8-16

 ディルセラムは以前と全く変わらず、ごく普通の孤島だった。

 景色が美しい訳でもなく、特別な施設もない。

 以前来た時もそうだったけど、どうにもテンションの上がらない場所だ。


 とはいえ、油断は出来ない。

 ここでステラと体験したあの無限ループとヴァイパーの襲撃は、今思い出しても嫌な記憶でしかない。


 尤も、実際にヴァイパーがいた訳じゃないけど。


「この島は、来た人間の恐怖心を幻覚として見せるんだ。強烈なトラウマでもない限り、予め知っておけば問題なく対処できると思うけど……二人とも大丈夫?」


 刹那移動で三人の移動は特に問題はなく、一緒に付いて来たシャリオ、エルテに向かって確認してみる。

 この件は既に別働隊全員と情報共有はしているから、特に問題はないと思うけど――――


『エルテは特に問題ないと無感情に記すの』


 ……なんで無感情?

 別に感情を押し殺しても、見る幻覚の内容に変わりはないと思うけど……


「シャリオは?」


「大丈夫。トラウマなら間違いなくあれだって確信できるのが一つあるから」


 ……え?


 あ、そういえばこの子、ナイトメアを経験してるんだったな。

 ならそれがトラウマで間違いない。

 恐らく、幻覚として現れるのも当時の体験になるだろう。


「耐えられる自信がある、って事で良いんだね?」


「ない」


 ……ちょっと待って。

 わからない、なら百歩譲って仕方ないけど、ハッキリないって断言するのはどうなんだ。


『本番で動揺して役立たずにならないよう、事前に経験しておきたかったとエルテは推測を記すわ』


「ああ、成程……って、でも今日精神をやられて昏睡状態になったら、どの道戦力外じゃない?」


『それもそうだと、エルテはシンプルに記すわ』

 

 そういうのはシンプルとは言わない。

 なんでも良いように書きやがって……


「確かナイトメアの影響で精神的に打たれ弱くなってるって話だけど……」


「そう。だから自信がない」


 今の彼女は、ちょっとした事で凹む。

 幸い、リッズシェアの特訓はリッピィア王女がポジティブな事ばかり言う影響で問題なくこなせていたみたいだけど、精神攻撃に対する耐性は別働隊の中で一番脆弱だろう。

 そう考えると、彼女にとって狩り場がディルセラムになったのは不幸と言うしかない。


 感情を表面に出すタイプじゃないし、口数も多くはない。

 目も前髪で覆われているから、イマイチ表情が読めない。

 でも、きっと……焦っていたんだろうな。


「戦力になれないのなら、ここで終わっても良い。足手まといになるのは嫌」


 シャリオらしくない、強い口調。

 彼女の覚悟が伝わってくる。


 でも、どうしてそこまで――――


「みんなが好きだから」


 答えは、意外な述懐で明らかになった。


「なんとなく流されて、なし崩しの内にシーラ達と合流したけど、本当は凄く怖かった。アイリスを恨んだりもした。どうして集団の中に私を、って。でもリズもエルテも良い子で、シーラもブロウも優しかった。だから耐えられた。多分、アイリスは私の為にみんなと組んだんだと思う」


 普段、彼女がこんなに喋る事はない。

 自分の想いを伝えるなんて、絶対にしない女性だった。

 というか、そんなの俺だって、他の誰だって滅多な事ではしない。


「王女殿下も明るくて良い人だし、ステラ様も優しい方。メリクも気を使ってくれている。みんな良い人。実証実験士なんて、荒っぽい人や性格歪んだ人が多いのに、ここはとっても平和」


 ……まあ、平和ボケしているとも言う。

 何しろ俺とリズが低レベルだから余計そうなるんだよな。

 競い合うみたいな状態になりようがないし。


「みんな好き。大変だけどリッズシェアの訓練も好き。だから迷惑かけたくない」


 淡々と、でも驚くほどストレートに、シャリオは思いの丈を話してくれた。

 正直、全く予想もしてなかった。

 もっと冷淡だと思ってたのに……もしかしたら仲間内で一番エモーショナルな子なのかもしれない。


『照れるし』


 あ、エルテが素になってる。

 自分の中で感情が制御できてないと、こういう喋り方になるよな。


『エルテもシャリオが好きだと、こういう機会だから正直に記すわ』


「ありがとう。嬉しい」


 ついに筆記の手が止まった。

 顔真っ赤だ、エルテ。

 これも滅多に見ない顔だ。


 この二人が仲良くしている所を見た事はないけど、どっちも落ち着いてるし、気は合いそうだ。

 リズとアイリスも相性良さそうだし、ウチのラボの女性陣にとっては良い出会いになったな。

 長らく四人旅だったから、感慨深い。


 ……と、感傷に浸ってても仕方ないんだ。

 今日ここに来たのは、偵察の為なんだから。

 シャリオ個人の為だけに来た訳じゃない。


「シャリオ。今の別働隊の戦力を考えたら、君がいるのといないのとでは大違いだ。リッズシェアの連携にも大きく影響する。絶対に克服しよう。俺も最大限フォローするから。きっとエルテも」


 ――――そう思っていたんだけど、いざ声をかけるとこうなってしまった。

 

 いやだって、あんな心の内を曝け出されたら贔屓したくもなるって。

 普段が普段だから、余計に刺さったというか……兎に角、ここでシャリオを失う訳にはいかない。


「ありがとう」


「礼なんて良いよ。あのウォーランドサンチュリア勢を交えた最初の会議で俺がいなくなった時、俺をフォローしてくれたんだよな? こっちはそのお礼も言ってなかったし。でも、これでようやく恩を返せる」


「大した事言ってない」


「でも、嬉しかったよ。あんな空気の中で、今の精神状態だったら辛かっただろうに気にかけてくれてさ」


 全然意識はしてなかったけど、いつの間にか俺達は本当に仲間になっていたんだな。

 その事がわかったのは、大きな収穫だ。


『エルテはゴホン、ゴホンと咳払いを記すわ』


 ……どういう意味?


『兎に角、まずは体験してみないとわからないから、エルテとシャリオのどちらかが先に行ってみるべきと提案を記すわ。同時に行って二人してパニックを起こしたら対処が難しいから』


「確かにそうだな。なら……」


「私を先に行かせて。お願い」


 エルテに行って貰おうと言う直前、シャリオの言葉がそれを遮った。

 でも、確かにエルテが先に行って疲弊した場合、シャリオのフォローが不完全になる恐れがある。

 なら先にシャリオに行って貰った方がいいか。


「一応、俺は克服したし、同行しても大丈夫だと思う。俺とシャリオが先行して、エルテは森林の外で待機。イーターの気配があったら音の大きな魔法でも撃って知らせてくれ」


『了解とエルテは記すわ』


 すんなり決まったな。

 って事は……シャリオと二人で森の中に入るのか。

 以前なら黙って歩いても何も問題なかったけど、今のシャリオだとちょっとそういう訳にはいかないし……話題考えておかないとな。


『鼻の下が伸びていると、エルテは舌鋒鋭く指摘するわ』


「伸びてないから」


『シャリオの言っていた好きは全員に向けた純粋な好意であって、男女の』


「わかったわかった。それじゃシャリオ、行こう」


『まだ書いてない。待て先輩←ラボの』


 なんか最後の方、よくわからない記述になってたけど……妙な絡まれ方する前に早く行こう。

 走って森林の方に向かうと、シャリオも息一つ切らさないで付いて来た。

 流石、Lv.150。

 

「えっと、前回来た時は、どの辺りから幻覚に切り替わったのかわからなかったけど、幻覚が解けた時には森林に入る直前くらいの場所にいたから、多分その辺りが境界だと思う」


「そう」


 ……急に素っ気なくなったな。

 まあ、普段に戻ったと言うべきか。

 こっちの方がシャリオって感じはする。


 アイリスはあんな性格だから、例え二人で行動ってなった場合もそこまで会話に気を使う必要はない。

 向こうも何かしら喋りかけてきそうだし、あの妙な例え込みで。


 でもシャリオは……こっちが率先して声をかけるべきだよな。

 今、相当不安に感じているだろうし。

 幻覚ポイントに着くまでに少しでも勇気付けないと。


「アイリスとは付き合い長いの?」


 話を振るなら、これくらいソフトなのが良いだろう。

 これすら素っ気ない対応されたら、もう打つ手ないけど……


「うん。実証実験士の同期で、何度も同じ依頼受けた」


 良かった、普通に食いついてくれた。


「ナイトメアに侵される前は、私の方が彼女を引っ張ってた」


「それは意外だな」


 その事実がというより、それを断言するのが意外だった。

 あんまり自己主張するタイプじゃないと思っていたけど。


「アイリスには本当に感謝してる。彼女がシーラと勝負してなかったら、今の私はなかったから」


「そういえば、そんな事もあったな。吹っ掛けたのは俺の方だったっけ」


 あの時は……正直ちょっとムキになってた。

 勿論、リッズシェアのメンバーを探していて、アイリスの容姿がそれにピッタリだったって事が大きいんだけど、勝負という形に拘ったのはそれだけじゃない。

 勝ちたかったからだ。


 レベルの低い俺には、もう勝利は一生味わえないと思っていた。

 でも無事勝って二人を仲間に出来た。

 少なからず、それが自信に繋がってもいる。


「ナイトメアに浸食された時は、終わりだと思った」


「だよな。実証実験士にとっては最大の敵……」


「ううん、違う。目的を果たせなくなるのが怖かった」


 食い気味に、シャリオはそう呟く。

 俺に言っている筈なのに、何処か独り言のように。


「でも、ここまでどうにか来られた。シーラのおかげ。あの瞬間移動がなかったら、この島には来られなかったかも」


「……シャリオ?」 


 話が噛み合わない。

 何か……妙だ。


「私達がイーターロウってアイテムを実証実験してた事、知ってる?」


「あ、ああ。そうアイリスに説明受けたから」


 イーターロウ。

 確か、『破壊されると防御力大幅ダウン』という性質の結界を張るアイテムだったか。


 イーターの大半は、あらゆる魔法や状態異常への耐性を持っている。

 だから、結界という耐性とは無関係の、寧ろ防御力をアップさせる補助効果を敢えてイーターに与え、その効果がなくなる際に生じるペナルティをふっかける。

 これなら、あの硬い身体をどうにか出来るかもしれない。


「アイリスは純粋に、イーターを倒す切り札になるからって実験してた。でも私は違う」


「……どう違うの?」


「足枷を外す為。"奴等"の手の届かない場所で」


 不意に――――シャリオの周囲に、薄い光の膜が発生した。


「シャリオ! 一体何を……!」


「これで私は、私に戻れる」


 次の瞬間。


 何かが壊れる音が、確かに聞こえた。


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