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 クリティックルの処女作として制作が告知されたゲームのタイトルは『Virtual[P]Raise』。

 バーチャルプレイズと呼ぶらしい。

 praise(称賛)とraise(高める)のWミーニングで、かつ[P]とカッコで括ったPには「People」「Play」「Peaceful」などの意味が込められている……とか何とか。


 その辺のタイトルへの拘りはどうでもいいとして、この『Virtual[P]Raise』は簡単に言えばVtuner育成ゲーム。

 プレイヤーはサッパリ人気のないVtunerばかりが集った事務所『トゥインクルプロダクション』のマネージャーとなり、各Vtunerを売れっ子にしていく――――という、余りにもありきたりなゲームデザインだ。


 ただ、ありきたりだからこそ受け皿も広い。

 こういうガワだけ流行にしたスタンダードなゲームは、一発目が受けるかどうかが全て。

 恥も外聞もなく最初に出したメーカーさんが、軽い気持ちで企画したか、社命を賭けて取り組むかで流行るかどうかが決まると言っても過言じゃない。


 最も重要なのは、作り手側が変に茶化さない事。

 最初からB級映画を目指して作った映画が受ける事などまずないように、ゲームもユーザー側がB級扱いするのはともかく、提供する側がそういう空気を出しちゃダメだ。


 要するに『馬鹿っぽいですけど、どうぞネタにして下さい』ってスタンスじゃ絶対に上手くいかない。

『このゲームは面白いですよ!』と訴えかけてくるような、スタッフの熱意が伝わってくる作品ならば、化ける可能性はある。


 で、この『Virtual[P]Raise』ってゲームは、まだ出来たてのホームページを見る限り――――


「……思いの外ガチだな」


 そう思わせるだけの迫力があった。


 まず重要なのはキャラクターデザイン。

 厄介なのは、単に綺麗で流行の絵柄ってだけじゃダメなんだ。

 圧倒的に華やかか、華やかで微かにクセがあるか、そのどっちかじゃないと埋もれてしまう。


 その点、このゲームのキャラデザは完全に後者。

 目がやや小さめで、クドさのないあっさりとした絵柄ながら、色使いはやたらカラフルで表情豊か。

 カラーで華やかさを表現しつつ、絵柄自体は洗練されていて、ソリッド感はなく全体的に幼い感じだ。


 rain君の絵柄と似てるけど、色使いは全く違う。

 案外、rain君のフォロワーなのかもしれない。


 パッと見る限り、複数の絵柄が混在してる訳じゃないから、キャラデザ担当は一人だと思われる。

 俺はこの手のジャンルにはあんまり詳しくないから、誰なのかまではわからないし、まだスタッフのクレジットも記載されていないから、有名か無名かはわからない。


 尤も、このジャンルのゲームはキャラデザに有名イラストレーターを起用してもあまり上手くいかない。

 既にイメージが固まっている人の絵だと、何処か借り物のように感じてしまって、自分が育成しようという気にならない……かどうかは兎も角、ヒットした作品の大半はキャラデザ担当者の名前で売れてはいない。


 とにかく、絵に関しては率直に成功しそうと思わせるパワーを感じた。

 

 システム周りは、意外とどうでも良い。

 いや、実際にはどうでも良い訳ないんだけど、このジャンルのゲームで『システムが斬新!』ってヒット作はあんまり見ない。

 取っつきやすさを重視するから、直感でほぼプレイ出来てしまうくらいシンプルなユーザーインターフェイスになっている事が多い。


 まだゲーム紹介の欄にシステム面の説明は最低限しかないけど、恐らく『人気アップのための行動を繰り返してステータスを向上させ、動画公開時にスパチャを貰いまくる』みたいなドシンプルな内容になるだろう。


 そして最も重要なのはキャラだ。


 一番ダメなのは、その辺のキャラのパチモンみたいな奴ばっかってパターンだ。

 特にこのゲームはVtunerを題材にしてるんだから、実在するVtunerを連想させるキャラが出たら、途端に安っぽさが際立ってしまう。

 しっかり一人一人のキャラを立たせ、設定も練り込み、考察し甲斐のある余白を残しつつイメージが膨らみやすいキャラを大勢配置しなくちゃならない。


 その点はまだわからない。

 キャラに関してはビジュアルしか紹介されてないからな。

 でも、表情の豊かさで個性がかなり出ているし、その点も期待は持てそうだ。


 まあ、これだけ売れそうって思っても売れないのがこの業界なんだけど、取り敢えずやっつけって感じじゃない。

 でも多分、評判としては『またこういうのかよ』って意見が大半を占めるだろう。

 別にこのゲームが悪いとかじゃなく、そう言われるのが宿命みたいなジャンルだし。



 ……と。


 大分本筋から逸れてしまったけど、レトロゲーム要素がある以上、会沢社長が絡んでる可能性もない訳じゃない。

 ちょっと確認を取ってみよう。

 本人に直接ってのも何だし、まず朱宮さんに……声優って土曜の朝はどうなんだろ、大丈夫かな。



『ちょっと聞きたい事があるんで、時間のある時に返事ください』



 こんなもんか。

 流石に『今いい?』みたいな気安いSIGNを送れる間柄じゃないからな。


「そう言えば兄ーに、rain先生の漫画、反響どんな感じ?」


「今のところはまだ大人しいかな。なんとか今日中にバズってくれると良いんだけど」


「いいねされたらスマホ震えるようにはしてないの?」


「そりゃ、そんなにしょっちゅう震えられても困るし」


「へぇー、バズるの信じてるんだね兄ーに。今の返し、ちょっと来未の好みかも」


 別にそんな大層な事じゃないんだけど……兄妹だけど、こいつのツボって未だによくわからない。


「それより来未、このクリティックルってメーカー、星野尾さんの紹介なんだよな? 星野尾さんにも連絡入ってなかったの?」


「知らなーい。ちょっと聞いてみる?」


「頼む」


 星野尾さんを信じてない訳じゃないけど、どうにも新規メーカーって無条件では受け入れられない何かがあるんだよな。

 聞いた事のない会社って、それだけで胡散臭く感じるし……



 ……聞いた事、本当になかったっけ?

 なんかクリティックルって響きに覚えがあるような気もする。

 まあ、クリティカルに近い語感だから、それで親近感を抱いているだけか。



 ……ん?


 前にも似たような事を考えた気がするな。

 クリティカルと何かを……――――





 クリティックル。

 このブランド名をどうか安直だと笑わないで欲しい。

 負け惜しみだと一笑に付すのは勘弁願いたい。





「……あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



「えっ何急に何!? 兄ーに頭パーンってなった!?」


「おいどうした深海! お前もか! お前も不安で発狂したか!」


「その気持ちはわかるけど急に大声出さないで怖いから!」


 家族総出で心配されてしまったけど、今はそれどころじゃない。

 そうだよ!

 クリティックルって確か、終夜京四郎が出した声明文にあったメーカー名だ。


 うわ……すっかり忘れてた。

 っていうか、あの声明文長すぎて細部まで覚えきれなかったんだよな。

 しかも声で聞いた訳じゃないから、余計記憶に残りにくかったのかも。


 でも、だったらこのゲームって終夜京四郎プロデュースって事になるのか?

 あの人がワルキューレ裏切ってまで作りたかったゲームって……これなの?


 ちょっと待ってくれよ。

 とても信じられない。

 いやでも、著名なクリエイターが所属会社離れて、どんな新たな一歩を踏み出すかワクワクして情報待ってたら、なんか微妙なゲームに関わり出した……って、割とあるあるなんだよな。


 まして終夜京四郎はクリエイターじゃなく社長。

『あんなに大口叩いてたのに』案件に該当しても、全然不思議じゃない。


 っていうか、こんな脳内で自己完結してる場合じゃない!

 とっとと身内の終夜に連絡とって――――



『今大丈夫だよ』『何か用?』



 こんな時に限って朱宮さん返事が早い!

 でも助かる。

 先にこっちの件を片付けよう。


『クリティックルってメーカーが公式HP立ち上げたの知ってます?』


『いや、知らない』『それがどうかしたの?』


 全然ピンと来てない様子。

 朱宮さんも覚えていなかったか。


『終夜京四郎が声明文で、これから立ち上げるブランドとしてこの名前出してたんですよ』『処女作はVtuner育成ゲームみたいなんですけど、レトロゲー要素が少しあって』『もしかしたら会沢社長も一枚噛んでるんじゃないかって思って』『何か聞いてます?』


『僕は何も聞いてない』『まあ、キャストに情報回ってくるのは基本遅いんだけど』『箝口令敷かれてる事も結構あるし』


 意外とそういうものなのか。

 でも実際、こういう新規立ち上げの場合は事前に情報が漏れないようにしそうだよな。


『一応会沢社長に聞いてみるよ』


『すみません、お願いします』


 余計な手間をかけさせるだけかもしれないけど、大事なことだ。

 万が一、会沢社長が絡んでるのなら、少なくとも進めてた企画の一つ――――レトロゲーを題材にしたコミュニケーション型のRPGは完全に没って事になりそうだしな、状況的に、

 

 とはいえ、そもそも会沢社長が絡んでるかもって疑惑自体、具体的な根拠は殆どない。

 前に来未がクリティックルに関して『代表の人は有名なゲーム会社で社長やってた人』って言ってたから、そこで連想したってだけの話だ。

 終夜京四郎が関わっているとわかった今となっては、むしろ彼が社長の可能性大だろうし。

  

 だけど、妙に胸騒ぎがする。

 嘘から出た実じゃないけど、なんか嫌な予感がするんだよな……


 そして――――



『凄い嗅覚だね』



 俺のそんな懸念は、現実のものとなった。



『そのゲームのレトロゲー要素の監修を、彼が務める事になったらしい』


 ……ただし、思っていた形とは少し違う方向で。


『監修?』


『多分、権利の問題とか、どこまでならパロディとして許されるとか、その手の交渉も兼ねてると思うよ』


 成程。調整役みたいな感じか。まあ、レトロゲー要素を入れるのなら絶対必要だよな。それを軽視して大事になったケースもあるし。


『この件について、君に直接話があるって言ってた』『後で連絡が来ると思う』


『わかりました』『それと、ありがとうございました』


『あとお疲れ様、だね』


 昨日のボス戦の事か。

 オフ会したいくらい盛り上がったけど、この人来ないからなあ。


『労いの気持ちがあるなら、リモートオフ会でもします?』


『うーん』『うーん』


 何故二度送る……


『冗談です』『昨日はお疲れ様でした』


『悪いね』『でも考えておくよ』


 明らかに考える気がない人の返事だったけど、まあいいや。

 これで、後でオフ会やったとしても『声をかけなかった』とはならないしな。

 こういうのは先に消化しておくに越した事ないし。

 

 さて、次は終夜に――――


「おい二人とも大変だ!」


 今度は親父かよ……なんなんだ一体。


「敵が乗り込んで来たぞ!」


 

 ……はい?


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