8-27
「進化したと仮定して、その理由を考えよう。他の可能性を考えてる時間はない」
即決以外の選択肢がない中で、それは自然に出てきた言葉だった。
恐らく、この時点で本隊に撤退を呼びかけても、決定権を持つグレストロイは決して賛同しないだろう。
時間ばかりを浪費して、スライムバハムートに襲われる危険を増やすだけだ。
それに、彼を焚き付けたのは俺達。
その責任も果たさなくちゃいけない。
「この中で、モンスターの生態に詳しい奴はいるか?」
呼びかけるも、能動的に挙手する人はいない。
戦闘経験豊富そうなアイリスやメリクでも慎重って事は、少なくとも積極的に頼れそうな奴はいないって事だ。
なら全員で正解を捻り出す。
これしかないだろう。
『そもそもスライムってどう進化するの?』
普段の口調をやめ、最低限の言葉で問いかけるエルテに対し、誰が答えるべきかで一瞬全員が躊躇した――――ように見えた。
なら、俺が言うべきだろう。
「多分、体内に特定の何かを摂取したんだろう。粘性生物は身体で包み込んで溶かすって言うし」
「わたしもそう思います。もしかしたら、他のイーターを吸収したのかも」
確かにそれなら、他にイーターの反応がなかった事と辻褄は合う。
でも……
「だったら、今までずっと共存していたイーターをなんでこのタイミングで吸収したんだ?」
アイリスの疑問は、今まさに俺が考えた事そのままだった。
流石に偶然このタイミングで……とは考え難い。
「……シーラさんとステラさんがこの島に来て以降……調査隊が頻繁に訪れるようになったからでは……」
いつもより間延びが小さいメリクの仮説は、あり得ない話じゃない。
外部からの侵入者が来た事で、危機感を抱いて他のイーターを取り込みパワーアップした。
一応筋は通っている。
とはいえ――――
「でも、この世界のイーターが人間相手にそこまで危機感を持つとは思えない。ましてスライムは知性がないに等しいイーターだし」
「そう……ですね……」
正直、更なる反論で俺をねじ伏せて欲しいくらいの気持ちだったけど、メリクも納得してしまった。
現状、スライムドラゴンが自発的に進化を願ったとは考え難い。
何か外部からの影響で進化した、若しくは偶然そうなった、と考える方がしっくり来る。
まさか、グレストロイの裏切りを知ったエルオーレット王子の仕業か……?
いやいや、それはないだろう。
幾ら討伐の失敗を目論んでいたとはいえ、わざわざイーターを強化するような真似を一国の王子がする訳ない。
非現実的な空想より、他の手掛かりを考えないと。
……そういえば、以前この島に来た時、世界樹がどうして無事なのか疑問に思ったっけ。
そして、あの幻覚は世界樹がイーターに襲われない為の防衛策だって結論が出た。
でも、その防衛策を誰が施したのかはわかっていない。
あのレベルの幻術を島全体に備えたとなると、九幹クラスの力を持った誰かだと以前は予想したけど……もしそんな存在がいて、世界樹を守ろうとしているのなら――――
「ちょっとシャリオと話してくる。刹那移動で」
かなり有力な説を思い付いた。
でもそれを確認できるのはシャリオしかいない。
そして、今彼女は宙に浮かんでいるから、ここからは意思の疎通ができない。
なら、すべき事は一つ。
刹那移動で彼女の元へ跳ぶ。
勿論、俺に空中遊泳なんて芸当はできない。
だから、彼女の抱えているパワードバズーカの上に跳んで乗る。
パワードバズーカでシャリオ自身が強化されているから、俺が乗っても重さに十分耐えられるだろう。
ただし、着地点が少しでもズレてしまったら、真っ逆さまに落ちてしまうだろう。
まあ、ズレる時は割と大きくズレるから、空中じゃなく別の地面の上に瞬間移動すると思うけど……やっぱり若干怖い。
とはいえ迷ってる暇はない。
「エルテ。万が一着地ミスって落ちてきたら、魔法でどうにかしてくれ」
『そんな大雑把な事言われても普通は困るけど、特別に面倒見てあげるから行って来なさい』
流石はエルテ、頼りになる。
他の面々は、俺の説明不足もあってキョトンとしているけど、しっかり俺の意図をわかってくれた……と思う、多分。
それじゃ、行きますか。
――――っとっとっとっとぉ!
「え……何?」
着地には成功した。
でも一瞬、風もないのにバランス崩して落ちそうになった。
バズーカ自体、それほど大きい物じゃないから足場が思った以上に細かった。
「何? どういう現れ方? 怖いんだけど……」
珍しくシャリオが動揺している。
初めて見たかも知れない。
「突然悪い。前にこの島で天使なのを打ち明けてくれた時さ、九幹の話出たじゃん。シャリオの上司の九幹がこの島の世界樹を守ろうとしてる可能性ってある?」
「……可能性っていうか、そうしてると思うけど」
「ならどうして、その上司はスライムドラゴンの進化を止められなかったんだ? そもそも、イーターを倒せないのか?」
シャリオの担ぐバズーカの上に乗りながら、率直な質問をぶつける。
傍から見たら中々シュールな絵面だろうな。
「九幹は原則、自分の作った世界ですら不干渉。イーターを倒しもしない。でも"自分達の世界"に危険が及ばないよう、防衛するくらいはやる」
「!」
それってつまり――――
「この島にある世界樹は、天使の世界を内包してる……?」
シャリオは首肯や頷きこそしなかったけど、沈黙で肯定した。
そうか、だから天国と呼ばれていたのか
妙に納得してしまった。
「つまり、スライムドラゴンの進化は防衛の範囲外って訳か?」
「わからない。でも、防げるなら防ごうとしたと思う」
って事は、防ごうとしても防げなかったか、防ぐ間もなく進化したか、そのどっちかだ。
「もしその危機をシャリオの上司が感じ取っていたら、シャリオに伝えていたと思う?」
「どうかな。一応、元の力に戻れたのは報告したけど」
意思の疎通は取れている。
その上で、何の連絡もなしか……なら防ぐ間もなく進化した可能性の方が高そうだ。
思考力のないスライムが、突然何の前触れもなく進化する。
となると、やっぱり自力でとは考え難いな……
考えたくはない。
でもやっぱり――――
「王子様がやったのかもしれないね」
ポツリと、シャリオが呟く。
どうやら俺の質問から、俺の考えている事を汲み取ったらしい。
「多分、グレストロイの連れてきた10人の中に監視役みたいなのがいて、グレストロイの裏切りを察知したと思う。でも、それにしたって行動が早過ぎる気がするけど」
「最初から準備してたのかも」
……それが一番、納得のいく回答だ。
グレストロイの事を全く信用していなかったエルオーレット王子が、当初からこの島に部下を配置し、グレストロイが裏切った場合にスライムドラゴンを進化させる何らかの手法を用いた。
これが、現状で考え得る最も妥当な結論だ。
勿論、全然違う事も十分あり得るし、その方がずっとありがたい。
でも、他に理路整然とした必然性のある理由を思いつけない。
「……ありがとう。無駄かもしれないけど、一応本隊の所に行って確認をしてみる」
「世界樹の旗はこのままにしておく?」
「ああ。そういえば、スライムバハムートって今もう見えてる?」
そう問いかけると、シャリオは片手で掴んでいた巨大な世界樹の旗を、斜め下に向かって伸ばした。
その先には――――
「……あ」
下を見ていなかったから、今まで気付かなかった。
青みがかった半透明のドラゴン――――の形を模したスライムが、森の木々のてっぺんにへばりついて、じっとこっちを眺めている……ように見えた。
通常のスライムと違って、ドラゴンの姿だから顔も目もある。
そして翼も。
「今のところは飛行する気配はないみたいだけど……飛べないと断定もできないな」
バハムートって名前が付いてるくらいだからな。
飛行能力のないスライムとしての性質と、飛行できるバハムートの性質、果たしてどちらが濃いモンスターなのか。
「危なくなったら迷わず逃げて。幾ら天使でも、あれとまともに戦うのは無理だろ?」
「そうする」
ある意味、とても頼もしいシャリオの返事に苦笑し、リズ達に説明するため刹那移動を再度実行した。
『ルルドの指輪』が大量にある今、使い惜しみをするつもりはない。
「あ、戻って来ました!」
幸い、着地は予定通りの場所に無事成功。
上で出した結論を早々に伝える。
勿論、みんなの意見を聞く為だ。
「……」
特に、息を呑みながら説明を聞いていたステラとリッピィア王女の見解はぜひ聞いておきたい。
彼女達なら、エルオーレット王子がどんな人物なのか知ってるだろう。
「私は、ちょっと信じられない。あの方がそこまでするなんて」
リッピィア王女は否定的な立場を取った。
そういえば、グレストロイと共謀してイーター討伐を失敗させようとしているって俺達の見解にも、そこまで積極的には肯定してなかった気がする。
まあ、俺だって彼の暑苦しいくらいの庶民への対応を見ているから、こんな陰湿な作戦を考える人とは思えないんだけど……
「あり得ない、とは言い切れない」
一方、ステラは真逆の見解を述べた。
「そう……なの?」
「ただの憶測。でも、あれくらいの年齢だと事の重大さに気付いていないかもしれない」
10歳が12歳を語る。
まあ、この子は実年齢より10代後半の外見年齢の方がよっぽど実年齢っぽいんだけど……
でも確かに、時々忘れそうになるけどエルオーレット王子は12歳なんだよな。
例えば、大臣か側近に唆されていたとしても、全く不思議じゃない。
ちょうど反抗期迎えるくらいの年齢だし。
「俺達だけじゃ判断し辛いから、本隊にも話を聞いてくる」
「大丈夫でしょうか? 不敬罪に問われかねない内容ですが……」
リズの心配は尤もだけど、もうそんな事気にしてる余裕はない。
「その時は、私の指示で言ったって事にすれば良い。私が守るから大丈夫」
王女のステラが頼もしい事を言ってくれた。
ますます10歳じゃないな、この子。
勿論、それでも10歳は10歳。
彼女に頼り切りになるつもりはない。
でも、ありがたい申し出だった。
「助かるよ。それじゃ行ってくる」
そう答え、刹那移動で森の手前に跳んだ。
この場所に本隊が待機している筈――――
「……え?」
なのに、移動した先には誰一人いなかった。
心臓が跳ねる。
絶望的な予感が胸に去来する。
そして、その直後――――
「スライムドラゴン改めスライムバハムートよ、このグレストロイが討ち取ってやろう!」
森の中から、出世欲に目が眩み暴走した男の宣戦布告が聞こえて来た。
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