8-13
視察する為には、イーター討伐を行う狩り場と標的となるイーターを聞いておく必要がある。
加えて、別働隊として活動する以上、本隊との連携は不可欠。
リッピィア王女やステラを含む全員で、一度本隊と話し合いの場を設けなくちゃならないんだけど――――
「時間が……取れないですって?」
リッピィア王女の要請に対する本隊の返事は、余りに素っ気ないものだった。
「申し訳ございません。我々は現在、再編成された部隊の練度向上および討伐対象イーターの選定、その他諸々の活動に時間を割かれておりまして、纏まった時間を捻出する事が叶わず。どうか御理解賜りたく」
流石に王女の申し出を断るとなると、小間使いを寄越す訳にはいかなかったらしく、本隊を代表してエルオーレット王子の右腕のヘリオニキスが自ら足を運んできた。
にしたって、おかしな話だ。
幾ら忙しくても、俺達と話し合いを設ける時間くらいは作れるだろう。
別に全員参加する必要もないんだし、なんなら数名で構わないんだから。
「今日明日中と言っている訳じゃないんだけど、それでもダメなの?」
「大変申し訳ございません」
理由も言わず、ヘリオニキスは謝罪を繰り返すのみ。
これじゃまるで子供の使いだ。
とてもこの国を代表する実証実験士とは思えない。
これは……拒絶されてると見て間違いなさそうだ。
俺達は、本隊から拒絶されている。
恐らく、リッピィア王女より上の立場――――エルオーレット王子が難色を示しているんだろう。
「先程、その他諸々の活動と仰られていましたが、具体的には何なのですか?」
不快感を抱かれるのを承知で、話に割り込む。
同席している以上、質問をするくらいの権利はある筈だ。
「……そうだね。例えば、君が暴いた裏切り者の調査だよ。シーラ君」
俺を横目で見るヘリオニキスの目には、明確な敵意がこもっていた。
余計な事をしてくれた、と言わんばかりだ。
裏切り者……フィーナやアポロンをあのまま野放しにしていたら討伐隊は完全崩壊していただろう。
それを暴いた事を責められたんじゃ、逆恨みも良い所だ。
問題になっているのは暴いた事じゃなく、その後に俺が隊を抜けた事、そして彼らがケンカ別れしたウォーランドサンチュリア勢のメリクを引き込んで別働隊を結成した事を快く思っていないんだろうな。
メンツを潰された、或いは俺をウォーランドサンチュリア勢のスパイと疑っている……そんなところか。
「その件は俺達が行う訳にはいかないので、ご負担をおかけしている事は申し訳なく思います」
皮肉を交えつつ頭を下げる。
俺を疑っているのなら、俺に調査させる訳にはいかないだろうしな。
「負担などないよ。全て必要な事だ。だからこそ時間は取れない。王女殿下、これは殿下の御意向でもあります。どうかお許しを」
俺に向けていた冷徹な視線を、余り変えずにリッピィア王女に向ける。
とても王族に対する目には見えない。
恐らく彼も、リッピィア王女が影武者なのを知っているんだろう。
「……リッピ達は陛下からお許しを得て結成された別働隊なんだけど? リッピ達を無視するって事は、陛下の御意向に背く事になるんじゃないの?」
「陛下からは、討伐隊の指針に関しまして全て殿下に一任するとの言葉を頂いております故。御理解頂きたく」
ダメだ。
最初から結論ありきで話しているから、一切聞く耳を持たない。
となると、この状況を打破出来るのは一人しかいない。
「だったら、ステラがお兄様と直接お話する」
適切なタイミングで、その該当者たるステラが前に出た。
ヘリオニキスの顔が露骨に歪む。
幾ら王子の意向でゴリ押ししようとも、本物の王女にこう言われては無碍には出来ないだろう。
「……では、その旨を私から殿下に」
「必要ないよ。妹がお兄様と話をするのに、いちいち許可とか要らないから。違うの?」
「む……」
普段、王族としての振る舞いは一切していないステラから、貴き身分特有のオーラを感じる。
俺と話している時とはまるで別人だ。
「安心して。貴方に反感を抱いたとかじゃないから。ステラが個人的に、自分の意思でお兄様と話をするだけ」
「……わかり……ました。殿下は現在、作戦室におられます」
「ありがと。今から行く」
ヘリオニキスが煮え切らない顔で踵を返すのと同時に、ステラはリッピィア王女に向けて真顔のままピースサインをしてみせた。
それに対し、リッピィア王女は満面の笑顔。
この二人、仲良いなあ……なんかほっこりした。
にしても、随分と嫌われたもんだな俺。
部屋を出る直前も、ヘリオニキスは明らかに俺に対して不快感を示すような強い視線を向けていた。
別働隊の存在自体、彼らからすれば邪魔でしかないんだろうな。
悪いな。
俺は正直、ブロウ等一部の知り合いを除いてアンタ等をそこまで信用してないんだ。
確かに精鋭部隊なんだろうけど、どうにも政治色が強過ぎてね……
「良かったですね……一時はどうなる事かと~」
リズがヘナヘナと腰を落とす。
メリクも精神を磨り減らしたかのように、大きく溜息をついていた。
俺と同じくらい、彼も睨まれていた気がする。
『凄く嫌な目で睨まれたとエルテは不快感を記すわ』
そう言えば、エルテも元々本隊所属だったな。
これもしかして、ブロウ四面楚歌なんじゃないか……?
俺とエルテの仲間って事で苛められてる可能性あるし、後で嫌な思いしてないか聞いておいた方が良さそうだ。
「みんな聞いて。一つ、憂慮すべき事が発覚したの」
なんとなく重い空気が漂う中、リッピィア王女が険しい顔で呼びかける。
自分達が歓迎されていない存在なのを、あらためて思い知ったと嘆くつもりなんだろう――――
「このメンバー、自分を名前で呼ぶ子が多くない? リッピちゃん、そういうキャラ被り気にするタイプなんだけど!」
「どうでも良いです」
「酷っ! リッズ、シーラからバッサリやられた! 仇取って!」
「あ、あはは……」
なんとなく、結束力が高まった気がした。
その後――――
ステラとエルオーレット王子の間で話し合いがもたれ、最低限の情報の共有、及び演習の実施に関しては許可が下りた。
取り敢えず一安心。
ただし……
「感触的には最悪に近いかも。結構イヤミ言われた」
あまり好ましくない時間を過ごしたからか、帰って来たステラの表情は冴えなかった。
見た目は大人でも中身は子供。
彼女に頼るのは極力避けようと、全員の意見が一致した。
肝心のイーター討伐に関する情報は……今のところ、具体的には何も決まっていないらしい。
何度か話し合いが持たれたものの、その際に出たのも『一般レベルで良く知られているイーターの討伐が好ましい』『集団戦で有利に戦えるイーターが望ましい』といった既出の意見ばかり――――との事。
そういう意味でも、彼らの中で苛立ちが募っているのかもしれない。
停滞している理由は明確だ。
リーダーシップを発揮出来る人間がいない。
これに尽きる。
エルオーレット王子は当然だけど実戦経験に乏しい。
そんな方が全権を握っている状態で、しかも王子の意向や安全を第一に考えての話し合いになってしまうと、どうしても前衛的な意見は出ない。
こっちとしても、討伐イーターと狩り場がわからなければ視察も出来ないし、結構厄介な状況だ。
そう嘆いていた矢先――――
「失礼します」
ヘリオニキスと双璧を成すヒストリアを代表する騎士、"氷楼"ラピスピネルが特別実験室にやって来た。
予想外の来訪に、場の空気が冷え込む。
ステラやリッピィア王女の方が立場では上なんだから、そこまで身構える必要はないんだろうけど……
「あら。わざわざ貴女が訪ねてくるって事は、ヘリオニキスが連絡係を拒否したの?」
「いえ。少しお話をさせて頂きたいと思いまして、私個人の意思でここへ来ました」
どうやら今回はエルオーレット王子の意向とは無関係らしい。
……と見せかけて実は、ってパターンも考えられなくはないけど、既にステラとの間で話はついているから、その直後に再度何か仕掛けてはこないだろう。
「率直に申し上げます。本隊は今、瓦解しつつあります。いえ……既に崩壊しています」
そして、そのラピスピネルの一言で、彼女の話が本当だった事が明らかになった。
王子の使いなら、こんな事は絶対に言わないだろう。
「情けない限りですが、今の私達は向いている方向がバラバラです。とても団結出来る状態ではないのです」
『今更何を言っているのと、エルテは苦言を呈するわ。ウォーランドサンチュリア人との混合チームだった時点で、既に一枚岩ではなかった』
元々討伐隊の一員だったエルテは、同性のラピスピネルとは交流があったんだろう。
さっきのヘリオニキスの時とは違って、積極的に会話に入って来た。
「ええ。エルテもあの会議に出席していたからわかると思うけど、グレストロイをはじめとした強硬派がいよいよ増長してね」
無視出来ない名前が出て来た。
混合チームだった時の会議で、ウォーランドサンチュリア人にケンカを売った男だ。
裏切り者の最有力候補で、俺達も当初は奴を尾行していた。
「あの会議には俺も出席していました。彼の言動は明らかにウォーランドサンチュリア人との決裂を招くと承知してのものだった。まだ本隊にいるんですか?」
結果的に、奴がクロって証拠はなかったけど……討伐隊が再編成された時点で真っ先に名前が消されるべき人物の筈だ。
「今は彼が、実質的な討伐隊のリーダーです」
「……は?」
思わず目が点になった。
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