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 このショッピングモール【アルクトコ】は、普段は殆ど足を運ばない。

 理由は単純。

 ゲームショップが入っていないからだ。


 ゲイスが入ってるからゲームセンターエリアはあるんだけど、ブースとしては決して広くはない。

 俺、ゲーセンは普段あんまり立ち寄らないからなあ。

 そもそも、放課後は家で仕事の手伝いするから遊ぶ暇なかったし。


 ここのメインはファッションとグルメで、2階と3階は大半がファッションブランドのテナントが入ってる。

 4階は飲食エリアで、和洋中と多様な店が入っているから華やかだ。


 5階はゲイスの他、CHURUYAや生活雑貨、カフェなどが入っていて6階には映画館。

 カフェはウチとはまるで競合しない和カフェで、抹茶関連のデザートがメインになっている。


 今回のデートコース候補に、一応ここは入っている。

 そういう意味では視察も兼ねてるんだけど……やっぱりゲームショップがないってだけでテンションは上がらない。

 仮に小さくても、そこにゲームショップが店を出してるってだけでホーム空間って感じになるんだけどな。


「はー、相変わらず人多いねー」


 来未の溜息が伝染しそうになるくらい、人口密度がお高めなのもアウェイ感の理由の一つかもしれない。

 やっぱ、こういうファッション関連のテナントが多い所の方が客は多いよな。


 この3階はメンズがメインとはいえレディースも幾つか入っているからか、女性の客がかなり目立つ。

 来未に付いて来て貰って良かった。

 一人だともう10分歩くだけでバテそうだ。


「どーすんの? 一通り見て回る感じ?」


「明らかに高い所はパス。あとデニム多めの所もスルーで」


「最近は割とデニムもアリみたいな感じになってるって聞いたけど」


「何その悪意しかないトラップ。絶対イヤだよ」


 デニムなんて着こなせるのイケオジくらいでしょ……怖いって。

 流行とかどうでも良いけど、ジジイかよって思われるのだけは耐えられない。


「兄ーにってクソゲーには躊躇なく突っ込むのに、ファッションは保守派だよねー」


「そりゃゲーオタってそういうものだし……お前だって作画グチャグチャなクソアニメ観てケラケラ笑ってたじゃん」


「それとこれとは違うじゃん。だって初デートなんでしょ? 攻めなきゃー」


 ……真摯なアドバイスなのか罠なのか、判断に迷う。

 格好なんて普通で良いんだけど、デートでする普通の格好ってのが全然わからないんだよな……


「多分だけど、テキトーに見て回るだけじゃ絶対決まらないと思うんだよねー。何か方向性っていうかコンセプトっていうか、そーいうのない?」


「コンセプトか……」


 なんだかんだ、俺よりは買い物上手な来未さんは頼りになる。

 確かにダラダラ見て回っても値段でしか決められそうにない。

 これっていう方向性は必要だ。


 俺は一体、水流にどう見られたいんだ……?


「やっぱ年上だし、そこはちょっと大人っぽく……はなくてもいいけど、先輩っぽくは見られたいな」

 

「……兄ーにがオスの顔してる」


「マジかよ俺肉食系の本性出ちゃった?」


「そこまでは言ってない」


 来未って、たまーに冷たい時あるよね。

 ノリが寒い時の厳しさは母さん譲りか。


「でも先輩っぽくってコンセプトは良ーかもね。コートとか見てみる?」


「いや予算的に無理。そもそも季節的にない」


「それもそっか。大人っぽくだとシャツもなしとして……テーラードジャケットなんかどう?」


「……テーラードジャケットって何ジャケット?」


「カジュアル系ジャケット」


 なるほど。

 フォーマル感を出す作戦か。

 それは中々良いかもしれないな、清潔感も出るし。


「でも兄ーには着こなせないから無理」


「おい。ならなんで提案した」


「そこは謙遜するかなーって」


 人の謙虚さをこんな所で図るな。


「あ、でも柄次第では意外と似合うかも。予算1万だから、それなりの買えそうだし……あ、でもパンツも買うんだっけ。上下で1万はキツキツだよねー」


 ……なんか俺より来未の方が張り切ってるな。

 頼もしいんだけど、たまにある小悪魔発動が怖い。

 調子に乗せるだけ乗せて、絶妙に外したのを買わされたらどうしよう。


「向こう、ジャケット結構並んでるっぽいよ。行ってみよ」


「ん」


 店名は……ジェレガ。

 知らん。

 多分、全国展開してるような規模の店じゃないとは思うけど……ブースもそんなに広くないし。


 ただ、来未が言うようにジャケットの品揃えは豊富だ。

 仕事に着ていくようなフォーマルなスーツっぽいのから、チェック柄みたいなカジュアルに振り切った物まで、いろんな種類が並んでいる。


 値段は……お、意外と安いな。

 5000円以内で買えるようなセール品も結構ある。


「兄ーにってパーカーみたいな可愛い感じのは全然似合わないから、こういうのが良いかもね」


 来未が適当に手に取った青いジャケットは、ボタン1つのシンプルなデザイン。

 俺、青って似合うのかな……普段グレーと黒ばっか着てるから、自分では青でも割とギリなラインなんだよな。


「ちょっと合わせてみて……あ、ダメだ。兄ーに青は全然だった」


「刺し方がエグいって! せめて撫で切りにしろよ!」


 そりゃ多少は自覚あったけどさ……紺でもキツいのに、もっと明るい青のジャケットなんて俺にはとても着こなせないよ。


「あ、でも体型は一応シュッてしてるから、ジャケット自体はイイ感じかもねー。じゃ、この赤いの行っとく?」


「赤って! 赤のジャケット着てる一般人見たことない!」


「赤って言っても完璧な赤じゃなくて、ワイン色ってやつだよ。ホラこれ」


 ……まあ、確かに落ち着いた色合いではあるけど、それでも十分派手だよ。

 こんなの着て待ち合わせ場所に行ったら他人のフリされるぞ。


「だったらこれは? ちょっとルーズな感じのやつ」


 次に掲げられたのは、ジャケットはジャケットでも更にカジュアルでちょっとフワモコな感じ。

 レーヨンが入ってるからか、質感が柔らかい。


 値段は……あ、安い。

 3000円弱か。


「でも、ルーズ過ぎて作業服っぽい感じもあるよな」


「あー。ちょっとわかる。なんかダレてるよね」


 左右のポケットがデカ過ぎるし、フタの主張も強いから余計作業感が強いんだよな。

 全体的な雰囲気は良いんだけど、なんかそこが気になる。


「っていうか、何でも良いって言った癖に注文多いよねー。オタクってそういうトコあるよね。わかるー」


「わかられてもそんな嬉しくないな……」


 何気にしれっと釘刺してくるんだよな、来未って。

 こういう所も母さんに似ている。

 というより、成長過程で似てきたんだろうな。


「こっちのやつはもうジャケット感ゼロだし……これはナイロン感強くて微妙だし……これはピチピチ過ぎてキモいし……あー、なんか見れば見るほどジャケットはナシって感じになってきたなー」


「なんで当事者じゃなくてサポート側が折れてるんだよ」


「だって、どれもこれもポケット大きくない? なんでこんなに大きくすんの? カジュアルなジャケットってカッコ良さ重視じゃないの?」


 それは確かに……なんでこんなに主張強いんだろ、ジャケットのポケット。

 酷いのは四次元ポケット並だよな。

 で、小さいポケットに限ってフタがやたら主張強かったりするし。


 ポケットがデカいからって機能性重視とも機能美とも思わない。

 こういうのってアレだ、UIがやたら凝ってるゲームと似てるな。

 利便性を高くしようとし過ぎて、複雑になり過ぎてて逆に不便、みたいな。


「あんまりカチカチじゃなくてモコモコでもなくて、シュッとし過ぎでもなくて、適当にピリッとしてるくらいのカジュアルなジャケットって……ないかな」


「店員さんにそれで聞いてみる?」


「ヤだよ死ぬほど恥ずい」


 最初から店員に頼るって選択肢はない。

 別に話しかけるのが苦手って訳でもないけど、最初のデートで着る物くらい自分で選びたいよな。

 なんとか理想の一品を見つけられないか――――


「……お」


 これはそこまでポケットが主張してないし、適度にルーズで良い感じだ。

 値段も4000円弱だし、良いんじゃないか?


「来未、これどうかな」


「あー、無難。すっごく無難。間違いないね」


 ……地味に疲れてないか? 


 でも間違いないのなら、もうこれでいいや。

 後は色だな。

 6月のデートに黒や紺はあり得ないとして、清潔感があって明るめな感じが良いよな。


「これで良いんじゃない? ちょっとだけ柄があるとシャツっぽくて堅苦しくなくなるし」


 来未が選んだのは、柄ってほどじゃないけど少しまだらな感じになってる青みがかったグレー。

 確かにシャツとかスウェットってこんな感じの色合いが多いな。

 適度にカジュアルだし、良い感じだ。


「決めた。これにしよう」


「良いと思うよー。次はそれに合うパンツも探さないとね」


 ……まだ半分か。

 ジャケット決めるだけで30分近くかかったのに。

 でも、普段こういう買い物しないから新鮮ではあるよな。


「悪いな来未、時間取らせて」


「そんなの別に良いよん。兄ーにの晴れ舞台を整えるのは来未の役目だもんね」


 なんて出来た妹なんだ……ちょっと今のはグッと来た。


「サンキュー。お前が勝負服必要になった時にはガッツリ付き合うから、遠慮しないで言ってな」


「あ、それは別にいいでーす」

 

 非情な戦力外通告を食らいました。



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