9-11
意外にも、バズった要因はこのマンガがrain君の書いた物かどうかって切り口じゃなく、インフルエンサーが見つけてくれたからでもなく、マンガの内容――――死刑オチだった。
今日、たまたま重大な事件の最高裁判決が出て、多くの人が犯人の死刑を望んでいたけど、結果は無期懲役。
whisperで大勢の人が不平不満を呟き、それによって『死刑』がトレンド入り。
その流れで、『これが現実ならよかったのに』の一文を添えてrain君の書いたマンガをリウィートした投稿がバズって、多くの人の目に触れる事となった。
流石にバズって半日足らずじゃネットニュースになったりはしていないけど、凄まじい勢いで拡散されているみたいで、いいねやリウィートの数はまだまだ伸び続けている。
中には『このマンガの絵、rainに似てる』って感想も結構あるみたいで、この調子ならファンの間でも話題になりそうだ。
ただ……
『念願叶ってバズったのに、ウチの店のアカウント、フォロワーが大して増えてないんですよね』
作者が自分のアカウントに投稿したマンガって訳じゃなく、あくまで地方のカフェのアカウントだから、そこにまで目を向けてフォローしてくれる人は少ないらしい。
でもそれは、事前に想定していた事でもある。
店の宣伝に繋げるには、ここからの立ち回りが大事だ。
『それは困ったね』『ボクの承認欲求は満たされたから、あとは好きにやってくれて良いよ』
おお、さすが一流のプロ……余裕だな。
まあ、自分のwhisperに投稿する絵には毎回数千~数万いいねが付いているから、バズったくらいではしゃぐ筈もないか。
運に恵まれた感もあるしな。
『ありがとうございます』『それじゃタイミングを見計らって、rain先生に書いて貰いましたって告知しますね』
『りょ』『今日は良い夢見れそうだにゃー』
良かった、rain君もなんだかんだで喜んでるみたいだ。
初めてのマンガが注目集めてるんだから、そりゃ気分は良いよな。
しかもネームバリュー抜きで。
『そうそう』『ADAMの新作、ようやくプレイした』『評価高かったんで期待してたけど、期待以上だった!』
ADAM――――rain君が一番好きなゲームと公言していた『誰がために少女XYは誰何する』と同じシナリオライターの作品だ。
一作目が作られたのは1990年代で、正式なタイトルは『ADAM birth fear』。
二人の主人公の視点を切り替えながら進めていくADVだ。
元々はパソコン用のゲームだったけど、コンシューマに移植してヒット。
以降、何度も移植され、続編も作られているけど、2作目以降はシナリオライターが変わり、クオリティも微妙だった事から軒並みファンのブーイングを食らっている。
残念ながら、そのシナリオライターは10年くらい前に亡くなってしまったけど、未だにディープなファンがいる事もあってか、数年前に新作『ADAM rebirth dear』が発売された。
この作品は『ADAM birth fear』へのリスペクトが強く出ていて、シナリオの出来も非常に良かった。
目の肥えた昔からのファンにも支持されてるみたいで、未だに中古価格さえ全く値崩れしていない。
『もうすぐその続編も出ますよね』
『え嘘』『うそうそうそ』
……レトロゲーに関する話題になると、途端に精神年齢が落ちるんだよな、この人。
『情報集めたいからここで抜けるね』『ありがとー』
『こちらこそ』
バズってくれてありがとうございました、ってのも変だけど、rain君にはどれだけ感謝してもし足りないくらいだ。
絶望的な状況だったけど、これで少し光が見えてきた。
幸い……って言っちゃいけないけど、キャライズカフェも苦戦しそうな気配だし。
……でも、根本的にウチのカフェも色々やり方を変えていく必要はあるよな。
せっかくVtunerの実況プレイとかでレトロゲーが注目されやすい状況なんだし、この際思い切ってウチの店にもマスコットVtunerを作ってみるとか。
来未が中の人やってくれれば、なんとなく人気出そうな気もするし。
でも、2Dならともかく3Dでやるとなると、結構な初期費用がかかりそうだしな……自力で作るスキルなんて当然ないし。
格安で作ってくれる人がいないか、rain君や会沢社長に聞いてみても良いかもしれない。
実際にやってみるかどうかはともかく、プランとして煮詰めるくらいはしておいても良いよな。
にしても。
……バズるって怖いな。
どんどん伸びていく数字を眺めているだけで心が満たされていくから、他の事が手に付かなくなっちまう。
ゲームとは違った魔力があるな。
よし、一旦離れよう。
裏アカデミを再開するって水流とも約束したしな。
別れた後のSIGNでも――――
『今日はすっごく楽しかった』『いろんな所に連れてってくれてありがと』
『こっちこそ楽しかった』『疲れなかった?』
『疲れたかも』『今度は先輩がこっちに来て』
『わかった』『お金貯めて遊びに行く』
『お金なくてもいいよ』『先輩と話すだけでも』
……ヤバい。
このSIGNも魔力が半端ないな。
いつまでも見ていられる。
なんとなく思うんだけど……今日ってもしかして俺の人生のピークなんじゃないだろうか?
何もかもが俺にとって都合良く事が進んでいる気がする。
デートも成功したし、カフェ公式マンガがバズったし、ライバル店は振るわなかったし。
こんなご都合主義みたいな一日、二度とやって来ないんじゃないかってくらい出来過ぎだ。
逆に嫌な予感がする。
これから始める裏アカデミで悪い事が起こる予兆とか……
ま、そんな事考えても仕方ないか。
医療利用の件もそうだけど、ゲームを始めるのに余計な感情を持ち込むのは下策。
邪魔にしかならない。
楽しむ為にやるからゲーム。
だからゲームは娯楽。
持論を曲げない為にも、そこは徹底しないとな。
今日の俺はノッてるから、いつも以上に集中できる自信がある。
何処までも深く潜り込もう。
俺達は、スライムバハムートに勝利した。
全く倒す事が出来なかったイーターを、ようやく倒す事が出来た。
いよいよ人類の反撃が開始する。
でもその前に、勝利の余韻に浸ろう。
そして英気を養い、結束を固める。
俺、シーラの立場も以前とは違うものになってくる筈――――
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――――
……
「お前等、ホントに良くやってくれたな! 報せ聞いた時な、オレすっげー興奮したんだぞ! 子供に戻ったみてぇによ!」
スライムドラゴン改め、スライムバハムートの討伐に成功。
その一報は真っ先にビルドレット国王陛下へと伝えられ、すぐに国民へ発表された。
この世界に蔓延る無数のイーターの内、たった一体を倒しただけに過ぎない。
反撃と言うには、あまりにちっぽけな勝利なのは否めない。
それでも、長年果たせなかったイーター討伐を成し遂げた事で、狼煙くらいは上げられたんだろう。
陛下をはじめ王城で待っていた実証実験士や研究者、城下町に住む国民は総じて歓喜の声をあげ、俺たち討伐隊は一夜にして英雄となった。
「偉業を成し遂げたオマエらには、それに相応しい褒美を用意すっからよ、楽しみに待っててくれよな! とにかく今日は全員でお祝いだ! こんなめでてぇ日はねぇからな!」
国王陛下の挨拶が終わり、パーティー会場の大ホールが感動に包まれる。
王城ならではの荘厳とした雰囲気も、今日ばかりはなりを潜めているみたいで、早く宴を始めたいって空気が充満しているような感じだ。
御本人も仰っていたけど、陛下は子供のようにはしゃいで、謁見にも拘らず全員の肩を叩いて握手を求め、労ってくれた。
この人は本当にピュアというか、サッパリした御方だ。
国王らしい重厚さはなくても、この人に仕えて良かったと思わせてくれる清々しさがある。
それだけに――――肉親である殿下の行動には失望を禁じ得ない。
あの方は間違いなく、グレストロイを使って討伐を失敗させようと目論んでいた。
グレストロイを何らかの方法で操作していた可能性が高い。
戦いが終わっても、グレストロイとその一味は姿を見せなかった。
恐らく……全員生きてはいない。
仮に生きていたとしても、口を封じられていただろうが。
同情するつもりはない。
王子に荷担して、甘い汁を吸うつもりだったんだろうし。
でも、奴の人生観がどうあれ、王子から『マリオネットになれ』と言われ、断れる人間は殆どいないだろう。
『エルオーレット王子殿下の"疑惑"については、口外しないよう願う。確たる証拠がない状況で王族相手に下手な事を言えば、不敬罪は免れない。絶対に覆せない証拠を集めて、国王陛下にそれを見せる。それが唯一の勝ち筋だ』
帰りの道中、ヘリオニキスが言っていた言葉を思い出す。
状況証拠だけで王族を批難するのは、リスクが大き過ぎる。
絶対に逃げ道がないってところまで追い込まないといけない。
これから更にイーターを討伐していこうっていうのに、身内に敵がいるんじゃ集中できないからな……
「今日は無礼講だ! みんな飲め! 食え! 騒げ! 祭りの始まりだーーーーっ!」
……っと。
せっかくの晴れの日に、辛気くさい事考えてても仕方ないな。
今日くらいは浮かれさせて貰おう。
陛下の無礼講宣言を皮切りに、会場内の至る所で大声があがっている。
この世界に来てから、ここまで開放的な空気を味わうのは初めてだ。
ずっと辛気臭かったからな……
「どうした? 難しい顔をして」
ブロウ、もう酒を飲んでるのか。
まだ出来上がってはいないみたいだが、顔が赤い。
「いや、俺達とうとうやり遂げたんだなって感慨に耽ってた」
「そうか、そうだよな。特にシーラ、君は本当によくやったよ。君がいなかったら、ウォーランドサンチュリア人と決別した時点で僕達はバラバラになっていただろうから」
「戦闘で大して貢献できないから、それくらいはな。大体、俺がいなくてもお前が上手くやってただろ?」
「どうかな。僕はそういうのは余り得意じゃないから。昔から他人に慕われるような器じゃないんだよ」
それは単に、ロリババア趣味を公言してる所為なんじゃ……
「スライムバハムートを倒した事で、君のレベルは大幅に上がった筈だ。これからは戦闘でも良い相棒になってくれよ」
「幾らなんでもLv.150と同等にはなれないって」
「多少の差は、君の洞察力と判断力で埋められる。だから、これからも宜しくな」
「……ああ」
「君みたいにロリババアへの理解が深い仲間とは、そうそう巡り逢えないからね」
どうせそういう話になると思ってたから、相棒宣言も話半分には聞いていたけど……ま、悪い気はしないな。
「レベル、大幅に上がるんですか!?」
俺とブロウの話を聞いていたリズが今頃騒ぎ出した。
「まあ、かなりの大物ではあったからな。元々のレベルが低い俺とお前は一気に上がると思う」
「複雑です……低レベルなのに凄い人達と一緒に戦うのがロマンだったのに」
それは同感。
でも、いつまでもロマンに浸ってる訳にもいかないからな。
一気に30……いや40くらいにはなっていて欲しいもんだ。
「あらためてお疲れ様でした。大活躍でしたねシーラ君」
「そっちも星屑のステッキで随分助けてくれたよ。あの機転がなかったら全滅もあり得た」
「そ、そうですか? うっかり女神の片鱗を見せてしまいましたかね。いつもは皆さんに合わせて、へっぽこなフリをしてるんですが」
……その設定、いつまで貫き通す気なんだろう。
「折角ですから、討伐隊の皆さんに挨拶して回りませんか? っていうか討伐隊だけで二次会開きたいくらいです」
「珍しいな、リズが他人と絡みたがるなんて」
「初めてかもしれません。こんなに連帯感が芽生えたのは」
気持ちはわかる。
一緒に大偉業を成し遂げた仲間は、なんというか……仲間ってより友って感じだよな。
身分が上のリッピィア王女やステラ、それにヘリオニキスやラピスピネルに対してさえも、そう思わずにはいられない。
まあ、向こうがどう思っているかはわからないけど――――
「なぁ~に二人でコソコソ話し込んでるの? 英雄なんだから堂々としなさいよ!」
……なんて謙遜が無意味に思えるほど、フレンドリーな態度でリッピィア王女が絡んできた。
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