8-15
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「……はー」
キリの良い所まで進んだところで、10分休憩。
今の感じだと、恐らく下見はダイジェスト的な感じでイベントシーンとして流れて、一気にイーター討伐まで進む事になりそうだ。
裏アカデミは戦闘が極端に少ない。
敵(イーター)が余りにも強すぎて、実証実験士をはじめとした人々は手に負えないって設定だから、戦いようがないんだ。
勿論、こんなバトルの少ないゲームを誰が好んでやるんだって話だから、あくまでテスト用に設けた仮の構成だろう。
単純に、まだバトルシステムを固めきれていないだけかもしれない。
戦闘中に処理落ちする……なんて事がないとは言い切れないのがテストプレイだし。
にしても、この『雑魚敵すらまともに倒せない』って設定だと、戦闘全てがレイドバトルか、それに近い大人数バトルかもしれないな。
スマホゲーの主流になってるお手軽系RPGとは差別化を図るって意味で、妥当な判断かもしれない。
一昔前は、隙間時間でサクッと出来るゲームって売り文句があらゆるスマホゲーで使われてたみたいだけど、最近はそういうゲーム増え過ぎて何の売りにもならなくなったからな。
時間は……よし、まだ日付変わってないな。
明日も平日だし、しかもカフェの客足が伸びる木曜だから、今日は無理は出来ない。
仮に一度目のトライで倒せなかったら、その時は抜けさせて貰おう。
一旦トイレに行くか。
「……お」
「あれ、兄ーに」
トイレの前で来未とバッタリ。
何気にレアケースだ。
この時間、ゲームに集中してトイレに行く事自体が滅多にないしな。
「……」
「……」
困ったな。
こういう時、『お先にどうぞ』が良いのか、『こっちが先な』が良いのか、判断に迷うんだよな。
普通に考えたら、俺が先の方が無難なんだけど、向こうの催し具合次第では逆の方が良い事もある。
これが兄弟なら、何の迷いもなくジャンケン一択なんだろうけど……兄妹はこの辺、微妙だ。
とはいえ、黙りこくっていても仕方がない。
兄のこっちから何か言わないと。
「えっと、急いでる感じ?」
「んー……そうでもない」
「じゃ、俺から良い?」
「いーよ」
短い会話で、お互いの状況をほぼ把握し、無事段取りを整えられた。
やー、安堵したね。
他のどんな事でも来未とこんな感じになる事ないんだけど、トイレだけはねえ……なんなんだろうね、この気まずさともちょっと違う感じ。
ともあれ、意図しない形だけど気分転換にはなった。
……よし、休憩終わり。
水分補給もしたし、歯磨きも終わったし、明日の準備も全部OK。
寝落ち対策のアラームもセット完了。
まあ、ゲームで寝落ちする事自体ほぼないけど。
それじゃ、再び集中――――
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……
「スライムドラゴン? それもう決定?」
朝一で宿の部屋にやって来たブロウの発言は、思わず耳を疑うものだった。
本隊が標的とするイーターが、昨夜の会議で決定。
幻のイーターと言われているスライムドラゴンになったという。
「ああ。決定で間違いない。生息地が発見されたそうだ」
以前ウォーランドサンチュリア勢も交えた会議の中で、誰だったか……名前は忘れたけど、スライムドラゴンを候補に挙げた人はいた。
でもその時は、グレストロイがにべもなく却下していた筈。
余りにも一貫性がなさ過ぎる。
「呆れるのも無理はないけどね。でも、確実にいるって情報が入ったみたいで、なら知名度と討伐の難易度を考慮して、今回の目的に最も合致するイーターだろうって事で話は纏まったよ。エルオーレット王子も乗り気みたいだ」
スライムの特性を持つ風変わりなドラゴンとあって、確かに知名度はかなり高い。
強さもドラゴンだから当然かなりのもの。
ただ、特徴がハッキリしている分、攻略はしやすいのではと以前から言われていたイーターではある。
「生息地って、何処なのかわかる?」
「……驚かずに聞いて欲しい。決して冗談ではないから」
どういう意味だ?
「天国に最も近い島、ディルセラム。君が以前、ステラ様と行った所だ」
「……は?」
いやいやいや、何の冗談だ?
あの島にはスライムドラゴンなんていなかったぞ?
「君とステラ様が調査しに行ったのを契機に、本格的な調査隊が派遣されたみたいなんだ。ステラ様がかなり詳細まで記したレポートを提出した事で、安全性が一定以上確保された……って理由で」
その張本人が危うく二度と目覚めなくなる危険な目に遭ってるんだけど……まあ事前にトラップが判明しているなら、対処しやすいんだろうけど。
「その調査中に偶然、スライムドラゴンを発見した訳か」
「そうなるね。僕が直接見た訳じゃないけど。いずれにせよ、狩り場はディルセラムで決まりだ」
これは全く想定していなかった。
でも、考えようによっては寧ろありがたい。
既に下見を終えている訳だしな。
「討伐の日程は?」
「正式には決まっていない。前日になって急に発表……って事も考えられる」
「裏切り者対策か」
討伐隊の誰かがウォーランドサンチュリア勢と繋がっている可能性があるのは否定出来ない状況。
一応、俺が監視している間はそんな素振りを見せた奴はいなかったけど、そう簡単に尻尾は出さないだろうしな……
「一応、決まり次第僕かラピスピネルさんが伝えに来るよ。君ならそれでも十分だろ?」
「ああ。刹那移動があるから遅れる事はない」
とはいえ、大人数で一度に瞬間移動出来るかどうかは、試していないからわからない。
今の別働隊メンバーの中に、刹那移動を隠さなくちゃいけない相手もいないし、後で実験してみよう。
ルルドの指輪はまだ壊れない……筈。
「ふぅ……」
一通り報告を終えたブロウが、露骨に溜息をついた。
「苦労してるみたいだな」
「苦労どころの話じゃないよ。本当なら、これから丸一日愚痴を聞いて欲しいくらいだ」
あのグレストロイが中心の部隊にいるんだから、そりゃ気苦労は計り知れない。
一体どうしてそんな事になってしまったのか。
「……」
一応、部屋の外をチェック。
誰も聞いていないのを確認した上で、あらためてブロウに問いかける。
「ブロウも、他の大半のみんなも頑張ってるのをわかってて言うのは失礼かもしれないけど……本当にこのままで良いのか?」
良い筈がない。
ラピスピネルは『間違った方向に向かっている』とさえ言っていた。
その彼女の言葉が全てを物語っている。
本当に、この討伐隊はイーター打倒を果たそうとしているのか?
国民に希望を与え、人類の反撃のきっかけを作ろうとしているのか?
「幾ら最年長とはいえ、あのグレストロイを指揮官にしている時点で、とてもそうとは思えない。もっとハッキリ言えば、正気の沙汰とは思えない」
「……」
ブロウの返答はない。
こいつの立場上、本音を言える訳もない。
「シーラ、僕から言える事は一つだ」
険しい顔で、ブロウは俺の肩を強く掴んできた。
「本隊が崩れた時には、君達がイーターと戦わなくちゃいけない。別働隊は、そういう役割も担っている」
既に本隊は崩れている。
だから頼む――――
ブロウのそんな悲痛な思いに応えられる立場じゃないけど……
「覚悟はしてるさ」
別働隊全員の思いを胸に、そう返した。
それから、本格的な実戦訓練が開始された。
標的となるイーターが決定した為、そのイーター……スライムドラゴンと相対する事を想定した戦闘のシミュレーション。
そして、支援部隊としての本分である、スライムドラゴン以外のイーターを退ける為の行動のシミュレーション。
その両方を一度に訓練する必要があった。
何しろ、状況は流動的だ。
本隊が相当ヤバいのは間違いないけど、だからといって完全に死に体と決め付けた行動は出来ない。
別働隊の立場上、最初はあくまで支援目的に動く必要がある。
でも、本隊が鮮やかにスライムドラゴンを倒すのは、かなり難しいだろう。
あの直情的……というか人間が腐ってるグレストロイが指揮する部隊が、力を発揮出来るとは考え難い。
内部にいるブロウやラピスピネルが、既に崩壊しているとほぼ明言しているくらいだからな……
「はいストップ! 一旦集合!」
全体訓練の最中、リッピィア王女は大きく手を叩いて息切れするリッズシェアのメンバーを自分の所に呼び寄せた。
戦闘要員じゃない俺にとっては、なんとも言えない疎外感を抱く時間だ。
「動き自体は悪くないけど、連携の時の切り替えがイマイチね。もう一度、一から作戦を確認するから、みんなしっかり戦闘をイメージしてね」
この別働隊のリーダーは一応俺だけど、戦闘の中心になるのはリッズシェアで、その纏め役はリッピィア王女。
彼女の担う重責は、俺には計り知れない。
それでも、一度も苛立つ事なく指揮官とモチベーターを兼任する姿には、ただただ頭が下がる。
「最初に重要なのは、スライムドラゴンとそれ以外のイーターを分断させる事。視覚的な阻害が可能な星屑のステッキを使うリッズ、貴女の役目よ」
「はい! スライムドラゴンに近付かないよう、距離をとりながらクルクル回って星屑を生成し続けます!」
おお……リズがあんなにハキハキと。
リズの場合、戦闘力は俺と同等かそれ以下だから、一番安全な役割を担ったんだろう。
「次にプリズムウィップで雨が降っていると錯覚させる。これが出来れば、イーターの意識は大分私達から削がれる筈よ」
『その為には、水の魔法と併用するのが最適だとエルテは確認事項を記すわ』
イーターは雨に弱い訳じゃない。
でも、雨が降ったと錯覚すれば、嗅覚で俺達の位置を把握し辛くなる。
雨の中だと人間の匂いなんて直ぐ消えるからな。
「そして、決め手になるのはアイリッスのスイートハートカッターよ。これでスライムドラゴン以外のイーターを切り裂ければ、魅了効果で貴女に注意が向く。後は、貴女が逃げ回るだけ」
「魅了効果に耐性がないのを願うばかりだな」
身体能力が際立って高いアイリスが囮の役割を担う。
仮に魅了効果に耐性があった場合でも、視覚と嗅覚を阻害されている状態で攻撃を受ければ、その相手に反撃しようとする筈だから、どっちにせよ囮は成立だ。
でも、魅了が効いている方がずっと囮としては立ち回りやすい。
「シャリオッツは、アイリッスを追いかけているイーターの隙を突いて、オーロラマチェットを叩き込んで。もし効果がなくても、イーターの意識を分散させる事が出来れば上出来よ」
シャリオがコクリと頷く。
オーロラマチェットは敵の三半規管を狂わせる効果があるけど、近接攻撃しか出来ないから、どうしても危険度は高い。
それを考慮した上での作戦だ。
「常に危機的状況をイメージしながら動いて。ただし華麗に。流暢な動きこそが、無駄を一切省いた最短の行動に繋がるから」
リッピィア王女は何度も何度も繰り返し、全体の動きと個人の動きを見ながら問題点を指摘していた。
……この人、最初会った頃は今の立場を降りようとしてたんだよな。
今はとてもそうは見えない。
寧ろ天職――――
「……?」
袖を掴まれた感覚。
いつの間にか、シャリオが傍に来ていた。
「下見、今日良い?」
「……へ?」
既に一度行った場所だから、てっきり省略するとばかり思っていたけど……シャリオは行く気満々だった。
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