なかったからな。
終夜が不登校なのを知って、高校の最低限の出席日数が何日くらいなのかを調べた事があった。
確か133日だ。
俺らが登校するのは年間で200日前後だから、三分の二は行かないといけない。
って事は、一学期丸々休んだ時点でもうギリなのか。
もし二学期も休んだら、進級は出来ない。
終夜の性格上、留年して一学年下の奴等と同じ教室で授業を受けるなんて……とても無理だろうな。
『先日学校から連絡があって』『夏休みに登校すれば、それを出席日数にカウントするって言ってました』『二学期から来るならそれでも良いと』『でも、このまま休みっぱなしだと進級は出来ないって』
『まあそうか』『で、どうするか決めてるのか?』
『決めきれません』『夏休み登校だと、多分わたし以外の不登校の子と合同で授業を受ける事になると思います』『それはそれで辛いです』
うん、それはそれで辛そうだ。
多分、出席者全員コミュニケーション苦手だろうから、話をする事はないだろうけど、空気は重いよね。
『でも、今更普通の日に登校して注目浴びるのは、もっと辛いです』
『まあ、難しいよな』
正直、俺でもそのシチュエーションだと尻込みしそうだ。
腫れ物を扱うみたいになるか、珍獣扱いになるか……どっちにしたって地獄でしかない。
『わたしも、このままじゃダメだって思ってます』『普通に人と話せるようになりたい』『でも怖いんです』『自信ありません』
終夜はいつも、言葉を選ばない。
彼女の本心を、拙いくらい素直に伝えてくる。
それは俺がゲーム好きで、その事をプレノートで客観的に示して来たからだろう。
俺の自己紹介や発言よりも、プレノートを作ってきた実績が、俺を仲間だと終夜に認識させている――――と思う、多分。
じゃないと、出会ってすぐ『友達以上恋人未満』とか言い出さないだろう。
自惚れじゃなく、俺は終夜にとって数少ない"仲間"だ。
仲間だと思える、思っても良い存在。
そう認識されている自覚はある。
終夜を見捨てるなんて選択肢はない。
例えそれによって、色んな方面に皺寄せがいくとしても。
……いくとしても。
『だったら終夜、こうしよう』
『どうしましょう』
こういう受け答えだけは無駄にテンポとノリが良いんだよな。
この終夜をクラスで出せれば……
『明日、お前の家に行く』
『へ』
『そこで俺が考えたプランを伝えるから、その通りにやってみる気はあるか?』
『え、え』『何するんですか』『わたしの人生を春秋君が決めるんですか』
『決める』
……ンな訳ない。
でもここは、強気に引っ張ってやらないと。
『だから終夜は、自分がどうするかを決めろ』『俺の案に乗っても乗らなくても良い』『それを叩き台にして、自分が行きたい方向を決めても良いし』『とにかく、まずは学校対策だ』
『学校対策』『ゲームの攻略みたいで少しワクッとします』
なんだその表現……ホント、こういう茶目っ気をゲーム好き相手以外にも出せれば、溶け込めると思うんだけどな。
でもそれが出来ないから苦労してる訳で、タラレバを言っても仕方ない。
『決まりな』『ちなみに金がないから交通費半分出せ』
『カッコ悪いです』
やかましい。
今月は物入りだったんだよ。
『冗談です』『半分と言わず全部出すんで、相談に乗って下さい』
……それはそれでなんかヤだな。
一応、夏休みに入ったら星野尾さんのマネージャーやる仕事入ってるから、多少はバイト代出ると思うけど……
あ、だったらウチの手伝い賃を前借りすれば良いか。
先月と今月はキャライズカフェ対抗の為に結構骨折ったから、それくらいの要求は呑んでくれるだろ、多分。
『半分で良い』『全額出されると情けなさ過ぎて嫌』
『ちょっとわかります』『じゃ半分で』
『了解』『バスで行くから、着くのは昼頃になると思う』
東京より遠いからな、神奈川は。
横浜駅まで2時間以上かかって、そこから更に終夜の家まで移動となると、3時間近くかかる。
朝一で出ても昼前になるか。
『私、ご飯作れません』
『期待はしてない』
『酷くないですか?』
そうは言っても、あの部屋の感じじゃな……
『家にパンがあったから、それ持っていく』『メシの心配は無用』
『わかりました』『お待ちしてます』
……ふぅ。
水流とデートしておいて、今度は終夜の家に行くって……二股みたいな行動してるな俺。
でもSIGNだけのやり取りで終夜に変な誤解を与えたくはない。
これから俺があいつにしようとしている提案は、酷な内容だから。
何にしても、明日話す内容を纏めておいた方が良さそうだ。
今日は睡眠時間、あんまり確保できそうにないな……
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