9-8

 食券を店員に渡した後は、普通の飲食店ならただ待つだけ。

 でもコラボカフェの場合、この待つ時間こそが最も楽しい時間だ。


 まずは現在行っているコラボの装飾をチェック。

 そして撮影可のお店なら、くまなく撮影。

 撮影できるかどうかは系列店よって異なるけど、大抵の所は『撮影禁止の物やコーナー、スタッフ、他のお客さんを映さなければ写真のみOK』だ。


 次に物販コーナー。

 上級者は『欲しい物』を見る為に行くんじゃなく、『どのグッズがどれだけ減っているか』を見に行く。

 コラボカフェの物販は扱う商品が比較的小さい事が多く、在庫を全部売り場に置く事が多いから、その減り具合でキャラ人気が如実にわかる――――事もある。


 自分の欲しい商品を買う場合は、前の方から取る。

 例えばスーパーやコンビニの食品の場合は、賞味期限・消費期限が早い物ほど前に陳列しているから、奧から取ろうとする人が多い。

 また、100均で並んでいる商品を、『一番前の商品は色んな人が触っていて最悪傷んでる事もある』という理由で、やはり奧から取る人もたまにいる。


 でもコラボカフェの商品に対してそういった行為をする必要はない。

 みんな手に取る前から買う/買わないの判断は確定していて、手に取る以上は絶対に買うから、最前列の商品でも傷む事は決してない。

 それに、フック陳列の商品の場合、後ろから取って最前列の商品の位置を変えないと、いつまでも商品が減っていないように見える為、尚のこと前から取る方が好ましい。


 中には推しキャラのグッズが売れているように見せる為、その商品を沢山手に取り、残り少なくなった売り場を撮影してSNSにアップするという変人もごく稀にいるらしい。

 涙ぐましい努力だけど、その情熱は他に費やすべきだろう。


「……って来未が言ってた」


「先輩の妹、変わってるよね」


 しまった、うっかり妹の名誉を傷付けちゃった。

 確かに変わった一面もあるんだけど、基本的には有能なんだ。

 まあ、思うだけで言わないんだけどね。


「で、先輩的にはどう? 店内の雰囲気」


「んー……オープン時特有の華々しさがあんまりないような」


 一言で言うと、活気がない。

 コラボカフェはファミレスと違って子供が来ることはまずないから、騒がしいって事はまずないんだけど、それでも店内の装飾を食い入るように見て撮影する人々で溢れれば、それなりに賑やかな雰囲気にはなる。

 けれど、そういう気合いというか、全力で楽しみにしてきたって気概を持った客は……見当たらない。


 これ、やっぱコラボした作品が微妙な所為だよな。

 まだ全然濃いファンが付いてないのに、田舎のカフェでコラボやっても、そりゃ客来ないよ。

 今いる客も多分、秋葉原オービーオージーなんて知らなくて、単に新しい店だから来たってだけじゃないか……?


「これさ、多分失敗だよね。良かったんじゃない?」


 コソコソと小声で水流がそう囁いてくる。

 確かにその通りだし、ライバル店の関係者としてはラッキーと叫びたくもなるけど……反面、同じ系統の店ならではの苦しみもわかっているから、彼等の心労を思うと素直に喜べない。


 ぶっちゃけた話、ウチみたいな個人経営で企業と連携してない『ご勝手コラボカフェ』でも、扱う作品の人気によって客入りや客の熱気は結構変動する。

 別に公式特典とかはないけど、『その作品のファン同士で集うオフ会の会場』みたいな感じにはなるから、そういう意味で作品の求心力には確実に左右される。


 まして正式なコラボとなれば、作品の力がモロに出るのは間違いない。

 熱心なファンなら限定特典は絶対に欲しいし、それを撮影してSNSに投下したくもなる。

 その為だったら、田舎だろうと遠征費が嵩もうと構わない――――そんなファンが多ければ多いほど、集客力は如実に上がるのは言うまでもない。


 だから、コラボする相手は人気作品、コアファンの多い作品、その時流行ってる作品に限定すれば良い。

 素人でもわかる事だ。


 それでも、現実にはこのキャライズカフェのように、あまり知名度がない作品がコラボ相手になるケースも実際ある。

 理由は……まあ、一言で言えば『大人の事情』なんだろう。

 営業と言い換えても良い。


 物凄くミもフタもない言い方をしてしまえば、大手コラボカフェに取り上げられたという実績作りの為に利用された、って可能性もある。

 別にコラボカフェとコラボしたからって人気作品の証って訳じゃないけど、そういうステータスを積み重ねていく事で、他のコラボ先や企業に売り込みやすくなる。

 消費者じゃなく、生産者の方を向いているパターンだ。


 そりゃまあ、仕掛ける側には仕掛ける側の方法論ってのがあって、それで上手く入った実例ももしかしたらあるのかもしれない。

 でも、それを記念すべきオープン期間に押しつけられる末端にとっちゃ堪ったもんじゃない。

 ウチはそういうしがらみがないから、本当の意味での無念さはわからないかもしれないけど、それにしたってキツいのは想像に難くない訳で。


 正直、ちょっと辛い。


「……先輩って表情変わらない割に、意外と感情は出てるよね」


「え? 嘘?」


「今、なんか複雑そうだった。わかんないけど」


「当たり当たり! え、なんでわかったの? 目が半開きになってたとか?」


「そういうんじゃないけど……雰囲気?」


 スゲー!

 両親や来未やアヤメ姉さんだったら確かにそういうところを汲み取ってくれるけど、身内以外では初めてかもしれない。

 なんか感動……


「今はなんか嬉しそう」


「それも当たり。凄い凄い。よっぽど相性が良いのかな」


「……」


 あ……調子に乗って今、ちょっと際どい事口走っちゃったかも……

 でも本音なんだよな。

 まだ数回しか会ってないのに、表情と声以外から感情を汲み取ってくれるなんて、余程じゃないと無理だろう。


「……だったら嬉しいかな」


「え?」


「何でもない。でも、ゲームの中だと微妙だよね。相性」


 はぐらかされた気もするけど……まさか水流の方からゲームの話に持って行くとは思わなかった。


「微妙かな? 俺、結構エルテと良い感じで絡めてると思ってたのに」


「そういう時もあるけど、ずっと放置されてる時もあるし」


 それはまあ……エルテって喋らない設定だから、あんまり頻繁に交流ってのもね……


「前から聞きたいって思ってたんだけど、喋れないって設定のキャラを使うのに抵抗なかった? 俺、オンラインゲーム素人だからわかんないんだけど、そういうキャラ設定ってどのゲームでも出来る訳じゃないでしょ?」


「うん。アカデミック・ファンタジアってキャラ設定細かくできるから、たまたま項目にあっただけ。ボイチャも実装してないし」


 確かに、無口キャラならともかく喋れないキャラがボイチャしてたら決定的矛盾だよな。

 キャラと世界観に没入するタイプの俺にとっては致命的な齟齬だ。


「自分の昔の体験とかが活かせるかなって思って始めてみたけど、全然ダメだった」


「え? 普通に良い感じだと思うけど」


「先輩と知り合う前。元々ソロプレイでやるつもりだったから、大丈夫だって思ってたんだけど……なんか絡んでくる人が結構いて」


 オンゲーにおけるソロプレイは、他のプレイヤーと全くマッチしないオフラインモードでプレイする場合と、コミュニケーションが取れる状態で敢えて取らないプレイスタイルを貫く場合とがある。

 アカデミック・ファンタジアにオフラインモードは搭載されていないから、自然と後者一択にならざるを得ない。


 その場合、ずっと一人でいるPCには話しかけるべきじゃないって暗黙のルールがあるのか否か、俺にはわからない。

 だから、絡んできた連中が悪いのかどうかも判断しようがない。


「でも、俺と最初に会った時は朱……じゃない。ブロウと話してたところに割り込んで来たよね? 無言で。普通無言で割り込まないよね?」


「うん。あれすっごく勇気振り絞った」


 言葉はフランクだけど、水流の顔は真剣そのものだ。


「……一人だと不安だったから」


 確かに、あの状況じゃ不安にもなるよな。

 何しろ、今までやってたゲームがまるで別物に化けちまったんだから

 水流から借りたマンガで、突然異世界に迷い込む話があったけど、結構それに近い感覚だった。


「でも、思い切って話しかけて良かった」


「話してはいないけどね」


 あ、笑った。

 なんでだろう、たったそれだけの事が妙に嬉しい。


「そう言えば、先日はお疲れ様。あの戦いが今までで一番熱かったよな」


「スライムバハムート、すっごく強かったね」


「最初はスライムドラゴンだったのにな。詐欺だろあれ」


「バハムートってよくわかんないけど、結構ゲームには出て来るよね。ドラゴンの凄いやつ、みたいな事?」


 あー……家庭用ゲームのRPGを渡り歩いていない水流には馴染み薄いか。

 それをタイトルにしたソーシャルゲームもあるくらいなんだけどな。

 つい最近、実質サ終してたけど。


「バハムートは元々、中東の伝説に出てくる魚かクジラなんだよね。でもアメリカの有名なテーブルトークRPG……RPGの始祖って言われてるくらいメジャーなアナログゲームなんだけど、それでドラゴン設定されたんだ」


「へー。アナログゲームって、テレビゲームの前の?」


「そうそう。で、そのゲームを参考に作られたアルデイ……『アルティメイタム・デイ』シリーズで、最強のドラゴンって設定が普及した感じ」


「アルデイ知ってる。そこからだったんだ」


「でも、地味にスライムとバハムートの融合って珍しいかも。全くないって訳じゃないとは思うけど、あんまり聞かないなあ……」


 ……地味にゲームの話題の方が会話のリズムが悪い気がする。

 原因は俺だ。

 できるだけオタク臭くないようにしようとして、逆にオタク臭くなっているのを気にして、なんか話し方がすっごくわざとらしくなってる。


 まさかゲームの話題が足を引っ張る事になるとは……


「お待たせ致しました。こちらの『切羽葵のピキピキチーズハンバーグドリア』は……」


「あ、そちらです」


 先に水流の注文が来たか。

 にしても、キャラ名に馴染みないからメニュー名が凄く空回ってる感じがするな。


「こちら、特典のコースターとなります」


 切羽葵というキャラがプリントされたコースター。

 コラボカフェの特典としては、一番ってくらいよく見るタイプだ。


「先に食べてて良いよ」


「……先輩のが来てからで良い」


 急に後輩らしいところ見せて来たな。

 そんなの気にしなくて良いのに。

 

「先輩は何頼んだんだっけ?」


「俺は……」


「お待たせ致しました」


 ……さっきの店員とは明らかに違う声。

 そしてこの声、聞き覚えがある。


「こちら、『刹那影徒のカラフルオムライス』でございます


 まさかのオーナー登場。

 明らかに強張った顔で、自らメニューを運んで来た。


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