8-41
――――死後の世界なんて存在しない。
命ある者、死に絶えた瞬間に全てが無となり、意識も消える。
そう思っていたし、そうなって然るべきだと考えていた。
なのに。
今の俺には意志がある。
考える事が出来る。
分別も感情もある。
どうやら、死後の世界ってのは存在するらしい。
肉体がなくなっても、魂か何かが天国や地獄へと転移して、そこで新たな局面を迎える事になる――――
そんな想像をしながらふと、自分の身体がある事に気付く。
手も足も、つねった感触も、頬をひっぱたいた音も、痛みも、生前と何ら変わらない。
だとしたら……生きているのか?
でも、それは状況的にちょっとあり得ない。
仮に生きていたとしたら、それはブレスが逸れた場合か、奇跡的な力で防がれた場合。
けれど今の俺は、先程までいたディルセラムとは明らかに違う場所にいる。
眼前に広がる光景は――――真っ白だった。
最初は、スライムバハムートのブレスに包まれているかと思ったけど、その状態がいつまでも続く筈がない。
そして次第に、空間が輪郭を帯びてくる。
そこは、部屋だった。
真っ白な部屋。
だとしたら、地獄じゃなく天国かもしれない……と一瞬思いそうになったけど、すぐ天国とも程遠い場所だと悟った。
この白い空間、どうも見覚えがある。
あれは確か……アイリスと勝負する事になって、その為に必要だと思ったミョルニルバハムートを運ぶ為にパワードバズーカを譲って貰った時……だったっけ。
何度も刹那移動で空間転移を繰り返していたら、ある時突然目的の場所とは全然違う所に移動しちゃったんだ。
その転移場所が、ここと同じような真っ白の部屋だった。
って事は……また転移ミス?
いやでも、MP残量ゼロの状態で刹那移動は使えない筈。
実際、ブレス攻撃を受ける寸前、咄嗟に試してみたけど使えなかった。
……本当に使えなかったのか?
そう解釈していたけど、あのブレスの光で視界が真っ白になっていたから、同じく真っ白な空間のここにいつ移動したのかはわからない。
状況的に、以前の刹那移動の失敗と同じ状況なんだから、今回もそうだと判断すべきだ。
って事は……MPがない状態で使った刹那移動は失敗判定になって、常にここに移動するって事なのか?
若しくは、失敗した場合はMPの消費がなく、偶々その失敗を引き当てたとか……?
如何せん情報不足。
これ以上理由を探っても時間の無駄だろう。
「……んん」
っと。
自分の事ばっかりになってしまっていたけど、刹那移動なら当然、俺が袖を掴んでいた二人――――ステラとアイリスもここに転移している訳で、案の定左右に二人の姿があった。
つまりその事実も、刹那移動が行使されたと示している。
「な、なんだここは……天国か? 死後という意味だが」
混乱しすぎて例えになってないアイリスとは対象的に、既に意識がハッキリしているステラは呆然としながらも状況の把握に努めるべく、周囲をじっと見渡していた。
とはいえ、幾らステラでもこの場所は知らないだろう。
「まさかここ……狭間の地?」
え、知ってる感じ?
どれだけ博識なんだよ実年齢10歳さん……それとも、俺が知らないだけで元々有名なスポットなのか?
「うん。ここは狭間の地で間違いないと思う。一度来た事あるから」
取り敢えず隠しても仕方ないから、安心させる意味も込めてそう答えてみたものの……ステラの反応は微妙だった。
なんか気怠そうな目で見られてるんだけど……それどういう感情?
「話を合わせただけ?」
「いや、そんな訳のわからない見栄張らないって……刹那移動ってまだ試行期間だから稀に転移先間違えるんだけど、それで一度ここに来ちゃったんだ。正確にはここと同じ見た目の部屋に」
「……一体何の話をしている? 狭間の地とは何だ?」
アイリスは知らないらしく、青ざめた顔で不審そうにこっちの様子を窺っている。
彼女の弱った姿は珍しい……というか初めて見たかもしれない。
ある意味、この場所よりレアだ。
「私も文献だけでしか触れた事はないから、詳しくはわかんない。神隠しの生存者が、こういう真っ白な部屋に突然迷い込んで神様に出会った、みたいな話だったと思う」
「如何にもな作り話だな」
「……多分、実話だと思う」
この流れでそう言いたくはなかったけど、黙っている訳にもいかない。
案の定、二人の女性から何とも言えない表情をされてしまった。
「ただし、俺が出会ったのは神の更に上、神の中の神みたいな立場を名乗ってた」
実際にはそんな力はないとも本人が言っていたけど。
俺はその御方から世界の支配権を奪ったとされる犯人を捜している……という事になっている。
正直、未だに手掛かりすら掴めていないし、最近はそれどころじゃなかったから忘れかけていた。
こんな機会がなかったら一生思い出さなかったかもしれない。
「具体的な立場や名前は?」
「名前は確か……アスガルドだったっけ。世界樹を預かる立場の【九幹】と呼ばれる盟主の一人って自己紹介してた」
アスガルドという名前を出した瞬間、二人の顔が引きつる。
ポーカーフェイスのステラでさえ、露骨に表情が強張った。
「サ・ベルが誕生する前の世界と同じ名前か」
「冗談にしてはベタ過ぎるね」
まだ完全には信じられないといった様子で、二人は顔を見合わせる。
無理もない。
状況も俺の証言も、余りに突拍子がないからな。
「何にしても、ここでじっとしていても仕方ない。部屋を出てみよう」
そう提案した俺に、まずアイリスが頷く。
ステラはもう少し部屋を観察したかったみたいだが、そんな余裕がないのも重々承知しているようで、頷く代わりに小さな溜息をついた。
「来た事があるって言ってたけど、出る方法はわかる?」
「前の時は普通に扉があったよ。扉も白だから壁と区別が付き辛いけど……ん、あれだ」
微かに見えた継ぎ目を見つけ、そこへ向かう。
「……疑っていた訳ではないが、どうやら本当だったらしいな」
「それ、疑ってた人の言葉では」
「何、余り気にするな」
それは俺が言うべき言葉では……まだ混乱しているのか、それとも緊張を解そうとしているのか、単に素なのか。
何にせよ、以前来た時と同じように扉はすんなり開き、依然として真っ白な通路が伸びていた。
「暫く歩いていたら、アスガルドから声をかけられて……」
『呼び捨てとは良い度胸だな』
……っと。前回より随分早いタイミングだったな。
やっぱりあの御方の隠れ家で合っていたのか。
「今のは……歴史的な偉人とか有名人に様を付けるのは何か違うっていうのと同じ感じのアレです」
『わからぬ。人間とは相変わらず意味不明な生き物なのだな』
こっちからしてみれば、神様なのに人間相手に気さくな貴方の方がよくわからないんですけど……
『さっさと我の所へ来るが良い。汝に話がある』
「説教ですか?」
『なら行きたくないと言わんばかりの潔い声だが、逃亡は一切認めぬ。そもそも汝一人の力では脱出不可能な状況だろう? いいから来い』
「なんか前より微妙に威厳を誇張した喋り方なのが気になるんですが」
『世迷い言を。別に新顔二人を気にして言葉使いを変えたりはしておらぬ』
……だと思った。
相変わらずだなこの御方も。
「ま、そんな訳だからさっさと行こう」
適当に話を切り上げて早歩きを促したものの、ステラもアイリスもその場から動かない。
まあ、無理もないか。
あのイケメン盟主、露骨に偉ぶろうとしてたもんな……
「神様相手にどんな口の利き方をしてるんだお前は」
「どんな教育を受けたらそうなるのか凄く気になる」
……え、引かれてたのは俺?
「いや、これはその、向こうが親戚のお兄ちゃんみたいなノリで話してくるから、こっちもつい……それにホラ、ちゃんと丁寧語使ってたから」
「着いた瞬間、不敬罪で処刑されないか心配だな……」
「だ、大丈夫だって」
まさかこの二人に非常識人扱いされるなんて……ちょっとショック。
パーティ内じゃまともな方だと自認していたのに。
考えを改めないとダメなのかな……
なんて落ち込みながら直進を続けると、次第にアスガルドの姿が見えてきた。
相変わらず、椅子にも座らず直立不動で待っている。
なんかシュールというか、偉い人って感じが全然ないんだよな、この時点で既に。
「来たか。久々だなシーラ」
「そんな! まさかこのような下賤の身如きの名前を覚えていて下さるなど……光栄の極みでございます!」
「……何のつもりだ? 汝、我を馬鹿にしているのか? 気持ち悪いから普通に話せ」
ホラ見ろ、こういう御方なんだって。
女性陣に目でそれを訴えた結果、ようやく様々な事に納得したのか、アイリスとステラは揃ってバツの悪そうな顔をしていた。
「それで、俺達って今回はどういう理屈でここに来られたかわかります? 前回とはちょっとプロセスが違ってて」
「急激に戻してきたな……まあ良い。汝の疑念通り、今回は偶然の流浪ではない筈だ。恐らく死にかけたのだろう?」
「はい。それはもう跡形もなく」
「リューゲを授けた際、汝の使用できる魔法の一部を書き換えておいた。死に直面した際にはここへ自動的に転移するようにな。汝に今死なれては困るからな。感謝するが良い。はっはっは」
相変わらずノリが軽い……
刹那移動習得もそうだけど、自分の及び知らないところで勝手に身体を弄られているのは余り良い気はしない。
でも死ぬよりは遥かにマシだ。
「助かりました。ところでリューゲって何ですか?」
「……まさか忘れたと申すか? 我自ら授けた魔法を」
あ!
思い出した!
確か、支配者の証を持つ者を特定する世界樹魔法……だったな。
刹那移動以外の魔法って普段全然使わないから、自分がどの魔法使えるなんて殆ど覚えちゃいない。
「冗談ですよ冗談。ただ、こういうのって無闇に使うと信頼損なうっていうか、何か怪しげな術を使ってるって思われるだけでも大変じゃないですか。ただでさえ立場弱いのに」
「確かにな。今は信頼関係を構築している最中と言う訳か」
流石、九幹の中でもダントツで弱いと自称するだけあって弱者への理解が早い。
お陰で助かった。
「さて……では再会の挨拶はこの辺にして、他の二人を紹介して貰うとしようか」
イケメン盟主は髪をファサーっと掻き上げ、謎アピールを始めた。
命を助けられた遥か格上の立場の相手にこう言うのも何だけど……良い性格してるよ本当。
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