8-25





 決戦の地、ディルセラム――――


 というほど大袈裟なものじゃないかもしれないけど、今回のドラゴンスライム戦は人類にとって大きな意味を持つ。

 主戦力の身じゃなくても、自然に力が入ってしまう。


「本隊到着の予定時刻まで、あと少しよ! 各人集中しておいてね!」


 リッピィア王女の檄が飛ぶ中、俺の刹那移動で先行して島を訪れていた別働隊は、呼吸を深くしながらその時を待っていた。



 グレストロイを囮にして、スライムドラゴンを仕留める。


 これが今回の討伐戦の軸となる作戦だ。

 会議で発表した際、事前に伝えていなかった本隊の面々が唖然としていたのを思い出して、思わず頬が弛む。

 実際、我ながら中々酷い作戦だとは思うけど、良心が痛むような相手じゃないのが救いだ。


「それじゃ、最終確認だ。それぞれ、自分がやるべき事を順番通りに話していこう」


 俺を除く別働隊総勢7名が神妙な面持ちで頷き、最初に動く予定の人物――――ステラが口を開く。


「私がポジレアを使って、イーターの居場所を探ればいいんだっけ」


 イーター感知魔法【ポジレア】を使えば、イーターが何処にいるのかがわかる。

 ただし、イーターの種類を特定する事はできない。

 強さや大きさで反応が変われば便利なんだけど、そういう魔法でもない。


 よって、次に標的であるスライムドラゴンの確認を行う必要がある。

 その役割を担うのはシャリオだ。


「私が世界樹の旗を持って森の上空を飛んで、スライムドラゴンを見つける。普段は森の中に身を潜めているみたいだけど、世界樹の匂いにつられたら姿を見せる」


 スライムドラゴンは、その名の通りスライムの性質を持つドラゴンだ。

 飛翔能力はなく、飛び立って迫り来る事はないけど、粘着質な身体を利用して木のてっぺんまでは登ってくるだろう。

 そこで姿が確認できる。


「そこで【クワイア】を使って情報を入手して、【タブレア】で各自に情報を共有する」


 クワイアはアナライザの上位魔法で、敵の情報を習得できる。

 その情報を、空中に投影し表示できるタブレアという魔法を用いて、全員が把握できるようにする。

 ここまでをシャリオにやって貰う。


「これで位置情報はわかるから、私が誘導して本隊に突撃させれば良いんだっけ?」


「そうです。ステラ様が誘導している間に、私達リッズシェアはスライムドラゴン以外のモンスターの気を引かなくちゃいけません」


「その為に、いろんな技と武器を開発したんだからね! 派手にいきましょ!」


 リッピィア王女が指導していたリッズシェアの技は、基本的にイーターの注意を引きつける為のものだ。

 光に反応するイーター、音に反応するイーター、匂いに反応するイーターなど、幾つかのケースを想定して、なるべく多くのイーターを引きつけるのが彼女たちの使命となる。


 それでも上手くいかなければ、攻撃する事で強引に標的となるしかない。

 それも当然想定済みだ。

 敵の注意が自分に向いたと判断したら、即座に逃げて追いかけさせる必要がある。


 重要なのはここからだ。

 相手がスピードに優れたイーターだった場合、たちまち追いつかれて殺されてしまう。

 そうならない為に、危機的状況に陥ったらそれを知らせる為の魔法が必要だ。


 そこで役立つのが、歌の妖精シンクルを召喚する魔法。

 シンクルは歌を遠く離れた人間にでも伝える力がある。

 その伝達能力を使って、俺に危機を伝えて貰う。

 

 そうすれば、俺が刹那移動で駆けつけ、逃げている味方を拾って再び安全な場所へと跳ぶ。

 ネックになるのは刹那移動の精度で、妖精の出現場所へテレポートする事になるけど、もしそこから大きく離れた位置に着地してしまったら、ヘルプが遅れてしまう事になる。


 これまでの実証実験でも、目的地から逸れてしまった事があった。

 全部が上手く行く可能性は低いと見なすべきだろう。


 尤も、仮に目的地からズレた場所に瞬間移動してしまったとしても、連続で使用すればロスは最小限で済む。

 何しろ今回は国家プロジェクト。

 魔力回復のアイテム『ルルドの指輪』は、左手の指に全部はめるくらい準備して来た。


「皆さんが誘導したイーターは、僕が責任を持って引き受けます。任せて下さい」


 俺が刹那移動で逃げるメンバーの所に跳ぶ際、メリクも同行させる。

 俺が再び刹那移動を使ってメンバーを逃がす時間を稼ぐ為と、その場にイーターを留まらせ、スライムドラゴンと本隊の戦いを邪魔させないように。


 とはいえ、幾らメリクが優れたガードでも長くは持たせられない。

 一旦メンバーを安全な場所に避難させた後、俺が再びメリクを回収に向かう。

 刹那移動の大放出だ。


『私達が他のイーターを引き受けている間に、本隊はそこのペテン師が提唱した作戦通り、グレストロイを最大強化してスライムドラゴンと戦わせると虚しく記すわ』


 当然、本隊は最初の会議通りに作戦を実行していく事になる。

 グレストロイ以外のメンバーは基本、そのグレストロイの支援を担当。

 スライムドラゴンの攻撃から奴を守り、オーケストラ・ザ・ワールドとDGバズーカの重ね技でグレストロイの武器を強化させ、奴が会心の一撃を見舞うお膳立てをする。


 ……というフリをして、実際にはグレストロイにスライムドラゴンをおびき寄せて貰うのが真の狙い。

 そして鍵を握るのは――――イーターの周囲だけを破壊する魔法【アオセン】だ。


「よし、全員作戦はしっかり頭に入ってるな」


「頭には入ってますけど……本当に大丈夫でしょうか」

 

 リッズシェアの中で最も不安そうにしているメンバーはリズだった。

 無理もない。

 彼女も本来なら俺と同様、戦力外になるべきレベルだ。


 当然、身体能力も低い。

 俺の助けが遅れれば、間違いなく悲惨な目に遭うだろう。


「大丈夫よ。その為に、リッズには星屑のステッキを持たせてるんだから」


 リズの額に自分の額をくっつけ、リッピィア王女は彼女の肩を抱いた。

 星屑のステッキは。持ち主のガードと敵の視界攪乱という二つの効果を持つ。

 どちらも敵の攻撃から身を守る為の、防御特化型の杖だ。


「リッズシェアは貴女の名前が半分を占めているグループ名よ。貴女が鍵を握ってるの。自信を持って。貴女はそのステッキを誰より使いこなせるんだから」


「リッピィア様……」


「それに、貴女は女神なんでしょう? 女神同盟を引っ張るのは貴女しかいないじゃない!」


 そう言われれば、リズはこのメンバーの中で特に目をかけられているような気がする。

 才能があると見なされたのか、単に気に入られたのか。

 いずれにせよ――――


「わ、わかりました! 私は微力ですが、持っている力を全部絞り出します!」


 リッピィア王女は人を乗せるのが上手い。

 リズはすっかりその気になった。


「リズだけじゃない。エッルは豊富な魔法でプリズムウィップの虹をより効果的にしてくれたし、アイリッスのスイートハートカッターは森の木々を切り裂いて視界を開けてくれる。そして天使に目覚めたシャリオッツは、天の羽衣を纏うに相応しい私達の切り札になった。リッズシェアは劇的なくらいの成長を果たしたの。今の私達なら、この困難なミッションを成し遂げられる。そうでしょう? ステラ!」


 そこで話をステラに振るのは……いや意図はわかるよ、本物の王女様に最後の激励を託して場を締めたいんだろうし。

 でも、ステラはリッズシェアとほぼ接点ないからな……


「……ん?」


 ほらー! 案の方ピンと来てない顔だ!


 ステラとは少し共有する時間があったから、彼女の性格は割と理解しているつもりだ。

 リーダーシップという点においては、リッピィア王女の方が遥かに上。

 彼女はテイルとはタイプが違うけど、結構マイペースだ。


「よくわからないから、シーラに任せる」


「……へ?」


 その結果、何故か俺に話が振られた。

 マイペースにも程があるな……


「えっと……リッズシェアに限った話じゃなく、このメンバー全員……今回ここには来ていないテイルとネクマロンも含めてだけど、俺達は最高の準備が出来たと思う。特にリッズシェアは、今回の作戦の為に結成されたって言っても過言じゃない訳で、間違いなく万全の態勢だ」


 全員の視線が集まっているのがわかって、ちょっと話し辛い。

 何しろメリク以外全員女だからな……パーティバランスは間違いなく悪い。


 でも、不思議とこのメンツの中にいると、異性という意識は殆どなくなる。

 それは単純に、俺より強い人達ばかりだからってのもあるけど、それだけじゃない。


「それでも、成功するとは限らない。準備万端でも、出来る事全部やれたとしても、それが勝利の保証にはならない。そして、上手くいかなかったら人類のモチベーションは大きく低下するし、裏でコソコソやってる連中の狙いを増長させる事にも繋がる」


 共通の目的に向かって、命を賭ける。

 この瞬間は、男だ女だってのは関係ない。

 ただの仲間だ。


「たかがそれだけだ」


 とても単純な答え。

 でもそれこそが、今日という日の真理だ。


「俺達が失敗しても人類が負ける訳じゃない。俺達の変わりくらい、幾らでもいるさ。例え王女でもな」


 低レベルの雑魚でも王女でも、この場では皆等しく仲間。

 だから胸を張って言える。


「俺達が、みんなが今日まで準備して来た事は、国の為とか、王様の為とか、国民の為なんかじゃない。ここにいるみんなで大きな事を成し遂げて、最後に笑って喜び合う為だ。やってやったぞって、全員で拳を突き上げて勝ち鬨を上げる為だ。だって、みんな良い奴だからさ、一緒に喜びたいじゃん」

 

 立場なんかどうだって良い。

 世界の為なんて知った事か。

 今日、この戦場で俺達がやる事は全て、自分達の為だ。


「勝てるさ。これだけのメンバーが揃ったんだから」


 異国を背負った防御特化のメリク。

 強い責任感と優れたリーダーシップでリッズシェアを纏め上げたリッピィア王女。

 王女に生まれながら、熱心に研究を続けたステラ。 


 弱くても女神を自称する神経の図太いリズ。

 様々な魔法を使う自称『世界樹の支配者』エルテ。


 誰より前向きなレベル150のアイリス。

 同じ肩書きだったのも今は昔、天使となったシャリオ。


 みんな癖はあるけど、良い仲間だ。


「…………ですね」


 みんな、似合わない俺の言葉に戸惑っていたけど、最初にメリクが笑顔を向ける。

 他の女性陣も、次第に自信に満ち溢れた顔になっていった。


「すぐに本隊の船が到着する。戦闘準備に入って」


 そう告げたシャリオが、俺の肩に手を置いた。

 

「気をつけて」


 それは珍しく意気込む俺への警鐘か、それとも――――



 考える間もなく、本隊を乗せた船が桟橋に隣接した。


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