8-21

 6月28日(金) 6:44



 ……目覚ましより早く起きちまった。


 昨日は1時まで起きてたから、6時間も寝てない。

 案の定、なんかいつものような目覚めじゃないな。

 ちょっと喉も渇いてる。


 スマホに触れた手が、少し震えている。

 緊張なのか期待なのか、自分でも良くわからない。

 ゲーム以外の事でこんな気持ちになるのは久々だな。


 念の為、Twitterの通知音は切ってある。

 もしバズって、いいねとリウィートによる通知音の嵐になったら眠れないからと。

 いや、勿論自意識過剰だとは思うけど。


 もしバズってたら、スマホの通知がエグい事になっている筈。

 画面見るのを躊躇ってしまう。

 まだrain君のファンには見つかってないと思うけど、それでも期待してしまうんだよな……


 ふぅ……


 よし。

 見るぞ!



 ……通知ありませんでした-。


 一つもなしかよ!

 いやまあ、深夜の時間帯だから不思議じゃないけどさ。

 ウチのみたいな零細カフェのアカウントなんて、この時間帯に覗く奴はいないってか!


 はぁ。

 当然の結果とはいえ、ちょっと凹むなあ。

 この失望をあと何回味わう事になるんだろう。


 ダメだ。

 こんな疲れてたらとても一日もたない。

 一旦この件は忘れよう。


 ……と言いたいところだけど、そうもいかない。

 バズった時の事を考えて、次の展開を考えておかなくちゃいけないからな。


 仮にあの漫画が大きな注目を集めたとしても、そこからウチのカフェの宣伝を効率良く行えなくちゃ意味はない。

 折角、rain君が初の漫画作品をウチの企画でやってくれたんだから、絶対に活かさないと。


 でも現状、あまり良い方法は思い付いていない。

 よくある『バズったので宣伝します』って追加ウィート、元のウィートにどれだけいいねが付いても、あんまり注目されてなさそうなんだよな。

 何十万いいねとか行ってるやつでも、宣伝の追加ウィートは100リウィートくらいとかザラだし。


 しかも今回の場合、完全にrain君頼りのサプライズだから、宣伝ウィートを紐付けしたら売名も甚だしいって炎上案件に様変わりしそうだよな。

 盛り上がったところに商売っ気を注ぎ込むのは止めた方が良い。

 もっと何か、rain君のファンが喜ぶような事でカフェの注目を集めたい。


 でも、それが出来れば苦労はないんだよな。

 何か良い方法がないものか……


「兄ーに起きてる?」


 ん、もう7時過ぎたか。

 来未も多分、もうチェックしてるだろうな。


「ああ。今のところ反応なし」


「みたいだねー。お邪魔しまーす」


 相変わらず入室の許可取らない妹だな。

 事前に声かけてくるだけマシだけど。


「昨日のコスプレの服の写真、whisperに投稿してもいーよね?」


「ああ。服だけなら別に俺の許可取らなくても良いけど」


「一応ね。来未ってそういう律儀なとこあるから」


 実際、来未はいい加減な割に仕事に対しては真面目で素直だ。


 当然だけど、店の宣伝に来未の画像は一切使っていない。

 公式サイトにも、whisperにも、来未の顔が映った画像は一度も使っていないし、店内での撮影も厳禁だ。

 現役中学生だからな。


 来未のコスプレをカフェの売りにすれば、多分客は増える。

 そしてその分、危険人物と遭遇するリスクも増える。

 なら家族として、どう判断するかは言うまでもない。


 そもそも、やり過ぎたら風営法に抵触しかねないしな。

 あくまで家族の手伝い。

 その範疇を超えないようにしないと。


「じゃ、アップしておきまーす」


 コスプレ衣装も、来未が着ている写真は使わない。

 衣装だけ置いて映すのも、微妙にいかがわしく映るからNG。

 ハンガーに掛けて、店の商品みたいな感じで写す。


 そんな限りなく無機質にした画像でも、ウチの宣伝用投稿の中じゃダントツで反応が良いんだよな。

 だから念には念を入れて、朝に投稿するよう促している。

 朝なら不健全な野郎が見る危険性が少し薄まる気がするし。


「はー。rain先生の漫画って言いたい。囁きたい」


「ダメだからな。あくまで匿名のサプライズって事でやってる企画なんだから」


「わかってるってば。でも気付かれなかったらヤラセするんでしょ?」


「ヤラセ言うな」


 まあ、事実なんだけど。

 それを誰にやって貰うかも、考えておかないとな……





 6月28日(金) 21:12



 ……結局、今日は目立った反応はなしか。


 一応、常連の人達が何人かいいねとリウィートをしてくれているけど、コメントは一件もない。

 今の状態でインフルエンサーに発見して貰って拡散……なんて流れはちょっと想像できないな。


 やっぱり最初からrain君の漫画なのを明らかにした上で、rain君に宣伝して貰った方が良かっただろうか。

 彼女が既に相当なインフルエンサーな訳だし。

 選択を間違えたか……?


 いや、弱気になるな。

 それだとrain君の漫画がバズっても、ウチのカフェは漫画の舞台装置ってだけで終わりだ。

 

『なんでrain先生が匿名で漫画を投稿したんだ?』って思わせる事で、ようやくそれを実現させたウチのカフェに注目が集まるんだから。

 これは間違ってない筈。


 ……だーっ!

 なんか今日はもう疲れた!

 一日中バズってないか気にしながら生きるって肩凝るな!


 ある意味、ギャンブルやってる人の気持ちがわかった気がする。

 確かにこの緊張感の中で当たったらカタルシスあるよ。


 この集中力に欠いた状態で、果たしてゲームに入り込めるだろうか。

 今日は大事な決戦の日。

 全員でこの日と決めた、モラトリアムにとっても重要な一日になる。


 あくまで、今俺達がやっているのはテストプレイだ。

 失敗したからって、終夜達から憎まれるとも思わない。

 まして俺は、オンラインゲームは未だド素人だ。


 でも失敗したくない。

 迷惑を掛けたくないってのも、勿論ある。

 そしてそれ以上に、こいつと組まなきゃ良かったなんて死んでも思われたくない。


 集中しよう、なんて思わない方が良いかもしれない。

 楽しもう、なんて事も思わない。


 ゲームをしよう。

 それだけ良いんだ。

 ゲームは娯楽なんだから。


 楽しむ必要なんてない。

 楽しみなんだから。

 今から感じる怖さも、劣等感も、きっと檻の中にいる猛獣みたいなものだ。


 だから、今日もプレイしよう。

 いつもより少しだけ張り切って――――





 ――――――――――――――――――――――――


 ――――――――――――――――


 ――――――――


 ――――


 ……






 風が気持ちいい。

 宿の前で伸びをすると、不思議なほど気持ちが落ち着いていた。

 それはきっと、俺が弱いからだろう。


 俺は今回の討伐隊における主力じゃない。

 当然、主役になんてなれないだろう。

 最初からそう決まっているのは、割と楽でもある。


 俺に課せられた役割は別働隊のリーダー。

 ただし実務は雑用に限りなく近い。

 この部隊の主力はあくまでも、リッピィア王女を中心とした女神同盟『リッズシェア』だ。


 その中でも特に――――


「おはようシーラ」


 先日、天使である事が判明したシャリオは切り札的存在になり得る。

 当然、仲間のみんなにも知らせて、彼女の本当の力を俺なりに伝えた。

 この世界で天使の力が使えるのは、あの天国に近い島だけみたいだからな。


「おはよう。決戦の日の割に緊張感ないな」


「そっちもね」


 シャリオが天使だと判明した日から今日に至るまで、リッズシェアの特訓に大きな変化はなかった。

 これはリッピィア王女が望んだ事だ。

 彼女を主砲もしくは火力の中心に据えるつもりはないと。


 天使とはいえ、あくまで異世界からの招かれざる使者。

 そんな存在を、大事な決戦の主軸に据えるのは正しくないと、彼女は言い切った。


 単に自分が目立ちたいだけ――――なんて事はない。

 それは、俺を含む別働隊全員が把握していた。

 王女の影武者として長年目立つ位置にいながら、その仕事を辞めたがるくらいに、実像を大事に思う人だからな。


「それじゃ、行こうか。作戦会議」


「私は寝るけど」


「今日くらい起きてろよ。アイリスがぼやいてたぞ」


「愚痴を聞いてあげてるんだって? 随分仲良くなったね」


「親睦は一切深めてないけどな」


 そんな軽口を叩き合いながら、一緒に城へと向かう。

 実際、アイリスとシャリオとはこの別働隊の準備期間を通して随分距離が縮まった。

 特にシャリオは、以前より大分話すようになった。


 恐らく、俺があのアスガルドと既知の仲だからだろう。

 でも、俺から情報を引き出そうとか、取り次いで貰おうとかいう姿勢は全く見せない。

 天使の力を一部取り戻した後も、純粋にリッズシェアの一員として溶け込もうと努力していた。


 正直、よくわからない存在なのは確かだ。

 でも信頼は置ける。

 彼女だけじゃなく仲間全員、誰かに裏切られたり足を引っ張られたりしても悔いはないってくらいにはなったつもりだ。


「…………………………おはよう……………………ございます」


 ……ただ、メリクとだけは以前より少しだけ距離が遠くなった気がしないでもない。

 今も、まるで待ち伏せのように現れたけど、決して目的は俺じゃない。

 シャリオをじっと見つめている。


「おはよう。君も一緒に行く?」


「……………………お願いします……………………………………………………シーラさんおはようございます」


「お、おはよう」


 やっぱり遠い。

 いや、目の敵にされても困るんだけど……男女としての親しさとか一切ないし。


「……………………お二人は…………緊張していないみたいですね…………凄いです」


「メリクは緊張してるのか?」


「…………はい…………」


 このチームの盾は彼だ。

 彼が破られたら、一気に防御面は瓦解する。

 責任重大な役だけに、プレッシャーも相当だろう。


「大丈夫。そこの天使がサポートしてくれるって。な?」


「防御は苦手」


 おい!

 そこは嘘でも話合わせてくれよ!


「………………・…………●……」


 ほらー、睨んでるじゃんメリク。

 勿論、俺を。

 やっぱり信頼度落ちてるよこれ絶対。


「…………イーターとの戦闘もそうですけど…………その前の作戦会議も怖いですね」


「寝ておけば良いと思うよ」


「……………………そ、そういう訳には」


 露骨に好意を示している割に、シャリオに話しかけられると緊張で固まるメリクはちょっと可愛い。

 男に可愛いは失礼かもしれないが。


「会議に関しては、出来る限り俺が良い方向に導く努力はしてみるよ。戦力になれない分、そっちで頑張るさ」


「……心強い……です」


 そうメリクに言われた事で、一層引き締まった。



 長い一日の始まりだ。


 

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