8-31
まだ殆どまともに戦ってはいないけど、スライムバハムートについてわかった事が幾つかある。
一つは、この場にいる全員を一気に体内へ飲み込むだけの圧倒的な攻撃手段を持っている事。
これをやられたら一瞬で絶滅もあり得る。
さっきだって刹那移動がなかったらお手上げだった。
一方で、一瞬にして俺達を壊滅させる火力を持っているか否かは兎も角、そういう攻撃は繰り出して来ない。
バハムートなら究極のブレス【アルティメフィア】を使える筈だけど、やっぱりスライムの性質の方が前面に出ているんだろうか。
その点はありがたいんだけど、逆に厄介なのが防御面。
ほぼ全ての攻撃が無効化されている状態で、しかも軟体だから形状が一定せず、あれだけの巨体なのに居場所の特定が難しい。
しかもこの森の中だと、半透明の粘液がいつ何処にいるのかなんて簡単には視認できない。
ただでさえ攻撃手段が全くと言っていいほどないのに、捕捉すら困難。
普通なら完全にお手上げだ。
でも、だからこそ開き直れた。
人類最高峰の実証実験士達が集っても、まともに攻撃が通らない相手となれば、最初から正攻法は捨てて良い。
なら、俺にも出来る事がある。
「……どうだ?」
ブロウの懸命な捜索のお陰で、別働隊全員および本隊の数名と無事合流できた。
今いるメンバーは俺とブロウの他、リズ、エルテ、アイリス、メリク、リッピィア王女、ステラ、エメラルヴィ、ヴェオボロ、ノルティック、シャンテリージャ。
ヘリオニキスやラピスピネル、その他の本隊メンバーも、恐らくスライムの体内からは排出されたと思うけど、発見には至っていない。
彼らの生死を確認している余裕は俺達にはない。
ここにいるメンバー全員で協力して、作戦を実行する必要がある。
でも、俺の立案に懐疑的な意見が多いようなら、それも机上の空論で終わる。
ブロウが賛成してくれたとはいえ、俺自身半信半疑なところもあるし、反対意見が出ても何ら不思議じゃない。
特に、会議で俺を罵っていたヴェオボロと性悪三姉妹(血は繋がってない、俺が勝手に一纏めにしてるだけ)の末っ子、シャンテリージャは協力してくれるとは思えない。
「そいつはまた、随分と適当な作戦ですねえ。低レベルなだけあって、発想も低次元でございますね」
案の定、ヴェオボロが会議の時と同じ虫酸が走るような喋り方で即座に否定してきた。
「代案があるなら、是非聞かせて欲しい。一刻を争う事態だし、自分の案にこだわるつもりはない」
「いやいや。下っ端の俺が何言ったところで、誰も賛成しちゃくれませんよ。ここは一つ、高レベルのブロウ様に作戦を立てて欲しいですねえ。こういう未知の戦いこそ、経験と実績が物を言うんじゃないですかあ?」
……そういえば、会議の時にブロウから恥を掻かせられてたな、こいつ。
あれをまだ根に持っていたのか。
ここでブロウが俺の作戦に賛成だと念押しすれば、全ての責任をブロウに押しつけるつもりだろう。
反対して別の案を出した場合も同様。
要は、もし敗走する事になった場合にブロウを貶めたいって腹積もりだ。
こんな切羽詰まった状況で、私怨を最優先するとはな。
ある意味ブレないとも言えるけど、とても肯定的に捉える事は出来ない。
最悪、戦闘中にブロウを背中から攻撃しかねないぞ。
仕方ない。
戦闘員は多いほど良いけど、ここはもう――――
「うるせぇーなぁテメエはいつもグダグダグダグダ!! 殺すぞコラァ!!」
……え?
一瞬、ついに温厚なブロウがブチ切れたと思ったけど、声色が違う。
怒りが一周して声が低くなった訳でもない。
何の事はない。
違う人間の声だった。
「あ……」
さっきまでヘラヘラしていたヴェオボロが、一瞬にして表情を凍り付かせた。
彼の視線の先にいるのは――――ノルティック。
前の会議の際には一言も発しなかった、というか存在感も皆無だった10代の男だ。
「ここはテメエがクソを撒き散らす場所じゃねえんだよ!! そのしまりのねぇ肛門みてぇな口ン中にこいつをブチこまれてぇか!? ああ!?」
「え。いや、え」
「もう死ね!!」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
気付いたら、ヴェオボロが猛烈な勢いで吹っ飛び、森の地面なんども飛び跳ねるように転がっていき、やがて動かなくなった。
一瞬でボロ雑巾だ……
「……」
え、黙るの?
いや……ちょっと怖いんだけど。
そりゃ、ヴェオボロにはムカついてたからスッキリはしたけどさ、仮にも仲間をこの状況で撲殺はあり得なくないか?
「あ、生きてるみたいだ」
ブロウの冷静な声に思わずヴェオボロの方を見ると、確かに上半身を起こして立ち上がろうとしている姿が映った。
ただしダメージは相当らしく、立ち上がるまでには至らない。
「手加減はした。作戦遂行に支障はねぇよ」
急に喋り出すな!
っていうか、どう見ても支障あるんだけど……あと、一応俺の作戦には賛成の立場なんだな。
まあ、反対してたヴェオボロにキレて殴りかかるくらいだしな。
「ったくもう、ノルティックったら……ゴメンね別働隊の方々。驚いたでしょ? この子、普段は何も喋らないし存在感もないんだけど、正義感が暴走した時だけ不良になっちゃうのよね」
エメラルヴィのフォローで多少はその人となりがわかったけど、今の正義感だったの……?
イライラが頂点に達したようにしか見えなかったけど。
「アタシもシーラぢゃんの作戦に賛成。他のみんなはどう?」
(恐らく)年長者のエメラルヴィが気を利かせて場を回してくれた。
その結果――――
「僕は最初から賛成しています」
「僕は………シーラさんを信頼していますので…………」
「わたしも異論はありません」
『シーラはリーダーだから、逆らう道理はないと記すわ』
「他にこれという案もないからな」
「みんなが賛成なら私も問題なしよ! それに中々面白そうじゃない!」
「勝算はあると思う」
幸い、身内のブロウ、メリク、リズ、エルテ、アイリス、リッピィア王女、そしてステラは賛同してくれた。
残りはシャンテリージャか。
こいつもヴェオボロと同類っぽいし、恐らく反対――――
「あっはい。良いと思います」
……他の二人がいないと大人しいのかよ。
まあその方が今は助かるけど。
「後はあの男だけだが……あの様子では賛成も反対もないな」
アイリスの言うように、ヴェオボロは一応立ち上がったものの、脚ガクガクでまともに歩けていない。
作戦に支障なしというか、単に戦力外なだけだな。
……いやノルティック君、黙ったままこっち見て力コブ作らないで。
別に良くやったとまでは思ってないから。
っていうか、君という新たな問題児が増えた分そんな状況変わってないから。
「なら決まりね。シーラの作戦で行くとして……キーパーソンはステラになりそうね。"アレ"を覚えたのは貴女よね?」
「そう」
「アレが重要な魔法になるって予想してた訳? だから、リッズシェアの五人じゃなくて自分が覚えようって思ったの?」
「……」
ステラは何も答えない。
実際、本当なら魔法に長けているエルテ辺りが適任だった筈だけど、ステラは自分が習得すると言って聞かなかった。
もしかしたら、俺よりずっと前にこの作戦を思い付いていたのかもしれない。
「はぁ……ま、良いか。最後はステラに決めて貰うとして、途中までは事前に私が用意していた作戦と同じ流れで良さそうね。リッズシェアが陽動と誘導を担当するっていう」
「ええ。スライムバハムートには五感があるのを確認してますから、それぞれの技が通用する筈です」
ダメージは与えられなくても、視覚や聴覚に刺激を与える事は出来る。
今回の作戦において重要なのは、奴を一定時間、同じ場所に留める事。
軟体であるスライムを確実に一箇所に留め続けるのは容易じゃないけど、彼女達ならきっとやってくれる筈だ。
「その為にも、まずはスライムバハムートの位置を常に特定しておけるようにしなくちゃならない。ステラは最後を担当するから、ポジレアを使う役目は他の……」
「アタシに任せて。それくらいは大丈夫よ」
今日は普段より男らしいエメラルヴィの申し出を採用。
ルルドの指輪を三つ彼に渡す。
今回の作戦では、位置情報は極めて重要。
何しろ相手がスライム系だから、逃げられた時の再捕捉は目で追うだけだと遅れてしまう。
ポジレアで持続的に捕捉しておく方が確実だ。
「ただし、ポジレアでは細かい位置情報は特定できない。先行して確認をしておきたいな」
「それは僕達本隊が担うよ。一度不意打ちを受けた経験をここで活かさないとね」
結局、ブロウ、ノルティック君、シャンテリージャの三人が担う事となった。
何気に一番危険な役目だ。
恐らく……スライムバハムートはまだまだ底を見せていない。
一度捕らえた獲物を逃がした事で警戒している筈だし、次は更にヤバい攻撃を仕掛けて来るかもしれない。
それを考えると、いきなりリッズシェアに向かわせるのは危険だ。
ある意味では生け贄のような役割。
勿論、黙ってやられるようなブロウじゃないだろうけど……
「メリク。本隊の護衛を頼みたい。正直、一番リスクの高い役目だけど……」
「……任せて下さい」
心強い返事だ。
彼がいなければこの作戦は成り立たないだろう。
防御面は一任して貰う以外にないし、それだけ信頼もしている。
後は俺だけど――――当然、刹那移動による支援が役割となる。
戦闘外の仕事とはいえ、重要な任務だ。
「シーラはタイミングが命だ。ボーッとして機を逃さないよう頼むよ」
「ああ。任せとけ」
ブロウとの共闘はかなり久々だ。
イーターとの戦闘自体が相当前に遡るしな。
嫌でも緊張が走る。
「ポジレアを使うわよ!」
エメラルヴィの号令と同時に――――作戦は実行へと移された。
まずはスライムバハムートが何処にいるのか。
出来れば、そう遠くない位置の方がありがたいけど……
「……嘘ぉ」
大まかな位置を捕捉した筈のエメラルヴィが、不穏な言葉を漏らす。
そして、その理由はすぐにわかった。
彼の視線が上を向いたから。
粘液の翼を広げたスライムバハムートが、上空を舞っていた。
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