9-3
結局、服買うだけで1時間以上使っちまった……
家路を辿る足取りが微妙に重い。
なんか変な感覚だ。
「それくらい普通じゃない? 丸一日かけて選ぶ人も結構いるし」
「それは女子の話では」
「まーそーなんだけどさ。でも兄ーにがこんな感じの服買うのって初めてだよね。なんかおっかしー」
それについては反論できないな……
着る物にはずっと無頓着だったし。
というか、ウチの場合は裕福って訳じゃないから、ゲームって趣味がある時点で他の事に金かけられる余裕はない。
今回買った服一式も、決して高価な物じゃないんだけど、多分俺のクローゼット内ではダントツのNo.1。
基本的にハードが同じならソフトの値段も大して変わらないゲーム業界とは違って、ファッションは格差社会だ。
「今日はありがとうな。このお礼はちゃんとするから」
「別に良いってば気にしなくて。デートがどうだったかだけ教えてくれれば」
「何気にそれが一番キツいんだよなあ……」
失敗するだけならまだしも、失望されて疎遠になるって最悪のパターンだったら流石に報告どころじゃなく凹みそうだし。
「でも意外だったなー。兄ーには終夜先輩とくっつくって思ってたのに。あーいう放っておけない感じの子がタイプだよね?」
「え、俺ってそういう子が好みだったの?」
「そうだよ? 知らなかった?」
全然知らなかった。
初耳も良いトコだ。
なんでお前は俺より俺の事を理解してるんだよ。
「あー、でも水流ちゃんもちょっとフワフワしたとこあるから、来未との類似性はどっちも同じくらいかも」
「……おい。何勝手に俺の好みをお前に設定してるんだよ。放っておけない感じの子ってお前の事かよ」
「だって兄ーに、シスコンじゃん」
「絶対に違うだろ……」
兄妹仲は平均より上かもしれないけど、シスコンブラコンの間柄では断じてない。
せいぜい全幅の信頼を置いている程度だ。
「そもそも、水流ともくっついてはないしな」
「あ、まだお試しデートなんだ。でも他県の子とお試しってちょっとアレじゃない……?」
「いや、お試しって訳でも……」
正直、恋愛感情って持った事ないから今の自分の気持ちを断定するのは難しいんだよな……異性として意識してるってのは多分間違いないんだけどさ。
先輩って呼ばれるあのこそばゆさというか、何とも言えない感じが恋なんだろうか……?
何にしても、可愛いって思っているのは確かだ。
とはいえ、水流の方が俺をどう思っているのかは、こっちで断定できないからな。
そりゃデートする間柄になった以上、何とも思ってないとは思わないし、向こうも俺の事を意識してくれてるって期待はある。
でも、こればっかりはわかんないからな……単に年上の男子と知り合って、冒険心でちょっと背伸びしてみた――――みたいな事だってなくはないからな。
そういう意味では、お試しってのは意外としっくり来るかもしれない。
何せ俺には『表情がない』っていう特殊な事情がある。
今までは気にならなくても、いざ恋人にするかどうかって段階になった時、もしかしたらそこが引っかかったりするかもしれないし。
「はぁ……」
「あ。溜息」
「なんか今から緊張してきた」
「うわー、兄ーにがアオハルしてるー」
「青春をその呼び方するのやめとけ。絶対得しないから。あと兄ーにもいい加減やめろ」
何度言っても聞きやしない。
星野尾さんがいても恥ずかしがりもせずそう呼ぶからな、コイツは……
「そう言えば、結局星野尾さんとは連絡取れたのか?」
「んー、一応細かくチェックしてるけど、まだ既読つかないみたい」
終夜京四郎が立ち上げた新規のゲームブランド『クリティックル』と、星野尾さんとの間には何かしらの繋がりがある。
でないと、まだ何の商品も発売していないブランドを来未に紹介できる訳がない。
恐らく終夜京四郎本人、または彼と関わりのあるスタッフと面識がある筈だ。
「rain先生の漫画はどう?」
「そっちもまだ大きな反応はないな」
そろそろ本格的にサクラを頼む頃合いかもしれない。
まあ、別にキャライズカフェのオープン日に被せてバズって貰っても良いんだけど、そう都合良くはいかないだろうしな。
出来ればそんな真似はせずに、自然発生でバズって欲しいんだけど。
もし不発だったら……rain君に申し訳ない。
多分、彼女は特に気にも留めないだろうけど、あれだけのビッグネームに協力して貰って何の成果もなしじゃ、余りにもプロデュースが下手過ぎるとしか言い様がない。
そういう意味でも、胃が痛い……
「はぁ……」
「まーた溜息。それ、なんかこっちまで気が滅入るからやめて欲しいんだけど」
「悪い。なんかもう、いっぱいいっぱいでさ。マジ胃薬買っていこうかな……」
裏アカデミに関しては大きな戦果を上げて一区切りついたけど、その裏アカデミが精神疾患の治療を想定したゲームってわかって、今後どう付き合って行くのかイマイチ見えて来ていない。
終夜父の動向も気になるし、キャライズカフェがどうなるのかも気になるし、明日のデートに至っては人生の大勝負って感じだし……
「情けないなー。兄ーにがそんなでどうすんの 水流ちゃんの方がよっぽど緊張してると思うけど?」
……それは考えてなかった。
そうだよな。
水流にしてみれば、年上の男とお出かけするんだ。
しかも山梨で遊ぶ予定だから、地元じゃない所で……
精神的負担は向こうの方が上だ。
来未の言うように、俺がこんなんでどうする。
カッコ付けるのも大事だけど、まず水流の不安を取り除かないと。
その為には、俺が不安そうにしてちゃダメって事か。
「兄ーにはそういうの表情に出ないから、そこは得だよね」
「ま、呪いのポーカーフェイスだからな」
「あはは! 兄ーにのそーゆートコ好き」
妹に告られた。
悪い気はしないね。
それに、お陰で大分気持ちが落ち着いてきた。
これなら、きっと明日も上手く行くんじゃないか――――
6月29日(日) 21:23
「いやー、今日は本当に繁盛したな。良かった良かった」
遅めの夕食を食べ終えてご満悦の親父と、食器を運び終えて一息ついている母さん、来未、そして俺。
今日は家族会議を開くため、この時間に全員居間に集まっている。
議題は勿論――――
「では、明日の深海のデートについて話し合う!」
「そっちじゃねーよ! アホか! つーか息子のそういうのをイジるんじゃねーよ!」
俺が繊細な心の持ち主だったらマジ殴ってるぞ……
「いやマジな話、キャライズカフェの事はもう聞きたくないし話したくもないんだ。今日あれだけ客足が伸びたのってさあ、明日からは別の店に通いますのでっていう惜別と餞別の意味が込められてたんじゃないかって思うじゃん……?」
思いの他、親父はネガティブだった!
まあ……そういう受け止め方にもなるか。
いよいよ明日だもんな……
「ま、そっちはもう母さん腹括ったから。後はなるようになれ。向こうさんだって大変みたいだしね」
「そうだけどよう……でもなんだかんだ大手だし……体力も宣伝力もあるんだよ大手は……」
母強し、父弱し。
まあ、その家庭もきっとそうなんだろうけど、現実を直視できるのはいつだって母親なんだよな。
「それより深海。明日、敵情視察に行くんだって?」
「あー、昼は一応キャライズカフェで食べる予定だけど」
「それじゃ、特別手当を出さなきゃね」
急に今まで一度も聞いた事のない単語が出てきたかと思いきや――――白い封筒テーブルの上に置かれた。
それを出した母さんは、目で開けてみろと促してくる。
まさか……
「……! 母さん、これは幾らなんでも……!」
案の定、お札が入っていた。
一番桁の多いお札。
それも二枚も。
「良いの良いの。rain先生への依頼料代わりと思って、ね? 本当はその何倍もするんだろうけど」
そりゃそうだけど、この額は……まして家が大変な時期に……
「アンタの為に東京から出て来てくれた女の子に交通費払わせるとか、そんなカッコ悪い息子に育てた覚えはないよ? ちゃんと出してあげなさい」
「母さん……」
そう言われると、断りようがない。
母さんには敵わないよな、全く。
「でも今回は高速バスだから往復でも4000円くらいだし、食事代含めても2枚は絶対必要ないから、1枚で十分。ありがたく貰っておくね」
「……アンタのそういうバカ正直な所、母さん素直に感心する」
「来未もー」
その割に、二人揃って呆れた目で見てないかい……?
「深海。ウチの事は何も心配するな。明日は遠路はるばる来てくれる彼女を精一杯もてなすと良い。帰りはちゃんと余裕を持って送り出すんだぞ?」
「だから、まだ彼女じゃないっつってんだろ。そういう微妙な所がいちいちガサツだから、こういう話したくないんだよ」
「ホントそれ。この人、そういうトコは昔からもうずーーーーっとダメ」
「お父さんっていつも至らないよね」
「えっ、何に……? 模範的パパに? 一般レベルに? 人に? 何に至ってないの俺……」
結局、この日の家族会議は親父の気の利かなさがメインとなって、最終的に母さんが受けた被害の数々を全部懺悔するという悲惨な展開になった。
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