8-26

 グレストロイを先頭に、ディルセラムに降り立った本隊の面々は総じて緊張の面持ちで隊列を組んで前身してくる。

 その中の半数近くは、グレストロイを囮にするという計画を知っている為、緊張の度合いは大分異なる様子だ。

 不安はありつつも、自分達が英雄になれるという大きな期待を持っている浮かれた面々とは違って、この国を――――世界を守りたいと本気で願っている人達は、総じて張り詰めた表情になっている。


「船旅お疲れ様。休憩は必要?」


 その本隊を最初に迎え入れるのは、リッピィア王女。

 こちらは余裕綽々、自信に満ちた顔をしている。


 彼女だって人間だし、弱い部分を俺も見た事がある。

 でも、この腹を括った姿は威厳すら感じさせるほどで、とても影武者とは思えない。

 本物の王族の気品と風格を漂わせている。


「いや、不要ですよ。王女殿下がやる気に満ちているというのに、俺達がサボる訳にはいかないでしょう。すぐにケリを付けてやりましょうや」


 そんな強気な発言とは裏腹に、グレストロイの顔には迷いが見える。

 視点は定まらないし、唇も忙しなく動いている。

 声も若干上擦っているような感じだ。


 奴にしてみれば、エルオーレット王子を裏切ってまでスライムドラゴンとの戦闘、そして勝利を目指すと選んだ訳で、敗北は勿論、逃走も赦されない戦いになる。

 一応、戦闘力に関しては国内トップクラスの精鋭で集まった討伐隊の一員なんだから、相当な猛者なんだろうけど、その肩書きが通用しない相手と戦う訳だから、不安はどうしたって拭えないだろう。


「頼もしいじゃない。なら早速、手筈通りにお願いね。まずは森の手前まで移動して、そこで待機。私たち別働隊は両サイドに分かれて、本隊を全力でサポートするから」


「ええ。くれぐれも、我々の邪魔にならないようお願いしますよ。戦いの最中に出られたら、うっかり攻撃しかねませんのでね……へへ」


 冗談ですよ、と最後に言い残し、グレストロイは森の方へ歩を進めた。

 ……にしても、今の発言は聞き捨てならないな。

 まさか本来の計画では討伐の失敗だけじゃなく、ステラもしくはリッピィア王女を戦いの最中で殺めようとしていたのか……?


「では皆さん、宜しくお願い致します」


 グレストロイに続いて森に向かうヘリオニキスが軽く首肯し、ラピスピネルが声を掛けてくれた。

 その後ろに続くのは――――ブロウだ。


「僕はこっちで出来る限りの事をする。任せたよ」


「ああ。全力を尽くす」


 拳と拳を合わせるくらいの事をしても良かったけど、生憎そこまで入り込んでいる訳でもない。

 この状況や戦闘の高揚感に酔えるほど、余裕がある訳でもないしな。


「さぁみんな、気合い入れるわよ!」 


 その後、エメラルヴィら残りの面々が続いて行く。

 その足取りは決して重くはなく、緊張はしているだろうけど、それぞれ船旅中に重圧と戦い打ち克った事を想像させた。


 俺達も負けていられない。

 彼らが森に入る前にやらなきゃいけない事が沢山あるからな。


「……よし。それじゃ作戦に移ろう」


 本隊の面々が遠く離れたところで、ステラに向かって告げる。

 先陣を切るのは彼女だ。


 そのステラは今、DGバズーカを担いでいる。

 理由は――――


「了解。【ポジレア】を展開」


 イーターの居場所を感知するこの世界樹魔法の効果を増幅させる為だ。

 ポジレアの効果範囲は決して広くはない。

 前回来た時は、歩き回りながら何度も使用して、森の奥の方まで入ってようやくイーターを感知した。


 今回の作戦では、そういう訳にはいかない。

 DGバズーカを使えば、ポジレアの効果範囲が広がる。

 これは事前に実験済みで、島全域を範囲に入れられる事も確認している。


 ポジレアが発動されると、空中にモニターが現れた。

 以前より遥かに画面が大きい。

 恐らく、夥しい数のイーターが真っ赤な点として表示される筈――――


「イーター反応あり」


「……え?」


 思わず、間の抜けた声を出してしまった。


 何だ……これは。


「ただし一体のみ」


 一体……?

 おかしい。

 以前ステラと一緒に来た時にはもっといた筈だ。


 まさか、既に幻覚を見る範囲内に足を踏み入れてしまったのか?

 それとも、幻覚エリアが以前より広がってしまったのか?


 いや落ち着け。

 ここの幻覚は『起こって欲しくない事』を映し出す筈だ。

 イーターが一体しかいないなんて都合の良い結果を見る訳ないんだ。


「これって、どう解釈すればいい?」


 ステラが誰にともなく問う。

 ポジレアの誤作動、って事もないだろう。

 DGバズーカの故障の方がまだあり得るけど、それにしたって根拠は何もない。


『一体しかいないと考えて行動すべきだとエルテは記すわ』


 大人数で行動するようになって以降、以前ほど積極的に発言しなくなっていたエルテだけど、ここに来て力強い言葉を書き掲げてみせた。

 そうだ、ステラの魔法とネクマロンの作ったアイテムを信じなきゃ、そもそも前提が成り立たない。

 彼女たちの力ありきでの作戦なんだから。


「意義なし。シャリオ、スライムドラゴンを上空から探してくれ」


「わかった」


 世界樹の旗とパワードバズーカを担いだシャリオが、羽を広げて華麗に宙を舞った。

 天使らしいその美しさに思わず息を飲む。

 とはいえ……バズーカのせいでやたらシュールに見えるのは否めない。


「どうして一体しかいないんでしょう。ここにあった世界樹が涸渇して、いなくなったんでしょうか」


「世界樹の涸渇か……」


 リズの発言は想像でしかないけど、その可能性はないとは言い切れない。

 イーターが島を出て行くのは、海に潜るか空を飛ぶしかないけど、少なくとも俺とステラが来た時に遭遇したのはヴァイパーだったし、有翼種はいなかった。


 そもそも、世界樹が涸渇して他のイーターが離れたのなら、一体だけ残っているのは何故なのか。

 その疑問も当然浮上する訳で、ゼロではないものの可能性としては薄いだろう。

 

 だったら、他にどんな理由が考えられる……?


「!」


 不意に、目の前にモニターが広がる。

 この空間画面は【タブレア】だ。

 手筈通り、シャリオがこれを使ったって事は……イーターの居場所を捕捉して【クワイア】を使ったんだな。


 これで、居残っているイーターの情報がわかる。

 もしスライムドラゴンじゃなかったら、計画はかなり難航する事になる。


 あくまでイーターを一体倒すってのが最大の目的だから、スライムドラゴンに拘る必要はない。

 でも、奴を想定して作戦を練ってきた訳だから、戦略面では大きく後退せざるを得ない。


 頼む。

 スライムドラゴンであってくれ――――





 名称:スライムバハムート

 種族:ドラゴン


 LV: 767

 HP:82875

 MP:20809

 AS: 6933

 DS: 3790

 SP: 245

 MS: 7140

 TO: 5268


 



 ……スライムバハムート?


 聞いた事がない。

 けど、どういうイーターなのかは容易に想像できる。


 バハムートはドラゴン族の中でも最上級とされるイーターだ。

 この名を付けられているって事は、間違いなくスライムドラゴンの最上位。

 そして、このイーターが以前からいたとは思えない。


 そこから導き出される結論は――――


「進化……したと言うのか? スライムドラゴンが……」


 目を見開きモニターを凝視しているアイリスが漏らした言葉に、全面的に賛同するしかない。

 この状況から察するに、何らかの理由でスライムドラゴンが進化したと考えるべきだ。


 スライムドラゴンのステータスは知らないから、元々がどの程度の強さで、どれくらいレベルアップしたのかはわからない。

 ただ、俺の知る限りじゃLV.767のモンスターなんて聞いた事がない。


 あくまでこのステータスは、イーター独自のものじゃなく、人間の物差しで数値化したもの。

 だからLV.767っていう事は、人間のレベルに換算したらこれくらいの強さって解釈だ。

 つまり、スライムバハムートはLV.767の人間と同等の強さという事になる。


 現状、人間が到達できる最大のレベルは150。

 ブロウやアイリス、シャリオがその域に達している。

 恐らくヘリオニキスやラピスピネルもそうだろう。


 ただし、LV.150が5人いればLV.750相当の強さ……なんて単純計算が成り立つ筈もない。

 例えば、LV.30程度の人間が何人、何十人束になったところでLV.150には手も足も出ない。

 LV.150とLV.767にもそれと同じ事が言える。


「まさか、こんな事になってるなんてね……」


 あれだけ強気だったリッピィア王女ですら、絶望したような声を漏らす。

 DS(守備技術)3790、TO(耐性)5268、そしてHP(生命力)82875。

 この数値は、人間のあらゆる攻撃手段を受け付けない事を意味している。


 以前、実証実験で使用したミョルニルバハムートで9しかダメージを与えられなかったゴーレムと比べても、遥かに格上の防御力。

 そしてAS(攻撃技術)6933とMS(魔法技術)7140が意味するのは、一撃の即死は勿論、攻撃を食らおうものなら一瞬で肉体が粉々になるという現実だ。


 スライムドラゴンならどうにかなったかというと、そんな保証は何処にもない。

 でも、現実に俺達が今対峙しているイーターはスライムドラゴンじゃなくスライムバハムート。

 このステータスを見る限り……手の打ちようがない。


「シーラ、どうする?」


 アイリスに問われ、思わずモニターから目を離し顔を上げる。

 そのアイリスも、リズもエルテもステラもメリクも、リッピィア王女でさえも、観念したような顔だ。


 諦めるしかない。

 そう目が訴えている。


 ……やむを得ない。

 ここで戦っても無駄死にだ。


 本隊に連絡して、退却を――――



『決断を下すにはまだ早いと思う』



 不意に、声が聞こえた。

 これは……シャリオの声。

 魔法なのか、それとも天使特有の能力なのかはわからないけど、空高く待っている彼女が俺達に声を届けている……らしい。



『このイーターは、間違いなくスライムドラゴンが進化してる。だったら、どうして進化したのを考えれば、退化させる方法を思い付くかもしれない』



 ……そうか!

 こんな短期間で正統進化したとは思えない。

 何か特殊な方法で進化したのなら、その条件を破棄させる事で元に戻す事も……


「シーラ。もうすぐ本隊を誘導する予定の時間。もう猶予はないよ」


 ステラに促され、決断を迫られる。


 俺は――――


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