8-20

 6月27日(木) 18:32



 LAGは本日、今年で最も忙しい時間を迎えていた。

 勿論、まだアップもしていないrain先生の漫画がバズった訳じゃない。

 この日は月末前、かつ『雪月花 -season by season-』の発売日というのが大きかった。


『雪月花 -season by season-』は、大ヒットゲーム『Fortune Heat Haze』を作ったメーカーの処女作のリメイク。

 伝奇サスペンスファンタジーで、ゲームではあるものの、ほぼ読み物だ。

 昔アニメ化されたらしいけど、原作を無視した設定が目に余ったのか、ファンの間では不評だったらしい。


 Fortuneシリーズをこよなく愛する来未にとって、このリメイク作は待望の新作だったらしい。

 何しろ、原作は俺やあいつが生まれる前にリリースされているし、そもそもエロゲだから中学生はプレイはできない。

 親父はしれっと持っているらしいが、来未にプレイさせる訳にもいかないから隠しているそうだ。


 今回のリメイクはコンシューマ用ソフトだから、全く問題なし……かというとそうでもなく、レーティングZだからグレーと言えばグレーなんだけど、まあレーティングはあくまでレーティングだから俺や親父もうるさくは言わないようにしている。


 初回限定版は9000円くらいするらしいけど、来未は店への貢献が尋常じゃないし、何より今日早速披露しているコスプレの資料になるからと(資料設定集が特典で付いているそうな)、経費で落として良いとの許可を貰えたとの事。

 そして、来未が前々から予告していた事もあり、今日は山梨県内の雪月花のファン、Fortuneシリーズのファンが何人も集まってきた。

 県外から来た人もいるらしい。


「私をコスさせた責任、ちゃんと取ってもらうんだから!」


 よくわからないけど、有名なセリフのパロディらしく、来未が言い放ったこの言葉に客が沸く沸く。


「出番ない! 出番ない! 出番ない! 出番ない! 出番ない! 出番ない! 出番ない! 出番ない! 出番ない!」


 今度はノリノリでコールし始めた。

 この前は『ドゥーチェ』を連呼していたけど、とあるアニメでそういうシーンがあるとかないとか。

 そのアニメのゲーム化作品がリリースされた日には、茨城から来てた客もいたっけ。


 そんな訳で、普段よりやや客層が異なる中、カフェは異様な盛り上がりを見せていた。

 毎日こんな感じだったら、いくらキャライズカフェが相手でもそれなりにはやっていけるかもしれない。

 でも現実にはそんなの無理だ。


 だからこそ策を練る。

 頼れる人は全部頼る。

 その究極が、今日受け取った原稿だ。


 有名イラストレーターの、初めての漫画作品。

 あらためてそれを受け取った責任の重さに胸が震える。

 いや、脳が震えているのかもしれない。


 いつ、どのタイミングでアップするかは、特に吟味する必要はない。

 投稿するのはウチのHP及びwhisperアカウントだけだから、見つけて貰える時間帯とかは特にない。

 少なくとも、投稿して即座に話題になるなんて事はないだろう。


 まあ、全く見つけて貰えない場合はぶっちゃけサクラをやって貰うしかないんだよな。

 誰かに『これrainの絵じゃね?』みたいな呟きを#rainを付けてして貰えば、多分ファンの誰かが見つけてくれるだろう。

 最悪、朱宮さんに頼む事も考えておかないといけない。


 セコい手なのは重々承知してるけど、こっちにはもう残された時間が少ない。

 この件でバズって貰わないと困る。

 というか、バズっても尚それが出発点で、そこから新規客を呼び込む為に色々仕掛けないといけない。


 ここが東京なら、いわゆる聖地としてrain君のファンが明日にでも押し寄せてくるかもしれないけど、幾ら関東圏とは言えここは田舎。

 そんな都合良く人は来ない。

 それでも来る価値アリと思わせるには、更なる付加価値が必要だ。


「はーい、これメルシーブラッドね。上品な香りのローズティーだから冷めない内に飲んじゃって」


 来未が客相手に気安く接しているけど、コスプレしているキャラがああいう口調なんだろう。

 多分、パッケージに全身像が書かれていたキャラだ。

 Fortuneシリーズにも同じ顔のキャラがいたような気がするんだけど……気の所為か?


 まあいいや、とにかく今日はこのカフェにとって大勝負。

 まずは務めに徹しよう。

 裏方だけど。





 6月27日(木) 21:26


「……疲れた~」


 ヘロヘロになって部屋に入って行く来未を見送って、俺も自室に入る。

 結局客足は最後まで落ちず、なんかHPに乗せる集合写真まで撮るくらい大盛況だった。

 予想以上の盛り上がりだったな。


 この勢いを、ネットの方にも繋げていきたいな。

 ホームページの管理は親父のパソコンでやってるから、まずそっちに画像を全部映して、それからホームページとTwitterの両方にアップする。

 作業自体は難しくも何ともないし、rain君からも納品して貰った原稿も、こっちに合わせてレイヤー統合済みの画像ファイルにして貰ってるから、時間は全くかからない。


 というか、既にアップロードするだけのところまで来た。


「どうした深海、さっさと上げろ。ビビッてんのか?」


「いや、まあ……この投稿がウチのカフェの運命を左右しているって思うと、ちょっと怖いよね」


 親父の部屋だから当然、親父もいるんだけど、こういう時の顔って正直あんまり見られたくないんだよな。


 俺には表情がない――――からと言って、羞恥心がない訳じゃない。

 感情が表に出ていないからって、見られるのが常に恥ずかしくない訳でもない。

 顔に出ていなくても、見られたくない時はある。


「なんか最近、お前ちょっと背負い過ぎじゃないか?」


「え?」


「一応言っておくがな、この店は俺と母さんの店だ。お前と来未には手伝って貰っているから、俺達だけの店とは言わないが、まず俺と母さんの店だ。この店が潰れる事になれば、それは俺と母さんの敗北。お前が背負う必要はないんだぞ?」


「いや、そんなつもりはないけど……それに、責任はなくてもここ実家だし。実家潰れるのは普通に嫌だろ」


「それもそうか。じゃあ背負え」


 ……この時間なんだったんだよ。

 無駄な会話だった。


 そして、恐らくそれをわかった上で、俺をリラックスさせようとしていた親父の意図がわかるだけにムカつく。

 何より、狙い通りになってしまっている自分に。


 よし。

 アップロード開始――――投稿完了。


 程なくして、全世界にrain君の描いたマンガがアップされた。


 その僅か10秒後。



『来た来た』『漫画家デビュー祝って祝って』



 rain君からSIGNが来た。

 事前に投稿する大体の時間を知らせていたとはいえ、ここまでリアクションが早いとは。

 ずっと待っていてくれたんだろうか。



『おめでとうございます!』『本当にここでデビューして良かったんですか?』


『んー』『今後次第?』


『そこは良かったって言い切って』


『ひゅー』


 反応の意味がわからないから返答に困る。


 何にしても、フォロワー数なんて600台のこの小規模カフェの投稿がデビューなんて、どう考えても非効率だよな。

 rain君のアカウントはフォロワー数60万人なんだから、自分の所に投稿するだけで当然数万とか数十万のいいねが付くし、何百万人もの目に触れる筈なのに。

 今回は匿名って作戦だからそれもできないし。


 ……やっぱ最初から明かした方が良かった気がしてきた。

 こういうのって鮮度勝負みたいなとこもあるし。


 お、またSIGN。

 今度は朱宮さんか。



『ついに来たね』『うまく行くといいけど』


『最悪、来未のアカウント使ってサクラやります』『あいつ自分のアカウントでは店の宣伝一回もしてないし』『元々rain君の大ファンだから不自然でもないし』


『そうなんだ』『でもその前に見つかると思うけどね』


 そうなれば良いけど、そんな甘くはないと思う。

 第一線で活躍している人達にはわからないだろう、持っていない連中の持ってなさなんて。

 

 お、終夜からも来た。


『バズりました?』


『気が早い』『ウチのwhisperやHP見てる人なんてほんの少しなんだから』


『あ』『匿名でやるんでしたねそういえば』『picmicとかDigDogには投稿しないんですか?』


 picmicはイラストコミュニケーションサービスの最大手。

 DigDogはショートムービー用の映像プラットフォーム。

 どっちもバズるきっかけになり得るサービスだけど……


『picmicはrain君がもう宣伝用に使ってるから匿名で投稿すると後で面倒だし』『DigDogは漫画もない訳じゃないけど、基本動画だから見る人少ない』

 

『そうなんですね』『そういうのに疎くてすみません』


 安心しろ終夜、俺も疎い。

 今の説明も正直合っている自信はない。


 水流の反応は……ないか。

 こっちから急かすのもちょっとな。

 というか、今は照れ臭くて何話して良いかわからない。


 ……投稿から5分か。

 まあ、すぐに反応がないのはわかりきっていたけど、なんかこのままずっと沈黙になりそうで怖いな。


「ま、しばらくこのまま様子を見るしかないだろう。今日は大盛況だったし、もしかしたら今日来てくれたお客様がチェックしてくれているかもしれないしな」


「うん。それを期待しよう」


 今日来た客の殆どはFortuneシリーズのファンだから、『Fortune Greed Origin』に参戦したrain君に関しては敏感な筈。

 それに賭けよう。



『という訳で今日はお開き』


『ういー』


 そう他の面々にも知らせると、rain君が真っ先にいなくなった。

 これから仕事かもしれないな。


『春秋くん、エルテから返事来ました?』


 一瞬、終夜のこのメッセージの意味がわからず頭を捻った。

 でもすぐに思い出す。

 そうだ、裏アカデミに明日入れるかどうか、今日返事するって水流言ってたな。


『まだ連絡来てない』『今から聞いてみる』


 正直、連絡するのは抵抗あったけど、朱宮さんも確か今日忙しいって言ってたし、その合間を縫って連絡してくれている筈だから、ここで返事をしておきたい。

 rain君もいたから、グループトークじゃなかったんだよな。

 個別に対応しないと……



『明日アカデミできる?』



 取り敢えず、これだけ送ってみる。

 あ、すぐ既読付いた。


『うん大丈夫』『今ちょうどカフェのwhisper見てた』


 見てくれていたのか。

 なんか妙に安心した。


『日曜の前に決着つけたいから』


 ……これはどういう意味なんだろう。

 聞き返すのは野暮な気がして、それは出来そうにない。


『じゃ、みんなにそう伝えとく』

 

『せんぱい』


『ん?』


『呼んでみただけ』『お願いしまーす』


 ……2歳年下の考えている事は良くわからない。

 年上もわからないけど。 


 取り敢えず、二人に吉報を届けるとしよう。

 更なる吉報が届くと信じて。


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