8-14

 15人のウォーランドサンチュリア人が一斉に抜けた事で、イーター討伐隊は再編成を余儀なくされた。

 少数精鋭を掲げた討伐隊とあって、幾らこれだけの人数が抜けたとは言え、その穴埋めに15人を招集する……という単純な話にはならない。

 現在集まっている面々と同等の戦力でなければ、加入するには値しないというエルオーレット王子の強い要望で、再選出にはかなり苦労しているという。


 加えて、メンバー入りしていたアイリスとシャリオも脱退を表明。

 表向きはリッピィア王女の結成したリッズシェアへの正式加入が理由として提示されたそうだが、実際には一部のヒストリア人の言動に不快感を持ったから……との事。

 ま、俺と同じ理由だ。


 にしても、俺は元々戦力には数えられていない特別枠だったから良いとして……アイリスとシャリオに脱退の許可がすんなり下りたのは、正直気になっていた。

 最大レベルの実証実験士である彼女達は大きな戦力。

 ただでさえウォーランドサンチュリア人という助っ人がいなくなったのに、彼女達まで失うとなると、戦力ダウンが余りにも大き過ぎる。


 そして今、ラピスピネルから聞かされた衝撃の事実。

 あの野蛮人が討伐隊のリーダーだって……?


「現状、イーター討伐隊はグレストロイを中心に編成されています。指揮官はエルオーレット王子殿下ですが、殿下が最前線に陣取る訳にはいきませんので、殿下のお考えを最も正しく理解している彼が指揮を執る事になりました」


 リーダーどころか指揮官……!?


「ちょ、ちょっと待って。それ本当なの?」


 楽観的なリッピィア王女ですら、その信じ難い配置転換に顔が青ざめている。

 あの会議以外で接点のない俺ですら、奴には嫌悪感を抱いている。

 その素性をもっと知っている筈の他の人達は、余計に不安を煽られているだろう。


「はい。殿下直々のご指名です」


「……」


 実兄の暴走に、ポーカーフェイスのステラが顔をしかめている。

 稀有な表情だけど、今はそれに目を向けている場合じゃない。


『皆さんはそれに納得しているのか、エルテは率直に疑問を記すわ』


「……今回の討伐隊は、殿下が全ての決定権を持っておいでです。殿下の決定が全てで、私達はそれに粛々と従うのみです」


「あ、あの、陛下はなんと仰っているんですか?」


 最も気になる点を、リズが代表して指摘した。

 息子の暴走を止められるのは親しかいない。


 ただ――――


「既に殿下に一任されているので、人事に口は一切挟まないとの事でした」


 当然、そうなるだろうな。

 口を挟むつもりなら、とっくに挟んでいるだろう。


 つまり、討伐隊の指揮をグレストロイが執るという現実は、もう覆せない。

 なんでそんな事になってしまったのか……


「グレストロイは日に日に増長していて、私とヘリオニキスは逆に影響力を失っています。新たに8名を補充しましたが、グレストロイに取り入ろうとする者、露骨にやる気をなくす者……今は全てが彼を中心に回っている状況です」


 まさに地獄絵図。

 17名が抜けたのに半分も入れられず、しかもその8名もイーター討伐に集中出来そうにない。

 こんな団結心の欠片もない討伐隊が、成功を収められるとは思えない。


「ありがとう、ラピス。事前に知らせて貰って助かった。そんな有様だったら、支援だけに集中していても仕方なさそうね」


「はい。陛下や殿下に楯突くつもりなど一切ありませんが……このままでは、我が国は間違った方に向かってしまいそうで、怖いのです」


 凛とした女性――――そういう印象だったラピスピネルの顔が、今にも泣き出しそうなほど崩れる。


「どうか、ステラ王女殿下とリッピィア様におかれましては、正しい方へ私達を導いて頂きたいと……それを伝えたくて、ここへ来ました」


 ラピスピネルの言いたい事は、痛いくらいに伝わってくる。

 彼女が今所属している討伐隊は、最早死に体。

 なら、別働隊である俺達に、代わりとなって欲しい――――決して口には出せないが、そう言っている。


「了解よ、ラピス。貴女は貴女のなすべき事をしなさい。リッピ達もそうするから」


 膝を突いて頭を下げるラピスピネルに対し、リッピィア王女もまた身を屈め、抱きしめるように背中に手を回した。


「そうでしょ? ステラ」


「……ステラは元々、父や兄を絶対視している訳じゃないから」


 そう答えるステラの顔は、もう覚悟を決めたような……いや、元々迷いなんてないような顔だ。

 彼女の場合、肉体年齢と精神年齢の他に魂の年齢みたいなのがあって、それは多分俺達よりも年上なんだろうな。


「メリク殿」


 何度もステラとリッピィア王女に頭を下げたのち、ラピスピネルはメリクと向き合った。

 恐らく、彼と会うのも大きな目的の一つだったんだろう。


「先日は同胞が信じ難い無礼を……あらためて謝罪させて下さい。申し訳ございませんでした」


「いえ…………殆どのヒストピア人がああではないと…………僕も皆もわかっていますから……どうか頭をお上げ下さい」


 かなり困った様子で、メリクは俺に助けを求める目を向けてきた。

 俺だって、自分より格上との会話はそんなに上手じゃないんだけどね……


「ラピスピネルさん。今のこの会話、俺達は何も聞かなかった事にします」


 取り敢えず、伝えるべき事を伝える。

 言わずとも別働隊全員の総意だったらしく、驚いた様子の人間も、戸惑った様子の人間も誰一人いなかった。


「それは……」


「今後、俺達がどんな行動を取ったとしても、それは貴女に起因する事じゃない。貴女は決して、責任を取ろうとか思わないで下さい。それをされると、俺達が動き難くなる」


「そうそう。シーラ、中々良い事言うじゃない。情報提供者を大事にしない組織はね、すぐボロボロになっちゃうんだから」


 妙に機嫌の良いリッピィア王女が、ラピスピネルの手を取る。さっきからスキンシップ多いな。この二人、前々から仲が良いのかもしれない。


「お互いの立場上、こっちに来てとは言えないけど……リッピ達と貴女は同じ志を持ったチームよ。この荒んだ世界を少しでも良くする為の」


「王女殿下……」


「フフッ。本当の王女殿下は、そっちでボーッとしてる子だけど」


「ボーッとはしてない。これからの事を考えているだけ」


 そう言いながら、ステラは何故か俺の方を見ていた。

 俺に何かやらせようとか目論んでそうな顔だ。

 ……ま、出来る事だったらやるけどさ。


「申し訳ない。私とシャリオが抜けたばかりに、貴女の負担が重くなってしまった」


 ずっと押し黙っていたアイリスが、バツの悪そうな顔で頭を下げる。

 普段は鷹揚としているけど、責任感は強いタイプ。

 恐らく気に病んではいたんだろうな。


「いえ、そんな事は……寧ろ、貴女がたが王女殿下の方に付いた事で、私の決意も固まった気がします」


 そう答えたラピスピネルの顔は、確かに俺がイメージしていた通りの凛とした顔――――決意した人間の顔になっていた。


「何か私に協力出来る事があったら仰って下さい。出来る範囲ではありますが、力になります」


『なら早速、討伐対象のイーターと狩り場が決まったら教えて貰いたいとエルテは少し空気を読まずササッと記すわ』


「わかりました。決まり次第すぐにお知らせします」


 エルテに対し、微笑む事はないけど穏やかな表情でそう答え、ラピスピネルはあらためて全員を見渡した。


「どうか、私達の国を……よろしくお願いします」


 そして最後にそう言い残し、迷いのない足取りで出て行った。


「あの子は信頼して大丈夫よ。リッピちゃんとの付き合いも長いし、人を騙すような子じゃないから」


「彼女に裏切られるようなら、もうこの国は終わりで良いと思う」


 そんなステラの物騒な発言も、言わば信頼の証。

 二人がここまで言うんだから、邪推するだけ無駄だろう。

 ここは素直に信じよう。


 にしても――――


「完全に状況が一変したな」


 アイリスの言うように、支援に徹するという別働隊の理念が完全に崩壊してしまった。

 最早信用はゼロに等しい本隊に対し、絶対服従する意味はない。

 俺達がイーター討伐を行う覚悟で臨まないといけないだろう。


「でも…………どうして王子殿下はあのような人物を…………指揮官に指名したのでしょうか……」


 最大の疑問点を最初に提起したのはメリクだった。

 ウォーランドサンチュリア人の彼にとっては当然、そこは無視出来ないだろう。

 何しろあのグレストロイは、ウォーランドサンチュリア人を侮辱し、彼らの協力を断絶させた張本人なんだから。


「それについては、迂闊に触れると国家反逆罪になりそうだな」


「そ、それはちょっと良くないですね」


 半分冗談で言ったつもりだったけど、リズは露骨にビビっていた。

 まあ、城の中で王子様の悪口を言って第三者に聞かれようものなら、実際そうなっても不思議じゃない。


「メリク。その件に関しては、ステラに一任して。悪いようにはしないから」


 その空気を察して、同じ王族のステラが預かってくれた。


「……………………わかりました。本隊の方針や思想がどうあれ……僕は皆さんと共に戦って……皆さんをお守りします」


「ありがとう」


 勿論、メリクは納得出来ていないだろう。

 わだかまりだってある筈。

 それでもこう言ってくれた彼の優しさに、俺達は敬意を示さなくちゃいけない。


「メリク。君は本当に良い奴だ。君と一緒に戦える事、私は誇りに思う。夜明けの子守歌だ」


 それを真っ先に伝えたアイリスの謎例えが良くわからず、メリクは困惑していた。


 そして――――


「大した人」


 アイリス以上にずっと沈黙したままだったシャリオが、満を持して口を開いた!


「貴方の言葉が、ラピスピネルにとって救いになったと思う」


 ……え?

 俺?


 いやそこはメリクに言ってあげてよ!


「……・…………・…………」


 ほらスッゴい目でこっち見てるから……勘弁して。

 

「予定は大きく変わったし、やる事も増えたけど、基本的な方針は同じよ。ラピスが討伐イーターと狩り場の情報をくれたら、シーラとエルテとシャリオで視察。その時に、可能ならイーターの情報も収集して」


『了解したと、エルテは力強く記すわ』


 俺とシャリオも頷く。

 確かにやる事は増えたけど、役割自体は変わらない。

 となると――――


「後シーラには、本隊の現状も調査して貰わないと。しっかりね!」


 ……何気にこれが一番厄介だな。

 多分、相当殺伐としてるだろうし。

 どうにかブロウと接触して、どんな感じなのか話を聞こう。


「それじゃ、今日は解散。各自、支援だけじゃなくイーターと直接対決する準備をしておいて」


 ステラの一声で、この日の会合は終了した。


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