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 ……


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 ふぅ……


 実質的なレイドボスを倒したことで、一気に意識が現実に戻って来る。

 いつもはこの瞬間、名残惜しさとか祭りの後の空虚感とかで微妙な気持ちになる事が多いけど、今日は充実感でいっぱいだ。


 こういうの、解脱の境地とでも言うんだろうか。

 何にしても、MMORPG未経験者だった頃には味わえなかった種類の達成感だ。

 ゲームに限らず、一つの事を仲間と一緒に挑んで成果を出すって経験はあんまりなかったからな……あっても自分自身が乗り気じゃない学校の行事とかだし。


 お、早速終夜からSign来てるな。

 っと……朱宮さんからもだ。

 うわ、続けざまに水流もか、珍しいなこんな一気に来るのは。


 内容は総じてスライムバハムートを倒したお祝いをそれぞれの言葉で表したもの。

 今の俺の気持ちを言葉にするなら――――

 


『モラトリアム最高!』



 これかな。

 このメンバーじゃなかったら、長続きしなかったかもしれない。

 このバトルに辿り着く前にやめていたかもしれない。


 そう思うと感慨深い戦いだった。

 自分が無双してやっつけた訳じゃないけど、なんとなく自分的には良いポジションに収まったというか、妄想し甲斐のあるバトルを展開できた。

 大満足だ。


 RPGの醍醐味は、バトルを自分の頭の中で空想できるところにある。

 世界観があって、キャラクターがいて、そこに至るまでのストーリーがあって、そしてバトルを繰り広げる。

 敵の攻撃でHPが残り少なくなったら、負傷して顔をしかめる自分のキャラを妄想するし、仲間がやられそうになったらそれを庇うシーンなんかも思い浮かべたりする。


 そういう脳内補完によって、前後のストーリーと半ば強引にだけど結びつけて、RPGは物語として完成する……と俺は思っている。

 実際のバトルはシステマティックだけど、そこも前後のストーリーと連続しているよう頭の中で組み立てる。

 いわゆる「筋書きのないドラマ」として。


 俺がゲーム内に意識を埋没させる理由は、これを極限まで堪能したいからだ。

 テレビ越しに見ている絵だと、どうしたってストーリーの中に入り込めない。

 自分がゲーム内の世界に飛び込むような感覚を得る事で、そのゲームと物語を骨の髄まで楽しめる。


 その意味では、今回のバトルは十分に堪能できた。

 何度もピンチがあったし、途中に挿入されるイベントシーンもイイ感じだったから、妄想の材料は山ほどあった。

 今日寝る時にでもあらためて振り返ってみよう。


 にしても……意外だけど、疲れは殆どないな。

 っていうか寧ろ、ゲーム始めるまで疲れてたのに、それが吹き飛んだ。

 ヒーリング効果なんてゲームにあるとも思わないけど……それだけ精神的に充実したって事なんだろう、多分。


 時間は……あれ、意外と経ってない。

 二時間くらいか。

 体感的にはこの倍くらい経ってる覚悟だったけど、これなら普通の睡眠時間を確保できそうだな。


 さて、寝る前に一応whisperの確認しておくか。

 プッシュ通知をオンにしてればすぐ通知が表示されるんだけど、それだとなんか気持ちが忙しなくなるし、確認する時のワクワク感がちょっと病み付きになってるからオフにしてるんだよな。


 rain君の漫画、いいねやリウィートが増えてると良いけど、どうだろう……


 おっ、通知のアイコンバッチに数字付いてる。

 よしよし、順調に増えて――――


 ……なんか妙に数字が多いな。

 まさかバズった!?





 えるえる@拗らせ系エンペラーさんと他18人があなたのウィートをいいねしました





 あー……なんとも言いようがない微妙な数字。

 一応最高記録更新なんだけど、勿論バズってるって言うには程遠い。


 ん、でも返信貰えてる。

 だから通知の数字がいつもより多めだったのか。



『作者だれ?』



 そして内容も微妙だ……反応貰えたのは嬉しいけど、返答する訳にもいかないしな……


 いいねをくれた人の名前とアイコンをざっと確認してみたけど、常連さん以外もチラホラいる。

 ほんの少しとはいえ、外にも届き始めてはいるみたいだ。

 まあ、バズるかどうかはぶっちゃけrain君のファンに見つけて貰えるかどうかが重要だから、気長に待つしかない。


 ……一瞬期待したせいで、なんか急に疲れが出てきた。

 寝るか。


 明日は土曜だから学校は休み。

 そして明後日はキャライズカフェのオープン日。

 同時に、水流とデートする日だ。


 なんとか明日までにバズっていて欲しいんだけど……そう都合良くはいかないかな。

 奇跡が起こる必要なんてない。

 偶然が少しだけ重なれば、rain君の実力と知名度なら絶対イケる筈なんだ。


 ふぅ……ベッドの感触が心地良い。

 集中してゲームをやると、いつも首筋や背中がダルくなっちゃうけど、その分この瞬間が気持ち良く感じる。

 

 やっぱりゲームは楽しい。

 今日、それを再確認した。

 しかも、今までの俺が見過ごしてきた楽しさだ。


 今の時代、MMORPGをプレイしている人は、本当にゲームが好きか、依存しているかのどっちかな気がする。

 少なくとも片手間でやりたい勢ならもっとカジュアルなジャンルが幾らでもあるからな。

 今はバトルロイヤル系のFPSやRTSが全盛って感じだし。


 相手に勝つ、無双する、蹂躙するっていう征服欲や自己顕示欲を満たしたいって気持ちも、もしかしたら俺の中にあるのかもしれない。

 でもそれ以上に、面倒事に巻き込まれたり中傷されたり見下されたりするリスクを恐れている気持ちが強いから、オンラインゲームを忌避してきた。

 そしていつの間にか、かつて最もそういう危険性が高かったMMORPGが、ジャンルの衰退と共にそういうリスクが比較的低くなっているのは、良くも悪くもゲームそのものを愛する気持ちが強い人が多いから……なんだと思う。


 まあ、単にまったり過ごしたい人が集まるジャンルになったとも言えるけど。


 何にしても、今のところ俺が事前に懸念していたギスギスは全くなく、快適にプレイさせて貰っている。

 心ならずもアカデミから裏アカデミに移行した訳だけど、却って良かったのかもな。

 テストプレイの段階でギスギスってのも妙な話だし、なんとなく、問題のある人間だったら終夜父が許可していない気がする。


 だからこそ――――キリウスの存在が異質に感じる。


 不正ログインの常習犯って噂の奴だから、アカデミの方に現れる分にはまだわかる。

 でも、完全招待制の裏アカデミに奴が入り込める余地はあるんだろうか?


 普通に考えたらあり得ない。

 別人をスタッフが装っているとしか思えないんだよな。

 でも、そうなると何の接点もない俺に絡んできた理由が全くわからない。


 イーターを倒して大仕事を成し遂げたけど、未だに引きずるものがある。

 あと、デートの日に何を着て行けばいいのかも悩みの種だ。


 明日、来未に聞いてみるか。

 あんまりアテにならない奴だけど……――――





 6月29日(土) 07:12





「オハヨウ深海。今日ハ良イ天気ダゾ」


 目覚めると、ウチの親父がカタコトになってしまっていた。


「なんで今から緊張してるんだよ……キャライズカフェのオープンは明日だろ?」


「いや、競合相手のいないヌルイベみたいな日常が今日で最後かと思うと、胃がちょっとな……」


 意外とプレッシャーに弱いな……俺のこと気遣ってたあの余裕は何処に行ったんだ。


「おはよう深海。朝ご飯早く食べちゃって」


「はーい」


 食卓につくと、いつものように朝食が並んでいた。

 ただしメニューは豆腐だけだった。


 カフェの試作品と思しき創作料理とか奇を衒ったメニューはない。

 冷ややっこ(木綿)、冷ややっこ(絹ごし)、冷ややっこ(焼)の三つ。

 薬味もない。


「親父の豆腐メンタルへの当てつけ?」


「え? あ、あれ? 何これ。やだ、間違えちゃった!」 


 何をどう間違えたら剥き出しの豆腐三連発になるんだ……?

 母さんも相当参ってるな、これ。

 ここは子供が気をしっかり持たないと……


「深海ィ!」


「うわビックリした! 急になんだよ親父!」


「まだかァ? まだrain先生の漫画はバズってないのかァ? このままじゃ俺達明日にはもう終わりだ……」


 悲観的すぎる……開店が明日に迫っていよいよ実感が湧いて来たのか。


 まあ、物心ついた時から当たり前にこの店があった俺と来未とは違って、一から作った当事者だもんな。これくらい追い込まれるのが普通なのかもしれないな。


「落ち着け。そんな簡単にバズったら誰も苦労しないって。それに、来未たちの企画だって……」


「兄ーに! 見て見て!」


 呼んだつもりはなかったけど、慌ただしく来未が二階から降りて来た。


「何? まさかついに漫画がバズった?」


「そんなの知らないし。ホラこれ!」


 うう……こういう思わせぶりな態度にいちいち期待しなきゃいけないってのも辛いな。


 で、一体何を見せたがって……


「ほら、クリティックルの公式HPとアカウントが今日正式にオープンしたみたい!」


「クリティックル……?」


「来未と星野尾ちゃんがコラボしてるメーカー!」


 あー、そんな名前だったっけ。

 たしかまだ一作も出してなかったんだよな。

 先にティザーサイトを作っておいて、一作目のリリースが決まったタイミングで本格始動ってのはよくあるパターンだ。


 って事は……


「このカフェを登場させるってゲーム、告知された?」


「うん! まだ開発中だから発売日とかは全然決まってないけど、なんか色々情報出てるよ」


 それは朗報だ。

 ゲーム自体がポシャったら、コラボも当然立ち消えだからな。

 新規メーカーが突然発売を中止するとか、情報が途絶えてそのまま……とか、割とよくあるからな。


「何か連絡来た?」


「んーん。今のところ何も」


 んー……なんか微妙に怪しいような。

 本当に大丈夫なのか?

 騙されてないよな? 


「で、どんなゲームなんだ?」


「なんかね、Vtunerをプロデュースするゲームみたい」


 ……アイドル育成ゲームのVtuner版、みたいな感じか。

 なんだろう。

 物凄くチープな気もするし、案外ネタ的な意味で受けそうな気もする。


 でも、その内容なら会沢社長が今進めてる『レトロゲーを題材にしたコミュニケーション型のRPG』じゃなさそうだな。

 コミュニケーション型って部分だけは共通してるけど、それ以外は特に――――


「あ、人気アップのための行動に『レトロゲーム実況』ってのがあるよ」



 ……何?



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