8-23
このグレストロイと言う40代の実証実験士が、元々こういう性格だったのか、殿下と懇意になった事で増長したのか、俺にはわからない。
わからない以上、彼の"本来の性格"を考慮して舌戦に挑もうとしても無駄だ。
本来は、敵の性質を見極めた上で戦うべきなんだけど……この際贅沢は言えないしな。
「別働隊のリーダーとして参加させて貰っているシーラと言います。良く女性っぽい名前と言われますけど、普通に男です」
この自己紹介に、意味は全くない。
強いて言えば、余りにも重苦しいこの空気を多少なりともどうにかしたかったんだけど、まあ無理だ。
案の定、緊張感は全く消えてくれない。
構いはしない。
この空気のまま、成すべき事を成そう。
「今回のイーター討伐に当たり、我々が本隊の支援を行う事になっていますが……」
「ああ。陛下と殿下の温情で特別に参加させて貰った愚図共か。お前等は防壁代わりだ。守りにだけ集中しろ。いいか、本隊を守れ。攻撃は一切するな。まして、手柄を横取りしようなんて考えを少しでも起こそうものなら、それは国家反逆罪だ。わかったな?」
……見事なまでの傲慢な発言。要は手柄を絶対に渡さないという意思表示だ。例えイーターを討伐できても、自分の成果でなければ何の意味もない、と断言したも同じ。いっそ清々しいまでの自己中心主義だな。
「事前に報告させて頂きましたが、我々別働隊には人間を超越した力を持つ者がいます。つい先日までその力を封印されていましたが、幸運にも今回の狩り場となるディルセラムでは、その力を使用できる事が判明しました」
「……ああ、確かそんな話があったっけな。なんだ……あー……そうだ、天使。天使がいるんだってな」
「はい。シャリオが天使と判明しました」
「正確には熾天使。あと封印じゃなくて足枷」
意外と細かい所まで指摘するタイプなんだな……シャリオ。
ともあれ、彼女を紹介するのが今回の会議における最初の目的だ。
勿論、単に紹介するだけじゃない。
彼女をどういう立場に置くか、そして彼女の存在をどうグレストロイに認識させるか。
これが重要になってくる。
「ハッ、天使なんて胡散臭ぇヤツ、信用できるワケねーでしょ。お家でお留守番して貰うのが一番じゃないですかねぇ?」
真っ先に悪態をついてきたのは、以前から口の悪さで印象に残っているヴェオボロだった。
奴は前の会議でブロウからコケにされたのを恐らく根に持っている。
何度かブロウの方を睨むように見ていたから間違いない。
「その、天使という存在を私達はまだ図りかねているのですが……完全に人類の味方だと認識してもいいのですか?」
この場でグレストロイの暴走を止めて欲しいと思っているであろうラピスピネルが、話の流れを作ってくれた。
グレストロイが何かいちゃもんを付けてくる前に答えてしまおう。
「天使という種族は、この世界とは違う所に住んでいるそうです。なので、この世界の人類に必ずしも好意的とは限りません。ただ、シャリオは我々の仲間として長く共に過ごして来ました。特に、別働隊の中心的存在であるリッピィア王女とは懇意にしています。仲間の為に戦うと、シャリオは断言してくれました」
多少ニュアンスは違うけど、ほぼ同じ意味だから問題はないだろう。
今回はシャリオも訂正はしてこなかったし。
さて、向こうはどう出るか――――
「下らない仲間意識なんて、今回の討伐においては要らねえよ。天使? 下らねえ。良いか? 今回の戦いは人類がイーターに勝利できる事を誇示する為にやるんだ。部外者の出る幕じゃねえんだよ」
案の定、にべもない。
正論のように思える言葉だけど、実際には傲慢も甚だしい。
この世界のイーターをこれまで全く倒せなかった人類が、今回の戦いで急に勝てるようになる訳がないって、そんなの誰だってわかるだろう。
そう。
最初から勝算の薄い討伐なのは疑う余地もない。
なのに、グレストロイは喜々として自分が中心に立とうとしている。
こいつが、今回は勝てると何の根拠もなく思っているような超弩級の馬鹿なら、話は単純だ。
でも人格がねじ曲がっているだけで、実証実験士としては優秀な実績を持ち、実力もある。
そうじゃなけりゃ、選抜メンバーに選ばれた際に疑念の声があがっていた筈だけど、そんな話は全く聞こえてこなかった。
グレストロイは、スライムドラゴンとの戦闘が厳しいものになるのをわかっている筈。
なのに、自分が仕切って討伐に挑もうとしている。
失敗したら、確実に責任を追及されるポジションで。
一体何故だ?
目立ちたがり屋なのか?
手柄に飢えているのか?
純粋にイーターを討伐したがっているのか?
「しかし、彼女の参加はリッピィア王女の御意向でもあります。それでも部外者だと?」
恐らくどれも違う。
奴は――――
「そうだ。間違いなく部外者だね。なんでかわかるか? それがエルオーレット殿下の御判断だからさ! そしてエルオーレット殿下は、今回の討伐における全権をビルドレット陛下から預かっておられる! リッピィア王女殿下、ご不満なようなら是非御自身で家族会議を開いて頂きたい!」
「な……なんという無礼極まりない発言! グレストロイ、貴様……!」
「おっと。今のは少々口が滑りましたな。広い御心を持つリッピィア王女殿下ならば、忌憚ない意見にも耳を傾けてくれると思いましてな。申し訳ありません」
激昂するヘリオニキスに対するグレストロイの返答は、まるで反抗期の子供が大人に向かって勘違いした態度を取っているかのようだった。
これは……恐らく、リッピィア王女が影武者なのをわかった上での言動。
ステラに同じ事は絶対に出来ないだろう。
そして、頑なにシャリオを拒絶している奴のスタンスから、かなりの確度で一つの推論が構築できる。
それは――――奴がわざとスライムドラゴン討伐に失敗しようとしている、という仮説だ。
これだけの面々を従え、集団で戦うとなれば、仲間内の連携や意識の共有は極めて重要だ。
それぞれが一国一城の主と言っても過言じゃない猛者達を一つに纏め上げ、ようやく討伐のスタートラインに立てる。
誰でもわかる事だ。
だけど、グレストロイにそのような意思は一切見えない。
それどころか、本来ならこの国の実証実験士を束ねる立場にあるヘリオニキスやラピスピネルにさえ敵意を剥き出しにして、寧ろ団結心を削ごうとすらしている。
ウォーランドサンチュリア勢を追い出した事も含め、奴の行動は『討伐隊の弱体化』に終始している。
言葉の汚さや態度の悪さから、それが地の性格によるものだとつい思いがちになってしまう。
でも、その点を一切考慮しなければ、グレストロイの行動にはある種の一貫性が伴っている。
イーター討伐を失敗に導こうとする、強い意志が見える。
そして、そんな人物をエルオーレット殿下はリーダーに指名し、自分が担っていた筈の全権さえも握らせている。
同時に、エルオーレット殿下は今回の討伐隊に極力関わらないようにしている。
今回のイーター討伐は、ビルドレット国王自らが承認し部隊を結成した、国策そのもの。
これが失敗に終われば、大打撃を受けるのは失望感に包まれる国民と、その失望感の矛先が向く国王だ。
奴等の狙いは恐らく、現国王ビルドレット陛下の失脚。
確執によるものか、それとも手っ取り早く国王になりたいのか……いずれにしても、討伐隊を地獄に引きずり込もうとしているのは確かだ。
俺ですらそう感じるくらいだから、本隊の中にいる面々はとっくに気付いているだろう。
でも、殿下を疑う事は出来ないし、殿下のお墨付きで取り仕切っているグレストロイに正面から立ち向かうような真似は出来ない。
それをすれば討伐隊から下ろされ、戦力の低下を招くのは想像に難くない。
状況は正直、絶望的だ。
既に討伐対象まで決め、今からそこへ乗り込もうとしているこのタイミングで議論しようとしても、もう遅い。
そういう段階はとっくに過ぎているし、仮に早い段階で問題を指摘したとしても、グレストロイ及びエルオーレット殿下は取り合おうともしなかっただろう。
「名指しされた以上、自分の意見くらい言わないとね」
いつになく低い声で、リッピィア王女が挙手した。
これはキレてるな。
「グレストロイ。貴方の意見を纏めると、今回の討伐は人類のみで行い、別働隊は防衛のみに突破。本隊でスライムドラゴンを叩き、討伐して国民に希望を与える……で良いのよね?」
「それが殿下の御意向でさあ。本当なら、そこにいるウォーランドサンチュリア人のガキも追い出したいくらいなんですぜ」
「そ。なら話は早い」
ここで不敵な笑みを浮かべられるのが、リッピィア王女の美点だ。
「なら、本隊は貴方一人で十分ね!」
そして――――こんな事を平気で言っちゃうところは難点だ。
何言い出してくれてるのこの人。
予定と全然違う事言うのはやめて貰いたいんだけど。
「……どういう意味で?」
「どういう意味も何も、貴方が一人で立ち向かえば良いのよ。そうすれば、誰にも邪魔されず貴方が英雄になれるワケ。勿論、リッピたちが貴方を見放すって意味じゃないのよ。貴方が本隊。貴方だけが本隊で、他全員が別働隊。この場にいる貴方を除いた全員が、貴方の攻撃をフォローする。どう? これなら絶対に貴方の手柄よ」
突拍子もないリッピィア王女の発案に、グレストロイの顔が露骨に歪む。
普通に捉えるなら、これは奴が本隊から自ら出て行くように仕向ける為の案。
幾ら影武者とわかっていても、リッピィア王女の言葉を軽んじる訳にはいかないからな。
「はは、御冗談を。一応これでも腕に覚えはありますがね、俺一人で倒すのは流石に……」
「いえ、ありますよ。貴方がスライムドラゴンを倒す方法が」
予定とは違ったけど、この流れは面白い。
乗らせて貰おう。
「オーケストラ・ザ・ワールドという武器を使えば、きっと可能です」
会議室内の空気は、明らかに変質していた。
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