8-24

 オーケストラ・ザ・ワールド(聴け! 我が宴)――――


 そんなフザけた名前をネクマロンに付けられてしまったものの、この武器の存在は今回の件に関して大きな役割を担ってくれる筈。

 そう信じ、熱弁をふるう為の準備運動を頭の中で始めた。


「その武器は、イーターを倒したらその分だけ成長します。そして、その成長は同種の武器全てに作用します。例えば、オーケストラ・ザ・ワールドという武器を100本用意して、その内の1本でイーターを倒せば、残りの99本も成長し、威力が上がるんです」


 簡単に説明を終えた後の手応えは……ない。

 グレストロイの顔は変わらず、眉間に深い皺を刻んだままだ。


「……その武器と、この俺がスライムドラゴンを倒すのと、何の関係があるってんだ? そもそも、イーターなんて一体も狩れてないからこんな切羽詰まってるんだろうが。イーターを倒して成長する武器に何の意味がある? バカなのか?」


 当然の反応――――というより、何も考えずこっちの提案を言葉のまま受け取った反応だ。

 そこから何かを考えようとはしていない。

 俺達がどういう意図で発言し、そこにどんな真意があるのかを探る気もない。


 それを全て隠して道化を演じる意味もない。

 つまり、彼は短絡的な性格と見て間違いない。


 ありがたい。

 まずはこの男を会議中に丸裸にしてやろう。


「勿論、そのまま武器としてそれを使っても、何の意味もありません。我々はイーターを一体倒すのが現時点での目標です。そんな段階でイーターを倒す事を前提にした付加価値には何の旨味もないでしょう」


「だからそう言ってるだろうが! テメェ何が言いたいんだよ!」


 王女様の手前、ずっと我慢して声を抑えていたグレストロイが、抑制できず怒声を発した。

 良い傾向だ。

 そのままのお前であってくれ。


「重要なのは、この武器を開発できたという点ですよ。つまり、何らかの条件を満たせば同種の武器全てに効果が伝染するという技術が存在している事に意味があるんです」


「……」


 まだこっちの訴えようとしている事がわかっていないらしい。

 ここまで来たら、それほど難しいタネあかしでもない筈なんだけど……まあ良いか。


「例えば『武器にかけた補助魔法を全ての同種武器で共有する』という効果を生み出せればどうですか? 通常なら補助魔法の効果は、一つの武器に対して一度だけ。その効果が切れるまで重ねがけは出来ません。でも……」


「……そのオーケストラなんたらって武器なら、武器の数だけ重ねがけが出来るっていうのか?」


 ようやく本題に入れそうなところで、大きく頷く。


「この武器は細身の剣で、誰にでも扱えます。既にかなりの数を生産して貰っているんで、討伐隊全員が所持できるでしょう。その25名全員分に補助魔法を使えば……攻撃力は、通常の補助魔法の25倍に達します」


「25……!」


 グレストロイだけじゃなく、会議に参加している多くの人間が目を丸くする。

 それくらいのインパクトのある数字だろう。


 2倍や4倍程度の効果じゃ、この世界のイーターの分厚い身体を傷付ける事は出来ない。

 でも25倍なら話は別だ。


 そして、話はそれだけでは終わらない。


「しかも、俺達は他にも有用な補助アイテムの作成に成功しています。DGバズーカという名前です」


 正式名称がドカングェーバズーカなのはつい先日まで忘れていた。

 でも、このアイテムの存在は忘れていなかった。


「このアイテムは魔法増幅装置です。バズーカを構え、その状態で魔法を使用すると、魔法が一旦吸収されて、威力を上げた状態で発射されます。どんな魔法であっても増幅は可能です」


「それで一度に攻撃するってのか?」


 ……おい。

 これでピンと来ないのは幾らなんでも鈍すぎだろ。


「いえ。補助魔法の増幅を行います。通常の武器補助魔法なら、武器の攻撃力を一時的に2倍程度まで引き上げるのが限界ですけど、これなら4倍に出来ます」


「4倍……」


「一つの武器に対して4倍。そしてそれを、オーケストラ・ザ・ワールドによって更に25倍。つまり――――元の威力の100倍です」


 通常なら武器攻撃力を2倍にするのが精いっぱいの補助魔法を、オーケストラ・ザ・ワールドの応用およびDGバズーカの効能によって100倍にする。

 細身の剣であるオーケストラ・ザ・ワールドの攻撃力自体は、大して高くないかもしれない。

 でも100倍の威力となれば話は全く別だ。


「更に」


「まだあるのか……?」


 普段は悪態しかつかないグレストロイも、流石にこの話には身を乗り出すように聞き入っている。

 これから自分が英雄になる事が、少しずつ現実味を帯びてきたんだろう。


「もう一つ発明品があります。世界樹の旗です」


「おっ、あれも使うのか」


 俺にその存在を教えてくれたアイリスが反応を示した。

 これに関しては、俺達以外にも効果を知っている人が多いからか、周囲がザワついている。


「知っている人も多いみたいですけど、あの旗はイーターに世界樹と誤認させる事で、そこに誘い出す為の物です。ただ、特定のイーターだけを誘う事は出来ないので……」


「大勢のイーターが生息している今回の狩り場では扱うのは難しいだろう。どうする気だ?」


 腕組みしながら聞いてくるアイリスに、俺は小さく頷く。

 勿論、この問答は事前にシミュレート済みだ。

 グレストロイを話に引き込む為には、俺が一方的に話すより討論の形にして意識と感情の向きを分散させた方が良い。


「シャリオに持って貰います。天使である彼女には飛行能力があるので、地上に旗を立てるのではなく、空中に旗を浮かべるようなものですね」


 そう告げた瞬間、事前に打ち合わせをしていない本隊の面々は驚きの顔で一斉にシャリオの方を見た。

 シャリオが天使なのは事前に話してあったけど、彼女の力は知らない。

 当然、かなり巨大なあの世界樹の旗を彼女が持てるのかどうかを疑問に思っているだろう。


「パワードバズーカを使えば可能ですよ」


 それに対する回答も、最初から用意していた。


「パワードバズーカ……?」


「アレよアレ。ドッツが発明した、貧弱な人間でも担げるバズーカ。あれ装備すると、重い物を持てる体質になるのよ」


 エメラルヴィが補足している通り。

 そのエメラルヴィから以前紹介を受けたバズーカで、既に俺自身が実証実験済みだ。

 バズーカを担ぎながらっていう問題点はあるけど、ロープか何かで固定しておけば問題はない。


「シャリオに世界樹の旗を持って、ディルセラムの上空に浮かんでいて貰います。そうすれば、イーターの意識は上に向く。かなり大きな隙が出来る筈です」


「その隙を突いて、100倍の威力の剣でスライムドラゴンを切り刻む……か」


 グレストロイの顔に、わかりやすい欲望の色が浮かぶ。

 恐らく、彼の使命は『討伐に失敗する事』。

 つい昨日までは、そもそも成功する事自体が不可能というような情勢だった為、何の迷いもなくその方向で行こうと決めていただろう。


 でも、今の俺の発案によって、迷いが生じた筈だ。

 もし討伐を成功させれば、エルオーレット王子を裏切る事になるけど、代わりに英雄になれる。

 長い間、ずっと倒せずにいたイーターを討伐した英雄に。


 そうなれば、ビルドレット国王に称賛され、一目置かれる存在になるのは間違いない。

 当然、ヘリオニキスやラピスピネルより立場は上になるだろう。

 ヘリオニキスに対する奴の態度から察するに、それは念願の筈だ。


「ヘッ……夢物語みてぇな事言いやがって……そんな簡単にいくかよ。10年前にイーターが変貌してから、誰もまともに倒せちゃいないってのに……」


「その10年を経て、ようやく反撃体勢が整ったんですよ。やっとね」


「……」


 生唾を飲む音が聞こえる。

 その10年の歳月を、人類の影の努力を、大胆な発想を、勇気の成果を、全て自分のものに出来る。

 目の前にぶら下げられた御馳走は、さぞ美味しく映っているだろう。


「この作戦は、エルオーレット殿下には……」


 もう隠す事さえ出来なくなったか。

 短絡もここまで来ると一種の信念にさえ見えてくるな。


「話していません。話す機会がありませんでしたから」


「そうか……そうだな……」


 グレストロイの濁った目が、周囲の討伐隊の面々を見渡す。

 この話の信憑性、そして期待について、奴なりに値踏みしているんだろう。


 そして――――


「試す価値は、あるかもな……その作戦で行くか」


 40代のベテラン実証実験士が、何かに取り憑かれたような顔で、薄ら笑いを浮かべていた。





 それからの会議はスムーズに進行した。

 基本的には、討伐対象のスライムドラゴンを如何に他のイーターと離し孤立させるか、その為にどんな布陣を敷くかを話し合い、グレストロイも積極的に意見した。

 驚いた事に、あれだけ腐っていた奴がこの時ばかりは積極的に他人の意見に耳を傾け、自身も様々な提案を出した。


 そんなグレストロイに一枚噛もうと、本隊の数人が露骨に彼を持ち上げ始めたのは傑作だった。

 口の悪いヴェオボロや、イライザら毒舌女3人衆は如何に自分達も甘い汁を吸えるか考え、美味しいポジションに付こうと必死になっていた。


 どうやら、彼らが本気になれるくらいのプランは立てられていたらしい。

 その事に安堵し、会議は熱を帯びたまま終了となった。


 会議の後すぐディルセラムに移動開始する予定だったが、プランが変更となった為か、昼食後に作戦を決行する事になった。

 その時間を利用して、本気で準備をするつもりなんだろう。


 そして、俺らはというと――――



「それじゃ、これから本当の作戦会議を開始しましょうか」


 グレストロイ及びその腰巾着となった面々が抜けた会議室で、本番を迎える事になった。


「……どういう事なのか、説明してくれるんだな?」


 残るよう告げた時点で訝しそうな顔のままのヘリオニキスや、グレストロイとは距離を置いている本隊の面々、そして我等が別働隊のメンバーで構成された会議に、張り詰めた空気が漂う。

 それを肌で感じつつ、俺は頷いた。


「オーケストラ・ザ・ワールドに応用は利きませんし、そのような発明品もありません。あくまで『イーターを倒したら威力が増し、同種の武器と効果を共有する』って武器であって、それ以上でも以下でもないんです」


 つまり、今回の戦いで使える武器じゃない。


 使うのは――――



「グレストロイを囮にして、スライムドラゴンを仕留めます」


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