第09章 Smile for U

9-1

 人を好きになるって感情が、わからなくなる時がある。

 それは男女に限らず、年代に拘わらず、あらゆる他人に対して言える事だ。


 例えば、共通の趣味――――ゲームが好きな人がいるとする。

 それだけで好感度はかなり高い。

 でも、それだけの理由で友達になりたい、恋人になって欲しいって思うかって言うと……明らかに違う気がする。


 俺は子供の頃からゲーム仲間を作って来なかった。

 親父や母さんがその役目を担ってくれていたからかもしれない。

 でも、それとは別に同年代の友達が欲しいと思うのが普通の感覚だと思うし、その気持ちが希薄だった自分が異常なのかなって悩んだ事もあった。


 その理由は、表情が作れないから。

 何を考えているのかわからない不気味な奴だと思われて愛想つかされたくないから、と言えば多分、その異常性は理解される。

 他人は勿論、自分さえもそれで言いくるめられてしまう。


 喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、何も顔に表われない。

 だから他人と距離を取るのは普通の心理だし、それに起因する様々な思考形態が正当化されるのも必然。

 平均的な人間関係を築けないのは当たり前――――


 そうやって今まで逃げてきた事は、どう足掻いても否定できない。

 友達やゲーム仲間すらロクに作れて来なかったんだから、恋人なんて以ての外。

 諦観の念が既定路線なのは仕方がないって、自分の心に何度も何度も擦り付けてきた。


 今も昔も、それが悪い事だって思っちゃいない。

 仕方がない事、とは少し思っているけど、それも完全な正解じゃない。

 一番近いのは……オートモードだ。


 色々と考える間もなく自動処理されていくような感じ。

 あらゆる人間関係の構築は予め決めていて、身内には身内との、教師には教師との、クラスメイトにはクラスメイトとの、他人とは他人との接し方をなぞっていく。

 俺の人生を表現する上で、多分これが一番的を射ていると思う。


 別に後悔はしていない。

 実際、ストレスも殆どない生活を送っているから。

 充実感はゲームで十分に味わえているし、それ以外の時間は普通に――――平均的に出来ていれば良い。


 でも、そんな生き方をしている俺は、怖ろしいくらい人としての情が薄い気がしてならない。

 人を愛する心なんて自分の中には一切ないんじゃないかって本気で思ったりもする。

 愛情の有無を計測する機器なんてないから、客観的な判定もできない。


 LAGやミュージアムについてもそうだ。

 自分が取り組んできたミュージアムにはそれなりの拘りがあるけど、例えばLAGが潰れたとして、俺は親父や母さん、来未と同じ尺度で悲しむ事が出来るんだろうか?

 それが出来ないってわかってるから、そんな自分を来未たちに知られたくないから、必死に頑張っているところを見せているんじゃないか――――なんて疑いも持っていたりする。


 自分で自分をわざとらしいって思う事は、結構ある。

 表情を作れないから、それ以外の色んな事を作為的にしているように思えてならない。


 そんな奴が人を好きになるなんて、果たしてあり得るんだろうか。

『ちゃんと恋愛できる自分』『普通に人を好きになる自分』を作りたくて、それっぽい心境を意図的に作ってるんじゃないだろうか。

 どうしても、そんな考えがチラついてしまう。


 こんな自分なのに、どうにも嫌いになれない。

 いつか違う自分になれる、なんて過信も願望もない。

 今の自分そのままで、全て良い方に転がっていく事を期待して生きている。


 本当にショボい人間――――





「そんな俺がデートに着ていく服って、どんな感じのが良いと思う?」


「えー……」


 ランチタイムが終わって店が一段落したところで、来未と近場のショッピングモールに向かう最中、隣を歩く来未にドン引きされた。


「兄ーにってやっぱり変人だよね。真顔のままな事より、そういうのを平気で言える事の方がずっとイカれてると思うけど」


「自分の兄貴を兄ーにって呼ぶお前に言われる筋合いはねーな。普通に名前で呼べよ」


「別に良いよ? 最近飽きてきてたし」


 呼称って飽きるものなのか……?


「そんな事より勝負服の話してんだよ。デートって何着ていけば良いか全然わかんねー。ファッション誌とか立ち読みしても全然。もう全然」


「オタクにありがちだよね。お父さんも私服とフォーマル以外は思考停止だったって、お母さん言ってた」


「脈々と血の繋がりを感じる……」


 この呪われてドロドロになった血をどうにかサラサラにしないと。


「来未もオタクだから、最新のファッションとかは良くわかんないんだけど」


「あー、そういうのは要らない。デートに着ていく服として変じゃなきゃOK」


「カッコ良いって思われたいとかじゃないんだ」


「そんな服買う金、ねーよ。予算の1万円でどうにかやりくりしないと」


 この金は、再来月発売予定だった【アストラルカルマ6】が延期したから、その購入資金が浮いた分だ。

 アストラルカルマ――――アスカルシリーズは、俺が生まれるよりずっと前にスタートしたRPG。

 過去作がリメイクされたのをプレイして、そのまま自分の中のリストに入って来たシリーズだった。


 リメイクされた1と2の内、1はそこそこだったけど2は傑作だった。

 それぞれキャラが立ってたし、SFとファンタジーの融合した世界観も良くて、夢中になってプレイした。


 3はリメイクされていないけど、ユートピアQ用のHD版が発売されていたからそれを購入。

 過去作の設定にすら影響してくる大仕掛けのストーリーには正直ちょっと納得いかない所もあったけど、バトルは中々楽しかったし、これも満足の出来栄えだった。


 問題はここからだ。

 4は……ぶっちゃけつまらなかった。

 5は…………地獄だった。


 なんか、キャラがどんどん痛々しい方向に向かっていって、ストーリーも大味になっていって、プレイするモチベーションが上がってこなかった。

 グラフィックはどんどん綺麗になっていくのに、妙にゴテゴテしたキャラデザになっていったのもキャラ設定とマッチしていなかった気がする。

 可愛いキャラデザに特化した方が、まだバランスが取れていたんじゃないか……?


 とはいえ、海外に向けて売り出していたタイトルでもあるし、キャラデザがそっちにも配慮している面は仕方ない。

 でもテンポが悪かったり、ワクワク感がなかったりと悪い面が目立ってしまった結果、イマイチのめり込めなかった。


 それでも一応、今までプレイしてきたから最新作も……と思っていたんだけど、延期された事で正直ちょっと冷めてしまった。

 発売される頃にはもう裏アカデミで遊んでいないかもしれないけど、仮にそう仮定してもプレイする意欲が湧きそうにないから、ここまでの付き合いにしようと決断を下した。


「付き合いの長いシリーズと決別してまで捻出したのに、微妙な服を買う訳にはいかない。頼むよ来未。俺のファッションセンスはアテになんないし」


「上下で1万って、ちょっと中途半端だよねー……良いのを買おうなんて思わない方がいいんじゃない? 何かコンセプト決めて、それに合う奴選ぶみたいな」


 コンセプトか……


「清潔感」


「あー、安全第一で行くんだ」


 仕方ないだろ、初心者なんだから。

 個性とかアピールとか、ソックスを派手にして全体のバランス取るとか、そういうのは要らん。


「そういえば、靴は何履いてくの? スニーカー?」


「まあ、他にないからな」


「ちょっと明るめの青だったよね。ならパンツはシュッとした感じの黒とかで良いんじゃない? 黒って細く見えるって言うし」


 色合いとかは良くわからんけど、脚が細く見えるのは良いな。

 まあ、元々細いんだけど特別長くもないからな。


「でも、黒って清潔感なくない?」


「それはトップス、っていうかアウター次第でしょ。でも兄ーに、白とか似合わなそう……」


 なんか失礼な事を言われたような気がするけど、同感だし黙っておこう。

 そんなレアな会話をしている内に、お目当てのショッピングモールに到着。

 メンズファッションは三階だな。


「はー……」


 エスカレーターで上がる最中、来未は露骨に溜息をついていた。


「悪かったな、付き合わせて。しかもお礼する金もないし」


「そんなのはどうでも良いよ。あの兄ーにがデートか……って思って、ちょっとメンタルやられちゃっただけ」


「何それ、どういう感情?」


「来未がデートする事になったら、兄ーにだってこんな感じになると思うよ? なんかよくわかんないけど、ムズムズするのとドス黒いのがすっごく湧いてくる」


 穏やかじゃないな……俺にはない感覚だ。

 多分、こういうところなんだよな。

 自分を薄情だって思うのは。


「同じ趣味のコかぁ……ゲームは良いよね。同じゲームで遊んでる人と知り合えるから」


 そう言えば、来未も同じ趣味の友達とか全然いないよな。

 Signもあんましてないし。

 学校とかネット上ではいるかもしれないけど、少なくとも俺は全く把握していない。


 そういう意味では――――


「でも、星野尾さんと知り合えて良かったじゃん」


「うん! それはね!」


 ニッコニコで来未がそう答えた直後――――三階、ファッションフロアに到着した。


 そこはまさに、未踏の地……ほぼ樹海だった。



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