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 山梨JUICYフルーツパークは、山梨では指折りの広さを誇る総合施設でありテーマパーク。

 敷地内には二階建ての巨大な建物と、野外アスレチック広場や芝生エリア、それと農園もある。


 施設内は特産品売り場、見晴らしの良いカフェやレストラン、フレッシュジュースのドリンクコーナー、フルーツ狩りの受付カウンターなどがある。

 アスレチック広場は中央に大きな噴水があって、その周辺を取り囲むようにいろんな遊具が設置されている。

 まあ子供向けではあるけど、ちょっと身体を動かしたい大人も割と混ざっているみたいだ。


 芝生エリアは甲府盆地を一望できる見晴らしの良さが最大のセールスポイント。

 それを取り囲むように綺麗な道が通り、そのサイドを彩り豊かな花々が飾っている。

 

 その芝生エリアと隣接している農園はビニールハウスになっていて、ここでフルーツ狩りができる。

 今の季節はさくらんぼ狩りだけど、春ならイチゴ、夏以降は葡萄だ。

 ここにはないけど、中にはメロン狩りが出来る所もあるらしい。


 勿論、東京に住んでいる水流に『どうだ、凄いだろう』と自慢できる規模のレジャー施設じゃない。

 水流だって某夢の国ランドや富士急みたいな所の方がテンションは上がるだろう。

 でも、これくらい開放感があって、これくらい自然と一体になっていて、これくらい――――そこそこ空いてる所の方が気楽に遊べるんじゃないだろうか。


「……」


 着いた直後から、水流の口数は極端に減った。

 ただし戸惑ったような表情じゃない。

 これはどう解釈すれば良いんだろう……


「なんか……」


「え、何なに? どした?」


「……緊張してきた」


 思ってたのとは全然違う反応! 何で……?


「そんなに圧のある場所じゃないと思うけど……」


「あ、うん。それは大丈夫。こういう感じの所、好き」


 それは良かったけど、だったら何で緊張なんて――――


「なんかね、こういう普段行かない場所に来ると……デートって実感湧いて来た」


「そ、そっか」


 ヤバいな。そんな事言われたらこっちまで緊張してきた。


 こういう時、普通の年上の男だったら微笑みかけてリラックスさせる事が出来る。

 特に水流の場合、緊張が強くなると身体が震え出すから、そういう気遣いは大事だ。


 でも俺には、それが出来ない。

 顔を使って感情を伝えたり、緊張を解したり、安心させたりはしてあげられない。

 わかっていた事だけど、早速痛感しちまった。


「……ここさ。昔、家族で来た事があって」


 だったら、話でカバーするしかない。

 トークが得意って訳でもないけど、自分が思ってる事や感じた事、少しでも水流の心を動かせるような事を、率先して話す。

 それくらいなら、俺にだって出来る。


「その当時、ちょっと家族内がギクシャクしてて、なんとかしたいって思ってた親父が強引に連れてきたんだけど……せっかくの休みだったら俺はゲームしたいし、妹はアニメ観たいし、身体動かすのも好きじゃないから、結構ふて腐れてたんだ」


「ちょっとわかるかも。親から連れて行かれる所って、あんまり気乗りしないよね」


「そうなんだよ。だから最初はブスッとしながら回ってたんだけど……そうしたら母さんがいきなり『みんなで競争しよっか』って言い出して。最下位の奴はジュース奢りだからっつって、いきなり走り出したんだよ」


 で、結局親父がビリになって、ジュースバーで全員に奢る事になったんだけど――――


「これがそう?」


「うん。100%絞りたてだから、一杯800円。凄いだろ? メチャクチャ美味かったな」


 確か俺と母さんが桃、来未と親父が葡萄ジュースだった。どっちも同じ値段だから、合計3200円。

 ウチのカフェでランチするより高い額だ。


 当然親父はかなり凹んでたけど、今思えば最初から折り込み済みの出費だったんだろう。

 俺と来未が交換して飲んでる様子を、なんか嬉しそうに見てやがった記憶がある。


「久々に飲みたくなったなあ。買おっか。もちろん奢り」


「え、でも高いし……」


「大丈夫大丈夫。Sサイズは400円だから。800円なのはLサイズ」


 あの時はサイズ別になってる事すら知らないまま、手渡されたジュースの価値もよくわからずに飲んでいた。

 絞りたてのフレッシュジュースが格別に美味しいって感覚もなかった気がする。

 それでも、あの味は俺にとっても、多分来未にとっても特別だった。


「葡萄と桃、どっちが良い?」


「……じゃあ、葡萄」


 当時、来未に手渡したように、水流に葡萄ジュースを渡す。

 容器の大きさは当時の半分くらいだけど、俺の手は大分大きくなった。


「美味し……!」


 ストローを咥えた水流の顔が綻ぶのが嬉しい。

 きっと親父も、母さんも、こんな気持ちだったんだろうな。


 俺が飲んだ桃ジュースは、あの頃とは全然違う味だった。

 素材や製法が変わったのか、俺の味覚の問題なのか、それはわからないけど――――思い出の味が一つ追加された分、ありがたかった。





「さくらんぼっていうと山形のイメージが強いですけど、山梨も生産数では全国上位なんですよ」


 多分バイトなんだろうけど、さくらんぼ狩り担当のスタッフは若い女の人だった。

 話している内容は既に調べていた事だから特に驚きはないけど、木に生っているさくらんぼを生で見るのは初めてだから、俺の中ではかなりテンションが上がり気味だ。


 さくらんぼと一言で言っても品種は国内だけで100種類ほどあるらしい。

 ダントツで有名なのは佐藤錦。

 栽培面積は全体の6割以上を誇り、日本のさくらんぼの半数以上はこの佐藤錦って事になる。


 近年は紅秀峰って品種も人気で、佐藤錦に次ぐ生産数。

 甘さと酸っぱさのバランスが良く身が柔らかい佐藤錦に対し、紅秀峰は甘みが強めで歯応えがある点が特徴。

 見た目はどっちも赤々としているけど、名前に『紅』が付いているだけあって、紅秀峰は更に深い赤だ。


 さくらんぼの二大巨頭とも言えるこれらの品種は、山梨でも相当数が生産されている。

 でも山形がダントツで多く、どちらも全体の80%前後と圧倒的シェアを誇っている為、『山形のさくらんぼ』というイメージが強いみたいだ。


 一方、山梨で全国の半数以上を生産している品種もある。

 高砂というさくらんぼだ。


 元々はアメリカのオハイオ州で育成されていた外国産の品種で、高温にも低温にも強い為、盆地の山梨でも育てやすいとの事。

 乳白色の実は林檎のような色合いで、果汁の多さが特徴。

 甘みも十分あって美味しいらしい。


 多分この三種類を扱って……


「ここでは佐藤錦、紅秀峰、高砂、ナポレオン、紅さやか、豊錦、大将錦、富士あかね、香夏錦、月山錦を育てています。時間が許す限り、いろんなさくらんぼを味わってみて下さい」


 え……予想の三倍以上……?

 これじゃ予習が全然足りない。

 水流にさくらんぼ博士って言われたかったのに……


「先輩見て見て、すっごい綺麗! 宝石みたい!」

  

 まあ、水流が喜んでるから良いか。

 こんなにテンション上がってるところ初めて見たかも。


 気持ちはわかる。

 さくらんぼってなんか妙にテンション上がるんだよな。


 コラボカフェなんてやってるから、ウチでは頻繁にフルーツを扱っているし、試食として口にする機会も多い。

 その中で、さくらんぼは種が大きいってのもあってコストパフォーマンス的に微妙だったりするから、比較的扱いが難しい部類のフルーツではある。


 でも、だからこそレア感が強いし、何よりこの見た目。

 美しさと可愛らしさが見事に融合している。

 個人的には、見た目が一番映えるフルーツだと思う。


「先輩、これ」


 水流が持って来たのは――――双子だけど大きさが不揃いのさくらんぼ。

 品種を説明しようにも、見た目だけではどれかわからない。


「なんか、似てません?」

 

「え? 何に?」 

 

「……」


 俺の顔をじーっと眺める水流が、次第に口を尖らせてきた。


「はい時間切れ」


「いやわかんないって。つーか正解は?」


「帰るまでに考えといて」


 マジかよ。いきなりの宿題だな。

 何かのゲームのキャラとか、ロゴとか……ダメだ、全然わからん。


「さっきのジュースも美味しかったけど、さくらんぼも美味しい。っていうか、さくらんぼこんなに食べたの初めて」 


「俺もだよ。でもあんま腹一杯になるなよ? 昼メシが入らなくなるから」


「えー、でも勿体ないよー」


 それは確かに……

 でも満腹で敵情視察ってのもな。

 味がわからない状態だと、行く意味も薄れるし。


「でも先輩。なんでさくらんぼだったの?」


「ん? いや、この時期のフルーツ狩りはさくらんぼくらいだし……まあ他の所ならもう葡萄狩り始めてる所あるかもだけど。そっちが良かった?」


「そういう事じゃなくて……やっぱり良い」


 なんだ? なんか少し耳が赤くなってるような……

 今日の水流はちょくちょくわからない事を言ってくるな。


「これ甘ーい。お土産に持って帰りたい」


「申し訳ありません、お客様。お持ち帰りは出来ないようになっていまして……」


「あ……いえ」


 人見知りなところは、いつも水流って感じだけど。


「次は特産品コーナーでお土産探す?」


「うん!」


 お、良い返事。

 色々迷ったけど、ここを選んで正解だった。

 ゲームが関わらない場所で、楽しんで貰えるかどうかは不安だったけど……結構相性良いのかな、水流と。


「先輩、早く行こ!」


「ああ」


 ゲームの話は一切していないのに、ただただ楽しいだけの時間が流れていく。

 でも……


 この感情はちゃんと水流に伝わってるんだろうか。

 それだけが、少しだけ心配だった。



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