8-43
「さて。必要な事は話したし、汝達には御退場願おう。シーラよ」
「はい」
「ゆめゆめ忘れるな。"我から世界の支配権を奪った人物"だ。気まぐれで出来る事でないのはわかるな? 大きな野心があってこその行動よ。その事を肝に銘じ、見事見つけ出して来るが良い」
……俺に心当たりがあるのをわかり切った上で念押ししてくる。
もうちょっとわかり難ければ狡猾とも受け取れるけど、ここまで来ると潔いというか、いっそ清々しい。
「頑張ってみます」
「そしてもう一つ。我の名言もしっかり覚えておく事だ。歪みは悪に非ず。これを真理と心得よ」
自分で名言と言う言葉が名言だった試しはないと思うけど……創造主がそれを言うと、確かに名言のようには聞こえる。
結局、偉人が残した大半の格言もそうなんだろう。
ただの言葉としての美しさより、その言葉に至る過程と人間性が、言葉に重みを持たせる。
ありふれた言葉でも、それは計り知れない強度を持つ。
世界の全てを知るアスガルドが言うんだ、きっと間違いないだろう――――と。
「わかりました」
「では征け」
その瞬間――――意識が流転した。
ブラックアウトするんじゃなく、何か見た事のない、不思議な光景が次々と頭の中に入り込んで来る。
雪原もあれば砂漠もあり、森林もある。
そして決まって、高所から見下ろすようなアングル。
これはもしかして……各国に散らばっていた世界樹が見た景色なんだろうか。
今や世界中の殆どの世界樹がイーターに食い尽くされてしまった。
そんな絶望的なこの世界で、俺達に何が出来るのか。
いや。
出来たのか――――
その答えは、目まぐるしく移り変わった視界の果てに見えた、ぼやけた青空が映し出していた。
綺麗だ。
その澄み渡る空を眺めているだけで、なんとなく理解した。
戻って来たこの場所は――――天国に一番近い場所なんだと。
「シーラくん! 死んじゃダメです! あなたが死んだらわたし、わたし……!」
……空がぼやけていたのは、揺らされて視界が安定しなかったからだった。
「わかった! わかったからそれ以上揺するな! 具合悪くなるから!」
「へ……?」
慌てて上半身を持ち上げるも、三半規管がグチャグチャな所為で目が回って仕方ない。
あと少し意識が戻るの遅れてたら脳震盪起こしてたんじゃないか……?
「ったく……っと!」
今度は胸元に何かを押しつけられた。
若干息苦しいけど、これは仕方がない。
寧ろ、嬉しい苦しさだ。
「良かった……良かったぁ……」
俺がこっちでどうなっていたのかは、頭をグリグリ押しつけ涙しているリズの反応で何となく想像がついた。
そして恐らく――――
「本当にもう! このまま目を覚まさなかったら、一生許さないところだったんだから!」
「……ごめんなさい」
ステラも、そしてアイリスも同じ状態だったんだろう。
「心配かけてすまなかった。もう大丈夫だ」
「別に心配なんかしてない。無事だって信じてたから」
「その割には目が赤いぞ?」
「ち、違う。これは違うから」
ステラに抱きつくリッピィア王女、アイリスの言葉にそっぽを向く耳を真っ赤にしたシャリオの反応が、雄弁にそう語っていた。
……ん?
なんか後頭部をグリグリと……誰だ?
『何か言う事はないのとエルテは強く主張を記すわ』
ああ……エルテの紙の束か。
文字が露骨に震えているのを見ると、彼女も心配してくれてたみたいだな。
申し訳ないという気持ちもあるけど……正直、嬉しい気持ちの方が強い。
「……なんとか死なずに生き残ったよ。心配かけてごめん」
『別に心配なんてしてないとエルテは本気で記すわ』
バシバシと今文字を書いた紙を叩き、それを顔に押しつけてくる。
そんなエルテの反応が、なんとなく現状を示している気がした。
それでも、確かめなくちゃいけない。
「スライムバハムートはどうなった?」
「大丈夫。君達への攻撃が最後の抵抗だった。もう塵一つ残っていないよ」
今度はブロウから頭をクシャクシャにされる。
便乗するように、背中も誰かに擦られた。
「ホンッ……トに良かった。最後の悪あがきの所為で死者三名とか、後味悪過ぎよね」
なんとなく想像はしてたけど、やっぱりエメラルヴィだったか。
……って。
「お前ら無事だったのか!」
「今更ァ?」
自分が死にかけていた所為ですっかり忘れてた。
こいつらも生死不明だったんだ。
「一体何処にいたんだ? よくあのブレス攻撃に巻き込まれなかったな」
あれは確か……リズの星屑で文字を作って、シャリオ達と意思の疎通を図っていた時。
その文字が消えたらスライムバハムートから離れるよう、ブロウたち本隊に指示をしに俺が行こうとしたんだけど、代わりに――――
……そうだ。
「メリクは!? 彼も無事なのか!?」
あの時、メリクが向かった直後にスライムバハムートがブレスを吐いたんだ。
ブロウ達が無事って事は、メリクは間に合った筈。
きっと大丈夫……
「……」
「……」
おい、なんだよその沈黙は。
どうして目を逸らす?
何故顔を背ける?
まさ……か……
「……………………すみません」
そう謝罪の言葉を口にしたのは――――俺の真後ろにいたメリクだった。
「重要な言伝を届けに行く途中……………………その…………コケてしまって」
「まあ、なんて言うかね? それを見てアタシ達、伏せろって合図なのかなって咄嗟に思っちゃって」
「スライムバハムートとの交戦中だったからね。実際、その直後にブレスが吐かれたから大正解だったんだ。メリクのお手柄だよ。彼が来ていなかったらヤバかったかもしれない」
……何という偶然。
いや、これもメリクの守護力……なのか?
なんかもう、そういう星の下に生まれたとしか思えないな。
でも、それはそれとして――――
「死んだかと思っただろ! みんなして思わせぶりな態度とんなよ!」
「いや~……あのコケっぷりがホント見事でねェ。思い出すと笑っちゃうのよ」
「僕達の為に駆けつけてくれた彼を笑うのは忍びないだろう? だから、つい……ね」
笑ってるのを誤魔化す為に顔を背けたのか。
紛らわしい……
「その件は偶然だが、彼の貢献は極めて大きい。功労者を笑うなど以ての外だ」
ヘリオニキスとラピスピネルも無事だったか。
他の面々も全員……という訳にはいかないけど、仲間として一緒に戦っていた連中は皆無事みたいだな。
「リッピィア王女殿下。この度の勝ち鬨、お願い申し上げます」
ラピスピネルが膝を突いてリッピィア王女にそう促す。
まだ涙目の彼女は鼻を啜って、それでも威厳を保った表情で一つ頷いた。
「私達は今! 強大なる難敵スライムドラゴン改めスライムバハムートに見事打ち克ち! 勝利を我らが手に収めた! 人類の勝利を天高く咆哮せよ!」
「オオオオオオオオオオオオ!!」
決して大人数じゃないけど、拳を突き上げて吠えるその声は、自分のものも含めて心に響き渡った。
勝った。
あの化物に――――この世界に蔓延る巨大なイーターに勝利したんだ。
最後に滅び行くスライムバハムートを見られなかったからか、勝った実感は余り湧いてこない。
でも、こうして仲間と一緒に歓喜の声をあげられた事で、少しずつ染み渡ってくる。
やり遂げたという万感の想いが。
勿論、俺にはまだまだやる事がある。
人類も同様だ。
たかがイーターを一体粉砕しただけだからな。
でもそれが偉大な一歩になるのは、誰もが理解していた。
今までどんな猛者でも成し得なかったイーター討伐をやってのけたんだから。
「シーラくん。やりましたね」
各々が抱き合ったりハイタッチしたりする中、隣にいるリズがしみじみと語る。
「わたしも、何か役に立てたでしょうか」
「あの星屑がなきゃ、俺達とっくに全滅してただろ? 最優秀賞ものだよ」
「そうですか。お世辞でも嬉しいです」
本心だったんだけど……俺と似て自己評価が低いからな、リズは。
そう簡単に高評価を受け入れられない気持ちはわからないでもない。
「こんな私でも、誰かのお役に立てるんですね」
「ああ。こんな俺でも、何かの貢献は出来るものなんだな」
正直、俺の刹那移動が最後まで使えてれば、ここまで追い詰められはしなかったかもしれない。
そう思うと、反省点は少なくない。
でも今は、勝利の余韻に浸っていたい。
「まるで奇跡みたいです」
リズのその言葉は、俺の本心も言い表していた。
本当に……奇跡のような時間だった。
だから、どうしても信じられなかった。
「お疲れ様。良い仕事してたよ」
不意に手を伸ばしてくるシャリオに、応えるようこっちを手を伸ばし、固く握る。
「ありがとう。シャリオがいなかったら完全にお手上げだったな」
「そんな事ない。私だけじゃなくて、みんながいたから勝てたんだと思う」
「それは同感」
でも、現実に戻らなくちゃいけない。
奇跡のような時間は所詮、奇跡の時間とは違うんだから。
俺達はこれからも、現実を駆け抜けていかなくちゃいけない。
この握った手が、離れてからも――――
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