8-42
女性二名をアスガルドに紹介する事自体は何の不都合もないけど、彼の反応というか、どんな見解を示すのかは正直気になっていた。
「えっと……こちらはアイリス。この世界では最高値のLv.150を誇る実証実験士です」
「お初にお目にかかります。アイリスと申します」
事前に神様って言っていたからか、珍しくアイリスが恭しい態度を示す。
ま、彼女に関しては特に問題はない。
何かあるとすれば、もう一人の方だ。
「そして、こちらはステラ。彼女は少々生い立ちが複雑で……」
「そのようだな」
流石は世界の理を知る盟主。
俺が説明する前から、既にステラの特殊性には気付いていたみたいで、アイリスの自己紹介に頷いていた時とは表情からして違う。
「汝は……世界樹に再構築された人間だな」
え……?
いや、ステラとテイルの内、どちらかがそうなのは知っている。
世界樹の失策によって、本来取り除かれるべきでない人間が取り除かれ、その穴埋めとして誤って消失させた人間のコピーを世界樹は作った。
その中にステラとテイルも含まれていたから、どちらかはオリジナルでどちらかはコピーというのはわかっていた。
でも、俺はステラの方がオリジナルだと思っていた。
だって彼女は王女という確かな身分があって、テイルの方は郊外にひっそり住む研究者。
普通に考えたら二人の言動がどうあれ、ステラの後にテイルが生まれてないとおかしい筈なんだ。
「しかもその姿、本来の汝ではない。そうだな?」
「……はい。私はもっと子供です」
俺よりも年上、20代中盤くらいの姿だけど、ステラは本来10歳。
逆に本来は大人だけど姿は子供のテイルとは真逆だ。
ステラがこの姿になったのは――――実験で失敗した所為だった。
その時が初対面だったから印象に強く残っている。
当時はなし崩しの内にそれで納得したけど、今考えれば不自然だとも思う。
例えば、自分で発明した薬を飲んで、その結果身体が若返ってしまったとか、失敗作によって生じた変化だったとしたら、ステラはその後に元に戻る方法を探らなくちゃおかしい。
でも、そんな様子は全く見られなかった。
あの時一緒にいたフィーナをはじめ、城の住民が元々のステラの姿を認識していた訳だから、彼女があの時に変化したのは確実。
でも、その変化は……偶発的なものだったんだろうか?
「かなり歪な変化の体系が認められるな。相当強引な手段でこの姿に変わったと推察されるが、如何か?」
「……」
「ふむ、何か言い難そうな事情があるのか。どうやら隠している秘密があるようだな」
俺の懸念を逆撫でするかのように、アスガルドは飄々と核心を突いてくる。
恐らく事情もとうに察しているんだろう。
嫌な大人だな、全く。
「良いだろう。この我が余り人間の込み入った事情に立ち入るのもルール違反というもの。特にそんなルールはないが、何となくそんな気がする。というか、人間の面倒な関係性にいちいち巻き込まれたくないのが本音だ。はっはっは」
「余計な事は言わなくて良いです。威厳が損なわれますよ?」
「む……確かに。ここはシーラの顔を立てるとしよう」
なんか勝手に貸し作ったみたいな言い方してるけど、こっちは全然そんなつもりないからな。
助けて貰ったのは感謝してるけど。
「では本題に入ろう。さっきも言ったように、汝は死にかけた際に強制的にここへワープするようにしてある。魔法力が空っぽであろうとな。よって、余程の事がない限りは死なん」
「それ、どういう理屈なんですか?」
「詳しく説明すると長くなるが……まあ、汝の中の汝が制御できない位置に、予備の魔法力貯蔵庫を用意したと思っておけば良い」
ああ、成程。
だから魔法力が残ってなくても発動するのか。
「その性質を活かし、調査して欲しい案件がある」
「支配者の証の所有者とは別件で?」
「わからん。もしかしたら関係しているかもしれん」
妙に歯切れが悪いな。
まあ、俺に調査させようとするくらいだから、詳しい事はわかっていないのかもしれないな。
「我と同じ九幹の立場にある者が、この世界に干渉しているようでな。外部からの接触を感知した。そやつが何者かを調べて欲しい。最優先でな」
あ……それって、もしかして……
「正直、既に心当たりはあります」
「本当か! ならばその名を――――」
「ちょっと待って下さい。その方と直接面識はありませんけど、部下とは知り合いなんですよね。もしここで上司の名前を暴露したら、その知り合いが不利な立場になりません?」
恐らく、シャリオの上司の天使だろう。
名前は……何だっけ……何か言ってたよな……んー……
あ!
そうだ、確かエイル。
エイル様ってシャリオが言ってた気がする。
ここで彼女の名前を出せば、バレた原因がシャリオって事になる。
それを理由に彼女が糾弾でもされようものなら、不義理も良いところだ。
先の戦いでは獅子奮迅の活躍してくれたのに。
「……」
アイリスもどうやらピンと来たらしく、感情を素直に出す彼女らしくない、複雑な表情を浮かべている。
俺達は目の前の盟主様に命を救われた身であって、その人物に隠し事をすれば、それもまた大きな不義理。
正直、難しい立場だ。
とはいえ――――
「そうだったか……また面倒な事になったものだな」
この御方、言葉は軽いけど話せばわかる寛容さと柔軟さは持っている、と思う。
多分。
自分が俺達を助けた事実を突きつけて、脅してくるような真似をするタイプじゃない。
「……そうだな。ではこうしよう。この件については一旦保留とする。シーラ、汝は引き続き我から世界の支配権を奪った人物を探せ」
「それで良いんですか?」
「我の読みが錆び付いていなければ、そこから一つの解答に繋がっていく。事を起こすのはそれからでも遅くはなかろう」
正直、アスガルドの狙いは全くわからない。
でも、シャリオを売るような真似をしなくて済んだのは僥倖だ。
話のわかる盟主で助かった。
「あの、私の方からも質問、宜しいでしょうか?」
一通り話が纏まったのを見計らってから、ステラが険しい顔つきで一歩前に出た。
彼女は彼女で、さっきのアスガルドの指摘に何か思うところがあったのか……
「貴方は……この世界を作った創造主なんですか?」
「ん? ああ。分割前世界、世界樹の失策で大量の複製が生み出される前の世界だな、それを作った世界樹の支配者は何を隠そう我だ」
言い方がいちいち回りくどい。
その説明口調は自分を支配者だと強調する為なんだろう。
今はその権限ないから余計にそういう自己顕示欲が強く働くんだろうな……
「だったら、教えて下さい。私は……生きていても良いんですか? それとも、本当はいない方が良い存在ですか?」
「!」
ステラ、一体何を――――
「本当は、世界樹の中に世界は一つだけでなくちゃいけない。その中にいる人間も、作られた通りに存在しないといけない。でも私は、違う。私は……」
切実な声と、真に迫るような表情。
これまでステラが一度も見せた事のない姿だ。
「私はテイルの偽物だから」
彼女はずっと……こんな事を考えていたのか?
自分は本物じゃない、自分は紛い物だって、ずっとそう認識していたのか?
アスガルドの話が本当なら、多分テイルが10代の頃に彼女が一旦世界樹から破棄されそうになり、埋め合わせとしてレプリカを――――ステラを生み出したんだ。
ただし、全く同じ姿じゃなく、ごく自然に生まれた赤ん坊として。
よって年齢は大きくズレているけど、複製である以上、ほぼ同じ個体。
ステラの本来の姿はきっと、10歳の頃のテイル……子供の容姿になっている今のテイルとそっくりなんだろう。
だとしたら……ステラはそれが嫌で今の姿になったんだろうか?
テイルが子供の容姿になって、自分とそっくりになったから、その状態を回避する為に大人の身体になる方法を模索したんだろうか?
所詮、想像の域を出ない身勝手な解釈だ。
でも、そんな発想に行き着いてもおかしくないくらい、今のステラの顔は切羽詰まって見える。
「もし、私みたいな偽物がこのまま存在し続けたら……世界の方もどんどん歪んで行く気がする。違います……か?」
『ステラはね、この世界と世界樹を破壊する為にいるんだよ』
以前、彼女が俺にそう述懐した時の言葉が、頭の中を駆け巡る。
あれって……そういう事なのか?
「ほう。現在の世界の矛盾をよく理解した言葉だな。歴史の資料を集めるだけでは、その結論には至るまい。誰から聞いた?」
「それは言えません。でも、間違いないんですね」
今の状態――――元の世界と本来存在すべきでない世界とが折り重なった状態が不健全なのは、俺にだって想像はつく。
でも、その状態が長く続けば、世界そのものが崩壊するなんて発想には行き当たらなかった。
本当に、そうなのか……?
「早とちりして貰っては困る。汝のような存在があるからといって、早年どうこうなるという訳ではない。歪みが増していくのは事実だがな」
「だったら……」
「歪みは悪か? 我はそうは思わんね。我の創造した世界とは違うものになったが、それはそれで愉快じゃないか」
……そう言ってのけたアスガルドに、俺は初めて神格というものを感じた。
ああ、この人は確かに創造主だ。
そういう器だ。
「自分を卑下する必要はない。まして、存在が悪などと以ての外。自分の思い通りになった事柄だけで構成された未来など、予定調和以外の何物でもない。そんなつまらん世界より、汝のようなイレギュラーがいてこそ楽しいのではないか」
「そう……ですか? でも、それが原因で……本物の人達に迷惑を……」
「かけてもこの方なら赦すさ」
実は、ちょっと涙声になっていた。
それくらい感銘を受けていた。
「ですよね?」
「はっはっは。無論だ。誰に文句を言わせようか。我は創造主なんだからな」
正直、面倒臭い事を頼まれたなと厄介事くらいに思っていた。
自分の生活や戦いで精一杯だったから。
でも、今は少し違う。
この御方に支配権を取り戻して貰いたい。
俺で力になれるのなら、是非そうしよう。
「……」
ステラは俯き、声をあげず、でも肩を振るわせていた。
いつも10歳とは思えないほど大人びていた彼女が、ずっと見せてこなかった年相応の姿だ。
そういえば、出会った当初はもう少し子供っぽかった気がする。
いつの間にか、そういう印象は影を潜めていた。
もしかしたら……いやきっと、俺の知らない所でステラは自分の存在について悩み続け、次第に思い詰めていたんだろう。
偶然とは言え、彼女をここへ連れて来る事が出来て良かった。
多分、この御方以外にステラが納得できる答えを言える存在はいなかっただろうから。
別に俺の力でもなんでもないけど――――それは凄く嬉しかった。
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