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 6月30日(日) 06:57



「くぁ……」


 意外としっかり眠れたけど、目覚ましよりは少しだけ早く起きた。

 しっかり寝た感じがありつつ、寝足りなさも殆どない。

 理想の起床だ。


 こういう時は自然と体調も良くなる。

 というか、体調が良いから寝起きもスッキリしているのかもしれない。

 昨日はゲームやらずに早く寝たからかな。


 流石にリアルでの大事な一日の前日までゲームしようって気にはなれない。

 集中できないのに強引にプレーしたところで、充実感は半減だ。

 そんな勿体ない事はしたくない。


 さて……そろそろ準備するか。


 水流は8時55分に石和のバス停に着くから、10分前くらいにそこに行けば良い。

 もうそろそろしたらバスに乗る頃だ。

 ちゃんと乗れたらSIGNしてねって言ってあるから、それ確認したらこっちも動き出そう。


 その前に、今日のデートコースの確認だ。


 田舎だから、遊べる施設は少ない。

 田舎だから公園とか広場はそれなりに多いんだけど、観光スポットは地味め。

 特産品は割とあって、桃・葡萄はかなり前面に押し出している。


 とはいえ、桃も葡萄も時季外れ。

 この時季はさくらんぼだ。


 さくらんぼと言えば圧倒的に山形だけど、山梨も一応全国TOP3に入る。

 実際、さくらんぼ狩りを行っている農園や施設は多い。


 そこでフルーツを大々的に扱った総合施設【山梨JUICYフルーツパーク】の出番だ。


 値段は……結構高いけど、昨日母さんから貰った万札で十分事足りる。

 さくらんぼなら女子受け良いだろうし、ご家族へのお土産も兼ねて良い感じ……だと思う、多分。


 田舎臭いと言われれば反論できないけど、田舎なんだから仕方ない。

 そういう小さな非日常を味わって貰うのも、地元デートの醍醐味ってもんだ。


 ……全国に名の売れたレジャー施設で言えば富士急ハイランドがあるんだけど、笛吹からは遠いし、お金もかかる。

 カッコ付けても仕方ないし、身の丈にあった場所を選ぶしかないよな。


 水族館とか近くにあったら良かったんだけど、富士急より遠いんだよな。

 苗字の所為か雰囲気か、水流って動物園より水族館って感じだし。

 でもフルーツパークには動物を放し飼いにしているエリアがあるから、水流が動物嫌いじゃなかったらそこで遊べそうだ。


 プランでは、フルーツパークで午前中を過ごして、その後キャライズカフェへ直行。

 ランチタイムは込むから、その少し後くらいが良いかもしれない。


 その後はアルクトコをブラブラ歩いたり、もし水流が歌えるならカラオケ行ったり……俺の行きつけのゲームショップに寄ったり、そんな感じで良いかな。

 あんまりガチガチに予定固めておくと、いざ予定通りに行かなかった時に焦ったりイライラしたりして雰囲気悪くしちゃいそうだからな。

 その場のノリというか空気というか、そういうのも大事にしたい。


 ……っと、携帯鳴ったな。

 水流からのSIGNが来たか。



『今乗った』『予定通り』


 良かった良かった。

 多少時間がズレたからってどうって事はないんだけど、水流の性格上、なんとなく気にしそうだもんな。



『了解』『こっちも予定通り迎えに行く』


『うん』


『朝は食べた?』


『食べてきた』『お母さんが食べて行けって』


 ……門限なんて設けてるし、わざわざ車出して迎えに来た事あったから、水流の良心って過保護気味な印象あったけど、単に常識的ってだけなのかな。

 終夜の家庭事情に首突っ込んだ所為か、そういうのが微妙に気になる。

 一家揃って真面目なのかもしれないな。


 なら、お土産用意するってプランは正解だな。

 真面目な人って、他人にも真面目さを期待するし。


 それじゃ、こっちの朝メシ食べよう。





「……用意してない?」


「え、だって一日中デートなんでしょ? 朝ご飯も食べるのかなって」


 母さんが気を利かせた結果、コンビニでおにぎりかパンを買う事になった。

 追加の軍資金として300円ゲット。

 ……これはデート資金に回そう。


「あ。兄ーにがカッコ付けてる」


 来未に見つかってしまった。

 昨日買った服を着てるだけだし、一緒に選んだんだから今更なんだけど……なんか見られたくない。


「ちょっと背伸びし過ぎじゃない? 最初にそれだと今後大変だよー。同じ格好ばっかりじゃ何コイツって思われるし」


 母さん……そういう大事なアドバイスは買う前に言って。

 いや、それ以前に二度目があるかどうか自体がわかんないから!


「デートに夢中になって敵情視察忘れんなよー」


「わーかってるよ」


 時間は……もうすぐ8時か。

 そろそろ出よう。


「じゃ、行ってくる」


「今日は暇だろうから、家の事は心配しないで大丈夫よ」


「ありがと」


 結局、母さんは玄関まで見送りに来た。

 普段はサバサバしてるのに……明らかに浮ついた俺を楽しんでやがるな。


 対照的に、親父は姿も見せない。

 一応、昨日の反省は活かしたらしい。

 これで当日まで冷やかされたら本気でグーが出ちゃうとこだ。


 家を出ると、いつもと全く同じ筈の景色が妙に新鮮に見えた。

 梅雨真っ直中だから、澄み渡るような青空でもないけど、降水確率は0%。


 今年は空梅雨かもしれない。

 ありがとう気圧配置。


 日曜のこんな時間に外を歩くのは久々だな。

 通行人、こんなに少ないのか。

 田舎らしいっちゃらしいけど……この光景を見て水流はどう思うだろう。


 別に、地元に特別な思い入れがある訳じゃないし、この街が良く思われたいとかはない。

 ダサいトコに住んでるなって思われたからって、それで気分を害したりもしない。


 ただ――――俺はここが嫌いじゃない。

 それは何があっても変わらない。

 例え、店を畳む事になったとしても。

 

 ……今日はいろんな自分の感情に振り回されそうだな。





 6月30日(日) 08:32



 予定より少し早く着いたな。

 ま、20分ちょいなんて考え事してたらすぐだ。


 あー……なんか緊張してきた。

 ちゃんと楽しんで貰えるかな。

 初デートってもっと下心湧いてくる感じになると思ってたけど、なんかもう不安しかない。


 俺がこんなだと、水流だって気まずいだろう。

 かといって、愛想笑い浮かべても仕方ない。

 多分、水流はそういうの敏感そうだ。


 水流は……緊張すると固まって震えが止まらなくなる癖がある。

 あれも多分、俺の『表情レス』や終夜の『同じ趣味の相手以外と離せない』と同じで、治療の必要アリって思われてるんだろう。

 どういう経緯でそれが終夜父をはじめとした裏アカデミのスタッフに知られたのかはわからないけど……


 何にしても、繊細な心の持ち主なのは間違いないし、可能な限り震えが出ないようにする気配りは必要だ。

 でも、だからといって腫れ物扱いする気は全くないし、自然体でいられるほど達観も出来ない。

 そもそも、楽しい時間の作り方なんて、俺はよく知らない。


 恋人いた事ないし、休みの日に遊びに出かける仲の友達はいなかったから、正解とは限らないんだけど――――『楽しもう』は、なんとなく相手に失礼な気がする。

 いや、大切な事だとは思うよ?

 頑張って楽しんで、空気を悪くしないように努めるのは、人間関係を安定させる為には必要だと思う。


 でも、努力して気遣って、作為的に楽しむって、やっぱりなんか違う気がする。

『楽しもう』って言葉が腑に落ちた事なんて、これまで一度もない。

 今日も多分、変わらないと思う。


 今まで水流と直接会った時は、緊張したしドキドキもしたし、楽しかった。

 それを信じる。

 気配りはしながらも、感情はありのまま……それできっと大丈夫だ。


 信じよう。

 無理しなくても、今日はきっと楽しくなるって。


 ……お、バスが来た。


 乗客はかなり少ない。

 でも、なんとなくだけど水流は一番後ろから二番目くらいの席に座ってる気がする。

 だから、降りてくるのに少し時間がかかる。


 その何でもない、でも今日を占うくらい大事な予想は――――



「先輩、おはよ」



 当たった。

 バスが停まって結構長い間待っていた時間が、妙にこそばゆかった。


 思っていたよりカジュアルな格好だな。

 オフホワイトのモコモコパーカーと、チェック柄のスカート。

 今までで一番似合ってるかも。

 

「おはよ。雨降らなくて良かったね」


「うん。雨も嫌いじゃないけど、今日はちょっとヤだった」


「遠路はるばるお疲れ。取り敢えず、何処かで休む?」


「ううん、疲れてない。行こ」


 確かに表情は明るいし、無理してる感じもない。

 これなら問題なさそうだ。


「それよりせんぱーい。その服どうしたの?」


「お目が高いな。実は今日の為に買ったんだ」


「え! 嘘!」


 そんなに驚かなくても……ビクってなってたな今。


「いや、こういう時の服って持ってなかったからさ。ちょうど欲しかったゲームが発売延期してお金も浮いてたし」


「あ。何か当てよっか。アスカル6でしょ」


「当たり。良く知ってたな。今はそんなメジャーなタイトルでもないのに」


「なんか先輩と知り合ってから、RPGの新作出ると目に入るようになった」


 何そのよくわかんない布教成功。

 でもちょっと嬉しいかも。


「で」


「……ん?」


「で」


 あー……そういう事ですか。


「水流ってそういう服が似合うんだな。いつもしてる格好?」


「んーん。今日はちょっと違う感じ。言わせてアレだけど、本当に似合ってるかな……変じゃない?」


「な訳ない。俺は変だけど」


「だよね。気合い入り過ぎでしょ」


 おーおー、イジって来るじゃん。

 勿論イヤじゃないし、寧ろこれ選んで良かったくらいの感じだけど。


「でも……なんか……ビックリした」


 そう小声で呟いた水流がどんな表情だったのかは、顔を逸らしていたからわからなかった。 

 


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