8-11

「それじゃ、本格的に作戦会議を始めよう」


 心ならずも進行役を任された以上、軍師……じゃないけど、作戦立案の中心になる必要がある。

 しっかり務めを果たさないと。

 寄せ集めではあるけど、既に全員の性格は把握しているし、それを踏まえた上で方針を組み立てて行こう。


「まず目標を定めようと思う。本隊の目標は当然、イーターの打倒。今回は一体のみ、でも可能な限り国民が沸くような大物を、ってコンセプトが掲げられている。その上で、俺達に何が出来るかを募りたい」


「そのサポートは大前提として、それ以外の具体的な目標を設定しておこうという訳か」


 流石、高レベル実証実験士のアイリス。

 この手の作戦会議は慣れたもので、すぐ俺の意図を汲み取ってくれた。


「ただ、その前に確認しておきたいんだけど……リッピ様、リッズシェアは貴女が指揮を執る予定ですか?」


「んー……そのつもりだったけど、指揮系統が複数あると複雑よね。さっき話に出てたけど、リッピちゃん達だけ襲われるパターンも想定しないとだし……全体の指示出しはシーラがやって。集団戦になった時はリッピちゃんがリーダーとして責任を持つから」


 要するに、戦闘時のリッズシェアはリッピィア王女が指揮して、それ以外では俺が色々指図しろって事か。


「……って、いつの間に俺がそんな大それたポジションになってるんですか! 全体のリーダーじゃないですか!」


「だから、貴方に進行役任せてるんじゃない。貴方が仕切るのを、この中の誰も嫌がらなかったし、自然に受け入れたのよ? リッピちゃんやステラがいるのに。それが答えよ。そもそも、この別働隊はシーラが作ったんだから、最後まで責任を持ちなさい」


 軽く言ってくれちゃって……王女と王女役の影武者とLv.150の実証実験士がいるこのパーティの中で、俺がリーダーを務めろってのか……?


「あの…………必要なら僕が補佐を務めます……」


 メリク、嬉しい申し出だけど受理した時点で俺がリーダー確定だよ!


「いや、本当に良いのか? 俺、Lv.12の実証実験士だぞ?」


「良いも何も、シーラ君しかいません。ここにいるみんなを繋げたのはシーラ君ですから」


『下らない事聞いている暇があったらさっさと進行しなさいと、エルテはさも当然であるかのように記すわ』

 

 モラトリアムの二人はそりゃそうだろう。

 俺が仕切る方が意見もしやすいだろうし。


 でも、ステラは違う。

 俺と一緒にディルセラムに行った所為で危ない目に遭った。

 その事を思えば、きっと反対――――


「異論なし。シーラがまとめてくれるなら、それが一番良い」


 ……こいつらさては、面倒事は全部俺に押しつける気だな。

 

「いやでも、俺がリーダーだと本隊に嘗められないか? 任務に支障が――――」


「大丈夫。問題ない」


 普段喋らないシャリオまで……


「あはっ★ みんなシーラきゅんを信頼してるんだよ★ モテモテだね★」


 いや、信頼って意味では全員が全員を信頼してなきゃこんな日陰部隊にわざわざ所属しないだろう。

 でも、そういう意味じゃ俺が代表格なのかもしれない。

 本来なら表舞台に立つべき面々ばかりの中、俺(とリズ)だけは弱者だしな。


「巨大イーターが相手じゃ、L.150だろうと12だろうと何も変わらない。寧ろ、そのレベルで今日まで生き抜いてきた貴方だからこそ、リッピ達を導ける資質があるのよ」


 ……そこまで言われたら反論の余地はない。

 生き抜く力か。

 確かに、この別働隊には必要かもしれないな。


「わかった。ならリーダー権限で第一の目標を決める。構わないだろ?」


 全員が首肯したのを確認し、告げる。


「生き残る事。本隊を全てにおいて優先し、尚且つ自分も生き残る。自分を犠牲にして本隊を守る、なんてシチュエーションは極力回避の方向でお願いしたい」


 今回の作戦は、人類がイーターに対抗出来るかどうかの最後の試金石。

 失敗したからといって即座に終焉を迎える訳じゃないが、モチベーションは極限まで落ちる事になるだろう。

 そういう意味で、失敗は致命的なミッションだ。


 でも、世界の命運を賭けた戦いじゃない。

 もしそんな戦いなら、命を惜しめとは言えないが、今回は違う。

 生き残って戦力であり続ける事が、次の戦いへの最大の貢献になる。


「戦いは今回では終わらない。その事も、しっかり頭に入れて欲しい」


「了解だリーダー。幼子の親の心境だ。成長を見守るまでは死ねない」 


 微妙に例えになっていない気もするけど、アイリスは納得してくれたらしい。

 他の面々も、殆どが同じ表情をしている。


 ただ一人――――メリクを除いて。


「メリク、君もだ。この戦いの後に、他のウォーランドサンチュリア人と合流するとしても、君には絶対に生き残って貰う。俺達にとって、ウォーランドサンチュリア人は敵対する勢力じゃない。同じ人類、イーターと戦う仲間だ」


「……………………はい」


 この間は、完全に納得している訳じゃなさそうだ。

 恐らくメリクは、本隊と別働隊の区別なく、誰かが殺されそうになった時に真っ先に庇おうとしている。

 ガードである彼は、そういう役割を背負っているから。


 だから、そんな彼に死ぬなって言うのは、職務を放棄せよと言っているに等しい。

 わかってる。

 それでも、俺は……彼には死んで欲しくない。


「死ぬのがガードの仕事じゃない」


 ポツリと、シャリオがそう呟く。

 メリクは目を見開いて、その眼を彼女の方に向けた。


「ガードは攻撃を防ぐのが仕事。庇って死ぬんじゃなく、庇って防ぎきる。それが貴方の役目」


 恐らくメリクは、彼女の言葉の重さを知らない。

 シャリオはかつて、『破壊されると防御力大幅ダウンする』という制限のある結界の実証実験をアイリスと行っていた。

 その実験の影響で、精神的に凄く打たれ弱くなってしまった。


 本来、守られるべき魔法によって、彼女は大きな欠点を背負ってしまう事になった。

 そして今、自分を守ろうとしているメリクに対して『自分が壊れてでも守る』じゃなく『壊れずに守れ』と言っている。

 守ってくれたものが壊れたら、守られた方も傷付くと知っているからだ。


「わかり……ました。その役目……精一杯果たします」


 重みを完全に理解していなくても、感じ入るものがあったのか。

 前髪で半分以上が隠れたシャリオの目を見つめながら、メリクは誓いを立てた。

 好意を向けている相手からの言葉だけに、素直に受け入れられたってのもあるんだろう。


「それじゃ、生き残るのを大前提とした上で第二目標を立てよう」


「はいはいはーい★」


 ネクマロンの陽気な声が、ちょっとピリついていた室内の空気を和らげた。


「本隊の為に囮になるってのはどうかな?」



 ――――それも束の間。


 空気は直ぐに張り詰めた。



「世界樹の旗、あるんだよね? あれ、僕が開発したんだよ★ 僕はイーターホイホイって名前にしたかったんだけどね★」


 ……そういえば、そんな話をアイリスから聞いてたっけ。

 ほぼ間違いないとは思ってたけど、やっぱりネクマロンが生みの親だったか。


「世界樹の旗を使ってイーターをおびき寄せるのは、妥当な案だ。でも囮って……?」


「あの旗だけじゃ、周りのイーターがみんな寄ってくるでしょ? でも今回、倒すのは一体って決めてるんだよね? なら、標的以外を追い出さないとね★」


 確かに、それは必要な事だ。


 本隊がどういうイーターを標的にするかはまだ決まってないけど、仮に集団内の一体を倒すとなれば、誘き出す必要がある。

 いや、集団内じゃなくても、戦闘中に他のイーターから介入されないようにする為には、標的のイーターを完全に孤立させなくちゃならない。

 最初から完全に孤立しているイーターを狙う場合を除けば、俺らが周囲の他のイーターをどうにかしなくちゃいけない訳だ。


「主旨は理解した。だが、複数のイーターを我々だけで足止めする事が、果たして可能だろうか?」


 アイリスの懸念は尤もだ。

 俺には刹那移動があるから、ギリギリまで引きつけて消えるっていう手段が使えるし、実際その戦術を用いた事もあった。

 でも、あれは偶々敵の移動スピードが遅かったから成立した一手であって、相手の速度が俺を上回っていたらお手上げだ。


「可能も何も、やるしかないよ★」


 やらなきゃ、別働隊の存在価値はない――――そう言わんばかりのネクマロンの声が、俺達を圧倒する。


 軽いノリと笑顔に終始した明るい人物って印象が強いけど、やっぱり研究者だな。

 これと決めた事に対する絶対的な姿勢は、頑固さすら感じさせる。

 なら当然、精神論でゴリ押しする事もないだろう。


「でも……どうしましょう。私とシーラ君は論外として、Lv.150のアイリスさんやシャリオさんでも長くは戦えないです」


「正攻法ではね」


 困惑気味なリズに対して返答したのは、ステラだった。

 これは意外でも何でもない。


「倒す事を前提とせず、足止めするのを前提とすれば、戦略は練られる。そうよね?」


「その通りです★ 流石、同じ研究者ですね★ 話が合います★」


 テイルと同一人物のステラがネクマロンを理解出来るのは、ある意味当然だった。


「フフン。要は標的以外のイーターを釘付けにすればいいのね? ならリッピちゃん達リッズシェアの領域よ!」


 待ってました、と言わんばかりにリッピィア王女は右手の指をピンと伸ばし、天井を指した。


「リッズシェアは仲間に癒やしを与えるだけじゃなく、敵を魅了する戦いも出来るグループよ。その為の特訓もして来た。みんな、今こそ成果を見せる時よ!」


「……え、えっと」


『踊っている最中に踏み潰されるんじゃないかと、エルテは不安を堂々と記すわ』


 身体能力に問題のないアイリスとシャリオは兎も角、俺以上に弱いリズと魔法特化型のエルテはそうもいかない。

 怯えるのも当然だ。


「大丈夫! ここにある物を使えば、どんなイーターが相手でも怖くないから!」


 そう断言しながら、リッピィア王女は並べられた物(世界樹の旗は巨大過ぎて部屋に入らないので除く)の中から一つ、該当する物を手に取った。


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