9-10
「――――で、その後はショッピングモールをブラブラして、ゲーセンでちょこっと遊んで、バス停で見送って終わり」
6月30日(日) 19:48
真っ先にキャライズカフェの事を聞かれると思っていた夕食時の団欒は、何故か俺のデートに関する事情聴取に終始していた。
「お別れのキスは? どうだった?」
「そうだ! まさかお前、まだ中学生の子にチューしたんじゃないだろな!」
基本、ウザいとかキモいって言葉が嫌いな俺だけど、今日だけは解禁。
「来未ウザい。親父キモい」
「うわ勝者の余裕かましてやがるよコイツ! 親にキモいとか言う奴があるか!」
「言われて当然でしょ……そういうイジりって一番嫌われるんだから」
家族の中で唯一、母さんだけがまともな対応をしてくれた。
やっぱり一家の大黒柱は母さんだよな。
「で、手ぐらい繋いだの?」
「……母さん」
「えーそれくらいならいーじゃん。っていうか息子のそういうのって気になるし
……まあ、それでも論外の二人よりは遥かにマシだ。
偵察も兼ねているとはいえ店を休んで出かけた上、お小遣いまで貰っている手前、無碍にも出来ない。
「いや、デートはデートだけど、そういうんじゃないから」
「デートなのにそういうんじゃないって何? 来未意味わかんなーい」
「だよな! 俺もそう思うわ! デートするっつって出かけといて『そういうんじゃない』とかクソムカ付く野郎だなオイ!」
なんで親父が興奮してんだよ……
実際、今日に関しては自分でもビックリするくらい下心はなかった。
勿論緊張はしたし、水流の発言のドキッとさせられる事もあったけど、これを機に付き合いたいとか触れ合いとか、そういうのは全然意識してなかったな。
まあ、下心以前にとにかく水流にガッカリさせたくないってのが強かったし、偵察の件も含めてギリギリまでどういうスケジュールにするか迷ってたりしたもんな……
「ぶっちゃけ、そんな余裕なかったんだよ。楽しかったけど、それと同じくらい『ちゃんとデートらしくしなきゃ』ってのが強かったし」
「あー、それはわかるかも。何でもそうだけど、初めてってそういう意識が働くものね」
やっぱり母さんは俺の一番の理解者だ。
それに引き替え来未……なんだその『ヘッ』って顔は。
「そんなんカッコ付けてるだけでしょー? それとも……あーやっぱ良い。これ言っちゃダメなヤツだ」
「なんだよその思わせぶりなの。言えよ」
「じゃあ言うよ? 兄ーに、終夜先輩の事も意識してんじゃないのー? 恋人にするならどっちが良いかで迷ってるとか」
「んー……それは多分ないと思うんだけど」
正直、自分でもその辺は良くわかってない。
水流に対しては、なんというか……向こうも何となく意識してくれてるんじゃないかなって言動が多々あるから、こっちもガッツリ意識してるんだけど……終夜にはそういうのは今のところ感じてない。
最初にあいつの部屋に行った時が一番異性として意識した気がする。
そう考えたら、不思議なんだよな、俺と終夜の距離感は。
お互い家を行き来して、コンプレックスを明かして、私生活の悩みを打ち明けて……客観的に見ると、そういうプロセスを着実に踏んでる筈なのに、何かが欠落してるというか……
「あははは。ゲーム馬鹿だった深海が一丁前に青春しちゃって」
「ゲーム馬鹿なのは変わってないけどね」
「ま、それは良いよ。でもね深海」
母さんは温かな眼差しを向けて、柔らかく微笑みかけてくる。
「万が一、どっちかに対して『キープしとこう』みたいな事思ってたら承知しないよ。そういうの、日頃の態度とかですぐわかるからね?」
「そんなの思う訳ないだろ! 何処の世界の話だよ!」
「あーあ、結局お母さんが言っちゃった。来未、せっかくボカしてたのに」
来未にまで同じ事思われてたのか……
って事は、終夜と水流にもそういうふうに思われてるのかもしれない……のか?
二股ではないにしろ、どっちとも仲良くしておいてチャンスが来た方を――――みたいな。
いや、それはないだろ……自惚れ過ぎだ。
でも水流に関しては、デートって言葉を何度も使ってたしな。
幾らなんでもそれで付き合う事を全く視野に入れてない、なんて事はない……筈。
今の俺の状態って不誠実なんだろうか?
でもなあ……付き合ってる訳じゃないんだし、この段階で『水流との仲が進展したからもう他の女子とは距離を置きます!』ってなるのは、それはそれでイタいヤツだよな。
わかんねー……どうすりゃ良いんだ。
「悩んでるな、深海」
誰の所為だよ、親父さんよう。
「お前にしてみれば、今まで女っ気が一切ない生活をして来たのに、ほぼ同時に二人の女の子と仲良くなった訳だから、まあ接し方で悩むのは当然だ。慣れない事で頭使うと気疲れするから、『わかんねー』で逃げたくなる気持ちもわかる」
うわ……親父にすら見透かされてるのかよ。
どんだけ浅いんだ俺。
「俺も学生時代、似たような経験したからな。気持ちはわかるぞ」
「え?」
「え?」
「え?」
「……せめて同時にしてくんない? 連発の『え?』はキツいわ……」
親父は謎の理由で凹んでいるけど、こっちはそれどころじゃなくビックリだ。
この親父が学生時代、女性関係で悩んでた時期があったのか……?
俺も大概だけど、俺以上にゲーム馬鹿なのに。
「知っての通り、俺の学生時代はちょうど家庭用ゲーム全盛期でな。勿論、グラフィックにしろ容量にしろ、今の時代のゲームとは比べ物にならないくらいショボくはあったが、当時はそれが最先端で、他の遊びを圧倒するくらい魅力的な娯楽だった訳よ」
その辺のくだりはもう何百回と聞かされてるからどうでも良い。
中年はすぐ自分の学生時代を美化して語りたがるからな……
「当時はゲームでのコミュニケーションっつったら、ゲーム機とテレビを前にコントローラーをお互い握ってプレイしたり、一人でプレイしている画面を一緒に見ていたり……」
「前置きはいいから、早く本題入れよ。母さんキレる準備して待ってるぞ」
「なんでだよ! 俺の学生時代の恋愛と母さんは無関係だろ!?」
そうは言っても、母さんこの話知らなかったっぽいからな。
母さんの立場からしたら『は? 聞いてないけど?』って感じだろうよ。
だってさっきから目が据わってるんだもん。
「要するに、当時は一緒にゲームする時間を共有するってのが、ゲーム好きのデートみたいなもんだったんだ。で、小学五年の時にな、殆ど会話した事ないクラスメイトの女子二人と放課後話す機会があったんだが……」
小学生の頃の話かよ。
なんか聞くだけ無駄な気しかしないんだけど……
「俺がゲーム沢山持ってるのはクラス中でも有名だったから、『今からゲームやりに行って良い?』っていきなり聞かれてな。まあ、当時はゲーム仲間っつったら同性な訳よ。断ろうとも思ったんだが、場の空気に流されちまってな。二人を家に招いたんだ」
「……で、オチは?」
「二人の好きなゲームがバラバラで、どっちを優遇するかで超迷った」
やっぱり無駄話だった。
「最終的にヤリ逃げされたんだが……もし小塚さんじゃなく立木さんの方を優遇してたら、違う未来が待っていたと今でも後悔――――」
「子供の前でヤリ逃げとか言うんじゃない!」
母さんの肘鉄が親父の脳天を直撃した。
うわ……今一瞬顔がグチャッて潰れてなかったか?
あれ食らうとマジで視界が一瞬沈むんだよな……
「ぐおお……DVだ……ドメスティック・バイオレンス反対……」
「こういう大人にはならないようにね。二人とも」
母さんの心からの忠告に、俺も来未も深く頷いた。
「それで、キャライズカフェはどうだった?」
なるべく冷静に、心を穏やかにして――――そんな気持ちが見える母さんの問い掛けに、ようやく本題に入れる安堵よりも、どう説明すべきかの逡巡が前に出る。
勿論、見た事をありのまま言うしかないんだけど……
「あんまり入ってなかった。やっぱりコラボする作品が相当認知度低いみたい」
どうしても、悪口のような形になってしまう。
ライバル店なんだし、別にディスっても良いんだろうけど、オーナーさんの苦悩を思うとな……
「そっか……」
母さんも同じ気持ちみたいだ。
この辺、俺と母さんは感性似てるんだよな。
「えー良かったじゃん! 三ヶ月くらいで潰れれば良いのに」
「っしゃあああああ! ザマあ見やがれ! 地方で商売する難しさナメんなボケ!」
別にナメてはいないだろ。
来未と親父はこういうトコは似てるんだよな……
「まあぶっちゃけた話、キャライズカフェの運営元と秋葉原オービーオージーの製作会社とはズブズブって話だからな。それでムリヤリ押しつけられたんだろう」
「それ以外ないだろね」
親父の説明を聞くまでもなく、そんなのはわかり切っていた。
とんだ貧乏くじを引かされたんだろうな、あのオーナーさん。
「流石に第二弾からは売れ線で来るだろう。こっちも気を抜く事なく、平常運転で頑張ろう。俺達はあくまで、ゲームを愛する人達の憩いの場だ。それ以上のものをお出しする必要はない」
最後は親父が綺麗に纏めたけど、俺の頭の中には未だにあのオープンしたばかりなのに閑散としていた風景が浮かんでいる。
料理は大味だったけど悪くはなかった。
でも、やっぱり店の雰囲気というか、活気が余りないように感じられた。
店員も、勝算のない勝負をオープン日にしなきゃならないやるせなさでモチベーションが上がってなかったのかも。
そういうのは後々響くんだよな。
少なくとも、今日店に行った客はリピーターにはなり辛いだろう。
ウチの場合、店内の雰囲気はどうしても来未に頼りがちになってるけど、せめて外観と内装くらいは多少ブラッシュアップしても良いかもしれない。
rain君のマンガがバズってくれれば、そういう仕掛けもやりやすいんだけど……
「そう言えば、whisperはどうなってるかな。rain君のマンガ」
今日はデートだったから、全くチェックしていなかった。
スマホで見てみよう。
「あ、来未も今日はまだ見てない」
親父も母さんも返事しないって事は、誰もチェックしてなかったのか。
こういう時、得てしてバズってたりするんじゃないか?
……なんて期待をしていると、大抵肩透かしに終わるんだ――――
「あれ……?」
結果的に、通知を切っておいて正解だった。
もしそのままにしていたら、デートどころじゃなくなっていたかもしれない。
whisperのアイコンに見た事ないような数字が付いている。
その時点で半ば確信したけど、稀にバグでそうなるケースもある。
震えそうになる手で、rain君のマンガを載せたウィートを見てみると――――いいねやリウィートの数がみるみる増えていく、という事はなかった。
それもその筈。
どちらも1000以上増えない事には数字が動かない状態になっていたから。
いいねは5.2万、リウィートは2.5万。
絶賛バズり中だった。
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