8-28
別働隊の俺達が合流する前の勇み足。
紛れもなく暴走、そして蛮行だ。
もし奴が、俺達の真の狙い――――あの男を囮にして他の面々でイーターを討ち取るという計画を事前に察知して、それを防ごうとしたのなら、この先走りには一定の理性が含まれている。
でも恐らくそれはない。
奴の今の叫び声に、理性なんて一欠片も感じられなかった。
「おい! どういう事だ!? どうしてもう進軍してるんだ!?」
半ば確信めいたものを感じつつも、誰にともなくそう問いかける。
喉が擦り切れるほどの大声で。
「グレストロイの独断だ。標的の位置情報を確認した途端、我を忘れたように飛び出して行った」
返答は、森の入り口付近で佇んでいたブロウによるもの。
他にもエメラルヴィやヘリオニキスら、俺達の計画を知る面々は待機したままだった。
恐らくグレストロイの連れてきた10名は、奴と共に先陣を切ってスライムバハムートに戦いを挑んでいるだろう。
「……我々の計画が奴にバレていたのか?」
「違うと思う。もしそうなら、まず裏切り者を血祭りに上げるか、真っ先に逃げる。あの男なら恐らく後者を選ぶでしょう」
ヘリオニキスの懸念に対し、隣のラピスピネルは俺よりも冷静かつ的確な理由で否定していた。
確かにあの男なら、何よりまず保身を第一に考えるだろう。
味方の半数以上が自分の指示に従わないと判断したら、すぐに逃げ出して一度は裏切ったエルオーレット王子に再び取り入ろうとするに違いない。
ならこの暴挙は、手柄を独り占めする為の軽はずみな行動と判断できる。
ただし――――
「ねェ。彼、本当にオーケストラ・ザ・ワールドの説明を鵜呑みにしたんだと思う? もしかしたらスライムドラゴンの弱点か何か知ってたんじゃない?」
エメラルヴィの指摘は、今まさに俺も考えた事だった。
あの男が勝算のない行動に出るとは考え難い。
俺に乗せられて王子を裏切ったのも、その下地があったからかもしれない。
若しくは……
「スライムバハムートについて、何か知っているって事もあり得る。この名前のイーターに心当たりがある人、いる?」
俺のその問い掛けに、肯定の意を示す者はいない。
この場にいる全員が一度も見聞きした事のないイーターって事だ。
でも、グレストロイもそうとは限らない。
もしスライムバハムートが、倒す事で莫大な恩恵をもたらすイーターで、それを奴が知っていたとしたら、目の色を変えて突っ込んでいったのも納得できる。
「現状で確定できるほどの情報はない。いずれにせよ、状況が一変したとはいえグレストロイがイーターと激突するのは予定通り。我々は奴を支援しつつ、敵の意識が奴に集中するよう誘導する」
「了解。なら俺達は……」
「可能なら、スライムバハムートについての分析をお願い。迂闊に参戦したらグレストロイの小隊から邪魔者扱いされかねないから」
ラピスピネルの指示に頷き、即座に刹那移動で別働隊の所に戻る。
本来なら、スライムドラゴン以外のイーターを俺達が相手にする手筈だったけど、完全に予定が狂った。
「エルオーレット王子の件は後回しだ! グレストロイが既にイーターと戦闘に入ってやがる!」
リズ達の姿が視界に入ったのを確認して、大声で叫ぶ。
苛立ちも多分に含んでしまったその声に、リズが身を竦ませ、その隣でアイリスが眉を顰めていた。
「随分せっかちな男だな。私達は何をすれば良い?」
「スライムバハムートの分析を頼まれた。既にシャリオがクワイアを使って解析したんだけど、それだけじゃ心細い。実際に奴の動きや戦いを見て、攻撃や動きのパターン、可能なら弱点を見つける」
自分で言いながら、それはかなり困難なミッションだと自覚していた。
そもそもこの世界のイーターに弱点があるのなら、とっくに人類が反撃できている。
有効な攻撃が殆ど出来ないから、ただの一体も倒せずにここまで追い詰められているんだ。
「……無理って顔してる」
ステラに見透かされてしまった。
そう、分析なんて最初から無理だ。
森の中で行われている戦いを客観視する事自体、不可能に近いんだから。
恐らくラピスピネルも、本心から望んでいた訳じゃないんだろう。
分析という名の下に、実際には遠巻きに状況を見定め、戦況が厳しいようなら撤退しそれを本国に伝えよ――――そんな意図があったんだと思う。
「リッピ達を随分と嘗めてくれたものね」
この逆境にあって――――リッピィア王女は不敵に笑った。
それだけでも大したもんだ。
つられて俺まで笑いそうになる。
『本当に分析をするのかと、エルテはシーラに問い質すわ』
紙を掲げるエルテの顔は、既に俺の答えを知っているかのように、険しくも凛々しい表情をしていた。
そうだ。
ここまで来て安全圏を出ずに見守るような、腰の引けた判断を下すつもりはない。
「俺に考えがある。みんなは戦闘準備を整えておいてくれ」
そう告げ、返事を待たず再び刹那移動。
今度はシャリオのいる上空、バズーカの上に飛んだ。
「っと……」
二度目ともなると、そこまでの怖さはない。
シャリオの方もそれほど反応を示さなかった。
「どうなってるの? なんか戦いが始まってるんだけど」
「グレストロイが作戦を無視して、俺達が準備する前に突撃したらしい。他の本隊の面々も急いで支援に向かった」
「最初からバラバラだ」
シャリオの言葉は素直に現状を表現したものだろうけど、皮肉にしか聞こえなかった。
実際、最初からバラバラなんだ、この討伐隊は。
なら今更焦る事もないか。
「シャリオ、して欲しい事がある」
「何?」
「グレストロイにクワイアを使ってくれないか?」
それが、俺の『考え』だった。
以前、アナライザを実証実験した際、DGバズーカを用いて増幅させた上で人面樹に使用した際、ステータス表示はなく、《世界樹の心が反映されたサ・ベルに住むイーター》という文章だけが表示された。
あれは実質、アナライザの上位魔法のクワイアと同じ効果だった筈で、それによって『サ・ベルは世界樹の心が反映した世界』という隠された事実を知る事になった。
だとしたら、クワイアをグレストロイに対して使用すれば、奴の真意や本心が見えるかもしれない。
超強敵のスライムバハムート相手には流石にそこまで見透かせなかったけど、グレストロイなら可能性はある。
「了解」
パワードバズーカを担ぎ、右手に世界樹の旗を持つシャリオは、特に何かの所作を見せるでもなく、そのままの体勢で世界樹魔法を使用した。
果たして俺の狙い通りになるのか。
その答えは、すぐに出た。
『ヒストピア王国第一王子エルオーレットと意識接続中』
……!?
「意識接続中……? どういう意味だ?」
「言葉通り取れば、エルオーレット王子と意識が繋がってる」
そう……だな。
他に解釈しようがない。
って事は、奴の思考や見た事、感じた事は常時エルオーレット王子が把握しているのか?
つまり、奴は完全な王子の傀儡……?
「もしそうなら、グレストロイは王子を裏切ったどころか、王子の意思でしか動いてない事になる」
「……」
混乱してきた。
一体何がなんだか……いやダメだ、思考を放棄するな。
確かな情報を得たんだ、落ち着いて整理すれば必ず状況を掴める筈だ。
グレストロイは今、エルオーレット王子の支配下にある。
というかあの人物は、グレストロイを操作しているエルオーレット王子そのものと考えた方が正しい。
絶対的な安全圏にいながら、グレストロイの身体を使ってイーター討伐をしようとしているんだ。
どういう理屈でそんな真似が出来るのかはこの際考えない。
重要なのは、目的と戦略だ。
当初、彼らは討伐を失敗させようと目論んでいるんだとばかり俺達は思っていた。
ヘリオニキスを妬んでいたグレストロイの進言なんじゃないかと。
でも、どうやら違うらしい。
王子自身が、自分の側近のヘリオニキスやラピスピネルを貶める理由もない。
父親のビルドレット国王と不仲で、最高責任者である国王に失敗の責任を押しつける為……とも思ったけど、自分だって討伐隊に参加しているんだから、自分の名誉も傷付くのは避けられない。
失うものが大き過ぎる。
これは、まさか……
「ただの子供の暴走」
……シャリオの言う通りだ。
俺は、俺達は、物事を複雑に考え過ぎてしまっていたんだ。
エルオーレット王子は、他国の人間であるウォーランドサンチュリア人との共闘が嫌だった。
自分たちヒストピア人だけでイーターを討伐したかった。
だから、何らかの方法でグレストロイを傀儡にして、会議中に彼らを怒らせ、決裂させた。
あの頃から既に、グレストロイはエルオーレット王子に操作されていたんだ。
その後、自分(グレストロイ)が全権を握るように仕向け、自分の言う事を聞く兵隊を追加。
自分(エルオーレット王子)に危険が及ばない状況でイーター討伐の指揮を執る事にした。
彼は最初から失敗する気なんてなく、安全を確保した上で戦いに挑もうとしていたんだ。
だから、俺の提案にもアッサリと乗った。
まだ12歳の子供だから、恐らく純粋にオーケストラ・ザ・ワールドの説明も信じたんだろう。
元々失敗するとも思っていなかったけど、これで更に勝つ確率が高くなったと喜んだ。
さっきの先走りも、何か考えがあっての事じゃない。
ただ単に、幼いからこその衝動。
強大な敵を目の前に、気分が高揚して突っ走っただけに過ぎない。
俗物で強欲に見えていたグレストロイの正体は、世間知らずの12歳の子供だった訳か。
純粋、故に残酷。
図らずも、グレストロイを囮にするという作戦は、先にエルオーレット王子が実行していた事になる。
「何もかも前提が崩れたね。どうする?」
「……」
このままだとグレストロイは確実に死ぬ。
彼の肉体だけが破壊され、エルオーレット王子自身は無傷なんだろう。
だとしたら余りにもグレストロイが不憫だ。
奴の素行や口の悪さを『人が変わったかのよう』と表現した者はいない。
元々ああいう性格だったのは間違いない。
というか、そういう性格だからこそ傀儡に選ばれたんだろう。
それでも、このまま王子の玩具のような扱いで殺されてしまうのは忍びない。
もう、命令系統を遵守する意義も薄いだろう。
「こりゃもう、やるしかないな」
「そう言うと思った」
シャリオの心強い同意に、思わず口元が弛む。
彼女の存在がなければ、この決断は下せなかったかもしれない。
俺達には天使がついているんだ、勝算はきっとある。
「今は世界樹の旗の効果で、スライムバハムートの意識は
「その時は、世界樹の旗を捨てて戦闘に加わってくれると助かる」
「任せて」
淡々とした力強いシャリオの言葉に一つ頷き、刹那移動で地上に戻る。
既に覚悟を決めているみんなの顔は、総じて引き締まっていた。
なら、言うべき事は一つ。
「俺達もスライムバハムートの討伐に向かう。リッピ様、時間がありません。早々に作戦を練り直しましょう」
「心配無用よ! その為の案はもう用意してあるから!」
きっと、最初から『リッズシェアがイータを倒す』というプランも持っていたんだろう。
彼女の顔は、ずっとそういう覇気に満ちていた。
『リズ、覚悟は出来てる?』
「はい。女神の力を存分に見せつける所存です」
「フフ……久々の大戦争だ。腕が鳴るな」
シャリオ以外のリッズシェアの面々も、既に気合い十分。
ステラも無言ではあるけど、覚悟を決めた顔だ。
そして――――
「……皆さん……存分に力を発揮して下さい……僕が皆さんの盾になります」
当初の予定より遥かに重要な役割を担うであろうメリクは、誰よりも静かに燃えていた。
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