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特産品コーナー『彩彩マルシェ』には、山梨の特産品をはじめ地元の人達が手作りした様々な商品が並んでいる。
お世辞にも洗練しているとは言い難い、バザーの延長みたいな売り場だけど、牧歌的な雰囲気が心地良い。
オシャレな手作りPOPが沢山あって、ゲーム販売コーナーっぽいのも親しみを持てる理由かもしれない。
特産品で最初に目を引くのは、カラフルなワイン。
何を隠そう、山梨県は国内製造ワインの生産量が日本一だったりする。
まあ、学生の俺達には全く縁がないから、最近調べて知ったんだけど。
「親御さん、ワインとか飲む?」
「んー……飲んでるの見た事ない」
だったら、やめておいた方がいいだろうな。
値段は幅が広くて、結構お手頃価格の物もあるから土産品としては買いやすいんだけど、飲めないんじゃ意味ない。
「ドライフルーツなんてどう? これも名産だし、結構いろんな種類あるけど」
「えー、どうかな」
なんとも微妙なリアクションだな。
いや、俺もそこまでドライフルーツが好きな訳じゃないけどさ。
「じゃあ……ほうとうセットなんてどう? これも結構有名な山梨の名産品だけど」
「ほうとうって何?」
「あー……味噌仕立てのスープに野菜とだんごっぽいモチモチしたのを入れた料理」
「田舎のおばあちゃんが作りそう」
まさにそれです。
そして客観的な意見を貰った事で、如何に地味なセレクトをしてしまったかが良くわかった。
山梨名産ってのを重視し過ぎたな……
「何か特別好き、みたいなのはある?」
「パフェとかハンバーガーとか。イチゴのパフェが一番好き」
「へー。そう言えば最初に会った時、水流も頼んでたよな。味覚も遺伝するんだな」
水流の親って何となく真面目そうな印象だから、ジャンクフードが好きってあんまり想像できないけど……
「……ごめん。今のナシ」
「ん?」
何故か水流は真っ赤になって目を逸らしていた。
あ、まさか……
「自分の好み言っちゃった?」
「だって先輩の聞き方紛らわしいから! もーっ!」
おお……怒ってる水流も可愛いじゃん。
ヤバいくらいデートだなあ。
俺、本当にデートしてるんだな。
なんかすげー実感湧く。
「……お父さんはお餅が好き。お母さんは甘いのなら大抵好き」
「甘い餅か。それなら……」
目に入った信玄餅のパッケージに手を伸ばしたところで、何故か自然に身体が硬直してしまった。
なんだ? この妙な寒気は……
信玄餅なんて山梨の土産品では一番スタンダードってくらい有名だから、ベタ過ぎてマズいって警告を心が発してるのか?
いや、違う。
これは……記憶だ。
終夜が家に来て一緒に夕食を食べた時、その食卓に桔梗信玄餅が並んだ記憶。
それがフラッシュバックして、何故か俺の身体を強張らせている。
終夜に振舞った物と同じのを、水流に渡すのか?
そんな内なる声が聞こえてくる。
いや別に良いだろ。
二番煎じとか土産コピペとか、そんなんじゃないし。
餅と甘い物ってリクエストに対して信玄餅をチョイスするなんて、絶対的な正解としか言いようがないじゃないか。
なのに……手が痺れて動かない!?
なんだこれ、罪悪感?
『終夜の次』ってのがダメなのか?
自分で自分の気持ちがわかんねぇ……
「えーっと、ならこのクリーム大福はどう? 餅っぽいよ?」
「良い感じかも。あと、この月の雫っていうのも気になるなー。見た目大福っぽいけど違うんだ」
「こっちには笹子餅ってのもあるぞ。草餅だから甘いし、ピッタリじゃないかな」
「ちゃんと餅なんだ。それならこっちも良さそう」
よし、良いぞ山梨名産のお菓子軍!
お前達はやれば出来るんだ。
信玄餅一強時代をここで終わらせろ!
「あ、でもこれが一番良いかも。ちっちゃくて可愛いし美味しそう。餅って書いてるし。えっと……信玄餅?」
瞬殺かよ!
強過ぎだろ信玄餅!
さすが全国区……厚過ぎる壁だった。
ここから他の土産をプレゼンしたところで、水流の気を変えるのは至難の業。
もう諦めるしか――――
「……ん? 金精軒?」
桔梗信玄餅じゃない……のか?
「何?」
「あ、いや。信玄餅ってさ、二つの会社が作ってるんだよ。それぞれ独自に。同じ信玄餅でも、この金精軒のともう一つ『桔梗屋』って所が作ってるのとでは微妙に違うんだ」
違う……といっても見た目、中身ともに殆ど変わりはなく、どっちも小さい四角のパッケージに入ったきな粉餅に黒蜜かけて食べるお菓子。
値段も微妙に違うけど大差はない。
強いて言えば、桔梗屋の方がきな粉が多く、金精軒の方が黒蜜の甘みが強いけど、ガチで食べ比べでもしない限り印象に差はないだろう。
それじゃ、どっちが元祖なのか?
実はそれに関しては複雑な内情があったりする。
先に発売したのは桔梗屋だけど、先に『信玄餅』で商標登録したのが金精軒。
だから桔梗屋の方は『桔梗信玄餅』って名前で商標登録している。
……と、これだけだと『金精軒って会社は後出しの癖に桔梗屋を出し抜いて信玄餅って商品名を我が物にしたふてぇ会社だ』とか思われちゃいそうだけど、実状は異なる。
桔梗屋が信玄餅を販売する前から、金精軒には『信玄最中』ってお菓子があって商標登録もしていた。
商標登録されている名称については、名称や性質の類似性が強いと認められる場合、同一じゃなく部分一致でも他者の使用が禁じられる事がある。
例えば『東京ばな奈』を作ってる会社とは違う所が、バナナを模した『ばな奈』ってお菓子を作っても、その商品名はまず使えない。
これと同じ理屈で、既に『信玄最中』が商標登録されていた為、それに類似する桔梗屋の『信玄餅』は使用できなかった。
だから『桔梗信玄餅』という名称で売り出す事になり、その後金精軒が『信玄餅』、桔梗屋が『桔梗信玄餅』でそれぞれ商標登録を行った(信玄最中を商標登録している金精軒が、類似する信玄餅を商標登録する分には問題ない)。
この件に関しては当時結構揉めて、裁判沙汰にもなったらしい。
でも和解が成立し、今の形に落ち着いたそうな。
「以上、説明終わり」
「ふーん」
リアクション薄!
せめて『で、結局どっちが元祖?』くらい聞かれると思ったのに……
「っていうか先輩、なんでそんなに詳しいの?」
「そりゃ、実家がカフェやってるから。スイーツ関連や甘味の情報は勝手に親経由で入ってくるんだよ」
「なーんだ」
またリアクション薄!
興味ないのに何故聞いた?
いや、これは多分……
「今日の為に調べた、とか思った?」
「べっつにー。信玄餅買って来る」
逃げるように水流は6個入りの信玄餅を持ってレジの方へ走っていった。
まー、アレだ。
桔梗信玄餅と金精軒の信玄餅は似て非なる物。
だからセーフ!
……誰に言い訳してるんだ俺は。
そんなこんなで無事お土産も決まって、山梨JUICYフルーツパークとはお別れ。
次はいよいよ、今日オープンしたキャライズカフェ山梨笛吹支店へ向かう。
「でも、どうして笛吹なんだろうね。普通、山梨って言ったら甲府じゃない?」
電車内で揺られながら、水流は何気に良い質問をして来た。
「甲府には競合店が多いからだろね。何気に山梨を舞台にしたアニメって多いから、コラボカフェには向いてんの」
「え、そうなの? なんか意外」
「来未が言うには、関東の中では自然豊かだから、自然を題材にした作品が多いんだって。ちなみに『ファントム4』の舞台も山梨がモデル」
家庭用RPGをやってない水流には興味のない話だろうけど、笛吹にもモデルになった駅や温泉やショッピングモールがあるんだよな。
だから家のカフェで一番人気なのはファントム4のコラボメニュー。
二度もアニメ化されたから、来未もその作品は良く知っていて一時はよくコスプレもしていたけど、もう10年以上前の作品だから流石に飽きて最近はほぼやってない。
「……そのモデルになった場所って、先輩の家の近く?」
「近いも何も、これから降りる予定の駅がそうだけど……もしかして興味ある?」
「ある。ファントム4、やってみたくなるかもだし」
意外な答え!
いや、布教成功で嬉しいけど……名作だし。
でも、もし水流がファントム4にハマって裏アカデミに参加しなくなったら、それはちょっとヤだな。
「♪」
……ま、いっか。
機嫌良さそうだし。
「少し昼食の時間ズラして、先にそっち回ろうか。さくらんぼ食い過ぎてまだ空腹って感じじゃないし」
「うん! 実は私もちょっと食べ過ぎちゃった。さくらんぼってカロリー低いよね?」
カロリー気にするのか。
やっぱそこは女子なんだなあ。
「さくらんぼのカロリーは確か、一個5kcalくらいじゃなかったっけ。20個食べても100kcalだから、全然太らないと思うけど……」
思い出しながら話していると、水流が突然ニヤニヤし始めた。
「先輩、そんな事まで事前に調べてくれてたんですか?」
しまった!
余計な事まで気を回し過ぎて墓穴掘っちまった!
「いや違う違う! カフェのメニューで出すか、その時に調べた……ような……」
く、苦しい……
「ふーん?」
その小悪魔みたいな目と微笑みやめろ!
どうせ心の中で『そんなに張り切ってたんだー』とか思ってるんだろうな……
あー恥ずい。
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