8-46
親父が『敵』と表現した時点で予想は付いていたけど……
「開店前のお忙しい中、大変申し訳ございません。私、キャライズカフェ山梨支店の店長を務めています、柏木と申します」
この朝早くに店を訪れて名刺を差し出してきた人物は、我が家にとって不倶戴天の敵――――かどうかは兎も角、素直に歓迎できない人物だった。
居間で申し訳なさそうに正座しているその方、年齢は親父と同じくらいのアラフォーっぽいけど、外見はまるで違う。
……すっごいゲッソリしてる。
顔も身体も何もかもが細い。
正直、ちょっと心配になるくらいの細さだ。
病気じゃないよね……?
「ほう。わざわざ敵地に単身で乗り込んでくるとは……良い度胸ですな」
親父……相手がヒョロヒョロと見るや否やこの態度。
何処かの輩みたいにギラギラした目で店長さんを睨んでやがる。
なんか恥ずかしいな……
「いやいや、敵などと……そんな事を仰らずに、共にこの地域を活性化していければと思っておりまして」
「中々ユニークな御方でいらっしゃる。確かに大手のそちらから見れば、我々のカフェなど敵と見なすまでもないちっぽけな個人店。同じカフェでも競合すらしないと、そう仰るのですかな?」
「滅相もない。立地条件や飲食需要の観点から、偶々近隣に開業する事になりましたが、正直な話、私は最後まで反対だったんです」
普通なら声を張るような場面だけど、今にも消え入りそうなくらい音量が小さい。
なんか心配になってくるな……大丈夫なの、この人。
「当然ですが、立地選定の折にライクアギルドさんの事は常識の範囲内で調査させて頂きました。地元の方に愛されていて、確かな固定客を抱え、頻繁に新メニューの開発やイベントも行っておられる。何より、私と同世代の客層が非常に堅い」
いやいや、愛されてない愛されてない。
そもそも知名度ないから。
企業とコラボしてオフィシャルの特典を配布してるとかならまだしも、ゲームのキャラや内容をイメージしたメニューとかコスプレとか、その程度のものだからね……超マニアックだよどう考えても。
「ここだけの話ですが……私共の企業も、一応その名前は業界に広く知れ渡ってはいますが、何分この御時世とあって、決して順風満帆ではありません。飲食事業が本業という訳でもありません。仮にスタートダッシュに失敗して軌道に乗れなければ、数ヶ月で畳む事になります。系列店の中には、長く持たず閉店を余儀なくされた店舗も少なからずありますので……」
……おいおい。
ここだけの話にしたって、ちょっとぶっちゃけ過ぎというか……ここまで弱味見せる必要ある?
遜るにしても赤裸々過ぎないか?
一応、キャライズカフェが近所に立つってわかった一ヶ月前から、自分なりにリサーチはしてみた。
出来る事はネット上で得られる情報の収集くらいだけど、確かに最近、コラボカフェの閉店が相次いでいた。
不況の煽りもあるし、十数年前のメイド喫茶ブームで乱立したカフェがいよいよ持たなくなったってのもあるんだろう。
大手だから安泰、って訳じゃないのは実際その通りだと思う。
この手のカフェのメニューってかなり割高だから、リピーターが付くかどうかはコラボするアニメの求心力次第という、言わば他力本願。
だからこそ、オープン時は手堅く人気作品で固めるのが鉄板だ。
特に最近は女性向けの作品とコラボするケースが多い。
今流行ってる女性向けのアニメの限定特典さえ付けられれば、ほぼ間違いなく一定数以上の客は確保できるだろうしな。
客層が偏りすぎるのは問題だから、男性向けのアニメも当然入れてくるだろうけど。
「はっはっは。何をそこまで謙遜する必要がおありか。どうせ『修羅殺の白刃』や『東名チャレンジャーズ』や『ダークホース娘』とのコラボを最初に持って来るんでしょう?」
親父が今並べ立てたのは、俺でもわかるレベルの人気作品ばかり。
ダークホース娘については原作がゲームだからわかるけど、今これのコラボやれば大盛況は確実だ。
若しくは、有名Vtunerとコラボすれば確実に集客が見込めるだろう。
そして、キャライズカフェなら問題なくそれが出来る。
母体が苦しくても、飲食業界が大変でも、そこは関係ない。
アニメ業界に確固たるコネクションを持っている大手だからな。
「……」
キャライズカフェの店長さんは、元々細い顔を更に細くして、苦しそうに顔をしかめている。
母さんの出したお茶に何か仕込んでたんじゃないだろうな、なんて冗談を心の中で呟くのすら気兼ねするくらいに。
「私も、そういう今流行の作品で最初は行きたいと訴えたんです」
絞り出すような声で、店長さんはそう漏らした。
「或いは……『真剣円舞』や『スマッシュキング』のような、知名度が高く固定ファンが強固で多少の時代の流れにはビクともしない作品で展開すれば、地方であっても必ずファンは足を運んでくれると」
ああ、その二つは来未から色々聞いた事ある。
どっちも大分前から展開しているゲームや漫画で、アニメ化したのは結構前なんだけど、今は2.5次元の舞台が大盛況らしくて、元々根強かったファンが更に拡大しているとかなんとか。
確かに、そういう作品なら熱狂的なファンの割合は高いだろうし、集客の計算は立てやすいだろう。
「……その様子だと、どうやら貴方の意見は通らなかったようですな」
「はい。既に告知済みではありますが……」
そう。
当然、俺達も知っている。
彼等キャライズカフェが、オープン時にどの作品とコラボするのかを。
『秋葉原オービーオージー』
俺も来未も親父も母さんも全く知らないタイトルだった。
調べてみたところ、三ヶ月くらい前に商品展開を始めたキャラクタープロジェクト。
すっかりオタクの街じゃなくなった秋葉原を舞台に、オタク文化を蘇らせるべく、かつてアキバで伝説と呼ばれていたオタクのイケメンや美女が集ってスゲェ事をブチかますぜ、みたいな内容らしい。
今、このプロジェクトが好調なのか不調なのか、今後どういう展開をしていく予定なのか、そういうのは一切わからない。
何故なら情報が殆どないから。
プロジェクト自体は始まっていて、商品展開やイベントの予定も公式HPに載ってるんだけど……3ヶ月前に発足して以降、あんまり更新が行われていない。
「どうせアレでしょう? 有名企業さんが全面的にバックアップしてて、有名な声優さんもたっくさん使って、ガッツリ売りにいく作品なんでしょう? コラボと同時に色々情報解禁して話題独占! カーッ、チクショー!」
親父の見立ては一貫して、今の言葉通りだった。
俺も多分そうだとは思う。
ただ……気になるのはキャラデザだ。
育成ゲームとは違って、この手のキャラクタープロジェクトはキャラデザ担当者の名前と絵柄は結構重要、と来未は言っていた。
女性向けのコンテンツの場合は特に、そのジャンルで実績を残している人が好ましいとか何とか。
それは名前のブランド力じゃなく、そういう成功者は『女性ファンがグッと来る絵を知ってるから』らしい。
所謂『解釈違い』が起こると一気に炎上するナイーブなジャンルでもあるから……とか来未が熱弁してたのを覚えてる。
で、この『秋葉原オービーオージー』ってプロジェクトのキャラデザはというと、五年前くらいにWeb漫画でヒット作を出した漫画家の人だった。
有名な人ではあるけど、特に女性向けって作品じゃなかった気がする。
そもそも『秋葉原オービーオージー』自体が女性向けなのか男性向けなのかハッキリしない。
キャラの男女の比率が同じくらいだからな。
なんとなくオシャレな雰囲気のソリッドな絵で、なんとなく闇を抱えてそうな感じのキャラ達が、それぞれ違う方向を向いて秋葉原の街に立っているコンセプトビジュアルが公式HPのトップを飾っている。
十年くらい前に結構流行ってた雰囲気なんだよな、この絵と構図。
お互いの陰が交差してるところとか、細かい部分までオシャレな感じを出してる辺り。
公式アカウントのフォロワー数は約2万人。
イラスト付きの新情報に寄せられる『いいね』の数は、ざっと見て1000前後。
これが多いのか少ないのかは正直わからない。
「これ……売れると思いますか? お客さん、来ると思いますか?」
いや、俺達にそれを聞いてどうすんのさ。
一応競合店だよ?
マジでその意識が一切ないのか……?
「私は……半信半疑です。なんでこんな……まだ実績のない、ターゲットもハッキリしない、蓋を開けてみないとわからないような作品とのコラボを、大事な大事なオープン期間に持ってこなくちゃならないんでしょうか……?」
「そ、そうですな。いやでも、そこまでギャンブル性の高い素材を大手さんが選ぶとは思えませんしな。な、何と申しますか……大丈夫なんじゃないですか?」
何故か一番敵視していた親父がフォローを始めた。
それくらい、この店長さんの胃がキリキリしてるのが傍目でもわかる。
このゲッソリした容姿は、元々の体型じゃなくストレスが原因なのかもしれない。
「す、すみません。こんな事を話すつもりじゃなかったのですが……オープンを明日に控えて緊張していまして。御挨拶が遅れたのも、イニシャルコストの計算が合わなかったり、未だに決まらない事が多過ぎたりして、ドタバタいていまして……ぐうう……」
とうとう悲鳴をあげだした。
胃薬持ってきた方が良いのかな……?
「お見苦しいところを……兎に角、我々としましては、末永くこの地域に根差すカフェを目指したい所存でして……可能であれば、ライクアギルドさんとも共存しながら、この業界を盛り上げられたらと……」
どうやら、本当に敵とは思われてないみたいだ。
マーケティングの結果、ウチの客層とキャライズカフェの客層が全然被ってなかったって事なんだろうか?
ウチは男性客メインだから、向こうさんは女性客をメインにって考えてるとか……
何にしても、こんな細くなってる人に厳しい事は言えない。
「あー……その、なんです。上手く棲み分け出来れば宜しいですな」
親父も同じ考えだったみたいで、すっかり日和ってしまった。
でも仕方ない。
こんな弱ってる人に鞭は打てないよな……
「では、私はこれからまた地獄の打ち合わせがありますので……大変失礼致しました……」
結局、最後まで弱腰のまま、店長さんはフラフラした足取りで去って行った。
「どう思う? 母さん」
「三味線弾いてる、って感じじゃなかったかな。実際、愚痴りたくなるのも無理ないし。プレッシャーも相当ありそうだもんね」
正直、俺にはよくわからない。
俺達にあんな愚痴を漏らす理由も、もしそんな戦略があるとしたら、その意図も。
遥か格上の向こうが、こっちを油断させる必要もないだろうし。
「子供にはわからないかもしれないけど、大人になるとね、愚痴る相手に苦労するんだよ。親しい相手ほど、そういう姿を見せたくないしね。まして立場のある人間なら、ネットで吐き出すのもリスクあるし」
そんな母さんの言葉に、明日を迎えるまでに積み重ねてきた両親の心労が垣間見えた気がした。
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