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 石和温泉駅は2014~2015年に建て替えを行い、現在の近代的な外観になった。

 ファントム4がモデルにしたのは、その建て替え前の外観だから――――


「実はもう面影ないんだよね。建て替え前はもっとレトロな感じで全然違ってたんだよ」


「そうなんだ。じゃあ聖地巡礼にならないね」


「でも、ここ以外にも結構モデルになった場所あるんだよ。例えば笛吹川の河川敷とか……」


 水流に説明しながら、頭の中にはファントム4の思い出が次々と蘇ってきた。


 3以降、劇的な作風の変化で一気にメジャータイトルになったファントムシリーズの中でも、一番人気が高くてファンも多いのがこの4。

 キャラ人気の高さ、普通のJRPGとは一線を画したオシャレな音楽、人間の内面を抉るようなストーリー、そして意外な展開が好評を博して、シリーズ飛躍の立役者になった。

 実際、2000年代を代表する傑作RPGだと思うし、今プレイしても楽しめる作品だろう。


 俺がプレイしたのは確か、完全版が出た5年後くらいだったっけ。

 オリジナル版は据え置きゲーム機(ユートピア2)での発売だったのに、完全版が何故か携帯ゲーム機だけの発売だったんだよな。


 最近になってアメリカの配信プラットフォーム『Stream』で発売して、大ヒットしたらしい。

 アニメ調のRPGで海外でも成功している数少ない作品だ。

 

「そう言えば水流って、アニメは観ないの? ウチの妹はそっち派なんだけど」


「んー、今……は観てないかな」


 なんか歯切れ悪いな。

『今(期はたまたま好きなジャンルが不作だから熱心に)は観てないかな』みたいな事情がありそうな気もするけど、本人が観てないっつってるし別に良いか。

 

「それじゃ、キャライズカフェに行こうか」


「視察なんだっけ? メニューの値段とかチェックするの?」


「そうだね。でも値段とか今後のコラボ予定とかは多分ホームページやwhisperでも確認できるから、現地の情報というか……店の雰囲気や客層、店員の質なんかをしっかり観ておきたいかな」


「コラボカフェって先輩のところ以外行った事ないけど、そこも同じ感じ?」


「いや。大手のチェーン店だから、もっと余所行き。ウチみたいな野暮ったい店とは全然違うかな」


 LAGはアットホームを売りにした、ちょっと小綺麗で狭いカフェ。

 それに対し、キャライズカフェはまんまフードコートって感じだ。

 

「だから東京に住んでいる水流にとっては、ウチよりずっと馴染みやすいカフェだと思う」


「良かった。フードコートなら緊張はしないかも」


 やっぱり不安は持ってたのか。

 緊張で固まる場面、何度か見てるしな。


 ……裏アカデミが精神医療目的で開発されている事、水流には話さない方が良いだろうな。

 もしそれを知ったら、もうログインしなくなるような気がする。

 終夜も、そして朱宮さんも多分同じだ。


 俺がこの中で一番図太い……とは思わないけど、少なくともゲームに対しては一番厚かましいような気がする。

 ずっと家庭用ゲームに執着していて、今回が初めて本格的にプレイしたオンラインゲームってのも大きい。

 思い入れが強い分、多少の事ではやめられそうにない。


 裏アカデミが、この表情のない顔を人並にしてくれる――――とも思っていない。

 その為にプレイしてる訳じゃないからな。


 ゲームは娯楽。

 これは絶対に譲れない、俺の中でのたった一つの持論。

 娯楽じゃないゲームは、ゲームの体を成していても、実際には違う何かだ。


 例えば、農業を題材にしたゲームがあったとする。

 そのゲームをプレイすれば、農業に関する知識が得られる『農業を楽しく学ぶゲーム』である一方、『農業というジャンルを扱った楽しいゲーム』とも言える。

 それは果たして、娯楽と言えるだろうか?


 俺は言えると思う。

 学ぶ事を第一目的として買う人はきっといるだろう。

 でもそれはあくまでも、専門書代わりって訳じゃなく触り――――入り口としてのアプローチだ。


 作る側、売り出す側も同様。

『楽しく学ぶ』は娯楽であって、教育じゃない。

 だからこそゲームとして開発する意味がある。


 昔流行った脳トレ系ゲームにしてもそうだ。

 問題をただ淡々と解くだけのゲームじゃなく、解く事に娯楽性を持たせているからこそ、問題集とは違う存在価値が生まれる。

 それこそがゲームの本質であり醍醐味だ。

 

 終夜父が、どんなアプローチで今の事業を押し進めているのかはわからない。

 わからない内は、自分で勝手に決め付けて拒絶する事はしない。

 でもそれはあくまで俺の方針であって、他の誰かに強要すべき事じゃない。


「先輩?」


「あ、ゴメン。ちょっと考え事してた」


「えー? 何かサプライズみたいなの用意してるとか?」


「いやそれはないない。期待されても困るし」


 他人の店に仕込みなんて……フラッシュモブくらいだな、思い付くのは。

 もしフラッシュモブみたいなのやったら水流、確実に固まるだろなあ……いや俺も固まるけど。


「もうそろそろ着くと思うけど……お、あれだ」


 キャライズカフェの支店はテナントタイプと店舗タイプがあって、ビルのテナントで展開する支店と、プレハブっぽいコンパクトな店を構える支店とがある。

 前に終夜と行った神奈川店は前者で、かなり広かった。

 一方、この山梨笛吹支店は後者だ。


 コンパクトとは言ってもファミレスくらいの広さはあって、少なくともウチのカフェよりは確実に広い。

 外装は白を基調にしたシンプルな建物で、清潔な印象を受ける。

 ただし、コラボしている作品を大々的に看板でアピールしているから、そこはちょっとアキバっぽい。


「秋葉原……オービーオージー? 先輩、あれ知ってます?」


「昨日、カフェのオーナーさんが挨拶に来てくれて教えてくれたけど、それまでは知らなかったな。なんか最近スタートしたキャラクタープロジェクトらしいけど」


「なんで山梨でアキバが舞台の作品とコラボするんだろ」


 ホントそれな。

 多分オーナーさんも同じ事愚痴ってたと思う。


「最近はVtunerが大人気だから、Vtunerのコラボカフェまで出来るらしいけど……そっちの方がまだ受け良さそうだよな」


「先輩、Vtuner好きなの?」


「殆ど知らない」


 良くわからないけど、お金を投げるシステムがイマイチ理解できてないってのもある。

 課金と同じ事なんだろうか?

 裏アカデミはテストプレイだから課金ないし、未だに課金経験ないんだよな。


「行列は……出来てないみたい。良かったね先輩」


「まあ死活問題だもんな。ここは素直に安心しとく」


 オープン日だけあってお祝い用のスタンド花が華々しく飾ってるけど、店の前に客らしき姿はない。

 もうすぐ1時を回るとは言え、オープン当日のランチタイムにしては静かだ。

 事前予約でも先着入場でもなくフリー入場だから、普通に入店可能な筈なんだけど。


 でも、田舎の新規オープンなんてこんなもんか。

 多分パチンコ店のオープンが一番盛り上がる。


「……取り敢えず、入ってみようか」


 水流が頷いたのを確認して、二人並んで店の方へと歩く。

 デートなんだから手を繋ごう、みたいなのは勿論ない。

 一回目のデートでは手を繋ぐくらいが丁度良い、みたいな話を何かで見聞きした記憶があるけど、そんな距離感とても考えられない。

 

 普通のカフェは入り口を大きくして、開放感を前面に出したりするんだけど、二次元界隈のカフェは真逆で、入り口は小さく中もほとんど見えない作りになっていて、かなり閉鎖的。

 それでも、この5年くらいでアニメの地位が大きく向上した事もあって、以前ほど入り難い場所って雰囲気じゃなくなった。

 とはいえ、基本的には『街の隠れ家』的なスポットだ。


 その中に入ると――――


「いらっしゃいませ!」


 光の速さで店員が来た。

 凄いな……オープン日だし、相当張り切ってるのかな。


 ……ん?


 今チラッと客席見えたけど……人の気配があんまりなかったぞ?


「空いてるお席へどうぞー」


「はい」


 こういう時は表情が作れなくて助かる。

 もし俺が普通の人だったら、今頃露骨に顔に出ていただろう。


「取り敢えず奧がいいかな」


「うん」


 別に入り口の近くでも構わないんだけど……なんかそういう習慣あるよな。


 店の中は神奈川店とそれほど変わらないけど、ファミレスやフードコートというより……学校の教室っぽい印象を受ける。

 床が板張りっぽいからかな。

 まあ、コラボする事が多いアニメとかキャラゲーって学園モノが多いし、そういうのを意識しての作りなんだろうけど。


 外見の印象よりも店の中はコンパクトで、テーブルの数は……15くらいか?

 お一人様用の席も結構あるな。

 まあ、今時はその方が需要に見合ってるよな。


 コラボカフェらしく、テーブルも壁もキャラクターの絵で埋まってる。

 多分、秋葉原オービーオージー一色なんだろう。

 この作品のキャラ自体を知らないから断定は出来ないけど。


 そして、さっきのチラ見で何となく察してはいたけど……客が少ない。

 流石に俺達だけ、って訳じゃなかったけど、埋まっている席より空いている席の方がずっと多い。

 オープン日の昼下がりでこれって……


「先輩、ニヤけてる」


「そんな訳ないだろ。笑えないんだってば」


「でもそんなふうに見えたよ?」


 心がニヤけてるってか。

 言い得て妙だな。


「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのタッチパネルを押して頂くと食券が出ますので、それをカウンターレジまでお願いします」


「あ、はい」


 タッチパネルは各席に設けているのか。

 それなりに金かけてるな。

 だとしたら余計ヤバいんじゃないか?


「わかんないよー。もしかしたら、料理が凄く美味しいかもしれないし」


 水流は多少表情が硬いけど、緊張の度合いは小さそうだ。

 客が少なめだったのが良かったのかも。


「いや、チェーン店だから味も一緒でしょ。さ、奢りだから好きなの頼んでね」


「え、いいよ。自分のは自分で払うから」


「それがさ、偶々臨時収入があったんだよ。おかげで資金潤沢。こんなの今回限りだから遠慮はナシで大丈夫」


 流石に『親から金貰ったから』とは言えない……心の小さい男です。


「それじゃ……」


 水流は暫く迷っていたけど、意を決したように――――



「このハンバーグドリア……良いですか?」



 最初に会った時の事を思い出させる、輝くような笑顔でそう言ってきた。



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