9-9

 ウチみたいな個人経営ならともかく、チェーン店でオーナー自ら料理を持って来るなんて……

 もしかして警戒されてる……?

 まさか追い出す気か?


 ……いや。

 幾ら同業者とはいえ、規模が全然違うウチのカフェをそこまで気にする事はないか。

 昨日の挨拶も、『隣に引っ越してきた○○です』ってのと同じような意味だろうし。


「先日は大変失礼致しました。お越し頂きありがとうございます。どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」


 案の定、偵察なのは承知で歓迎の意を示してくれた。

 ただ……明らかに表情は暗い。

 とてもオープン日の接客とは思えない。


「ありがとうございます。凄い綺麗なオムライスですね。4種類のソースを使ってる割に値段も手頃だし」


「あぁ……嬉しい御言葉です。メニュー開発担当に伝えてもよろしいでしょうか? きっと喜ぶと思うので」


「はい。その前に一口。ん……あー、美味しい! ケチャップとデミグラスとチーズソースと……」


「当店オリジナルソースでございます」


「そのオリジナルソースが、個性の違う他のソースを繋いでる感じですよね。濃い味ばっかりなのにクドくなっていませんし」


 お世辞じゃなく、ソースの組み合わせは良く出来てると思う。

 4種類のソースを使ったオムライスなんて、普通は思い付いても味がとっ散らかって美味しくはならないんだけど、意外とマイルドに仕上がっている。


 ただしライスはイマイチで、平坦な味の上に少しパサパサしている。

 ソースが強い分、わざとライスは薄味にしてるのかもしれないけど。


「ありがとうございます。キッチンスタッフにも伝えさせて頂きますので」


「是非」


 深々と頭を下げて、オーナーさんは離れて行った。

 でもその足取りは、やはり軽くはない。

 まあ、オープン日でこれだけ席が空いてる状態じゃ、気分も優れないだろうな。


「……」


 ふと水流を見ると、なんかボーッとしていた。


「どしたの」


「先輩、あんな大人の対応できるんだ」


「……そりゃこの顔だからカフェの方の接客業は出来ないけど、ミュージアムの方では普通に対応してるからね? それなりに対人スキルは鍛えられてるよ」


 ミュージアムにやって来る客の目当ては、大半がレトロゲームのソフトやハードの実物。

 レトロゲームのブームに便乗して、撮影してSNSにアップする人もいるし、実物を見て懐かしむリアルタイム世代、親や上司に見せて喜ばせようとする人もいる。

 大半は優良客だ。


 でも、中には根拠なく盗品だと決めつけ難癖付けてくる危ない奴や、レビューじゃなく攻略法を書いたノートはないのかと喚く客も稀にいる。

 レトロゲームの中でも、いわゆるゲーム黎明期の作品は中古の攻略本もあるから、そっちを当たる人が多いんだけど、ネット普及の影響で攻略本が減り、かつ攻略サイトが個人サイトしかない時代の作品は、その個人サイトが消滅したら攻略法を探すのが極端に難しくなる。

 そういう時代のゲームをどうしてもクリアできない人が、藁をも縋る思いでウチにやって来るらしい。


 勿論、向こうが幾ら暴言を吐こうと、こっちは冷静に対処しなくちゃならない。

 中学生の頃からそういう修羅場を何度か体験したお陰で、水流が言うところの『大人の対応』はこなせるようになった。


 いや……違う。

 俺は多分、最初からそれが苦もなく出来たんだ。



 ――――心を閉ざす事には慣れていたから。



「先輩? 怒った?」


「あ……いや全然、全然。今ので怒ってたらどんだけ気難しいんだよ俺」


「良かった」


 年下の中学生女子を不安にさせてしまった……減点2だ……いや3くらいあるかも……

 そもそも気まで遣わせてるんだよな、俺のメニューが来るまで待ってたし。

 この埋め合わせは早々にしないと……


「ハンバーグドリアはどう? 美味しい?」


「普通に美味しい」


 まあ、そういう答えになるよな。

 ハンバーグもドリアも味が濃いから、その組み合わせだと当然のように大味になるし、間違いはないんだけど個性も出ない。


 ……ここだけの話、中には市販の冷凍食品を使ってる所もあるそうだ。

 最近の冷凍食品はかなり研究が進んでいて、値段の割に味が良い物が多いから、黙っていれば十分満足する客も少なくないらしい。

 当然、そんなクソみたいな店は長持ちしないけどね。


「先輩、他に偵察しておきたいメニューとかある?」


「そうだな……デザートとドリンクも見ておきたいな。欲しいデザートある?」


「え、私はいいよ」


「遠慮しなくても、元々デザートまで予算の範囲だから。俺はどっちかっていうとドリンクを試したいし」


 これは遠慮でも気遣いでもなく本音。

 ドリンクはカフェの主力商品で、しかも味の差が結構出るメニューだからな。

 

 コラボカフェは通常のカフェほどドリンクが突出したメインメニューって訳じゃない。

 でも『簡単に種類を増やせる』『単価が安い』『どの時間帯でも頼みやすい』『メニュー映えする』など様々な理由から、自然と力が入る。

 特に、コラボ先のキャラが多く、しかも髪の色が各キャラで異なる場合、その全員をドリンクメニューにするのは基本中の基本だ。


 ただ、それだけ種類が多くなると味で個性を出すのは難しくなるし、マイナーな味も扱う必要が出てくる。

 しかも、こういうメニューを頼む客は総じて推しキャラへの愛が強いから、マズい物を出そうものなら、その落胆は大きい。

 SNSでキレられたら店の評判にも関わってくる。


 これらの事情が絡み合って、ドリンクは意外と難しい。

 だからこそ、しっかりした物を出すカフェは信用が置ける――――と言われている。


 ちなみに『ドリンクバーのドリンクは薄めて入れている』みたいな話をよく聞くけど、わざと薄める所はまずない。

 ぶっちゃけ単価が相当安いから、薄めて多少かさ増ししたところで得られるメリットはないに等しい。

 ただでさえ競争相手が多い業界なのに、単に評判を悪くするだけのデメリットにしかならない。


「それじゃ……イチゴパフェ頼んで良いですか?」


「オッケー。前もストロベリーサンデー頼んでたけど、イチゴ好きなんだ」


 もう少し時期が早かったらイチゴ狩り出来たのになあ……惜しかった。


「あ、イチゴ味は好きだけどイチゴはそんなでも。あんまり甘くないし」


 確かに……高いイチゴなら甘いけど、スーパーで売ってるくらいのイチゴは大抵甘くない。

 それに、ケーキやクレープに使われているイチゴは見た目重視だからな。

 どうせ甘いクリームと合わせて食べるから、甘くなくても大して問題ないし、何だったら甘くない方がトータルバランスが良いくらいだ。


「それだけで食べるんだったら、イチゴよりさくらんぼの方が好きかも」


「だったら良かった」


 気を遣ってくれているかもしれないけど、それはそれで嬉しい。

 水流は本当、性格良いよなあ。

『ダサい』って思われても仕方ないデートコースでも文句一つ言わないで付き合ってくれるし……


「ねー、せんぱい」


「ん? 何?」


「せんぱいって……」


 気の所為か、水流の声のトーンが少し変わった気がした。

 一体何を言う気なのか―――― 


「やっぱいい」


「……いや、そんなスカシされても良いリアクションとか出来ないって」


「えー、してよ」


 楽しそうに笑いやがってチクショウめ。


「アカデミ、いつから再開する?」


 お、その話題出して来たか。

 俺も気になってたんだよな。


 レイドボス撃破の達成感や、朱宮さんのスケジュールの都合もあって、あれ以降まだログイン出来ていない。

 あれだけの戦いの後だし、足並み揃えて始めたいからな。


「俺は一応今日で一段落したから、今日の夜からでも良いんだけど……水流は?」


「私も大丈夫」


「ならリズとブロウに連絡入れてみようか」


「リズには私から連絡してみる」


「了解。それじゃこっちはブロウか」


 声優は日曜だから休み、って訳じゃないみたいだからな……朱宮さん空いてるかな。



『今日アカデミ入れます?』

 


 取り敢えず反応を待とう。

 すぐ既読が付けば……あ、付いた。

 早っ。


『今日は大丈夫』『こっちの都合で待たせて申し訳ない』


『いえいえ』『リズにも連絡するんで、決まったらまた連絡します』


 これで良し。

 あとは終夜か。

 あいつは問題ないと思うけど……


「大丈夫だって」


「お。こっちもOK。今日の……何時くらいが良い? 門限6時だったよな。8時くらいにしとく?」


「うん。リズにもそう言っとく」


 こっちもそう伝えよう。


 ……今さり気なく門限6時って言ったけど、特に何も訂正してこなかったって事は、6時ちょっと前に家に着く時間帯のバスに乗るまで遊べるって解釈して良いんだよな?

 バスの時刻表は既に調査済み。

 朝に降りたバス停で3時20分のバスに乗れば、東京には5時ちょっと過ぎに着くから、余裕で間に合う筈。


 今は……1時30分か。

 あと2時間弱だな。


「先輩」


「返事来た?」


「うん。今何してますかだって」


 ……え?


「あ、違う違う。先輩に聞いたんじゃなくて、私に」


 うわビックリした!

 俺と水流が一緒にいるの把握されてるかと思った……そんな訳ないのに。


「先輩と一緒にいる、って言ってみよっかな」


 ――――。


 うわ、一瞬心臓止まるかと思った……急に小悪魔モード入ったな水流。

 このデートでは全然その感じ出してこなかったのに、ここで来たか。


 でも、俺だっていつまでも弄ばれっ放しじゃない。

 今日は年上の威厳を示すって決めて来たからな。


「良いんじゃない? 実際、一緒に遊んでるんだし」


「え……」


 お、ビックリしてるな。

 予想外の答えだったみたいだ。


「んー………………止めとく。性格悪いって思われそうだし」


「終夜とは連絡取り合ってるの? ゲームの後の挨拶以外で」


「たまに。向こうからは全然来ないけど」


 って事は水流からこまめに連絡入れてるのか。

 終夜さんよー、年上の威厳を示せてませんぜ。


「……」


「ん、何?」


「先輩も一緒じゃん。SIGN送るのいつも私からだし」


 ……そうだっけ?

 悪い終夜、自分の事棚に上げてた。


「そういうの、地味に嫌なんですけどー」


「ゴメン。でも俺の方から連絡するのってイヤらしくない?」


 ゲーム仲間とはいえ、高校生が中学生にガンガンSIGN送るのって抵抗あるよなあ……


「普通はダメ」


「だよね」


「でも先輩は良いから」


 水流は顔を伏せて、呟くような音量で話す。

 でも、ちゃんと聞こえていた。


「……だって、もうデートしたし」



 既に俺の頭の中に、偵察の二文字は消えていた。



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