8-12
リッピィア王女が手にしたのは――――イーターの周囲だけを破壊する魔法【アオセン】を習得出来る世界樹の樹脂〈レジン〉が入った容器だった。
「うん、これは使える。かなり有効な作戦になる!」
リッピィア王女の頭の中では、既に作戦が固まっているらしい。
なら、俺がこれ以上余計な口を挟む必要はなさそうだ。
「リッピ、説明をお願い。貴女の発想力は信頼してるけど、うっかりな所も信頼してるから」
「それどういう意味……?」
「言葉通り。いつも詰めが甘いから。キリウスの一件もそうだった」
「う……それ言われると何も言えない」
もう大分昔の話に聞こえるけど、そういえばリッピィア王女、キリウスに唆されて手を組もうとしてたんだっけ。
あの時は、ステラが介入したお陰で事なきを得たんだった。
「はぁ……絶対リッピちゃんよりステラの方が王女に相応しいよねー。そろそろ本職に就かない?」
「就かない。ステラは研究したい事あるから」
外見は大人でも中身は子供……の筈なんだけど、もうとてもそうは思えない。
稀に子供っぽい所も見せるけど、基本的には見た目の印象通りの中身だ。
リッピィア王女の言うように、王女――――それどころか女王の器だ。
「わかった、説明するから落ち度があったら指摘して」
「うん。シーラもちゃんと聞いてて」
……何故俺をご指名?
危険な目に遭わせたから、てっきり信用を失ってると思ってたけど、なんか逆に距離感が縮まってるような気もしてきた。
まあ、短い間だったとはいえ一緒に冒険した仲だし、多少は親しみを持ってくれているのかもしれない。
それか、王女扱いしない俺が珍しい、若しくは話しやすいのかも。
堅苦しいの好きじゃなさそうだもんな、テイルもステラも。
「じゃ、説明しましょっか。リッピちゃん達がすべき事は、本隊の支援。これは当然として……"裏方として目立つ事"も必要な課題に挙げておかないとね」
また面妖な事を……『裏方』と『目立つ』って、完全に矛盾してるよな。
でも、言いたい事もなんとなくわかる。
如何にもリッピィア王女らしいと言うか……
「リッピちゃん達は、裏方の範疇を決して出たらダメ。万が一、本隊が倒す筈のイーターを先に倒しちゃったら、陛下のメンツを潰す事になるから。そうなったら、リッピちゃんとステラでも全員は庇いきれない」
「うん。お父様はみんな知っての通り寛大……というかスカッとしてるけど、度を超えた場合は容赦なく厳罰を下せる人。そうじゃないと国王なんて務まらないから」
確かに、俺もその片鱗は見た。
『なら死んで詫びっか!?』
……冗談の範疇ではあったけど、サラッと釘を刺されたからな。
フランクな喋り方とは裏腹にかなり頭の回転が速く、やるべき事を迅速に行える御方だと思う。
「だから、決して目立とうとしてはダメ。でも、支援の範囲を超えないのなら、どれだけ目立っても大丈夫。私達の仕事ぶりを、本隊の連中に見せつけてやるのよ」
「え、ええと……本隊の皆さんに驚いて貰うくらいの支援を、って事ですか?」
「甘いねーリッズ。その程度じゃダメダメ。『倒したのは俺達だ。でも支援の方がずっと目立ってた』くらいに思わせないと」
そこまで目立って何の意味が……?
『目立つ為にはどうするのかを教えて頂きたいと、エルテはしとやかに記しますわ』
……心持ち、俺達に対してより字が丁寧だな、エルテ。
まあ良いけど。
「そうね。無駄に引っ張る気はないし、詳細に移りましょう。私達がやるのはターゲット以外のイーターの足止め。それも、複数のイーターを一度に足止めする事を想定してね」
リッピィア王女は目で笑顔を作り、さっき手にしたアオセンのレジンを再び机に置いて軽く指で弾いた。
「リッズシェアのみんなには、星屑のステッキ、プリズムウィップ、スイートハートカッター、オーロラマチェットを使って何度もレッスンをして貰ってるから、イーターを足止めする為の準備は整ってる。でも、巨大イーターが複数襲って来たら、簡単にはいかない。そこでこの魔法の出番って訳!」
イーターの周囲だけを破壊する魔法……つまりイーターには傷一つ付けられない。
つまり、本隊が倒すイーターに手を出さずに、その周囲だけを破壊可能な魔法だ。
ただ、ここで言うイーターってのは文字通り全てのイーターを指す。
例えば、標的となるイーターの傍に別のイーターがいたとして、標的イーターに対してこの魔法を使っても、別のイーターを攻撃出来る訳じゃない。
あらゆるイーターが攻撃範囲外になる。
だったら、一体どんな活用方法を――――
「落とし穴よ」
……そうか!
イーターの周囲には地面も含まれる。
それも、足が付いている真下じゃなく、その周辺って事になるから、前方の地面も破壊可能だ。
「このアオセンって魔法を使えば、標的のイーターを含め全イーターの足場をムチャクチャに出来るでしょ? 幾らイーターが強くても、地面に空いた大きな穴に足を取られたら簡単には脱出できない。動けない相手なら、こっちもやりたい放題よ。どう? 完璧でしょ?」
確かに、効果的のように思える。
ただ――――
「足のないイーターだったらどうするんですか?」
「……へ?」
リッピィア王女、固まる。
どうやら全く想定していなかったらしい。
実際にこの世界のイーターと何体も対峙してきた俺達と違って、イーターを一つの形に固定してしまっていたのかもしれないな。
現実のイーターは、ヴァイパーのような胴だけで存在している奴もいれば、足はあるけど翼で移動する有翼種もいる。
落とし穴にハマるイーターばかりじゃない。
「やっぱりリッピ、うっかり屋さん」
「うー……自信あったのにー!」
どうやらリッピィア王女の策は破綻したらしい。
まあ、こうしてディスカッションしてくれたお陰で事前にボツに出来たんだから、それで良いとしよう。
「でも、このアオセンは確かに使えるかも」
今度はステラがレジンの容器を指で擦った。
「ステラ達は本隊が標的にしてるイーターを攻撃ぜずに他のイーターを足止めする必要があるから、応用すればかなり便利」
「確かに、本隊の邪魔をしないって意味では有効そうだけど、落とし穴以外で全イーターを足止め出来る方法は流石に……」
「事前に情報を入手していたらどうだ?」
不意に、アイリスが誰にともなく問いかけた。
最初に反応したのは――――隣のシャリオだった。
「情報って、本隊が標的にするイーターについて?」
「それもだが、そのイーターを討伐する為に向かう地域と、そこに住んでいる全イーターの情報だ。それに地形も。これだけあれば、事前に罠を用意する事だって出来るんじゃないか?」
視察か……それは頭になかった。
ここで机上の空論を膨らますより、具体的な当日の環境を把握した上で作戦を練る方が、ずっと精度は高くなる。
確かに、トライして損はない。
「良い案だと………………思います。それだけ把握出来ていれば……有効な方法がきっと思い付く筈です」
『エルテも賛成しつつ、アイリスをヨシヨシしてあげると記すわ』
「記さなくて良い。ヨシヨシも不要だ。子供じゃないんだ」
そう良いながらも、エルテに頭を撫でられたアイリスは少し嬉しそうだった。
「興味深い案だけど、問題が二つ」
道が開けたと意気揚々とした雰囲気になっていたところに、ステラが冷静な空気を流す。
これはとても大事だ。
全員が浮かれたら、問題点を見落としかねない。
「一つは、本隊に話を通す必要がある事。現状、標的をどのイーターにするのか、狩り場を何処にするのかは決まっていないと思うけど、詳細な情報をこっちにまで流すかどうかはわからない。こっちから教えて欲しいと懇願しないと」
「まあ、そうだよな」
「もう一つは、視察と言っても要はイーターの生息する地域に出向く訳だから、かなり危険。視察で全滅なんて目も当てられない」
これもその通り。
生息するイーターの情報が欲しいのなら、その地域をかなり歩き回らないといけない。
当然、危険度は高い。
「本隊が設定する狩り場がわかれば、過去のデータベースから生息しているイーターの情報はわかる筈では?」
「一昔前の情報なら。でも最新の情報は、現地で確認しないとわからない。それをサボるんだったら、そもそも視察の意味がない」
「う……」
反論の余地はなく、アイリスは白旗を上げた。
つまり、視察には『本隊の許可を得る』『イーターのいる地域を調査し、無事帰還する』という二つの難題がある訳だ。
「調査は俺がするよ。刹那移動を使えば離脱は出来るし」
「一人では危険。貴方は弱いし察知能力も低いから、不意を突かれて一瞬でペチャンコにされるかも」
……確かに。
攻撃が通用しないって点では高レベルも低レベルも同じだけど、そういう察知能力とか回避能力なんかは大きな差がある。
「ステラが一緒に行くよ」
「……え?」
突然何言い出すのこの子。
「だ、ダメです! 王女様をそんな危険な目に遭わせる訳にはいきませんよ!」
『エルテは心の底から引き留める事をここに記しますわ』
当然のように反対意見が続出。
ステラは止められると思っていなかったのか、唇をちょっと尖らせて『むー』と唸り不満を露わにしていた。
「それなら僕が……行きます。守りなら任せて下さい……」
今度はメリクが立候補してくれた。
モテモテだな俺。
人生初のモテキ到来か?
「んー、メリックは出来れば残ってて欲しいな。陛下に直接許可を得たのは貴方だから、本隊の方から何か打診があった時、貴方がいた方が話進めやすいし」
「それは…………はい。そうかも……です」
メリクとも引き離されてしまった。
っていうかリッピィア王女、俺は普通の呼び方なのに何でメリクはリッズシェア仕様……?
『エルテが行くと進言を記すわ。シーラとは付き合い長いから、意思の疎通も大丈夫』
そうだな、エルテならイーターを分析出来るアナライザやポジレアも使えるだろうし、頼りになる。
彼女が適任かもしれない。
「つ、付き合いならわたしの方が長いです! でも弱いから力になれません!」
なら言うなリズ。
何がしたかったんだ……
「そうね。ならエッルで決まり――――」
「私も行く」
話がまとまりそうだった所に、想像もしていなかった人が名乗り出てきた。
「シャリオ……?」
「構わないでしょ?」
理由はわからないけど、強い意志を目から感じる。
彼女がこんなに意思表示してきたのは初めてだ。
これは何か訳があるのかもしれない。
だったら――――
「………………………………………………」
ああっ、メリクの視線がやたら刺さってくる!
違うって!
彼女とは何もないから!
「シャリオッツがこんなに張り切ってるの初めて見た! わかった、行って来て!」
結局、リーダーの一声で視察隊のメンバーが確定した。
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