8-22
王城一階の会議室には、少し入るのを躊躇ってしまうほど嫌な思い出が残っている。
それは俺の頭の中にというより、この空間に巣を作ってずっと留まっているような感じだ。
あの時参加した人の大半が、同じ気持ちなんじゃないだろうか。
そして今日、その再来となるか、それとも国が一丸となってイーター討伐に向かう為の決起集会となり得るか――――
それは俺に懸かっている。
……ってのは言い過ぎかもしれないけど、俺が何とかしなくちゃいけないのは間違いない。
別働隊のリーダーって立場で、しかも戦場では大きな仕事は出来ないんだから、ここで働けなきゃ討伐隊にいる意味がない。
俺がこのバラバラになっているチームを纏めてみせる。
そのくらいの覚悟で今日を迎えたつもりだ。
「お早う」
会議室に入ると、知り合いより先に"炎凰"ヘリオニキスが話しかけてきた。
ヒストピアを代表する騎士で、本隊の要とも言うべき存在。
何故そんな彼が、いの一番に俺のところに……?
「お早うございます」
「今日は――――宜しく頼む」
言葉は、ごく普通のありふれた挨拶。
でも明らかに、それだけが目的の声がけじゃない。
今の『宜しく』に、一体どんな意味が含まれているのか。
余計な事をするなという戒めか、この会議を恙なく進行する為に協力しろという圧力か、それともグレストロイの横暴を止めてくれという懇願か。
彼が"氷楼"ラピスピネルの相棒的な存在なのを考慮すると、恐らく彼女と同じ思いだと思うんだけど……確信は持てない。
「見てたわよ~。ヤダこの子隅に置けない~。いつの間にヘリオニキス様と仲良くなってたの~?」
そのヘリオニキスと別れて自分の名前が書かれたプレートの席に座った直後、エメラルヴィの襲撃を受けた。
そう言えばこの人、前回の会議では完全に空気だったよな……何気に厄介事には首突っ込まないタイプなのか。
「仲良くはなってないですけど、ちょっとした縁がありまして」
適当に誤魔化しつつ、あらためて眼前のエメラルヴィの顔を眺める。
声でもなんとなく察したけど、明らかに覇気がない。
でもそれは当然だ。
「シーラちゃんがフィーナの正体を暴いたんですってね」
「……はい」
確か彼と初対面時に、フィーナと一緒に行動していたのは覚えている。
仲睦まじい……と言えるような感じではなかったけど、ある程度気を許している仲間なのは十分に伝わってきた。
そんな彼女がこの討伐隊、そして王城から去るきっかけを作った俺を、もしかしたら恨んでいるのかもしれない。
「ありがとね。アタシは結構あの子と一緒にいたんだけど、気付けなかったわ。もしそのまま今日を迎えていたら、アタシは大戦犯だったかもしれないわね」
大袈裟な、と言おうとした俺の口は、いつになく真剣な顔のエメラルヴィに開く事を許されなかった。
実際、スパイ同然の彼女がここにいたら、どうなっていたのかは想像できない。
そもそも、どんな勢力なのかもイマイチピンと来てないけど。
「アポロンちゃんもお仲間だったんだってね。ハァ……アタシと気が合う奴等はみんなアタシを利用する為にそうしてたのかしら」
「どうでしょうね。少なくともアポロンに関しては、そこまで器用なタイプとは思わないですけど」
付き合いが長いかと言えば、そこそこくらいの期間でしかなかったし、スパイ活動をしていたのが判明した今、俺に見せていた陽気で飾らない顔もきっと偽りのものだったんだろう。
でも、俺があの二人の密会を暴いた時、アポロンはそこまで大きな違いを見せなかった。
演技していたのは事実でも、何もかも演じていたとは思えない。
「友達を失った心のスキマ、シーラちゃんが埋めてくれる?」
「埋めませんよ。この前、恋人にするのとはちょっと違うって言ってたじゃないですか」
「寂しさは好みを凌駕するのよ。みんなそうやって過ちを犯していくの。人間って弱い生き物よね」
いや、知らないよ……
「ま、何にしても今日が無事に終わらないとね。お互い生き残りましょう」
「ええ。その為に今日、ここに来ました」
「?」
俺の決意なんて知る由もないエメラルヴィは一瞬顔をしかめたけど、直ぐに気さくな笑顔を作って離れて行った。
あれだけ個性的な人でも、前回の会議では埋もれてたんだよな。
それくらい、ここには強者のオーラを纏った面々ばかりが集っている。
もう殆どの出席者が来てるみたいだし、一応確認しておこう。
前回はウォーランドサンチュリア人が15名参加していたけど、今回はメリク1人。
前回参加していた俺以外のヒストピア人15名の内、アポロンを除く14名は今回もいるけど、立場は数名変わっている。
勿論それは、俺達と同じ別働隊に再編されたアイリスとシャリオの2人だ。
そして、ウォーランドサンチュリア人が抜けた穴を埋めるべく、討伐隊の本隊には新たに10名が加わった。
その全員が、グレストロイの紹介した人物。
見るからに粗暴な、まるで山賊に小綺麗な格好をさせたような風貌だ。
エルオーレット王子は特に問題視せず、直ぐに全員を承認したと言う。
王族の承認に対し、異を唱える者など当然いない。
幾ら騎士であっても、王子の決定を覆せる筈もなく、また意見を言う事自体が反逆者と見なされかねない。
この国は決して独裁国じゃないし、エルオーレット王子も強気なところはあったけど、有無を言わせないほど強引な方ではなかった。
明らかにおかしい。
もしこのままのメンバーでスライムドラゴン討伐を行えば、間違いなく本隊は空中分解するだろう。
その流れを止めるのは、もう不可能かもしれない。
諸悪の根源と思われるグレストロイに、どういう訳かエルオーレット王子は全幅の信頼を寄せている。
王子の後ろ盾がある以上、グレストロイの傍若無人な振る舞いは止まらないだろう。
俺に出来るのは――――
「一つ、テメエ等に伝えておく事がある」
不貞不貞しい態度を崩さないあの男と、戦う事だけだ。
「今日の会議、エルオーレット殿下は来ねえ。この俺に全権を委ねるって事で、本日はお休みだ」
――――会議室内が困惑と緊張で満たされる。
でもきっと、この中の半数以上の人間が予想していた事態だろう。
少なくとも、ラピスピネルさんから本隊の現状を聞いた時には、この絵はなんとなく見えていた。
「それと、新入りの10名も会議には参加させねえ。こいつら頭悪りぃから、いるだけ無駄なんだよ。俺がキッチリとこの会議で決まった作戦を教えこんでおくから、そこは心配要らねえ」
……ボロを出させない為の処置か。
あの見るからに粗暴な連中に、何か確信に迫るような情報を教えているとも思えないけど……そこは慎重を期すって事なんだろう。
こっちにしても、あの連中に場を荒らされるくらいなら、最初からいない方が良い。
敢えて異を唱える必要はない。
「反論はないみたいだな。おいテメエ等、外で大人しくしときな!」
恐らく、この光景を見せたかったんだろう。自分の意見が誰にも邪魔されず、10名もの人間を意のままにする姿を。
この場にいる人間の中で、誰が一番権力を握っているのか――――それを誇示する為の、いわば演出だ。
……ふぅ。
落ち着け。
こんな下らない事で心を乱されるな。
このグレストロイという男について、俺は殆ど何も知らない。
筋骨隆々で強面な外見そのままに、言動も態度も荒々しい40代男性。
そんな男が何故、王子から信頼を寄せられているのか……予想は出来ても確証は何もない。
重要なのは、奴の目的を暴く事。
そして、奴と協力関係にある人間がこの場に何人いるか。
それを、会議の序盤に暴く。
「……」
氷のように冷たいラピスピネルさんの目が、俺の方に一瞬だけ向いた。
その瞳が揺らいでいたように、俺には見えた。
何か心を落ち着けたくて、見知った顔を探す。
会議室の机と椅子は、ヒストピア勢とウォーランドサンチュリア勢が向かい合うように配置していた前回と同じ。
今回は恐らく、主戦力とそれ以外が向きあうような席順になっている。
ブロウは、俺達と対面の最前列に座っている。
Lv.150だから当然だけど、完全に主力扱いだ。
ヘリオニキスとラピスピネル、そしてグレストロイも最前列にいる。
エメラルヴィは二列目。
グレストロイの真後ろには、奴同様に前回毒を吐きまくったヴェオボロが控えている。
人を苛立たせる言動が目立った性悪三姉妹(実際には姉妹じゃないけど)は、3列目に並んで座っているみたいだ。
別働隊は当然、全員が俺のいる方に座っている。
最前列にステラとリッピィア王女。
二列目にアイリスとシャリオ、寡黙なノルティック、何か訳ありげな言動が目立つハーロン。
三列目に俺とメリク、リズ、エルテが並んでいる。
「殿下がいらっしゃらないのであれば、始まりの号令はリッピィア様にお願いしても宜しいでしょうか」
「ええ。それじゃ、イーター討伐会議を始めましょう」
本物の王女のステラじゃなく、影武者のリッピィア王女がいつも通りの声で高らかに宣言し、会議は始まった。
「まず、本隊の行動予定を確認したい。最初に……」
「待てよヘリオニキス。テメエ、前回の会議で全然纏めきれない失態犯して、殿下から厳重注意を受けてたよな? 何でそんなテメエが仕切ってんだ?」
グレストロイがギロリと目を見開き、肘を付いた右手に頬を乗せ、口元を緩めながら訴える。
前の会議の時も明らかだったが、今日はヘリオニキスへの敵視が更に露骨だ。
「便宜上、自分がした方が円滑に進むと思っただけだ。実際、これまでの重要な会議は自分が……」
「もうその役目は終わりだよ。進行は俺がやる。お前は寝ときな」
……傍若無人、どころじゃない。
そしてそんな奴の態度に対し、意見を述べる者すらいない。
話には聞いていたけど、これほどとはな……
まあ良い。
これだけわかりやすいと、やるべき事も見えやすい。
「すいません、ちょっといいですか」
挙手した俺を、グレストロイは鬼のような形相で睨み付けてきた。
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